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浮世の風  作者: 金王丸
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変身


 「もうそろそろウキ……」


 生い茂る草木を掻き分け、道なき道を進む苦難の行程、あと少し、もう少しで兵十さんの棲み処に辿り着く――そう思うと、これまでの苦労も報われたような気持ちになる。やがて鬱蒼とした森林地帯を抜け、件の洞窟の前に至る。オイラはホッと胸を撫で下ろし、傍の切り株にカバンを置きやる。そして洞窟に向かって、


 「兵十さ~ん! いるウキか~?」


 何度か呼び掛けてみるものの、とんと返事はない。どうやら彼ははどこかへと出かけており、留守にしているらしい。


 (困ったウキねぇ……)


 玉のような汗が止めどなく頬を伝う。茹だるような蒸し暑さの中、いつ戻るかも分からない兵十さんをこのまま待ち続けるべきか、立ち止まって考える。この非常識な暑さを鑑み、出直すという選択肢もあった。しかしここに至る苦難の旅路を振り返るや、本願を成し遂げずして引き返せまいとする意固地さの方が上回り、結果としてオイラは木陰に腰掛け、その時を待つことにした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 どれくらいの時間が経っただろうか、オイラはひたすらに、それこそ忠犬ハチ公のように、兵十さんの帰りを待ち続けた。やがて日も傾き出し、遂には帰宿を考え始めたその時、背後で何やら物音が聞こえた。雑草を踏み締め、こちらへと向かって来る何者か、オイラはすぐさまその方を振り向くと、


 「兵十さん!」

 「その声は……ロベスピエールか?」


 歓喜の声を挙げて、そちらへと駆け寄った。すると彼は狸ではなかった。以前にも見た中年男性の風体、つまり人間の姿をしていたのだ。


 「兵十さん、換金に来たウキよ!」

 「おお、そうか。ちょっと待ってろ、いま戻るから」


 そう言うと、白煙が周囲を覆い、彼は狸に戻った。


 「しかしお前、ずっと待ってたのか?」

 「そうウキ……かれこれ三時間近く待ってたウキ」

 「そりゃ大変だったな……」


 兵十さんは少し気の毒そうな表情を浮かべた後、棲み処の洞窟に歩み寄る。


 「準備してくるからよぉ、木の実でも数えててくれ」

 「分かったウキ!」


 そう言い残し、彼の草臥くたびれた背中はトボトボと洞窟に消えていった。一方のオイラは件のように「正」の字を書き連ね、言われた通りに木の実を数えていた。そしてその作業を終わり掛けた頃、兵十さんは再び姿を現した。


 「待たせてしまってすまんな、数え終わったか?」

 「もうすぐウキ!」

 「おう、しっかり頼むぞ」


 198、199、200……ちょうど200個、オイラは手紙に書かれていた通りの大盤振る舞いに思わず顔が綻ぶ。


 「200個ウキ!」

 「それなら二万円だな」


 兵十さんは財布から一万円札を二枚取り出し、オイラに手渡す。その瞬間、今日これまでの苦労が一気に報われたような気分になり、何度も飛び上がって喜んだ。やがてひとしきりはしゃぎ終えるや、


 「今日は早く帰りな」

 「これからもう一仕事しなくちゃなんねえんだ」

 「また姿を変えるウキか?」

 「ああ、人間相手に商売するからな」


 そう言うと、兵十さんは頭に葉っぱを乗せてから胸の前で手を合わせる。そして目を閉じて何かを念じる。するとまたもや周囲を白煙が覆い、さっきの中年男性に変身してしまった。


 「すごいウキ……」


 オイラは目を真ん丸と丸めて感嘆する。そして直情的に自分もやってみたいと思った。


 「どうやったら出来るようになるウキか?」

 「それは教えられねえ、企業秘密ってヤツだ」


 それならば―…と、ダメ元で「あるお願い」をしてみる。


 「兵十さん、頼みがあるウキ……」

 「んっ? どうした?」

 「少しの間でいいウキから、オイラを元の姿に戻して欲しいウキ!」

 「それってつまり、猿に変身させろってことかい?」

 「そうウキ……」


 うーん、兵十さんは眉間に皺を寄せ、少し考え込む様子を見せた後、


 「しょうがねえ、今日のところは特別だ」

 「やったウキー!」

 「でも今後はカネを取るからな、覚えとけよ」


 そう言い放つと、オイラの頭に葉っぱを乗せ、それを手で押さえながら、ぶつぶつと念じる。すると件の白煙に包まれるや否や、オイラの身体は毛深くなると共に、急激に小さくなった。


 「……ウキ!?」


 前屈姿勢の四足歩行、素軽いフットワーク、そして何より、お尻に生えた尻尾の懐かしい感覚が変身の成果を雄弁に物語る。


 「本当に変身したウキ!」

 「ああ、でもその効果は一時間程度だ」

 「一時間過ぎれば人間の姿に戻っちまうから気を付けな」

 「分かったウキ! ありがとうウキ!」

 「じゃあな、またいつか」


 兵十さんはそう言い残し、その場を去った。それからオイラは久しぶりに取り戻したあるがままの姿で、地を駆け、木に登り、束の間の野生を堪能した。そして樹上で見た真っ赤な夕焼けに少し感傷的にもなりながら、沈み往く夕日をただ黙って見送った。やがて魔法は解け、仮初めの姿に戻ると、門限に遅れないように下宿を目指して駆け出した。たまには自然に還ることも必要だ――ふとそんなことを思いながら、人間の重い身体に難儀しつつ、一目散に山を下りた。



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