学童
「邪魔するウキよ~」
静かにそう言いながら、オイラは学童の扉を開いた。決して広いとは言えない空間に長机をいくつか並べ、学者から勉強を教わる子猿たち――健気に頑張るその姿を目前に、彼らとかつての自分とを照らし合わせ、どこか懐かしい気分になる。
「みんな、注目!」
「ロベスピエールが帰って来たぞ!」
学者は部屋中に響き渡る声でオイラの存在を周知する。すると皆の視線が一斉に集まり、見知った顔しかいないはずなのに少し気恥ずかしくなってしまう。
「ロベスピエールが帰って来たウキ!」
「人間界はどんな感じウキか!?」
「勉強、教えて欲しいウキ!」
子猿たちは競って周りを取り巻くと、聖徳太子でも聞き分けられないほど思い思いに発言し、受け手のオイラを困らせる。
「取り敢えず落ち着くウキ……!」
オイラは彼らの質問攻めを凌ぎつつ、一塊になった群衆を掻き分けながら、部屋の奥へと入って行った。
「みんな、離れろウキ~!」
しばらくの間、周りに群れる子猿たちをなんとか落ち着けようと四苦八苦し、やがて彼らを元の場所へ退散させると、
「これから順番に回るウキ」
「だから静かにしていてくれウキ……」
そう念を押すと、前から順番に応対していった。
「人間界の生活はどんなウキか!?」
「それはウキね―…」
ある子猿は人間界での出来事を問うてきた。また別の子猿は書き取りの勉強をしており、
「これで合ってるウキか?」
「どれどれ……」
上手く書いているようで、所々誤字が目立つ。
「『ち』は右側を膨らますウキ!」
「『石』は突き出したらダメウキよ!」
「え~、でも手本にはそう書いてあったウキよ……?」
納得いかないと言わんばかりの表情で、学者の自作であろう手本を見せてきた。オイラはそれを注意深く眺めると、至る所に誤字を見つけ、呆れて物も言えなくなる。
「ちょっと待つウキよ……」
そう言って誤字を指摘しては、一つ一つ訂正を加えていった。その他にも、
「『木の実も木から落ちる』って間違ってるウキか?」
「違うウキ! そこは『猿』ウキ! オイラたちのことウキよ!」
「でもみんな木から落ちたりしないウキよ?」
「どうせ落ちてくるなら、木の実の方が嬉しいウキ!」
不思議と説得力のある屁理屈に少し納得しかけるも、半ば思考停止的に答えを押し付けた。
「……とにかく正解は『猿』ウキよ」
そして巡回している中で最も多かったのは算数関連の質問で、
「二桁同士の足し算ウキ……」
「計算しようにも指が足りないウキ……」
「ちゃんと筆算して答えるウキよ!」
そう言って筆算を実演してみせたり、
「九九が覚えられないウキ……」
「七の段、難しすぎウキよ……」
「んっ!? どれどれ……一先ず唱えてみるウキ!」
「分かったウキ……七一が七、七二、十四―…」
まずまず順調な滑り出し、オイラは満足気に頷く。
「七六、四十二、七七、四十八―…」
「違うウキ! 七七、四十七ウキよ!」
こうしてオイラは一匹ずつ個別に対応して回った。その際、子猿の口から一様に聞かれたオイラを褒め称える言葉――「すごい」だとか「流石」だとか、挙句の果てには「天才」という表現まで用いてなされた数々の賞賛を素直に受け止められない自分がいた。この場限りではそうかもしれない。しかし実際は違う。人間界では一瞥の価値もない凡才、ただの落ちこぼれなのだ。しかしその事実を告げずして、素知らぬ顔で振る舞っていること自体、彼らを騙しているようで居心地が悪い。
随所で姿を現す神出鬼没な後ろめたさに怯えながら、また周りにそれと悟られないように、全ての子猿を巡回し終えるや、
「今日は疲れたウキ、家に帰らせてもらうウキ」
そう言い残し、逃げるようにその場を去るのだった。




