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浮世の風  作者: 金王丸
13/72

兵十


 「お前さん、もしや―…」

 「ロベスピエールか?」


 思いも寄らぬ呼び掛けにただただ唖然とした。なぜこの男が自分の名前を知っているのか、それは分からない。だがその男の纏う胡乱うろんな雰囲気も相まって、常人でないことを確信する。


 「なんで知っているウキ……」

 「それはな―…」


 とその時、男は胸の前で手を合わせた。そしてボワンと奇怪な音を立てたかと思えば、出所の知れない白煙が辺りを覆う。オイラはその煙から顔を背けるような格好で視界が晴れるのを待っていると、


 「こういうわけだ」

 「……ウキッ!?」


 その中から現れたのは、なんと人間に化けていた狸だった。頭に葉っぱを乗せていること以外、特段変わった様子のない出で立ちではあったが、その変貌ぶりに目を引ん剝いて驚愕する。


 「木の実の換金に来たのだろう」

 「話は長老から聞いている」


 どうやら彼が長老の手紙に書かれていた狸らしい。しかしまさか人間に化けていたなどとは思いもせず、この状況を未だに信じられないでいた。


 「そ、そうウキ……オイラは換金しにやって来たウキ……」

 「そうか、ちょっと見せてみな」


 そう言うと、段ボール箱に入った木の実に手を伸ばす。そしてその中の一粒を取り出すや、値踏みをするようにまじまじと見つめ始めた。


 「これは……一粒100円ってところかな」

 「買い取ってくれるウキか!?」


 狸は静かに頷くと、


 「ついて来な」


 そう言っておもむろに歩き出した。オイラは素軽い足取りでその後について行く。そしてしばらく進んで行くと、山奥深く、木の葉で覆い隠された洞窟に辿り着いた。


 「ちょっとそこで待ってろ」


 オイラは重い荷物を下ろし、ホッと一息ついた。そして狸が再び現れるまでの手持無沙汰に、段ボール箱一杯の木の実を数えることにした。


 「一、二、三……」


 木の実を数えると同時に「正」の字を一画ずつ書き連ねていく。こうしておくと、まとめて数えやすいし、数え間違いも防げる。この画期的な計測法に気付いたのは幼少期のことで、オイラの天才性を現すエピソードとして今でも語り継がれている。その証左にこの方法は「ロベスピエール法」と呼ばれ、島の猿たちに受け入れられていた。


 「……待たせたな」


 全ての木の実を数え終えた頃、狸は黒いカバンを携えて洞窟から出てきた。


 「全部で153個あったウキ!」

 「仕事が早いな」


 静かにそう言うと、カバンの中からそれ相応の現金を取り出す。


 「お前のことを信じるぞ。15300円だ、受け取れ」


 オイラは目を輝かせて、その代価を受け取った。そして手元のそれらを見るにつけ、遂に目的は果たされたのだと実感する。それと同時に、道中の苦労が報われたことを喜ばしく思った。


 「また換金したけりゃここまで来い」

 「あの―…」

 「んっ?」

 「差し支えなければ、名前を教えて欲しいウキ……」

 「オレはな、兵十って言うんだ、よろしく」

 「兵十さんウキね! これからお世話になるウキ!」


 そう言って互いに握手を交わす。その後、散らばった木の実を二人で段ボール箱に戻すと、


 「よし、これで全部だ。手伝ってくれてありがとよ」

 「礼には及ばないウキ!」

 「それはそうとして……お前さん、早く帰りな。日が暮れてちまうぞ」


 ふと空を見上げると、西日が地平線を赤く染めていた。


 「今日は本当にありがとウキ!」

 「また来るウキよ!」

 「おうよ、気を付けてな!」


 そう言って古狸の兵十と別れ、帰路を急いだ。その足取りはすこぶる素軽い。とにかくやるべきことはやった。充足感に満ち溢れた疾走で柔らかな風を切る。後は門限にさえ間に合えば……今日という日が良いものであるために、オイラは全力で山を駆け下りた。



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