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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第四章 リトゥ・ツィネ・アール帝国編
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第六十二話 真の黒幕

 





 私の心は無風の時の海のように凪いでいた。


 これから、この騒動の黒幕の所へ突入するのにも関わらずにだ。



 無事に帰って来れると慢心している訳では無い。


 むしろ、その逆だ。






 それでも、私は全く恐怖を抱いていなかった。



 完全に人外になった弊害がこういう所で出ているのか、それとも満ち足りた日々が幸せ過ぎて痛みに鈍感になっているのか、分からないが、無闇矢鱈と焦っているよりはいいパフォーマンスが出来そうだ。
















 人間として当たり前の朝のルーチンをこなし、食後の一服をしていれば、城下町が騒がしいのが目に映る。



 城にまで届く人々の怒号と血の香りに、私が動く前に初めやがった、と内心悪態つく。






 今回の件では全てが後手に回っており、最後ぐらい先手を打ちたかったが、そこまで相手に読まれていたようだ。




「華雪!」



「っと!危ね!!」




 五郎の掛け声により、首元に迫っていたナイフを屈んで避ける。



 自分の赤い髪の毛が、目の前をハラハラと舞う。






 城下町をバックにして、先程まで私がいた所に立っていたのは、あの夜見たものと同じ影だ。



 即座に戦闘体制に入り、ナイフを取り出すが、それで切りつけるよりも早く、




「華雪ちゃんに何すんのよ!!」




 私の背後から桐生が殴り掛かり、ひょいっと相手は軽く避けてしまった。


 そのおかげで、私のナイフも空振りしたが、避けた先に照準を合わせていた二郎の時間差攻撃はまともに喰らい、ベランダから空中へ放り出される。




「リベンジ出来た感じだね、二郎。

 良かったじゃないか」



「アレはあの時の奴じゃないですよ」



「そこ、団体客が来たから、無駄口を叩かない!」




 桐生が言った通りに、廊下へ繋がる扉からゾロゾロと槍を片手にムーンビーストが入ってくる。






 ムーンビーストというのは、白い毛皮を持ち、頭部に触手が蠢いている、ゴリラ擬きのような神話生物だ。


 戦闘能力自体は普通の人間よりも少し強い程度だが、群れになって襲ってきているのが厄介と言える。



 個人的にこいつらは好きじゃないので、会った時点で滅殺だが、数が多すぎて、対応が遅れる。




「華雪、これもうボクが元の姿に戻って暴れた方が早くない?」



「世界崩壊という意味では早いな。

 悪いが、その意見には賛成できない」




 ルークが元の姿に戻って暴れた場合、冗談抜きで世界が滅びる。


 この国を吹き飛ばせる程度に力をセーブできるなら、また話は違ってくるが、どうせそんな器用な事はできない。






 彼は首を竦めながらも了承して、鎖で薙ぎ払いながら、チマチマとムーンビーストを殺した。



 二郎と桐生は言うまでもなく順調に死体の山を築いているが、五郎も異形の姿をしたムーンビーストに怯むことなく、確実に対処している。






 いつも惚れ惚れするような太刀筋を見せているが、今日はより一層、剣技が冴え渡っていた。



 こんな極限状態でなければ、酒でも飲みながら鑑賞していたいぐらいだ。




「ああ、もうっ、キリがないっ!」




 珍しく行儀悪く舌打ちする二郎に、五郎も同意する。




「一回、廊下に出たいな。

 部屋で刀を振り回すのも限界だ!」



「そうね。

 私と二郎で道を作るから、それぞれ廊下に出て!」




 桐生と二郎は背中合わせで自分達の死角を潰しながら、巧みにムーンビーストを引きつける。



 部屋に閉じこもっていても状況は好転しないので、任せた!、とムーンビーストの間を縫うように廊下へ出た。






 廊下は部屋の中以上に惨状が広がっていた。



 残虐に弄ばれた人間だった肉塊が廊下にへばりつき、元々真っ赤だった絨毯はその色を濃くしている。


 ムーンビースト以外にもゾンビが徘徊しており、ひかえめに表現しても世紀末という言葉がピッタリだ。




「ああ、来たようだね」




 さっき吹っ飛ばされたはずの影が、何事も無かったかのように、廊下の向こうからゆったりと歩いてくる。



 ルークは鎖を出し、応戦する構えだ。




「アレの相手は世界を壊さない程度にボクがしておくよ。

 華雪と五郎は適当に安全地帯にでも避難してて」



「悪いが、任せた」




 いつもなら、私も戦うと言っているが、今回はちょっと行かなければならない所があるので、彼に任せてしまう。



 二郎と桐生も目の前の敵に夢中になっているし、いい頃合だろう。






 なるべく戦闘を避け、荒れてもなく人もいない部屋に来れば、私はすぐさま自分の手首を傷つけた。




「何をしているんだ!」



「この部屋に結界を張る。

 血を使った方が早いし簡単だから、流しているだけだ」




 人間のものとは違う、黒い血がスルスルと動き、この部屋にムーンビーストが入れないように結界を張る。



 部屋中を覆うように張り巡らされた私の血が鼓動するように輝き、ここが安全地帯になったことを知らせてくれる。




「終わったなら、手当をさせてくれ」




 辛そうな顔をする五郎に、応急処置としてハンカチを巻いてもらい、無駄に出血させないようにした。



 それが終われば五郎は、桐生達を迎えに行ってくる、と言い出す。




「私も行く」



「この部屋は安全なんだろう?

 なら、華雪はこの部屋で待っていてくれ。

 俺は結界とかに詳しくないが、張っている本人は中にいた方がいいんじゃないか?」



「むぅ・・・・・・。一理なくもない」



「心配しなくても、すぐに帰ってくるさ」



「・・・・・・分かった。気をつけて行ってくるんだぞ」




 五郎の腰の部分に抱きつけば、頭を撫でられてやんわりと離された。


 それから、名残惜しそうにしながらも、彼は部屋の外へ消えていった。






 扉に耳をつけ、五郎か完全にいなくなったことを確認した私は、窓を開けてベランダに出る。



 そこから壁を伝い、私はある部屋へ移動する。
















「待たせたな」



「いいや。待ってないさ。

 ずっと長いこと待っていたからな。これぐらい誤差の範囲だ」




 私に話しかけられた人物はゆっくりと振り返り、こちらを見た。


 一度見たら忘れられない程のインパクトを持った、金髪碧眼の筋肉隆々の男。



 目の前にいたのは、正しく帝王である、その男だった。




「流石、帝王は心が広いな」



「ようやく悲願が成就するからな。

 心の一つや二つぐらい広くなるさ」



「いや、させない。

 そのために私は来たのだから」




 ナイフを抜き、構える。



 見据えるのは、敵である彼だ。




「お前に何の権利があってオレ様を止める?」



「権利などない。

 ただ単に、アイツらを巻き込まれるのは困るだけだ。


 関係ないところでやっていれば、私だってわざわざ首を突っ込んだりしなかったさ」



「そりゃあ、オレ様だって一人で全部したかったさ。

 だが、こういうのは専門家の方がいいだろ」



「専門家になった覚えは全くないがな」




 帝王の後ろ。


 祭壇になっている寝台に、一人の女性が横たわっていた。



 眠っているだけにも見えるが、外の世界と隔絶された部屋の中では腐臭を誤魔化すことはできない。





 そう。あれは死体だ。


 いくら綺麗に見えようとも、生気のないただの人だったモノでしかない。






 帝王が私の探る視線に気が付き、わざとらしく、あぁ、と言う。




「紹介してなかったな。オレ様の本当の妻だ。

 どうだ?とても綺麗だろう?」



「ああ。生前はさぞかしモテただろうな。

 今も蛆虫や蝿にはモテモテだろうが」




 神経を逆撫でするであろう台詞に、しかし、帝王は肩を竦めただけだった。




「今も昔もモテる女を妻に持てて、オレ様は幸せだな」



「それは何よりだ」




 ドロリと澱んだ、正気ではない人間特有の瞳に、説得は無理そうだと思った。



 そもそも、こんな盛大に城内も城外も神話生物パーティをしているのに、説得しようと思った私が馬鹿だ。




「飽きた顔をしていることだし、そろそろ本題に入るか。

 といっても、大体予想がついていると思うが」



「その女を生き返らせたいってやつだろ。

 んなもの断るに決まっているだろ」




 私の知っている死者蘇生方法は、憎悪と恐怖と狂気に満ちた空間で、この世とあの世の境目を曖昧にした上で、蘇らせたい相手の一部を使用して呼ぶというものだ。



 注意事項としては、術者が曖昧な境目に囚われたらアウトだし、あちらに呼ばれて応じてもアウトだし、望んだ相手が答えなくても死者蘇生は成功しない。


 世界を繋げることを良しとしない神話生物に襲われることもあるし、繋がったあの世からきた死者に体や魂を狙われることもある。






 不確定要素しかなく、失敗する可能が高いのが、私の死者蘇生だ。



 昔やった時は甚大な被害を出した上に失敗して、目も当てられない状況になったものだ。




「やりたくないなら、やらなくてもいいぜ。

 それでお前が困らないならな」



「脅しか?」



「お前の大切な男、どうなっていると思う」




 まさか、そんな、違う。


 否定する言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。






 最悪の予想を裏付けるように、帝王の後ろの扉が開き、二人の人物が入ってくる。



 一人は武骨な甲冑こそ身に着けているものの、あの日お茶会に誘った姫君だ。


 そして、もう一人は私の大切な友人の五郎だった。





 彼は縄に縛られ、ぐったりとしている。


 更に頭から赤黒い液体を流し、縄の先はムーンビーストに持たれている。




「五郎!!」




 頭から血を流していると視認した時点で、私の体は勝手に動いていた。


 ただ、大切な彼に近寄ろうと足を動かす。




「止まれ」




 静止の言葉と共に彼の首元に剣が添えられる。


 ブレーキをかけて止まれば、満足そうに帝王は頷いた。




「言いたいことは分かるな?」



「・・・・・・やらなければ彼の命はないぞってことだろ」




 古典的だが、だからこそ最大限に効果を発揮する。


 目の前に大切な人がいて、助けてやれないなんて、もうごめんだ。






 あの時と私は違う。


 今なら、ちゃんと正しい選択をできる。



 例え、何をしても大切な人を守る。


 それが、今の私だ。






 本当は彼らを無力化して、五郎を助け出せるなら、それが一番だ。


 しかし、私が無効に着くよりも早く、冷たい鋼は彼の喉元を切り裂く。




「言っておくが、妙な真似をした時点でも、無駄に時間を稼ごうとしても殺す」




 目線も表情も一ミリも動かしてないのに、私が考えていることは筒抜けだ。



 二郎を呼び出せばまだどうにかなると思ったが、どのような状況か分からないし、それで桐生がピンチになったら、それはそれで意味がない。




「ちゃんと生き返らせたら、彼に手出しをしないでくれ」



「いいだろう。アーゲロンドの名に誓う」





 濁った彼の目を遠目から見たが、死体の女にしか興味が無いように見えた。


 彼女が生き返れば、どうでもいい五郎に手を出すことはなさそうだ。



 名前に誓ったところから考えても、その辺の理性はかろうじで残っている。


 ならば、五郎に危害がいくことはないだろう。




「分かった。やろう」



「ああ。お前ならそう言ってくれると思ってたぜ。

 念のためだが、武器類は床に置いておいてくれ。何、念のためだ」




 彼は剣を退かさないまま、女から少し離れる。


 武器類を床に置き、両手を上げながらゆっくりと儀式をするために祭壇に近づく。






 近づいて、早速儀式を始める。



 呪文を唱えるごとに魔力が消費され、強烈な眠気と倦怠感が襲ってくる。


 自分一人の魔力ではどう足掻いても足りないので、体の中にある二柱の紙の力を使っていく。






 当然、今の私はソレらから形作られているようなものなので、そんなことすれば消滅への道を辿っているようなものだ。


 自分というものがガリガリと削られている感覚がする。






 ・・・・・・怖い。


 死ぬのも、狂うのも、彼らが傷つくのも怖かったが、自分が無くなっていくのもまた別種の恐怖を覚える。



 でも、五郎が、私の愛した彼が害される方が怖い。






 白く霞む視界。


 自分の呪文を唱える声すら聞こえない。



 それでも、五郎の方を見れば、目を覚ました彼が必死に何かを言っているのは聞こえた。


 床にムーンビースト三匹がかりで押さえつけられ、首から食い込んだ剣のせいで血を流しながらも、そんなことに頓着せずに、何かを伝えようとしている。



 彼は昔から優しいから、きっとそんなに頑張らなくてもいいと言っているのかもしれない。






 私は彼を安心させるために、笑顔を作った。


 遠い上に視界がほぼなかったせいで、見間違えだったかもしれないが、五郎が泣いているような気がした。






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