第六十四話 おかえりとただいま
私は今、ベッドの上で正座させられている。
前には屍鏡、朱音、桐生が仁王立ちし、少し離れた所ではルークが白に淹れてもらったお茶を啜っていた。
五郎と二郎は別室にて話があるとの事で、ここにはいない。
お茶を配った白も、大喧嘩が勃発しないように、二人を見張りにいっていない。
ベッドの上という優しさを見せているものの、三人が怒っているのは明白だ。
理由は言うまでもなく、私が無理をして消滅寸前だったからだ。
あの時、五郎が名前を呼んで、キスという簡易的な儀式をしなければ、実際に消滅していただろう。
彼は無意識というか適当にやったと思うが、キスというのは自分の想いを相手に閉じ込める、立派な魔術的儀式だ。
結婚式でキスをするのは、その前に誓った内容を相手の体に閉じ込め、愛を永遠にするという意味がある。
あの時の五郎のキスは、生きて欲しいという強い願いを私に入れることにより、ある種の気付け薬のような役割を果たした。
おかげで、私は生きているが、存在が不安定なためにベッドの上の住人に逆戻りし、怒っている彼らと対面するハメになっている。
一難去ってまた一難とは、まさにこの事だろう。
「華雪ちゃん、帝国に行かせた僕が悪いとは思っているし、ルークと二郎がいるから、しばらくは大丈夫だろうと慢心したのもいけないと分かっているよ。
でもね、一人でアイツに特攻して行ったのとは、話が別だ。
どうして、一人で行ったの?」
「・・・・・・みんな、手一杯だったから」
「わざわざ結界を張った部屋にいるように見せかけて、山口を撒いたのに?
廊下からじゃなくて、窓伝いにアイツの部屋まで行ったんでじょ?随分手が込んでるね」
私の友人達、怒るとみんな怖い奴らだ。
普段温厚な奴ほど怒らせてはいけないと言うが、私だって好きで怒らせている訳じゃない。
彼らと私では優先するものが違うから、自分の命を軽く扱う度にこうなるが、嫌な思いをさせて悪いと思う反面、ちょっと嬉しいと感じてしまう、最低な私がいる。
怒られるのが好きな変態ではないが、自分という存在が必要とされている感じがして、嬉しく感じてしまう。
普段からちゃんと大切だと伝えてもらっているのに、こういう時にしか実感できない自分が悪趣味かつ狂っていると自覚しているが、人ではないゆえの弊害だと思って付き合って欲しい。
もっとも、表にはそんな面を出さないが。
神妙な顔をしつつ、どう答えるか思案する。
「屍鏡、そう言うと計画的犯行に聞こえるが、実はそうじゃない」
「へぇ。じゃあ、どうだったの?」
仮面を外している屍鏡が、冷ややかに見下ろしてきた。
私は小さくなりながらも、辻褄のあった話を作り上げる。
「五郎とは別ルートで桐生達を呼んでこようかと思ったら、たまたま入った部屋が、あの男の部屋で、そこから流されてしまったんだ」
「凄い、たまたまだね。
でも、ヤバくなった時点で二郎を呼ばなかった理由は?」
「それは、しようと考えたが、五郎が人質に取られていたのと、二郎の状況が分からなかったからだ。
どういう訳か、私達のことがアイツには筒抜けだった」
これは本当だ。
私が見た目通りだと侮ってくれれば良かったが、そんな事はなかった。
ある女から聞いたらしいが、つくづく余計な事をする女だ。
会ったら絶対に、彼らにバレないように殺さないと。
私のことを知っている奴なんて、どう考えても碌な奴じゃないからな。
殺しておいた方が後腐れなく、私の心の安寧に繋がる。
「んー。それは嘘じゃないからね。
山口の為とはいえ、他の人を頼ろうと思った事だけ、進歩かな。
今回の件は最初に言った通りに、僕のせいである部分が大きいから、ここまでにしておこうか。
華雪ちゃんもゆっくりしておいた方が良さそうだからね」
正座している私の体は時々透け、向こう側が見える。
五郎に安定させてもらったものの、存在が削れ過ぎたせいで、実体化すら不安定な状態だ。
力を与えた片方の神であるルークでも、時間が経過する以外に処置なし、と放り投げられた。
言われた以上は大人しくベッドにいなければならない。
「五郎さんを呼んできてあげるね、先生!
積もる話も沢山あるだろうし、私達は席を外すよ」
「えっ!?いや、お前らも居ていいぞ!
むしろ、居て欲しいぐらいだ」
五郎と二人きりで顔を合わせて、私はどうすればいいのだ。
意識が朦朧としていたから、さっきまでは彼と一緒でも平気だったが、意識がはっきりした今、顔を合わせると気まずいことこの上ない。
計画的に彼らから離れたのだ。
その件で一番怒っているのは五郎だし、夫である彼にその権利はあると思っている。
怒られるのは別にいいが、五郎のあの姿を見た後では、逆に私が怒ってしまいそうなのだ。
人間は人間のまま生きて死ぬ事が一番幸福なのに、あんな姿になってまで、彼は何がしたかったのだろう。
言ってくれれば、何でも私が頑張って叶えたのに。
だから、ちょっと時間を置いて、冷静になってから対面したかったのだが、彼らはごゆっくり、と出て行ってしまった。
五郎が来る前に逃げるか、とベッドから降りた所で、ノックもなしに彼が入ってくる。
「また逃げようとしていたのか、華雪」
「えっ、いやっ、その・・・・・・運動をしようとしていただけだぞ!」
誤魔化し笑いを浮かべる私に、ため息をつく五郎。
逃げきれないと悟った私は、ベッドの上に戻った。
「そんなので誤魔化されると思ったのか?
あの馬鹿な学生の俺とは違うんだぞ」
「学生の五郎は馬鹿ではなったけどな」
「フン。あんな女にノコノコ着いて行って、人質にされている時点で馬鹿だ」
懐から出した煙草に火を付け、美味そうに吸い始める。
ふぅ、と私に煙を吹きかけてくる五郎に、頬を膨らませて抗議した。
「ケムいじゃないか!」
「こうやって俺に煙を吹きかけられるのも久しぶりだろ。
どうだ?俺がお前の夫の俺だと分かったか?」
「ちゃんと分かっているさ、五郎。
唇を許すのは、お前だけだし」
こんな恥ずかしい事は言いたくないが、言わないと伝わらない。
視線を泳がせながらでも、言った台詞が気に入ったのか、五郎は上機嫌だ。
「そうだな。学生の俺にあれだけ言い寄られても、お前は頑として首を縦に振らなかったからな。
俺がお前の男だと分かったなら、俺が言いたいことは分かるな?」
「ゔっ・・・・・・」
五郎は光が消えた、狂人特有の瞳で私を見てくる。
それだけでなく、ベッドの上の私にのしかかってきて、流れるよいに押し倒す。
「なぁ。お前が目の前で死んだ後、俺もその後を追ったんだぜ。
いつものように会えると思っていたのに、会えなかった時の俺の絶望が分かるか?」
返答を間違えれば、何をするか分からない危うさを秘めている。
慎重に言葉を選んで返答しなければ。
「わた、しは、五郎が、傷つくのが、嫌で」
「肉体的に傷つくのはいくらでも耐えれるが、華雪がいないことだけは耐えれない。
そう言葉にも行動にも示しているつもりだったが、伝わっていなかったようだな」
そろり、と頬を撫でられる。
私と同じく温度が無くなってしまった彼の手だが、記憶の中と同じように、ほっとさせてくれる暖かさはあった。
「それと、私がどんどんおかしくなっていたから、離れないと五郎を害してしまいそうで・・・・・・」
「お前に殺されるなら本望だというのも言ったのにな。
どうして相談してくれなかった?」
「そういうお前だって、何で人間を辞めたんだ?
人間が人間でないものになる苦痛は分かっていると思っていたのに」
ああ、これじゃあ逆ギレだ。
こうなるから、顔を合わせたくなかったのに。
「そうだな。
人間を辞めた奴らの末路は嫌というほど見た」
「なら、何で!」
「それでも、お前と共に居たかったからだ。
華雪が居なくなったと分かった時、俺は迷わず探す決断をした。
だが、見つけても同じように逃げられたら困る。
力をつければ、俺が傷つくからなんて理由を潰せるし、物理的にも逃げられなくすれぱ、一石二鳥だろ」
物理的に逃げられなくするって、監禁って言うんじゃないのか。
口から出そうになった言葉を辛うじて飲み込む。
言ったら最後、本当に実行しそうな気配がしたからだ。
その代わり、馬鹿だな、という言葉が零れ出る。
「人間のまま生きたのなら、まだましな人生が送れたのに」
「一人で人として生きるよりも、二人で人外として生きる方が楽しいぜ。
お前もそう思うだろ?」
「五郎は馬鹿だな、本当に。
学生の時もそうだったが、今の五郎の方がずっと馬鹿だ」
「華雪と居られるなら、馬鹿でいい」
光が戻ってきた瞳に、私の歪んだ顔が映し出される。
いや、歪んでいるのは私の視界だ。
堰を切って流れ出す涙を愛おしそうに、五郎は優しく指先で拭ってくれる。
「おかえり、私の五郎」
「ただいま、俺の華雪。
どれだけ経っても、泣き虫なのは変わらないな」
「うるさいっ。泣き虫じゃないしっ」
「はいはい。俺の前だけで泣いてくれよ。
間違っても二郎やルークの前で泣くんじゃないぞ」
額をコツン、とぶつけ、ベッドの上で私達は抱きしめ合った。
「先生ー。イチャイチャしているところいいかな?」
「服を着るなら、今だよ。山口」
扉の向こうから、朱音と屍鏡の声が聞こえてくる。
イチャイチャもしてないし、服も着たままだが、五郎が私の上から退いてくれない。
「五郎、この体勢はちょっと恥ずかしいから、降りて欲しいんだが」
「夫婦水入らずの時間に割り込んでくる、あいつらが悪い。
話をするだけなら、この体勢でも問題ないだろ」
「ありまくりだ。
離れたくないなら、重いかもしれないが、膝の上に乗っているから」
その体勢だって充分恥ずかしいが、この押し倒されているような体勢よりはマシだ。
というか、前にルークが同じような体勢をしていた時には、屍鏡は迷いなく銃弾をぶち込んでいた。
ルークだから笑い話で済んだが、次もそうだとは限らない。
開けるよー、という声と共に扉が開いた。
次の瞬間には、パンっ、という軽い破裂音がする。
「危ないじゃないか、屍鏡」
「消滅寸前だった華雪ちゃんを襲っている奴は、一回死ねばいいよね。
というか、そのキモい触手は何?
それで華雪ちゃんに触れたら、マジで殺すよ」
銃弾は五郎に当たることなく、近くの壁にめり込んだ。
弾いたのは、五郎の背中から生えた触手達の内の一本だ。
先端に付いている口に生えた牙で、上手いこと逸らしたのだろう。
「この触手は俺の一部だ。
華雪が嫌だったら、これで触れないし、もう出さないようにするが?」
真っ黒でウネウネと蠢く触手群は、生理的に受け付けない人が多そうだ。
しかし、私はそれらが彼の一部だと思うと、愛しくて仕方ない。
手を伸ばして、近くに寄っていた一本を、そっと撫でた。
ツルツルとした手触りは悪くなく、私よりも冷たい温度を持つそれは、変温動物を撫でている気分だ。
「蛇みたいな、不思議な触り心地だな。
でも、嫌いじゃないし、五郎の一部なら何でも好きだ」
「なら、もっと撫でてやってくれ。
華雪に撫でられるのが、そいつらは一番好きだからな」
にゅっ、と一気に近づいてくる触手群を、片っ端から撫でる。
「ねぇ、綺麗さっぱり僕達の事忘れてるよね」
「はっ!ち、違うぞ、屍鏡!忘れていた訳じゃない!!」
すっかり五郎の触手に夢中になってしまっていた。
五郎は撫でられたことに満足し、体を起こして煙草の続きを吸う。
私もベッドに上に座った。
「まぁ、いいけどね。
夫婦の時間に首を突っ込んでいるのは、僕達だし」
「わぁ、五郎さんの触手カッコイイなぁ。
ちょっとだけで、いいので、触らせてもらっていいですか?」
「優しくな、朱音」
行儀悪く椅子の背もたれに顎を乗せてグタッ、としている屍鏡に対し、朱音は五郎の触手を触りに来る。
彼はすんなりと了承し、触らせてあげた。
「それで、どうかしたのか?」
「お詫びになる訳じゃないけど、これを渡しておこうかと思って」
屍鏡が渡してきたのは、黒いカードだった。
金色のインクで、この国の紋章と屍鏡のサインが書かれている。
「これは?」
「そろそろ、この国で年に一度のお祭りが開催されるんだ。
それは、屋台やお店で好きなものを好きなだけ買えるカードだよ。
良かったら山口と行ってくれば」
「ルークさんが言うには、力はまだまだ戻らなくても、透けないで日常生活を送るには、後二・三日でどうにかなるらしいんだ。
だから、五郎さんとデートしてきなよ!」
彼らは私に気を使っているようだ。
帝国に行ったのは私の我儘だというのに、自分の責任だと背負い込んでしまっているのだろう。
屍鏡はこういう所は無駄に生真面目だ。
ここはカードを受け取り、適当な金額を使って、もう気にするな、と言ってやった方がいい。
私が気にしてないと言った所で、屍鏡も朱音も納得しないのだから。
それに、具合が良くなれば、一回ぐらい五郎とデートをしてみたかったのも事実だ。
「体が透けなくなったら、祭りに参加させてもらおう。
そういえば、行われるのはどんな祭りなんだ?」
「ん?赤コネコ祭りだよ」
屍鏡は本日一番にこやかに、そう言い切った。




