羨望
「宇喜田く~ん、荷物が届いたわよ~」
おばさんの声を聞きつけ、階下に駆け下りると、玄関へと続く廊下に大きな段ボールを見つけた。
「随分と重いけど持って上がれるかしら?」
確かに持ち上げてみると、おばさんの言うように中々の重さだった。だがすぐそこまでなら大丈夫だろうと思える程度であったので、気合を入れて二階に持って上がった。そして部屋に着くなりそれを開けると、手紙に予告された通りの木の実が箱一杯に満載されていた。オイラはそれらを目の当たりにするや、思わずよだれが垂れそうになる。
(これだけあれば一ヶ月は食うに困らないウキ!)
取り敢えず一つだけ食べてみようと箱の木の実に手を伸ばす。すると突然、部屋のドアが叩かれた。オイラは咄嗟に箱を閉じ、その方に顔を向ける。
「宇喜田~、いるか~?」
「い、いるウキよ! どうしたウキか?」
甲把はオイラの在室を確認するや、部屋に上がり込んできた。
「なんだその段ボール? 実家から送られてきたのか?」
「そ、そうウキ! 大したモノではないウキ!」
少し動揺しながらも何とかやり過ごす。段ボール箱の中身を気にされたらマズい――そう思い、すぐさま話題の転換を図る。
「それよりも……何の用ウキか?」
「これからカラオケでも行かねえか? 修悟も行くってよ」
「カラオケ! 良いウキね!」
カラオケボックスと言えば、地元の島に一軒だけあるのを知っていた。そこに行ったことのある長老の話によると、どうやら歌って踊れる楽しい場所らしい。その楽し気な話しぶりから、島にいた頃のオイラはそこに行くことを夢見ていた。どうすればあの場所に行けるのか、よく頭を悩ませたものだった。ところがその機会は人間に化けたことで、いとも簡単に手の届くところへと転がり込んできた。この機を逃してはならない――オイラは彼の誘いに賛同し、快諾しかけたその時、ふと長老の手紙を思い出す。
(木の実の換金……)
この局面に至りて重要なことを思い出す。オイラはこれから木の実を換金するため、裏山に登らなければならないのだ。当然カラオケにも行きたい。しかし換金をしなければ、日々の生活に支障を来してしまう。欲望と自制を天秤に掛け、様々に思い悩んだ挙句、オイラは断腸の思いでその誘いを断ることにした。
「今日は用事があるウキ……」
「ええ!? なんだよ、ノリ悪いな~」
「本当にすまないウキ……」
用件をぼかしつつ、暗い声色でひたすらに謝る。そして部屋を立ち去ろうとする甲把に対し、涙ながらに申し出る。
「明良、また誘ってくれウキ……」
「泣いてる……? 一体どうしたんだ……」
その詳細は話せない。だが一方で、カラオケへの未練は意図せずとも口を衝いて零れ出る。
「また誘って―…」
「分かった、分かったって! また誘うからそんなに暗い顔するなよ!」
「約束ウキね! もし破ったら針千本ウキよ!」
「オッケー! じゃあな!」
彼はそう言い残し、さっさと出て行った。そして遠ざかる足音を確認するや、箱に置いていた手を退けて、再び中身と対面する。青々とした木の実の数々、優に百は超えているであろうその一つ一つが島民から寄せられた期待の証であり、オイラの生きる糧である。そのように考えると、一粒たりとも無駄にしないよう、一刻も早く換金して彼らの思いを受け止める必要がある、という思いに強く駆られた。
居ても立っても居られなかった。オイラはその衝動に突き動かされるがまま、すくっと段ボール箱を持ち上げた。そして次の瞬間、その手応えに非情な現実を思い出す。
(やっぱり重いウキ……)
まだ見ぬ地までこれを運んで行くのだ。その労苦を想像すると、折角のやる気も萎えてしまいそうになる。他の二人がカラオケボックスで盛り上がっている一方、オイラは一人で重い段ボール箱を抱えて裏山に登る。苦楽の対極にある両者だが、特段の悪感情はない。ただそこにあるのは羨ましいという気持ちだけだった。




