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浮世の風  作者: 金王丸
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進路


 僕たちは茜色の海を眺めながら、波止場にて黄昏ていた。辺りは日中と比べて人もまばら、夕凪で波風も立たず、まるで映画のワンシーンであるかのようにどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。心地の良い疲労を全身に纏い、沈み往く夕日を仲間とただ見つめる。その間にも湧き上がる確かな充足感に、特別な一日の終わりを身に染みて感じる。


 「色々あったけど、楽しかったな~」


 明良は今日という日を振り返ったのか、しみじみとした様子で独り言ちる。そしてふと思い出したように類人へと感謝の言葉を述べる。


 「類人、遅くなったけど……あの時は助かった、ありがとうな」

 「礼には及ばないウキ! だってオイラたち―…」

 「友達ウキよ!」


 そう言うと、お互いにじゃれ合って照れ隠しをする。僕は件の修羅場を思い出し、改めて類人の仲間想いな行動に感心する。あの状況で一歩踏み出せる度胸は、小心者の自分からすれば、まさに「人間離れ」していると言わざるを得ない。彼の行動はそれほど強烈な印象として僕の心に残っていた。


 「ずっとこのまま居られたらいいのに」


 心持ち寂し気に呟く明良――その瞳は遥か彼方、水平線の方に向けられていた。


 「オレたちの夏休みなんて実質来年までだもんな」

 「まあ、そうなるよね……」


 高三の夏休みと言えば「受験の天王山」だ。来る日も来る日も勉強に追われ、遊ぶ暇さえないだろう。そう思うと、今この瞬間をより有り難いものとして享受するべきではないか、そんなメタ認知的思考に駆られたりもする。


 「受験かあ……半年前に終わったばっかりなのに」

 「夏休み明けたら文理選択だぜ?」

 「色々と進んで行くよな」


 大学受験――周りの大人たちはあたかもそこがゴールであるかのように言ってのけ、素知らぬ振りで奮起を促すが、ゴールテープなどどこにも存在しないことは分かっていた。死力を尽くして難関を突破したかと思えば、休む間もなく次の難関へと走らされる不条理、節目ごとに盛大な肩透かしを伴う終わりなき周回競争は恐らく死ぬまで続くのだろう。だからどうと言うことでもないが、一つ大きく溜息をつきたくなる。


 「そう言えばお前らって、文理どっちにするの?」


 明良の問いかけに僕は即答する。


 「僕は理系だよ」


 将来の夢は医者になることだ。それ故、早々に理系と決めていた。


 「ふーん、類人は?」

 「オイラは農学部に行かなきゃいけないウキ!」

 「ほー、じゃあ理系だな」


 僕は驚いた。彼はてっきり文系に行くと思っていたからだ。しかも農学部に行きたいとは意外だった。見た目に寄らず、ちゃんと将来の進路を見定めているのだなと少し感心する。


 「でもお前、数学大丈夫なの?」

 「ウキッ!? 農学部って数学いるウキか!?」

 「そりゃそうさ、理系だもの」

 「ウキー! 数学は無理ウキよ! 勘弁して欲しいウキ!」


 類人は数学に対し、異常なまでの拒否反応を示した。一方、僕は傍で聞いていて唖然とする。


 (そりゃあ、理系に数学は必須だろう……)


 類人の珍言に明良もさぞかし驚いただろうと思い、彼の表情を窺った。しかしどうやらそうでもないらしく、


 「それなら文系だな」

 「文系ウキか!? 数学やらなくていいウキ!?」

 「ああ、やらなくても大学行けるぞ!」

 「本当ウキか!?」


 あろうことか、農学部志望の類人に文系を勧め始めた。類人も類人でその話を聞くや、生気を取り戻したように目を輝かせると、


 「決めたウキ! オイラは文系に行くウキ!」

 「ええっ!? 農学部は!?」


 僕は余りにも安直な決断に思わず突っ込みを入れてしまう。そしてほんの一瞬でも彼の将来観に感心した自分を恥じた。


 「当然行くウキ! でも文系からでもきっと行けるウキ!」

 「そうウキ! 大丈夫ウキ!」


 明良が類人の真似をして適当なことをのたまう。文系の農学部なんて聞いたことがない。それからも僕は考え直すべきだと諭したが、その努力も虚しく、


 「オイラは文系にするウキ!」


 類人はその一点張りで聞く耳を持たなかった。


 「決めるのは夏休み明けだしそれまでに考えればいいさ」


 結局、明良はその話題を他人事のように締め括り、一応の終着とした。いくら変わり者の類人とは言え、自分の進路についてちゃんと調べた上で適切な選択肢を選ぶに違いない、この時の僕は彼に対して、その程度の良識を持ち合わせているものだと信じて疑わなかった。


 やがて周囲に夜の帳が下りかかった頃、明良は唐突にすくっと立ち上がるや、


 「そろそろ帰ろうか」


 そう促されると、二人も同じように立ち上がり、帰宿の途に就いた。中身の濃い青春の一幕、その去り際にふと僕の頬を撫でた陸風は、どこか名残惜しさを感じさせながら、僕らの思い出のキャンバスへと流れすさむ。僕は今日という日を一生忘れないだろう――そう余白に書き留め、一日を終えた。



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