準備
夏が終わり、秋になる。金木製の薫り漂う爽やかな秋風に季節の移ろいを感じる今日この頃、その季節感とは裏腹に、僕は額に薄っすらと汗を浮かべ、忙しく学校中を駆け回っていた。
思い返すと、夏休みに入ってから今まで、ホッと息のつく間もなく生きていることに気付く。長い夏休みをかけて大量の課題を終えたかと思えば、明け早々には試験、その後すぐさま体育祭の準備・本番、と立て続けに訪れる学校行事をなんとかこなす。
そして今度は文化祭だ。クラスでは喫茶店を出すことになり、僕はその責任者になってしまった。それ故、文化祭前日の今日、関係部署との連絡や物品の買い付け、出店準備などに追われ、校内を走り回っていたのである。
(模造紙、インク、段ボール……)
僕は装飾担当の明良から頼まれた物品を購買で受け取り、教室へと急ぐ。教室と購買、そして生徒会室の往来に、ほとほと疲れ果てる。加えてこの他にもやらねばならないことは山ほどあり、まさに「猫の手も借りたい」状況だった。
「おっ、帰って来た! 遅えぞ!」
教室へ帰るなり、明良から掛けられた軽口に思わずムッとする。しかし本格的に怒る気にもなれず、手に持った物品を乱雑に置きやると、出店準備の進捗状況を確認して回った。
「修悟! 大変ウキ!」
突然、背後から飛び込んできた類人の声に、そこはかとなく嫌な予感を抱く。
(面倒事はやめてくれよ……)
心の底でそう思い、恐る恐る振り向くと、
「飲み物が足りないウキ! 買って来るからお金を貸して欲しいウキ!」
思いの外真っ当な用件に少し拍子抜けしてしまう。
「ああ、それなら立て替えといて。後で返すから」
「オイラ、お金持ってないウキ……」
元気なくそう言うと、昔懐かしのがま口財布をおもむろに開き、所持金の少なさを僕に証明してみせた。確かにそこには数枚の小銭しか見当たらなかった。
「ああ……」
「5000円くらい必要みたいウキ……」
「致し方ない……か」
僕は財布から5000円札を引っ張り出し、彼に手渡す。すると彼は飛び跳ねて喜び、まるでそのお札を自分の物としたかのように振る舞う。
「あげたんじゃないからな! 勘違いするなよ!」
「分かってるウキ! 恩に着るウキよ!」
僕の念押しを話半分に聞き流し、舞い上がる彼を見て、僕は底知れぬ不安を感じた。
(途中で余計な物を買ったりしないか……?)
やはり一人で行かせるのは危険だ、付き添いという名の見張り役をつけよう――そう思い至るや、たまたま近くにいた蟹江を呼びつけ、
「おいカニ! 類人と一緒に買い出し行ってくれ!」
「ええ~、めんどくせえな! 一人で行けるだろっ!?」
「そう言わずにさ、頼むよ……!」
「……ったく、しょうがねえなぁ」
面倒臭がる蟹江をどうにか説き伏せ、類人の買い出しに同行させた。これで一安心、この時の僕はそう胸を撫で下ろし、ものの数分でそのことをも忘れ、文化祭の準備に奔走した。残された時間は限られている。僕は自分のやるべきことに注力すべく、再び教室を飛び出した――。




