第六十一.五話 過去の話〜下〜
「ここは・・・・・・」
いつもと同じように昔の夢でも見るのかと思いきや、目が覚めた場所は最近見たことがある場所だった。
あの学園で馬鹿な生徒を切る時に、華雪は自分の世界だという所に刀を取りに行った。
心配だった俺と桐生がついて行き、その時に通されたのが、今の部屋と同じ部屋だ。
間違いない。
読めない言語で書かれている書類が床一面に散らばっているのも、奥のクローゼットが乱雑に開けられているのも、あの日見たのと一緒だ。
「今日は夢じゃなくて、華雪の世界に案内されたってわけか」
ここが彼女の世界なら、俺という異物が侵入した時点で何かアクションがあってもおかしくないと思ったが、今の所そんな様子はない。
待っていれば華雪が気づいて来てくれるかもしれないと考えつつも、家を模して作られている彼女の世界が気になり、悪い事だと知りながらも探索をすることにした。
今日は昔の俺の体に入っている訳ではなく、自分としてここにいるので、自由に動けて気分がいい。
昔の俺から通してみる世界はもどかしいことが多く、ストレスが溜まるんだ。
「そうと決まれば、早速この部屋から見ていくかな」
後で華雪が来た時に違和感を覚えさせないように、丁寧に漁っていく。
床に散らばっている書類は一見すると、知らない言語で書かれているものだが、上の紙を退かして下の紙を見れば、日本語表記のものが見つかった。
いつも見ている丁寧で読みやすい文字とは違い、走り書きのそれは崩れていて読みづらい。
しかも、所々に黒いインクが垂れていて読めない部分がある。
読める部分だけを読んでいくが、ちゃんとした文章というよりは、その時の心情をそのまま書いたようなものだった。
ーーー殺した あんなにーーだったのに
またーーー殺した 真っ赤 憎い
このままじゃーーー殺してしまう
私がーーーいいのに
とにかく・・・・・・ーーなきゃ
「・・・・・・なるぼど」
これを書いた時の彼女は、壊れそうだったのだろう。
泣きながら書いたのか、紙がしわくちゃで波打っている。
当時の華雪のことを考えれば、胸が苦しくなるほど締め付けられるが、感傷は後にしなければならない。
目が覚める前に、この家に来た時の正体を探らなければならないのだから。
紙を戻し、クローゼットの中を見る。
床と同じくグチャグチャのそこは、乱雑に武器が入れられていた。
剣、刀、槍、銃、メジャーな武器は一通り突っ込まれている。
その中で目立ったのは、刀掛けに安置されている、一振の刀だった。
どこか懐かしいそれは、手に持てばしっくりくる。
今使っている刀よりも馴染み、手に持っているだけで安心した。
華雪には悪いが、暫く持たせてもらおう。
何かが出てきて必要になるかもしれないからな。
机の上は奇跡的なバランスで本と書類によるタワーが形成されていたので、手を付けなかった。
迂闊に触った瞬間に崩しそうで怖いからだ。
他に調べることができる箇所がなかったので、他の部屋に行くことにした。
開かれいた扉から廊下へ出れば、下へ続く階段と他の部屋へ続いているであろう扉が四つある。
この前来た時も思ったが、中々広い家だ。
一番近い隣の部屋の扉を開ける。
モノクロで統一された、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
「ここは俺の部屋だったのかもな」
入ったことがないはずなのに、どこに何があるかぼんやりと分かる。
そのぼんやりとした感覚で探りしながら、大切なものが入っている、机の左側の引き出しを開けた。
中には華雪の写真がびっしりと犇めきあっている。
様々な角度から撮られている写真は、明らかに盗撮なのもあるし、どういう状況で撮られたのかが気になるものが多かった。
「一枚二枚なら貰っていってもバレないんじゃないか」
可愛い華雪の写真に理性が揺れる。
後で返すつもりの刀とは違い、写真は返せない。
懐に入れたが最後、返せる気がしない。
こういう時は自分の心の中の天使と悪魔が出てくるのが定番だが、どちらも貰っていっていいと言っているので討論にならない。
誘惑を振り切るために、写真を見ないようにしながら、二重底になっている板を退かし、その下の黒革の手帳を取り出す。
大切なものが入っているのは分かっていたが、日記の中身は知らないので初めから読む。
「ものの見事に華雪のことしか書いてない」
今日も華雪が可愛いとか、一緒に美味しいご飯を食べたとか、写真付きで書かれている。
女子か、と突っ込みたいぐらい細かく書かれていて、これが昔の自分だと思うと、なんだか泣けてきた。
初恋を拗らせまくっている男の姿に戦慄していると言ってもいい。
これ以上、恥ずかしい日記を読むのは精神が削れると判断した俺は、最後のページだけ読むことにした。
どうせ、華雪の事しか書いてないんだろうな、と思いながらパラパラとページをめくる。
最後のページはやはり華雪の事が書いてあった。
しかし、今までの浮ついたものとは違い、写真もなく真剣な内容だ。
最近、華雪がぼうっとすることが増えた
こういう顔をしている時は、勝手に消えることが多いから、ちゃんと見てないとな
今度の休みに気分転換にどこか行くか
・・・・・・絶対に逃がさない 絶対に
「ストーカだけじゃなくてヤンデレまで併発してる」
怖くなって日記を閉じた。
ただ、怖い思いをしながらも読んだ意味はあった。
この日記から察するに、この後華雪と俺は別れた感じだ。
問題はその理由だが、これは華雪本人に聞くしかない。
日記をしまい、ついでに写真を三枚ほど失敬しておく。
可愛い華雪の写った写真の誘惑には勝てなかった。
再び廊下へ出て、残りの三部屋を探索する。
内一つはトイレで、もう一つは寝室、残りは書庫だった。
昔の俺による華雪のアルバムが見つかったぐらいの収穫しか無かったので、そのまま下に降りた。
一階の扉の数は五つ。
どこから行っても一緒だと、手近なドアノブを捻る。
「当たりだな」
二つの部屋がぶち抜かれ、広くなっているリビングのテーブルに座る人影。
ソイツは俺を見ると、ニィッと口角を吊り上げた。
「やっと来たな。待ちくたびれて骨になる所だったぜ」
「お前が俺に度々語りかけたり、夢を見せていた奴か?」
「ご名答。学生の割に悪くない頭の回転だな」
黒髪赤目の男は、一升瓶からそのまま中身を飲んだ。
一見、飲んだくれにしか見えないが、ルークと同じぐらいヤバい奴だと、俺の本能が言っている。
無意識に刀を握る手に力を入れるが、ソイツはそれを見透かしているはずなのに、嘲っているだけで行動を起こさない。
「何が目的なんだ?」
「そうだな・・・・・・一粒で二度美味しいモノを狙っているって所だ」
「意味が分からん」
抽象的じゃなくてストレートに言って欲しいものだ。
ソイツは更に一升瓶の中身を飲み、机に置く。
「記憶を取り戻したお前と、それに怒った華雪と遊ぶのは、さぞかし楽しいだろうなって」
「何だと」
「華雪は昔のお前が好きだが、今の普通の人間として生きているお前のままでいて欲しいとも思ってるんだ。
それを無理やり思い出させようとしてるんだ。怒るだろうな、華雪は」
愉しそうにクツクツ笑うソイツに、怒りもあるが、記憶を戻してくれるのは素直に有難い。
「華雪が怒っても構わないから、記憶を戻してくれ」
「人間であることを捨てるのか?」
ここで、初めて男から笑顔が消えた。
美人の真顔は怖いと華雪が常々言っていたが、確かに作り物めいた能面は怖い。
「普通の人間であることが華雪の愛を受けられない理由ならば、そんなものは放り捨てる」
「お前なら迷わずそう言うと思ってた。
が、俺は記憶を器用に弄ったり出来るようなモノじゃなくてな。
頑張って自分で戻してくれと言うしかない」
「役に立たねぇ」
こういう場面で出てくるなら、記憶を戻してくれるキーパーソンなのが当たり前だというのに。
「そりゃあ、俺に何かを求めるなよ。
大体勘づいていると思うが、親切にお前の世話を焼くような生物じゃないんだぞ」
「知っているが、わざわざ出てきたのに、何もないのもどうなんだ」
二郎達と同じような人外だとは分かっていても、縋らずにはいられなかった。
それぐらい、昔の記憶は俺にとって大切なんだ。
「そもそも過去に拘り過ぎるのは、今を生きる生物としてどうなんだ?」
「華雪がいるなら、彼女が俺に笑いかけてくれるなら、何がどうなってもいい。
記憶関係で役に立たないのは分かったが、他に何かいい情報を持ってないか?
例えば、この家が何なのかとかな」
予想はついているが、誰かと答え合わせがしたい。
「ここは華雪とお前が離れる直前まで住んでいた家だ。
今は華雪の空間と化しているが、構造や置いてあるものは変わってないはずだぜ」
「ふむ。次だ。
俺とお前はどうやってここに入ったんだ?」
こっちは皆目検討もつかない。
正しいことを教えてくれるなら、好きなタイミングで帰還できるので助かる。
「俺は華雪にお願いして入ったが、お前はその指輪だろうな」
「このマリッジリングか?」
華雪と俺を繋ぐ指輪を見やる。
蛍光灯の光を浴びて鈍く輝く指輪に、そんな不思議な力があると言われても、ピンとこない。
「それで繋がっているから、擬似的な眷属の扱いになっているのかもしれないな。
恋する女の情念が生み出したアーティファクトは恐ろしいな」
「この指輪の機能は俺が自由に扱えるか?」
「今のお前じゃ無理だろうな。
ああ。そろそろ時間だ」
面倒臭そうに一升瓶を持ち上げ、席を立つ。
「話はまだ終わってない」
「ここは華雪の世界だから、一応権限はあいつにあるんだ。
時間が過ぎてもいるようなら、強引に弾き出される。
お前は指輪のせいで異物と見なされないが、俺はこの世界にとって異分子でしかない。
できたてホヤホヤの神とはいえ、高位の神の力を二柱は取り込んでいるんだぞ。
しかも、片方は空間系に特化している奴だ。
純粋な戦闘ならともかく、あいつの空間内でどうのこうのはしたくない」
「その辺の話も詳しく!」
「無理だ。
じゃーな、山口。
次に会うのはお前の記憶が戻った後だ」
適当に手を振られ、男は消えた。
かき回すだけかき回した男に、人外というのはどいつもこいつもろくなモノではないと再確認する。
前髪をぐしゃぐしゃと掻き毟り、今出た情報を精査する。
「ここは華雪と俺が住んでいた家で、この指輪のせいで入った。
あの男は俺の記憶を取り戻し、昔の俺と戦うのが目的。
肝心の記憶は俺の努力次第だが、戻りつつあるってとこか」
口に出して確認すれば、頭の中がすっきりした。
少しずつだが確実に昔の自分に近づいていて、喜びから口の端が上がる。
男に過去に拘り過ぎるのは良くないと言われたが、俺にとってはどうでも良かった。
記憶を取り戻すことで、今の俺が消えてしまっても構わない。
彼女が愛してくれない山口五郎に意味などないのだから。
俺が大切なのは、華雪に愛し愛されることだ。
もうすぐ愛して貰えると、俺は一人リビングで笑った。




