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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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第七話 繋ぐ印

 





 なにか、遠くの方で言い合っている声が聞こえる。


 未だに寝ぼけているので、何を言っているのか聞こえはするが、脳みそが理解するのを拒否した。



「華雪ちゃんに〝印”をつけるなんて信じられないっ!!今すぐ消しなさいよっ!!」


「一回つけたらどちらかが死ぬまで消すことができないのは桐生さんもご存じでしょう?

 できないことを言わないでくださいよ」



 言い合っているというよりは、一方的に桐生が二郎に突っかかっているらしい。



「っ、もうっ、本当に信じられないっ!!」


「そんなに騒いでいると、華雪さんが起きてしまいますよ?と、もう遅かったですか」



 私がぼんやりと薄目を開けていると、二郎の顔が視界に映りこんだ。



「まだ寝ていていいですよ。体への負担も大きかったでしょうし」


「・・・・・・負担?」



 まだ動かない頭をフル回転させ、二郎が言っている意味を理解しようとする。


 すると、気を失う前の記憶がよみがえってきた。



 がばっと起きて、二郎の胸倉を掴む。



「お前っ、何をしたっ!?」


「契約をしたんですよ。〝スキューヴェラ・アンデトラーク”のね」



 胸倉を掴まれているというのに冷静に言葉を返してくる二郎。


 返ってきた言葉の意味に私が動揺する。



「正気か!?スキューヴェラ・アンデトラークなんて!!」



 スキューヴェラ・アンデトラークとはある国の言葉で、直訳すると奴隷契約だ。


 この契約は契約をした側が奴隷になるという、一風変わった契約で、まず使うような馬鹿はいない。


 時たま相手を隷属させるものと勘違いして使うアホがいるとは聞いていたが、二郎がそんな初歩的なミスをするとは思えない。


 つまり、二郎は自分の意志で私の奴隷になったのだ。



 しかも、これは魔術による契約だ。


 簡単に無効にできるわけでもなければ、変に手を出せば私だけでなく二郎にも迷惑がかかる。



 そんなことをどうしてしたんだと、思わず睨み付ければ、さも可笑しそうに笑われた。



「神話生物が正気なわけないでしょう?華雪さん」


「そういう揚げ足を取って欲しいわけじゃないっ!

 この契約がどういうものか知った上で結ぶ馬鹿がどこにいるかと言っているんだっ!!」


「ここにいますよ。

 これで私の命は華雪さんのものです。生かすのも殺すのも、もちろん行動の一つ一つも華雪さんの望みのままに」



 ニッコリといつものように笑って、胸倉を掴んでいた私の手を優しくほどくと、右の手首にその唇を落とした。


 そこには入れ墨のような黒い主従印が浮かび上がってきた。



 逆十字と蝙蝠の羽をモチーフにした、あの銀のブレスレットにもあった二郎特有の印だ。


 その十字架から二重の鎖が手首を拘束するようにぐるりと一周している。



 私は茫然とその印を見た。



 さっき、私が夢うつつの時に桐生が言っていたように、この契約魔術はどちらかが死ぬまで破棄できない。


 そして、このタイプの契約はその魂ないしその存在自身と結ぶものだから、ここでもし仮に私が自殺したとしても、完全に私という存在が消滅しないかぎり契約は続く。



 そこまで理解してしまった私は最悪だと頭を抱えた。


 それとは逆に二郎は今にも鼻歌を歌いそうなほどに上機嫌だ。



「本当は契約結ぶのはもっと後でもいいと思ったんですけどね。

 華雪さんがあんまりにも私のことを考えてくれませんから。これがあったら嫌でも考えてくれるかと思いまして」


「だからって・・・」



 昨夜話したことについて、二郎はかなり怒っているようだ。


 それに関しては私が全面的に悪いとは思っているが、だからと言ってこれはないだろう。



「ここまでしないと、華雪さんはまた私を置いてどっかに行ってしまうでしょう?」



 不意に悲しげな表情をする。否定出来ない事実に私は目を二郎から背けつつ、



「・・・・・・結んでしまったものは仕方ない。

 今更騒いでも契約がなかったことになるわけでもないし、これはこのままいこう」


「改めてよろしくお願いしますね、私のご主人様(華雪さん)



 命令さえしなければほぼ問題ないと割り切って、この契約についてぐちぐち言うのをやめた。


 どうせ言っても契約取り消せないし、何か事態が好転するわけではない。



 そんな非生産的な時間を過ごすことよりも、もっと有意義に時間は使うべきだ。



 気持ちを切り替えて、寝汗でベタベタした体を綺麗にしようと、風呂場に向かうためにベッドを降りる。


 すると、二郎が軽々と私を抱きかかえ、風呂場に歩いていくではないか。



「ちょっ、ちょっと、二郎、ストップ!!」


「どうかしましたか?シャワーを浴びたいと思いましたよね?」



 こてんと首を傾げる二郎。



 言っていることに間違いはないが、どうしてお前が私の思考回路を読んでいるんだ。


 不思議に思ったので、抱き上げられたままその疑問を口にした。



「どうしてシャワーを浴びたいと私が思ったことを二郎は知っているんだ」


「知らないんですか?華雪さん。この印があると主人の願望、つまり華雪さんがこうしたいなとかいうのが全部伝わるんですよ。

 それを読み取って、より主人のために尽くせるようになるのがいい奴隷の条件ですから」



 前言撤回。


 早速問題が発生した。


 私の読んだ魔導書にはそんな記述がなかったので、命令さえしなければいいと思っていたが、考えが甘かったようだ。



 もしも仮に私がこの世界初なんて滅んでしまえと少しでも思ったら、そのまま世界の破滅に直結してしまう。


 心で思うだけでもアウトなんて、思想の自由が遥か彼方にさよならしている。



「華雪さんが嫌だというのなら、極力聞かないことはできますが」


「そうしてくれ。心の中を読まれるのは恥ずかしいからな」


「了解しました。ですが、シャワーのお世話は私がさせて頂きます。契約のせいでまだ体が怠いでしょうから」


「そういうことなら、私が華雪ちゃんをお風呂に入れるわ。二郎に任せると、セクハラで入浴時間が終わりそうだから」


「いや、一人で入らせてくれ」



 どうしてどちらかが私をお風呂に入れるという議論になっているんだと、私は一人冷静にツッコミを入れた。


 二郎の言っている通りに、体は怠いが、人に頼るほど重症ではない。



 また言い争いを始めそうな二人を落ち着かせ、私は一人で風呂に入った。






 ちゃぷんという水音と共に、私の体は湯船に浸かる。


 温度は程よく、気を抜いたら寝てしまいそうなほど気持ちいい。



 皮膚に溶けるように消えてしまった契約印のある場所をしばらく見つめ、色々と考えていたが、考えたところでどうにもなるわけでもないしと完全に吹っ切れて、のぼせる前に風呂から上がり、部屋に戻った。



 部屋では表面上落ち着いている桐生とまだ上機嫌な二郎がイスに座って私を待っていた。



「体は大丈夫?華雪ちゃん」


「ん。もう、怠さもないし平気だ。桐生には心配かけたな」


「ううん。悪いのはそこで不気味に笑っているクソ変態吸血鬼野郎よ。

 華雪ちゃんが気に病むことじゃないわ」



 桐生は綺麗な笑みを浮かべながら、容赦なく二郎を罵倒する。


 これはかなり怒っているなと私は思いながらも、怒られている本人であるハズの二郎は我関せずの姿勢を貫いている。


 喧嘩するよりはマシかと自分に言い聞かせ、二人の間に座った。



 すると、華雪さんの席はそこではありませんよと二郎に言われ、抱き上げられる。


 次に乗せられたのは二郎の膝の上だ。



「二郎・・・一体、何のつもりかしらぁ?」



 桐生のこめかみはピクピクと引きつっている。



 美人は怒っても美人なのだなと軽い現実逃避を私はし始めた。


 自分が怒られているわけではないが、桐生の迫力は凄まじく、気の弱いものなら気絶しているレベルだ。



 それに対して二郎は特に気負うことなく返答する。



「椅子なんて硬くて冷たい木材の上よりも私の膝の上の方が居心地がいいでしょう?

 それに、こうして主人に近いほど力が発揮できますし。一石二鳥じゃないですか」


「貴方の言い分はよぉーく分かったわ、二郎」



 うふふふふと桐生は笑いながら、ゆらりと立ち上がる。



 これは桐生がマジ切れしたわ、と雰囲気で感じ取った私は二郎の膝の上から逃げようとするが、腹に回されている手はビクともしないで、私を拘束したままだ。


 二郎は私を抱きかかえたまま、普段通りのまま座っている。



 その間にも桐生はどんなスキルや魔法を使ったかは不明だが、彼女が昔愛用していたオートマチックピストルの中でも最高レベルの殺傷力を誇るデザートイーグル50E(改造済み)が、桐生の両手に現れた。


 銃口を迷いなく二郎の額に向けると、桐生は綺麗な笑顔を浮かべて、



「死ね!!」



 と引き金を引いた。


 ダンッダンッと発砲音が連続して室内に響く。


 ほぼゼロ距離で放たれた弾丸達は二郎の額の数センチ前で停止すると、ぽろりと床に落ちた。



 何か結界でも張っていることは了承済みなのか、桐生は弾を撃ち尽くすと銃を捨て、直接二郎に蹴りかかった。


 テーブルに手をつき遠心力をたっぷり乗せた回し蹴りは、当たれば人間の頭ぐらい吹っ飛ぶ威力があることを、私は昔に見て知っている。



 だが、二郎は慌てず騒がずに桐生の足をぱしっと左手一本で受け止めた。


 そこまで二郎が完璧に攻撃を防いだところで、私は桐生にストップと言った。



「桐生、そこまでにしておけ。お前たちの喧嘩は毎回見ている方がヒヤヒヤする」



 前から事あるごとにこの二人はこんな喧嘩をしているので、慣れてきてはいるが、心臓に悪いことは否定できない。


 今回は私が二郎の膝の上にいるから銃撃と蹴りぐらいで済んだが、離れたところに私がいる状態で喧嘩が始まると爆弾や機関銃を見境なく使ってくるので、毎回怪我しないのかと心配になる。



 いくら二郎が物理攻撃があまり効かないとはいえ、当たれば痛いものは痛いだろうし、流れ弾が当時の桐生の部下の頬を掠めて壁を壊したような記憶もある。


 当然だが、その部下は後日一身上の理由とかで辞表を出していた。



 二郎は二郎で自分のことを分かっている人間が真正面から突っかかってくるのが面白いらしく、桐生との小競り合いをどことなく楽しんでいるようだ。



 楽しむのは勝手だが、桐生を怒らせるためだけに私を使うのはやめて頂きたい。



「私が華雪さんに構っている理由は桐生さんを怒らせるというよりは、純粋に華雪さんの傍に居たいからですよ?」


「だから、心を読むな」



 ナチュラルに心を読んでくる二郎に頭を抱える私。


 契約を介して私の思考を読むのは反則技だろう。



「とは言われましてもねぇ・・・・・・。勝手に流れてしまうものも多いですし。

 華雪さんの命令だったら読みませんよ?」


「そんな下らないことでいちいち命令するわけないだろ。

 というか、何でお前はそんなに命令されたがっているんだよ」



 初めて会った時から二郎は私に何回も命令をしないんですかと聞いてきた。


 私はその度にしないと言ってきている。


 今思い出してみると、どうして二郎がそんな風に言ってくるのか聞いたことがなかった。



 彼は一瞬真顔になると、まるで子供が内緒話をするように私の耳元に口を近づけて、呟くように話す。



「それはですね・・・・・・秘密です」


「はあ!?ここまできてか!?」



 顔を離した二郎はいつも通りに笑っている。


 さっきの真顔はどこにいったのだと問い詰めたい。



「だって、簡単に言ってしまったら面白くないでしょう?

 それに、華雪さんが私のことを考えている姿を見るのは大好きですから」



 そう爽やかに言い切った二郎に、桐生は青筋を立てる。



「やっぱり、このド変態腹黒吸血鬼は抹殺した方が世界のためね!」



 またしても桐生は謎スキルで何かを召喚する。


 今度はオートマチックピストルなんて銃ではなく、切れ味のよさそうな刀だ。



 鞘を投げ捨てて、二郎に上段で切りかかる。



 が、桐生の刃は二郎に真剣白刃取りされ、そのまま窓の方に放り投げられる。


 そのまま行けば窓ガラスを突き破り、真っ逆さまに落ちて地面に叩きつけられるだろう。



 しかし、桐生も二郎に喧嘩を売れるほどの力はあるので、難なく空中で一回転すると、窓の少し上の壁に足をつけ、そこを起点に再度二郎に切りかかる。


 今の攻防の間に私は二郎の膝の上から脱出し、部屋の隅で大人しく座っていることにした。






 しばらく会ってなかったからなのか、二人の喧嘩という名のじゃれあいは前に見たそれよりも数段激しい。


 炎が氷が雷などが激しくぶつかり合って、さらに肉弾戦もしている。



 それなのに部屋には一切傷がついてないのだから、どちらかがハイレベルな補助系魔法を使っているのだろう。


 桐生にはそこまでの余裕はなさそうだから、二郎が結界でも張っているのだろうなと予想する。


 そのハンデがあっても桐生は二郎に一撃も加えることはできない。



 やがて魔力切れで桐生は降参した。


 その顔はどことなく悔しそうだ。



 基本スペックが隔絶しているから毎回こういう結果になるだが、それでも桐生は納得いってないようだ。



「あー!また勝てなかった!!」


「お疲れさま、桐生。いつ見てもカッコいい戦い方だったぞ」



 汗だくの彼女にタオルと冷たい水を渡してあげる。


 桐生は床の上に座り込んだままそれを受け取る。



 対して二郎はいつもと変わらず汗一つかかずに、涼しい顔をしながらまた自分の席に座っていた。



「二郎もお疲れさま。とはいっても、なんか余裕そうだったが」


「いえいえ。これでも手加減が難しいのですよ。


 桐生さんは間違いなく人間というカテゴリーの中では最強クラスですからね。油断しているとこっちがやられそうですよ」



 よく彼の顔色を観察してみると、確かに疲労の色が多少見える。



「えっと、血、飲むか?」



 水よりは栄養補給もできる血の方がいいだろうと思い、私が嫌いな吸血を彼に勧める。



「今飲むと理性がぶっ飛んで華雪さんを滅茶苦茶にしてしまうのでいいです。

 また後で飲ませてくださいね」



 怖いセリフが混じっていたが、彼なりのジョークだと自分に言い聞かせた。


 桐生はまた臨戦態勢に入りそうだったが、流石にもう体力も底ついてるようだ。






 二人とも疲れているし、とその日の夕ご飯は私が作ることにした。


 それはそれでまたひと悶着あったりしたけど、楽しい時間を過ごせた。



 だが、ふとした瞬間にここにはいない彼のことが気にかかる。


 ご飯はちゃんと食べられているのだろうか?訓練で怪我をしていないだろうか?考えれば考えるほどどうでもいいことまで心配になる。



 しかし、私には彼に会う勇気がない。


 だから、今日もその心を誤魔化してベッドに入った。



 そんな彼に再開する時は知らない間に近づいているとも知らないで。






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