仕送り
入学して一週間、オイラは今日も課題に追われていた。人間の学校は思っていたよりもずっと忙しく、安請負でやって来たことを若干後悔し掛けていた。あの時長老の頼みを断っていれば、これまでと変わらず南の島で樹上生活を送れていたと思うと現状の苦難が更に重く感じられる。しかし今更後悔しても後の祭り、それ故にこうして机に向かい、勉学に励んでいる次第だった。
(それにしてもよく分からないウキねぇ……)
どうにもこうにも解けない問題に対し、机に噛り付くような格好で必死に取り組んでいると、左手にある窓辺の方から何やら物音がする。トントン、トントン―…大きな物音ではないが、断続的に聞こえてくる。しかしその正体はカーテンに遮られていて分からない。
(こんな夜中に何事ウキか!?)
トントン、トントン―…依然として鳴り止まない謎の物音に段々と怖くなる。そしてふと、ここは二階であるという事実に気付いた瞬間、恐怖のバロメーターは一気に上昇し、最高潮まで達した。するとオイラは青ざめた表情で椅子から飛び降り、腰を抜かしてしまった。他の二人を呼んで来ようとも考えたが、それは出来なかった。彼らを呼びに行っている最中に窓を突き破られ、室内へと侵入を許せば、この部屋は二度と戻らないかもしれない。生来の縄張り意識がオイラをこの場から離さないでいた。
(かくなる上は……)
遂に立ち向かう覚悟を決めた。最悪の事態も想定しながら、恐る恐るカーテンに手を伸ばす。そして思い切り横に引っ張るや、そこには見慣れた鳥のシルエットが滲んでいた。
(まさか……伝書鳩のハトロー!?)
咄嗟に窓を開け、ハトローを招き入れる。しかし初めての場所に警戒しているのか、なかなか入ろうとしない。
「早く入るウキ! 虫が入って来るウキよ!」
元々野生に暮らしていたにも関わらず、虫は大の苦手だった。だから彼を急かしつつ、室内に入れるや、素早く網戸を閉める。
「こんな夜遅くにどうしたウキか?」
「ホロッホ~」
「なになに、長老からの手紙!? 早く見せるウキ!」
するとハトローはその体に括りつけられた手紙を指し示し、受け取るように促す。オイラはそれを素早く紐解いて、中身を調べる。
(『入間』って……そこは『人間』ウキよ……)
恐らく長老の命を受けた学者による記述であろうが、誤字脱字・乱筆のオンパレードに辟易としてきた。開始二、三行で大方の読む気力を削がれたものの、一方で目を通さないわけにもいかず、古文書を解読するような気持ちでたどたどしく読み進める。仮にも五賢猿と呼ばれ、ブレーン的立場にあるのだから、文章くらいもっとしっかり書いて欲しいものだと切に思った。
(なるほど……仕送りウキね……)
その手紙を要約すると以下のようになる。まず仕送りの木の実が日曜日に到着するということ、そしてその木の実を換金すること、最後に明示している換金場所に向かう必要のあること、この三点だ。
(この地図で本当に辿り着くウキか……?)
手紙の最後に書かれている地図はそれまでの文字同様、パッと見よく分からず、更なる解読作業を要するものだった。ただ用件は把握できたので、取り敢えず一安心、というところだ。
「長老からの手紙、確かに受け取ったウキ!」
「ハトローも長いところ、ご苦労だったウキね」
「くれぐれも気を付けて帰るウキよ」
「ホロッホ~」
「なになに、餌をくれ? ちょっと待つウキ!」
ガサゴソと棚を漁り、手頃な菓子を見つけるや、砕いたそれをハトローに与え、彼の長旅を労った。やがてそれも済み、帰路の段に至りて、
「ハトロー、さっと外に出るウキよ?」
「あんまりもたついてると虫が入って来るウキ……」
「ホロッホ~!」
そう言うと、素早く網戸を開け、ハトローを外に出してやる。故郷を目指して次第に遠くなるその羽音を聞きながら、どこか郷愁の念に駆られる。
(オイラも島に帰りたいウキ……)
しんみりとそう思い、手元に目を落とす。蛍光灯に照らされた机の上でやりかけの課題がこちらをじっと見つめているようだった。目の前に立ちはだかる試練、無情な現実に少しため息を漏らしながらも、島の期待に応えるべく、再び筆を握った。この期に及んで投げ出すことは出来ない。いくら辛かろうが、やるしかないのだ。なぜならば、オイラの生きる道は手元で滑らせている黒鉛によってのみ、切り開かれるものだと知っていたから――。




