第六十一話 ネコネコパニック
五郎を担いで帰り、とりあえず私のベッドに転がした。
涙で濡れている彼の顔をハンカチで拭い、乱れてしまった髪を軽く整えてあげる。
私も魔法で噴水の水を体から蒸発させたが、それでも気持ち悪い感じがするので、風呂場でシャワーを浴びた。
体を自分の手で洗っていると、尾てい骨の辺りに慣れない手触りのものがあった。
「ん?なんだ、これ」
何かくっつけてきてしまったかと引っ張ってみれば、尾てい骨に痛みが走る。
「はぁ!?何だこれは!?!?」
その濡れた毛皮のようなものを握りながら振り返れば、そこには尻尾があった。
赤色の毛で覆われた尻尾はシャワーの水に濡れて、ぺしょりと毛が寝ている。
「・・・・・・うそ、だろ」
やわやわと揉めば、その感触を鈍いながら伝えてくる。
私は慌てて風呂場から出て、部屋に備え付けられている鏡台に向かう。
鏡に自分の姿を映せば、尻尾だけでなく、頭にケモノの耳が生えているのまで確認できた。
「いやいやいや!おかしいだろ!!」
「・・・・・・どうした?華雪」
私の叫び声が煩かったのだろう。
五郎が目を覚まし、目を擦りながらこちらを見やる。
元々、あの魔術は即効性はあるものの、持続性があるものではない。
そんな彼の近くで騒げば、どうなるか明白だった。
「ご、五郎!私、尻尾と耳が!!」
しかし、この時の私はそんなことすらも失念してしまうほどに焦っていた。
起きた五郎に突撃し、生えたケモ耳に彼の手を導いて置く。
「・・・・・・・・・・・・」
「幻覚とかじゃないよな?生えてるよな?」
真顔でこちらを見る五郎に確認する。
心無しか、目が据わっている気さえした。
「五郎?」
黙ったままの彼に、まだ中途半端に魔術が残っているのかと、目の前でヒラヒラと手を振る。
すると、その手をがっしり掴まれベッドに引きずり込まれる。
「これは理性の糸が切れても仕方ないだろ」
「へっ!?」
「全裸で誘ってきたのはお前だ。
据え膳食わぬは男の恥って言うしな」
全裸?
五郎に言われて自分の体を見てみれば、確かに貧相な裸体があった。
「あっ・・・・・・」
「仮にも自分を好いている男の前で裸を見せるのは感心しないな」
「ま、待て、五郎!
これは焦っていたからで、決してそういうつもりじゃ・・・・・・」
わたわたと説明すれば、五郎に深いため息をつかれる。
「知ってる。
他の奴らの前でするなよ」
頭を乱暴に撫でられて、彼はベッドから出た。
毛布の中から五郎を観察していれば、彼は口元に手を這わせた後、浴室から魔法で綺麗にした私の服を持ってきてくれる。
「話は着てから聞く。
華雪が着替えている間に他の奴らを呼んでくるから、それまでにちゃんと着とけよ」
「ん、あ、分かった」
テキパキと動く五郎に動揺しながらも、彼が部屋から出ていったので、もそもそと着替える。
魔法の制御が完璧で、生乾きではなく、ぱりっと乾いていた。
尻尾が邪魔だが、ズボンに切れ込みを入れる訳にもいかない。
仕方なく、上着とズボンの間から出した。
着替え終えてベッドの上で足をプラプラさせながら待っていれば、控えめに扉がノックされる。
「どうぞー」
「まぁ!華雪ちゃん!!
こんなに可愛い姿になっちゃって!!」
先頭にいた桐生が、目敏く私の頭についているケモ耳を見つけ、もふもふしてくる。
優しく触れてくるのでくすぐったく、尻尾がぱたぱた動いてしまう。
「そういう姿をしていると本当に子猫だよね。
ねぇ、華雪。ボクに飼われてみない?」
「ふざけている場合じゃないですよ、ルークさん。
華雪さん、何か他に変わったことはありますか?」
「変わったこと・・・・・・」
「華雪さんの今の状態は不安定なんです。
少しバランスが崩れれば、それは分かりやすく表に出ます。
例えば、凄く動揺するような出来事があったとか」
心当たりしかない。
自分でも気づいてなかったが、昔の五郎に泣かれて動揺したのだろう。
しかし、そんなことを言ったりしたら、面倒な事になるのが目に見えているので、動揺するような事などなかったかのように振る舞う。
「うーん。思い出せないなぁ」
「華雪さんがそう仰るのでしたら、そうじゃないんですか。
とにかく、落ち着くまでは魔術などは控えておいたほうがよろしいかと」
「言っておくけど、神話生物化もだよ。
折角、あの地獄を乗り越えたというのに、今更バランス崩して死ぬとか笑い話にもならないし」
「オーケー、オーケー。
人間離れしたことは全面的に駄目だってことだな。
いつ治るか、ルーク分かるか?」
私に力の一部を譲渡しているルークならば、何か分かるかもしれないと、聞いてみる。
「明日には治ってるんじゃないかな。
それまではその姿に引きずられると思うけど」
「それは嫌だが、覚悟はできている」
昔、とある事件で子猫の姿になった時も、自分の意識があったものの猫の習性に引きずられまくり、元の姿に戻った時には恥ずかしくて、しばらくの間はまともに彼らの顔が見れなかった。
今日はまだセーブできている気がするが、それもどこまで我慢できるか分からない。
「姿に引き摺られるってことは、今の華雪は子猫みたいな行動をするってことか?」
「簡単に言うとそうだけど、変なことをしたら折るわよ」
「折るって何をだ?」
「男の急所と背骨と頚椎」
「人を三回も殺そうとするな」
殺意が高い桐生の返答に、ため息をつく五郎。
ちなみに、桐生が実際にその三箇所を折った男というのが存在しているが、生半可な拷問をされたものよりも可哀想な死体だったことを追記しておく。
「とりあえず、今日一日は身動きできないということと、私が変な行動をしても本意ではなく、猫の習性からきていることを覚えておいてくれってことだな」
「昨夜、変なタイミングで怪我をされたのですから、今日一日ぐらいは休んでも罰は当たらないですよ。
私もまだ本調子ではありませんし」
一番深い傷を負った二郎は、私の血を飲んでもまだ本調子ではないらしい。
「ネコ耳が生えた華雪ちゃん可愛いー。
朱音ちゃんにも見せてあげたかったなぁ」
「みっ!か、可愛くなんかないだろ!!」
抱きついてスリスリとしてくる桐生に、こそばゆい気持ちになる。
反対側には五郎が座り、興味深そうに動く耳や尻尾を見てくる。
「触ってもいいか?」
「うっ・・・・・・。
優しくな。感覚が鋭いから」
彼は指先でなぞるように耳を撫でられる。
くすぐっているつもりは本人にはないのだろうが、感覚が鋭くなっている耳はくすぐったさでピクピク動いてしまう。
「喉の下は気持ちいいのかしら?」
余計な事を考えた桐生は、喉の下を撫でてくる。
少し掻くように撫でられると、堪らず喉がゴロゴロ鳴った。
止めようとしても止まらずに、桐生に甘えるように目を細めてしまう。
「桐生、次は俺だ」
「優しく撫でてあげるのよ。
喉の鳴らし方で気持ちいいかどうかを判断するの」
桐生による撫で方講義を受けた五郎は、自分の膝の上に私を乗せて、喉を撫でてくる。
彼女とは違い、中心から外れた側面を二本指で撫でるというテクニックを披露してきた。
匂いと撫で方に安心し切った私は、目を閉じて喉を鳴らし、体を伸ばしてリラックスする。
「気持ちいいか?華雪」
「ん・・・・・・もっと」
「ここか?」
「ふにゃん。ごろうにだめにされる」
気持ち良すぎて、思考回路まで蕩けた。
両手で五郎の服にしがみつき、頭を擦り付け、彼の匂いで肺一杯にしようと深呼吸する。
「駄目にされればいいじゃないか。
ずっと俺の膝の上で撫でられ続けていればいい」
「すごいみりょくてきなていあん」
それもいいかもなぁ、と考えていると、窓がコツコツと叩かれた。
瞬時に五郎の膝から降りて、窓の外を窺う。
窓際には、首を忙しなく動かしているフクロウのような白い鳥がいた。
屍鏡からの伝書鳩だ。
魔物の一種だというフクロウにしか見えないものは、とても賢く、簡単な人の言葉なら話せる。
更に、主人を裏切ることなく、預けられた手紙は例え自分が死のうとも相手に届けるような忠誠心があるのだ。
「屍鏡サマからノお手紙ヲお持チいたシましタ」
「ありがとう。
屍鏡にこの手紙を渡しといてくれ」
窓を開け、足に括りつけられていた手紙を受け取る。
取りやすいように片足を上げてくれる鳥に、餌の高純度な魔石を与え、屍鏡への手紙を結んだ。
「かシコまリましタ」
「よろしく」
鳥は軽く頭を下げてから、飛び立った。
「それ、なんの紙?」
背後に立っていたルークが、ケモ耳に囁き入れるように聞いてくる。
無駄にいい声と吐き出された吐息に、ビックゥー!と尻尾と耳が逆立ち、本能的に五郎の後ろに隠れた。
「あーあ。嫌われちゃった、かな」
「あまり華雪ちゃんをイジめないでよ。
それで、屍鏡君からの手紙って何が書いてあるの?」
五郎に無言でよしよしされて落ち着いた私は、屍鏡からの手紙を読む。
ずっしりと重い手紙には、仕事をやりたくないとか、二郎に作ってもらったお菓子が切れたとか、朱音が書類の多さにキレたとか、悲しい日常生活が綴られている。
「今の所、愚痴だな」
「屍鏡らしいな」
膝の上に私を抱え込んだ五郎は、覗き込むように手紙を一緒に読む。
日常生活の報告が終われば、私が頼んでいたものが添付されていた。
それを見ることはせずにアイテムボックスに放り込む。
「あれ?資料見ないの?」
「眠いから後で」
くぁっと欠伸をし、五郎の膝の上でぐてっとしながら二郎を呼んだ。
「どうかしましたか?」
「二郎も寝るぞ。
体がしんどいのに、無理して人間体型とってなくていいから」
「では、お言葉に甘えて」
この間見たのと同じ、私を乗せてもビクともしない大きさ程度の犬に変化して、五郎の膝に顎を乗せる。
「みんなでこのまま寝ようぜ。
夜遅くまで出歩いていたし、睡眠は足りてないだろ」
「賛成ー」
真っ先に桐生が了承し、ベッドに潜り込んでくる。
私が十回程同じ方向に寝返りができるほど広いので、みんなで寝られるスペースはあった。
五郎とフワフワの二郎に挟まれ、二郎側に桐生が寝る。
毛皮に顔を埋める桐生に、狼の顔で器用に嫌そうな表情を作った。
「ルークは?」
「ボクも寝かせてもらおうかな。
五郎、もっと詰めて。狭くて落ちそうだ」
五人でぎゅうぎゅうになって、お昼寝をした。
こんなことは初めてだったが、とても幸せだったことは後で何かの書物にでも記しておく。
口から紫煙が吐き出され、暗闇に形なき煙が消え行く。
サイドテーブルに備え付けられた、照明魔法具だけで照らされた室内は暗く、さっきまでの明るさなど欠片もない。
昼寝が終わった後、少し早い夕飯を食い、それぞれの部屋に戻っていく彼らを見送ってからのことだ。
アイテムボックスにしまっていた屍鏡からの手紙を取り出し、昼寝前に見なかった部分を読み始めた。
細かく帝王一家について書かれている記述を見て、私は深いため息をついた。
「喰われた死体、禁忌の死者蘇生、二郎を傷つけた影、中央の噴水広場、そしてこの調査書。
一番嫌な予想が当たったな・・・・・・」
調査書に火をつけ、誰にも読まれないように灰にし、ベランダから風に飛ばして捨てる。
眼下に見える、細々と明るい城下町を見下ろしながら、明日だなと呟いた。
「明日。明日で全部を終わらせる。
そうしたら、屍鏡の国に帰って約束したことをしないとな」
国を出る前に約束したことを思い出して、軽く笑った。
約束を守らないと、朱音にぼろぼろと泣かれるだろうし、屍鏡には怒られ、白には悲しい顔をされる。
そんなのはごめんだ。
彼女達を悲しませることはできないと、明日への決意を固めた。




