第六十話 仕切り直し
昨夜は酷い目に遭った。
二郎は傷つくし、それでブチ切れた二郎が私の血を手加減なく吸ってくるし、私の攻撃が無効化されたと思ったら本体にダメージが入ってくるし。
私の怪我などはどうでもいいが、二郎にとっては間違いなく厄日だっただろう。
あの後、誰とも会わないように城に帰ってきた私達は、疲れていたこともあって、ほぼ無言で解散した。
二郎の怪我だけが気になっていたが、桐生が自分に任せるように言ってきたので、五郎と一緒に就寝。
途中で五郎が魘されていたので、おまじない(魔術)を使い、二度寝に突入する。
そんなこんなで、翌日の朝である。
私だけでなく、他の奴らも眠そうにテーブルに着いた。
食欲など微塵も湧かなかったが、二郎が律儀にも作ってくれたものを無下にできるわけが無いので、何とか胃に流し込む。
カロリーを摂取した所で、重苦しい空気が少しはマシになり、ようやく私は口を開く。
「昨夜、二郎が怪我したのも、あのクソヤローを取り逃したのも全面的に私のせいだ。
みんな、悪かった」
「頭を上げて下さい、華雪さん。
悪いのは貴女ではありません。
全ては強くなれたと自惚れた私の責任です」
昨夜のような理性が吹っ飛んでいた状態ではなく、いつもの理知的な二郎が、そう謝ってくる。
優し過ぎる彼の言葉に、しかし、私は首を横に振った。
「いや。二郎は何も悪くないさ。
ルークが警戒して鎖を出すような奴だぞ?
ヤバイ奴この上ないだろ」
そう、あのルークが油断なく鎖を出すような相手だったのだ。
きちんと彼の戦闘能力などを把握している訳ではないが、ドリームランドに城を構えられる程の実力があることは知っている。
あんな油断すれば死ぬよりも愉快な目に遭うような場所で、城を構え続けるのは力がなければ無理だ。
そんなルークが、たった一人?一体?相手に鎖を出すなんて、彼らの戦いの余波だけで、この世界を滅ぼすような強大な相手に他ならない。
目の前で大戦が起こらなくて安心すると同時に、そんな奴を敵に回していることに身震いをする。
自分一人なら、自分の命だけをベットして、この狂った奇跡に感謝しながら死ににいくのも自由だが、今は彼らがいる。
目の前で彼らが傷つくのは、どんな事よりも嫌だ。
「華雪?」
色々考え過ぎて黙っている私の顔を、五郎が覗き込んでくる。
私の顔色も悪いだろうが、彼の顔色も良いとはお世辞にも言えない。
「・・・・・・大丈夫だ。
ちょっと外の空気を吸ってくる」
「俺も一緒に」
「すぐに戻ってくるから、ここにいてくれ。
ベランダに出るだけだから、座っていても見れるだろ」
腰を上げようとする五郎を止め、私はフラフラとベランダに出た。
外の空気は澄んでいて、深呼吸すると、冷たい酸素が考えすぎで火照った頭と体を冷やしてくれる。
懐から煙草とライターを取り出し、火を付けて紫煙を吸い込む。
吸い終わるまでの間に、これからの行動について様々な手を考えたが、どれも最善手とは言えない。
片手で頭をガシガシ掻きながら、部屋に戻れば、五郎以外誰もいない。
「みんなは?」
「今日は疲れたから、それぞれの部屋に戻って休むだとさ」
「あー、正解だな。
五郎も自分の部屋に戻ってゆっくりしていたらどうだ?」
「俺はゆっくりするなら、華雪の隣がいい。
天気がいいから、気分転換に出かけてもいいかもな」
彼の言う通りに天気がいいし、落ちに落ち込んだ気分を上げるために出かけるのも一興だろう。
部屋に居るからと安全なわけではないし、外出先で何が情報が手に入るかもしれない。
昨夜のダメージのようなものも今は何ともないし、五郎が遠回しに誘っているのだ。
断る理由がないのに断るわけがない。
「そうだな。真昼間から襲ってくる奴も少ないだろうし、行ってみるか」
わざわざ他の奴に言いに行くのも面倒だし、第一、疲れているのに着いてきそうな連中がいるので、部屋の中に手紙だけ置いていくことにした。
周りがガヤガヤしているのと裏腹に、私の心の中は沈んでいた。
見たこともないものが沢山あるが、それらが私の気分を引き上げてくれる訳でもない。
五郎が折角誘ってくれたのに楽しめないなんて、最低過ぎる。
「気に病みすぎだ、華雪。
無理矢理楽しもうとしなくていい。
日光を浴びて適度に動いて、カロリーと体力を程よく消費して、健康的な時間を送れればいいんだ」
「お前は私のお母さんか」
もしくは第二の二郎ポジションを狙っているのかもしれない。
「せめてお父さんにして欲しかったな」
彼からの返答に私は首を傾げる。
いつもなら、こういう時の返しは、将来的には恋人とか婚約者とか夫婦とか、口説き文句を混ぜたものを返してくる。
こんな普通に返してくることなどない。
五郎は五郎で疲れているのだろう。
返答の違和感を私は疲れている、ということで片付けた。
しばらく他愛のない話をしながら歩き、城下町の真ん中にある噴水広場に腰を下ろす。
柔らかな芝生の上では子供が走り回り、噴水の周りには雰囲気のいいカップルが集まっていた。
「ちょうどいい時間だし、飯にしないか」
「そうだな。
屋台で買ってくればいいか?」
噴水広場を取り囲むように、いくつもの屋台が立っている。
そこから食欲を誘うような香りが漂い、その匂いに釣られた者達が財布を取り出していた。
私のアイテムボックスにも弁当用に置いておいた、いくつかの惣菜があるが、こういう所で食べるのは屋台のものの方が美味しいと相場が決まっている。
しかし、五郎は首を横に振った。
「二郎が弁当を持たせてくれたから、それを食おう。
正直言って、この国のものを口にしたいとは思わない」
「あー。五郎、二回も毒を盛られたもんな」
「一回はお前が盛られたものだがな。
二郎の飯は美味いし、毒が入っている可能性もないから安心だ」
「それはそうだな」
彼は、アイテムボックスから出した重箱を開ける。
一段目は俵おにぎりが、みっしりと詰まっていた。
何種類かの具を用意しているのだろう。
白色のお米だけでなく、ピンクがかっていたり、緑がかっているおにぎりなどもある。
二段目はオカズの段だ。
赤いタレを纏ったエビチリに、ウィンナーとミートボールとウズラの卵を楊枝で突き刺したパーティ料理、お弁当の定番である唐揚げと卵焼き、バランス良く食わせようという意図が見える温野菜、箸休めとして入れられた漬物。
全てがバランス良く配置されていて、少しでも狂えば纏まりがなく雑多に見えてしまうが、二郎の天才的な配置によって、より色鮮やかにしていた。
それは三段目の半分まで続いており、三段目の残り半分はデザートだった。
デザートは色んな種類のフルーツを切っただけのものだったが、飾り切りが多用されており、見ているだけで可愛らしい。
手軽に楽しめるフルーツは大好きなので、今から食後が楽しみだ。
「華雪に食わせる弁当となると、ここまで気合いを入れるんだな」
「訓練している時は忙しいから手を抜いているんじゃないか?」
「手を抜くどころか手を入れてないが」
食べながら聞いた五郎の話によると、ナイフ一本を持たされて森に放り込まれていたとのこと。
二郎式サバイバルはただ単に獲物を狩るだけでなく、相手が食えるかどうかの見極めから始まり、途中途中で入ってくる二郎の相手をしながら飯を死守しなければ飯抜きだったらしい。
聞いているだけでハード過ぎる内容に、よく五郎はケロッとした顔で毎晩の食卓に来れるな、と感心する。
体力がない私では、そのサバイバルだけで力を使い果たし、ぐったりしてしまう。
そもそも、そんなに大変な思いをするぐらいなら飯を食わないという選択肢を取る。
美味しく楽しい食事の時間を久しぶりにゆっくりと過ごすと、腹ごなしに噴水広場を歩こうという話になった。
五郎を手を繋ぎながら歩いていると、近づくにつれ大きくなっていく噴水が妙に気になる。
「五郎、噴水を見てもいいか?」
「いいが、落っこちるんじゃないぞ」
はーい、と返事だけは元気に返し、噴水の淵に上って歪んだ水面から底を見る。
ゆらゆらと揺れている水面に陽の光が照り返し、非常に見にくいので目をよく凝らした。
ん?あれは・・・・・・。
見覚えのあるものを更に良く見ようと身を乗り出した。
他の奴らが疲れているなどと言っていたが、知らず知らずの内に私も疲れていたのだろう。
バランスを崩した私の体は、重力に逆らうことなく、噴水の中に落ちた。
「華雪!?」
「ごほっ、げほっ、溺れてないからオッケーだ」
すぐに水面に顔を出し、大事ないことを知らせるために手をヒラヒラ振った。
五郎に言ったように、座った私の胸ほどまでしか水位がなかったので、落ち着けば溺れることはない。
それでも慌てたままの五郎は私を抱き上げ、ペタペタと全身を触る。
「怪我をしてないか?足を捻ったりとかは!?」
「してない」
私の言葉にほっとした彼だったが、自分の手を見て顔を青ざめさせる。
濡れたままの私を触った五郎の手は、噴水の水で濡れていた。
噴水の水は、野外に置かれているにしては綺麗なものだ。
少なくとも緑色や黒色をしているわけではない。
そんな顔をするような色合いをしているわけでも、臭いがするわけでもない。
「五郎?」
「あ、あ、あぁアぁぁぁあああアアあ"あ"ア"ア"ァァァァァァ!!」
気が狂ったように叫ぶ彼の様子に、ただならぬ気配を察知する。
すぐに結界を張って、周りの人間に何事をなかったという認識を植え付ける。
こんな所で騒ぎになったら困ることこの上ないからだ。
「五郎?どうした?何も起こってないぞ!」
「血が、ち、ち、ち・・・・・・」
「血なんか着いてない。
お前の手は綺麗なままだ」
自分の手が血塗れになった錯覚を見ているようだ。
私は真っ白なハンカチを取り出し、震える五郎の手を拭いた。
いや、拭こうとして思いっきり振り払われた。
「んぐっ!」
不意打ちだったのと、ありえない程の力だったため、私の軽い体は吹っ飛んで地面に打ち付けられる。
痛たたたっ、と身を起こそうとすれば、その前に彼が馬乗りになった。
全体重を容赦なくかけられ、起きる所か呼吸するのも苦しい。
「ご、五郎?」
名前を呼んで正気を確かめようとしたところ、ぽたぽたと雫が顔に降ってくる。
上を見たら、その雫は五郎の瞳から流れているものだった。
瑠璃色の瞳から溢れるそれは、原始の海の綺麗な部分だけを集めた素晴らしいものに見える。
「かせつ、かせつ」
舌っ足らずに私の名前を呼び続ける彼は、背骨が折れそうな程に抱き竦めてきた。
そんな五郎を落ち着かせるために、彼の広い背中を撫でる。
「私はここに居るぞ、五郎。
だから、泣かないでくれ」
「かせつ、すきだ、あいしてる」
「分かってる。
お前は優しい一途な男だからな」
ただの直感だが、今の五郎は私が別れる直前の五郎だと思った。
証拠も何も無いただの勘だし、すぐに今の五郎が帰ってくることも何となく分かっていた。
「かせつ、おれは、おれはっ」
「うんうん。大丈夫だ。
深呼吸して、私の目をよく見てくれ」
顔をグチャグチャに涙で汚した彼は、それでも世界一カッコイイし、素直に私の言う事を聞いてくれるのもポイントが高い。
悲しみと絶望で彩られた瞳を合わせ、素早く呪文を唱える。
すぐに効果が現れ、五郎の瞳から光が消えて、瞬きすれば力の抜けた体が落ちてくる。
ぐぇっと潰れるが、なんとか彼の体の下から這い出た。
魔術によって寝ている五郎の体は重く、これからどうするか、とため息をつく。
折角の休日がこうなってしまったのは残念だが、収穫が色々あったので、これでよしとした。




