違和感
麗らかな日差し木漏れる桜並木の下、両親に付き添われながら歩み行く。やっとこの日が来た。僕は新しい環境へと飛び込むことに緊張しつつも、一方でこれから始まる高校生活に胸を躍らせていた。足掛け一年半にも及ぶ受験勉強で掴み取った名門進学校への進学――それは長く険しい道のりであったが、横目に見える校舎、周りを歩く賢そうな学友、そして身を包んでいる制服に努力の結実を実感する。
(よしっ、これから頑張るぞ!)
声には出さなかったが、自身に言い聞かせるべく心の中で意気込む。勉強や部活、そして恋愛、やりたいことは山ほどあった。しかし普通ではつまらない。紋切り型で陳腐な高校生活とは違う、僕たちだけの「青春」を謳歌したい。その入り口はもうすぐなのだ。溢れんばかりの夢と希望を抱え、目の前に迫った校門を潜ろうとしたその時、
(……んっ!? なんだあいつら……)
向かいからやって来た異様な二人組を見つけては思わず立ち止まる。父親とその息子なのだろう、二人ともひどく背を丸めてこちらへ歩いて来ていた。その歩様もなんだかおぼつかず、ふらふらとして危なっかしい。息子と思しき方の格好を見れば、僕と同じ新入生であることに間違いなさそうだった。しかしどうもおかしい。初めに覚えた強烈な違和感を拭い去ることが出来ずに悶々としていると、
(何かに似てる……そうだっ!)
あるモノがパッと頭に浮かぶ。そのイメージのままに彼らを捉える。すると見事に合致する――。そう、その出で立ちはまるで―…
「修悟、何をボケっとしてるの? 早く行きますよ」
母親に急かされ、ハッと我に返る。これから入学式だ。人生のハレの舞台、明るい未来への第一歩には相応しい態度で臨まなければならない。意図しない遭遇に緩んだ気を取り直す。そして名も知らぬ級友に失礼なことをしてしまったと申し訳なく思う。やがて校舎内に入り、指定された教室へと向かう。
(忘れろ……忘れるんだ……)
道中、その言葉を何度も繰り返しながら、時たま脳裏に浮かぶ彼の残像を掻き消そうと一人で四苦八苦していた――。
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「新入生の諸君! 本日は~…」
お偉いさんの冗長な挨拶が延々と続く。最初は新入生らしく話し手を真っ直ぐに見つめ、その言葉の一つ一つを噛み締めるように聞いていたが、そろそろ限界だ。
(うぅ……これはマズいことになったぞ……)
式の始まりから既に一時間以上も経過しており、居眠りせずに座っているだけでも大変なのに、ここに来て便意の荒波が襲い掛かる。そして急速に強まるこの手応えを鑑みるや、一刻も早く対処しなければならなかった。しかし誰も席を立たない現状、僕だけこの場を抜け出しトイレに向かうのは困難だ。一時の恥を凌ぐか、忍耐に忍耐を重ねるか――しばらく自分の中で葛藤する。だが一向に状況は好転の兆しを見せない。
(この危機的状況、どうすればいい……?)
神頼みに次ぐ神頼みも虚しく、半ば絶望しかけたその時、新入生の一人が跳ねるように席を立つと、駆けるようにその場を去った。
(よしっ! 助かった……!)
名も知らぬ級友の勇気ある行動に僕は救われた。一気に注がれる衆目の嵐にも怯まない、蛮勇なる「ファーストペンギン」に尽くせないほどの賛辞を送りたい。これで僕もトイレに行ける。そう思うとすぐに席を離れ、忍者の如くこっそりと会場を抜け出した。
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僕は走った。ひたすら走った。「廊下は走らない」――校内に張られている注意喚起の張り紙に構わず、必死でトイレを目指した。
そしてようやくそこに辿り着くや否や、目撃してしまったのだ。あれほど僕を苦しめていた便意をも忘れさせる衝撃的な光景、その姿に我が目を疑った。
(小便器の前に……座ってる!?!?!?)
「まっ、間違えたウキ!」
彼は僕の存在に気付くとすぐさま居直り、正常な体勢に戻った。しかし僕はこの目ではっきりと見た。初めに目撃した姿は、よく動物園で見かけるような、動物の用を足す様に他ならなかった。そしてその顔を見て更に驚く。
(コイツ……校門で見かけたヤツだ……)
やっぱりおかしい、最初に抱いた疑念が息を吹き返すように再燃する。
(一体、何者なんだ……?)
僕はしばらく固まったまま、その場を動けないでいた――。