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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第四章 リトゥ・ツィネ・アール帝国編
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第六十三話 覚醒

 





 あの気が狂った姫に話しかけられたと思ったら、頭部に衝撃が走り、床に倒れていた。


 ごめんなさいね、と口元を歪めながら嗤う女に、遅まきながら嵌められたことに気づく。



 しかし、体に力は入ることはなく、視線を動かすだけしかできなかった。
















 暗転していた意識を回復させれば、どこかの部屋にいた。


 殴られた頭がズキズキするのと体を拘束している縄が煩わしい。



 縄の先は白毛の触手ゴリラに持たれていて、逃げることはできない。







 目の前には帝王と華雪がいる。


 帝王の方は俺の首筋に剣を添えていて、一瞬でこいつが敵だと判断した。



 一方、華雪の方はブツブツと何かを呟きながら、高くなった寝所に寝かされている女の周りで独特のステップを踏んでいる。


 瞳はどこを見ているのか分からない程虚ろで、足取りは覚束ない。



 どう考えても、良くない状態だ。




「よう、目が覚めたか」



「ああ。最悪の目覚めだ」





 俺が目の覚ましたことに気づいた帝王が話しかけてくる。


 今までの中で一番機嫌が良さそうだが、対照的に俺の機嫌は地の底だ。




「オレ様は最高の気分だけどな。なにせ、もうすぐで最愛の女が帰ってくるんだから。


 よく見といてやれよ。好いた男のために命を捨ててまで儀式をやり遂げようとする女の姿を」



「何だと!?」



「今、あの女は自分を削りながら儀式をしている。

 お前のためにな」




 バッと華雪を見れば、話している間にもう立っているのもやっとな感じになっている。


 その体は向こう側がぼんやりと透けて見え、時々輪郭が歪む。




「華雪、今すぐ儀式をやめるんだ!!

 自分の体の事は自分がよく分かっているだろ!!」



「いいや、止めないな。

 お前が人質になっている限り、あの女は止まらない」



「クソっ!華雪!華雪!!

 お前が死んでまで生きたいとは俺は思わない!!

 だから、もうそんなこと止めて、お前だけでも逃げろ!!」




 喉の許容の限り叫ぶが、彼女には届かない。



 ひょっとしたら、もう耳が聞こえてないのかもしれない。


 目も見えてないようだし、口を動かすことだけに全神経を使っているのだろう。






 縛られて不自由な体を捩り、少しでも華雪に近づこうとするが、白毛の触手ゴリラ三体に乗られ、体がそいつらの重さで軋む。



 そうして苦戦している間にも、どんどん華雪が透けていく。






 ここにいるのが、俺じゃなくて二郎なら。


 同じ顔していても、戦闘力に天と地の差がある。



 そもそも、こんな間抜けに捕まって人質になんてならない。






 桐生なら、ルークなら、――――――――――――――――昔の俺、なら。


 ・・・・・・昔の山口五郎なら。






 パチンパチン、と何かが弾け飛ぶ音が脳内に木霊する。


 それは理性を繋ぎ止めている鎖が切れる音というよりも、スイッチが切り替わる音に似ていた。






 パチンッ。



 そうだ、あの時も俺の間の前で。





 パチンッ、パチンッ。


 華雪が、かせつが。






 パチンッ!


 ・・・・・・・・・・・・死んだ。
















 だから、俺は力を求めた。


 華雪を、愛しい自分の妻を守れるだけの力を。






 ただ、その力を受け入れるための器が、残念なことに当時の俺にはなかった。


 そのため、自己防衛の一種として記憶がなくなっていたのだ。



 華雪を愛したことも、自分が力を手に入れたことも。


 全てを忘れ、ただの人間のように生きていた。






 だが、それももう終わりだ。




「どけ、邪魔だ!!」




 体に力を込め、上に乗っていたムーンビーストを纏めて退かす。


 人間ではありえない力に怯んでいる隙に、華雪に向かって駆け出した。






 もう既に消えかかっている体を強く抱きしめ、夢中で口付けた。



 古来より、愛する者同士の口づけには様々な効果があると伝えられている。


 おとぎ話のようなものだが、そういう古いモノには力が宿りやすい。



 精神体である華雪を生かそうとするのなら、彼女自身が生きたいと思わないといけない。






 だから、俺は口づけと、華雪がもっとも聞きたい言葉を言う事によって、彼女を再び生かそうと考えた。




「華雪、ただいま。長い間待たせすぎたな」



「ご、ろう・・・・・・?」



「ああ。お前の山口五郎だ。


 言っただろ?華雪。

 例え、死が二人を別つとも、俺はお前の傍に絶対に戻るって」




 今際の時に、今と同じように華雪を抱きかかえながら言った言葉だ。



 薄く開かれた彼女の瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。


 それから顔を歪め、嗚咽を漏らした。




「少し、ゆっくりしていろ。

 俺はこの身体を試運転がてら、暴れてくるから」




 まだ透けているものの、勝手に消滅しない程度までには回復した華雪に、自分の上着を被せる。



 不安そうに俺の方を見ている彼女に唇を一つ落とし、




「学生の俺とは比べものにならないぐらい、強くなった俺を見ていてくれ」




 前を見据えた。



 帝王と女とムーンビーストに、華雪が僅かに開けたあの世からの来客がゾロゾロと。


 どいつもこいつも不快な目つきで俺達を見る。






 俺は華雪の空間で見つけた、自分の刀を呼ぶ。



 アーティファクトにもなっている刀は、どこからともなく飛んできて、俺の手の中に収まる。


 すらりと抜けば、あのころと同じように一点の曇りもなく、そのまま使用可だった。




「最初に斬られたいのはどいつだ?

 折角の夫婦の時間を邪魔したんだ。死を持って償ってもらおう」




 華雪の状態を考えると、援護はおろか長期戦も良くない。


 早急に戦闘を終わらせて、気に食わないが他の奴に会わせて存在証明をしてもらうのが吉だ。




「オイオイオイオイ!話が違う!!

 山口五郎はただの人間だから、人質として最大の効果を発揮するって言ったじゃないか!!」



「それは間違いだ。

 死にそうになる度に、学生の俺は一応俺に戻っていたんだぜ。

 それは刹那であり、すぐに学生の俺になってしまっていたがな」




 戻る兆候は何度かあった。


 その度に無意識の内にストッパーがかかってしまっていただけで、華雪が目の前で死にそうになることで、そのストッパーがぶっ壊れ、俺は俺に戻れたのだ。




「クッソ!半殺しにして、もう一回儀式をさせろ!!」




 帝王の吼えるような命令に、ムーンビースト三体と女がこちらに向かってくる。



 俺は後ろに華雪がいるために、大きく離れないようにして迎え撃つ。






 まずはムーンビーストAが槍を投げてくる。


 避ければ当然、華雪に当たるので刀で斬り払った。






 反応スピードと筋力はまずまずといった所か。


 学生にしては鍛えているが、付け焼き刃感が否めない動きに、苦笑する。



 私怨が多大に入っていたが、二郎に鍛えられていたおかげで何とか動ける。






 槍を無くした奴はそのまま体当たりをしてきたので、その頭部に蹴りを入れる。



 ぐちゅり、という水っぽいものが潰れる音と感触をもらい、使わなかった刀は接近していたもう一体のムーンビーストの胴体を横薙にする。



 大きく仰け反ったそいつの後ろから、最後のムーンビーストと女の顔が見えた。




「やっぱり、鈍いな」




 思ったように動くことができない。


 こいつら相手だからいいが、もっと力がある相手をするには、鍛錬が必要だ。




「この体のスペックも分かった所で、本番といくか」




 意識して、自分の力を解放するイメージをする。



 体の一部が変形し、体の脇から触手が生えた。


 一本や二本ではなく、無数に生えたそれらは、それぞれ蠢き、先に付いている口から牙がギラリと顔を覗かせる。



 勝手に動く触手を、何とか華雪の所へ向かわせないようにしながら、具合を確かめた。






 それに伴い、広くなった視界の感度と、よく聞こえるようになった聴覚も確認する。



 問題ないどころか、学生の体よりも良好だ。




「ごろう?そのすがたは?」




 弱々しい華雪の声が訊ねてくる。


 彼女の知っている俺は人間でしかなかったので、聞きたいのは当たり前のことだ。



 しかし、今はタイミングが悪い。




「後で詳しく説明するが、まぁ、何だ。

 二郎ばっかりお前の血を吸っているのも狡いと思ってな」




 力を求めた結果、人を辞めた俺は、体から触手を生やす形容しがたい生物になった。



 自分が望んだことでもあるが、華雪には拒絶されたくないとも思っていた。


 が、今の様子では全然気にしてないようだ。






 強くなれるなら何でも良かったが、その時に二郎が美味そうに華雪の血を飲んでいる姿がちらついたため、こういう形になったらしい。



 何がどうなって触手が生える結果になったかは分からないが、強くなれたので、深く考えないことにしている。






 この触手についた口から血を飲むらしいが、吸血鬼とは違うとのこと。


 確かに、二郎は触手なんて生えてこない。



 どこにもカテゴリーできない、新しい人外らしいから、正確な性能を知らない。






 とにかく、血の匂いに興奮したように触手が疼くので、華雪を襲うこと以外は好きにさせた。



 すると、触手の群れは死体となったムーンビーストに群がり、肉の繊維を引き裂いて、そこから滴る血を貪り始めた。


 それだけでは飽き足らず、細かく千切れた肉を食み、血を残らず吸い出してから、カラカラになった肉をペッと出す。






 この姿になるのと同時に記憶を封じて人間になってしまったため、食事シーンを見るのは初めてだが、中々グロい。



 華雪の目がほぼ見えてないのが救いだ。



 もっと酷いものを見慣れていそうとはいえ、好き好んでこんな所を愛する女に見せたい奴がいるだろうか?


 いや、いない。





 目の前で、グロテスクな食事シーンをバッチリと目撃してしまった帝王は、分かりやすく取り乱す。




「あの女の話にはこんなの無かったぞ!!」



「あの女、ねぇ。

 お前に俺や華雪のことを吹き込んだ奴が別にいるってことか。


 いつどこで聞いたのか、じっくりと聞かないとな」




 動揺する帝王に、もはや王としての貫禄はない。


 ただ、死んだ女に固執する哀れな男だ。



 まぁ、俺も人の事は言えないがな。






 三体目のムーンビーストが、触手に襲われて、他の奴らと仲良く地面に転がった所で、途中で動きを止めていた女の対処をする。



 学生の俺は気づかなかったが、彼女は帝王に操られているだけだ。


 その帝王が心を乱している今、女は動く事ができない。






 操られていただけで、彼女に罪はない。



 と、勇者一行のような馬鹿共なら、そう言うのだろう。






 だが、俺は違う。



 迷いなく女の首を刎ねた。






 切り口から血が噴水のように吹き出て、自分が作った血の池に倒れる体。


 ほぼ洗脳が解けかかっていたのか、何故、と最期に女の口が動く。




「愚問だな。華雪に不利益を被らせた奴を俺が許すわけないだろ。

 それが自分の意思があるかどうかは関係ない」




 油断していた学生の俺も悪いが、どんな理由があれ、俺を人質に取って華雪を苦しめた。


 それは許し難いことだし、他にも茶会で華雪に毒を盛った上で厚かましくも助けを求めてきた。



 あの時は彼女の提案を蹴ることで溜飲を下げていたが、俺なら今と同じく問答で首と胴体をお別れさせている。






 そういう意味では、動けずに俺の前に立ち塞がってくれたことは都合が良かった。


 簡単に殺すことができたからだ。




「ア、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!


 狂ってやがる!

 操られているだけと知りながら、無関係な女をあっさり殺すなんて!」



「お前の娘という時点で無関係じゃないだろうが。


 それより、呑気に笑っていていいのか?お前のイエスマンは全滅しているが」




 残りは帝王自身と、周りにいるあの世からの魑魅魍魎だけだ。



 半透明のそいつらに話など通じないし、俺は華雪を庇っているとはいえ、神話生物化して身体能力を飛躍的に伸ばしている。






 帝王もそこそこできるように見えるが、俺の敵ではないし、あの世の奴らを纏めて相手しても、それは変わらない。



 最終手段となるが、触手の一部に華雪を抱き上げさせながら戦うという選択肢もあるのだ。






 しかし、帝王は余裕そうだ。




「あんな奴らがいなくても、これがあれば殺せるさ!」




 彼は懐から何かを取り出し、高く頭上へ掲げた。


 そういうのに疎い俺でも、それは良くない結果を引き起こすと分かるものに魔力を注いでいく。



 ああ、止めておけばいいのに。






 そう思った瞬間、その掲げていたモニュメントが、どこからともなく現れた鎖によって砕かれた。


 間髪入れずに、これまた、どこから出てきたか分からない二郎に帝王自身が足蹴りにされて、地面にのめり込みながら真っ赤な華を咲かせる。




「華雪ちゃん!」




 扉から普通に入ってきた屍鏡は、華雪に駆け寄る。


 その後ろには朱音と白がいて、同じように華雪に駆け寄った。




「あら?山口?よね。その触手どうしたの?」




 最後に扉から入ってきた桐生は、ここでようやく俺に触れてくれた。




「記憶を取り戻したついでに、自分が人間をやめていたことまで思い出してな。

 学生の俺の体じゃ不安だったから、神話生物化していただけだ」




 元の人間の体に戻れるように念じれば、抵抗はされたが、触手達は体内に戻った。




「えー。五郎、記憶が戻ったのかい?

 ずっと戻らなくても良かったのに」




 あからさまに残念という顔をするルークに、彼ほど露骨ではないが、同じような顔を向けてくる二郎。



 純粋に喜んでくれるのは、華雪と朱音ぐらいだ。




「わぁ!良かったね、先生!五郎さんの記憶が戻って。

 これで、何の憂いもなく甘えられるし、存分にイチャイチャできるよ!」



「イチャイチャの前に、華雪ちゃんはしばらくベッドとイチャイチャしてもらわないとね。


 あーあ。折角、書類頑張ったのに間に合わないとか、本当に無駄な事したなぁ」



「とりあえず、こんな所ではなく、国に帰ってから色々しましょう。


 皆さんお疲れのようですし、何なら二郎さんほど上手ではありませんが、お茶ぐらいなら出しますから」




 白の鶴の一声に、俺たちはこの国を去ることになった。



 最後に帝王が愛した女とやらを見たが、顔の原型が留まっていないほど腐っていたのと、どんな女であれ華雪には敵わないと、そこを後にした。






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