海水浴
今日は海の日、ということもあり、僕たち三人は明良の提案で近くの浜辺に出掛けた。海パンやゴーグル、バスタオルの入った海水浴セットを肩に担ぎ、跳ねるように海岸へと向かう。期末試験を終えた解放感と夏の陽気とで、二人は目に見えて浮かれていた。そしてしばらく進み、防波堤の階段を上り切るや否や、眼下には済み渡るような群青色が現れた。
「おおっ! 遂に来たぞ、海だ、海!」
「海ウキー!」
「類人! 海と言えばなんだ!」
明良は嬉々として類人に問いかける。
「海と言えば―…」
類人はじっくり考えてから、ハッと思い出したように明るくなると、
「魚ウキー!」
長考に見合わない陳腐な答えを捻り出し、それを聞いた明良は大袈裟にズッコケてみせた。
「なんじゃそりゃ!」
「合ってるけど、違うだろ!」
「ウキ……?」
その返答に何やら釈然としない様子の類人――その様子を受け、今度は僕に向かって問いかける。
「修悟! 海と言えばなんだ!」
「海……う~ん、海水浴!」
「ノン、ノン、ノン……」
チッ、チッ、チッ――明良は人差し指を横に振ってみせた。そして少し畏まってから、
「真夏の海と言えば―…」
「と言えば……?」
「水着ギャルのナンパですよ!」
「えっ、ええー!」
「ナンパウキー!」
そう言い切ると、僕を除く二人は小躍りしながら盛り上がっていた。一方の僕は少し冷静だった。「ナンパ」――噂には聞く行為だが、僕にはその経験も、方法論も、根性でさえ、どれを取っても持ち合わせていなかった。この状態で果たして成功するのか、そこで彼らに問うてみる。
「盛り上がってるところ悪いんだけど―…」
「んっ? どうした?」
「ナンパ、ナンパって言ってるけど……やったことあんの!?」
「そんなもん、ねえよ!」
明良は清々しいほどにきっぱりとその経験のなさを告白した。しかし相変わらずどこか自信あり気な表情を浮かべていた。
「でもよ、気合いと若さで何とかなるさ!」
「そうウキ、何でも最初は初めてウキよ!」
そう言われると、返す言葉がない。そして明良は勢いよく駆け出すと、右腕を突き上げて、
「いざ、恋のラビリンスへ!」
「ウキー!」
こうして僕たちの「初ナンパ」はその幕を開けた――。
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「あっ、あの―…」
「でさ~……」
「ギャハハ!」
また無視された。これで何度目だろうか、健気に頑張る明良が段々と可哀想に思えてきた一方で、当の本人も流石に心が折れかかっている様子だ。ナンパの手本を見せる、と息巻いて行ったまでは良かったのだが、どうにもこうにも振り向いてもらえない。まるで取り合ってもらえないのだ。このままでは見ていられない、僕は退くに退けなくなった彼を救い出すべく、助け舟を出す。
「もういい加減にしておいた方が―…」
「うるせえ! やっと慣れてきたところだ!」
「……」
彼は自棄を起こしていた。僕たちに格好をつけた手前、手ぶらで戻って来る気はないようだ。僕はそんな彼を少し憐れみながら、傍にいてその孤軍奮闘ぶりを眺めていると、
「おいっ!」
辺りにドスの利いた声が轟く。全身色黒のガチムチ金髪男、彼は絵に描いたような不良に呼び止められてしまった。マズい――どうやら彼は地雷を踏んでしまったらしく、のっぴきならない状況に陥ってしまった様子だ。尋常ならぬ事態に、彼は上擦ったような声で返事をすると、
「他人の女に手を出そうなんていい度胸だな……!」
「いいえ、そんなつもりじゃ……」
圧倒的体格差で凄まれ、完全に委縮してしまっている明良、仲間の窮地にも関わらず、恐れ慄き、その場から動けないでいる僕、
(どうする……?)
その時だった。
「明良に何するウキ!」
類人はそう叫んで駆け出すと、明良に絡んでいた不良男に対して体当たりをかました。
「痛っ!」
不意を衝かれたその男はふらりとよろめいて、立ち所に尻餅をつく。類人はその隙を逃さなかった。
「今の内に逃げるウキよ!」
僕たちはその声を聞くや、無我夢中でその場から逃げ出した。
「おい、こら! 待てー!」
件の不良男も体勢を立て直すと、逃げる僕たちの後をしつこく追って来た。しかし現役高校生の脚力には敵わず、ある程度の所まで来て断念した様子で、遠くで何やら恨み言のような罵声を発したかと思えば、それ以上の追跡は免れた。
「おっせーんだよ、バーカ!」
明良は離れた距離から遠吠えてみせた。僕はさっきとはまるで違う調子の良さに、可笑しさの余り吹き出してしまいそうになる。そしてそれと同時に、大きな揉め事に発展せず、事なきを得て安堵した。
「しっかし危なかったな~何事もなくて良かったぞ」
「本当ウキよ!」
「いや~心配かけてすまんね!」
明良は軽く頭を下げると、どこか恥ずかし気に頭を掻いていた。それからというものの、僕たちは思い思いに夏の海を楽しんだ。夕日が西の空を染めるまで、僕たちは青春の一ページにその日の光景を描き留めていた。




