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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第四章 リトゥ・ツィネ・アール帝国編
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第五十九.五話 過去の話~中~

 





 夢の中では更に時が流れたようで、華雪と俺の距離感は前よりも縮まっていた。



 相変わらず呼び方が東雲と山口のままだが、交わされる軽口に気安さと親しみが込められ、向けられる顔がふんにゃりとしている。






 昔の彼女はこんなに無邪気に笑えたのか、と驚くぐらいだ。


 それ以上に、今はない肩の力が抜けた姿に泣きそうになる。




「山口、知ってるか?

 この病院で流行っている噂話」




 すっかり見慣れた華雪の診察室で、俺は茶を啜っていた。


 今回は屍鏡も朱音もいないらしい。



 二人きりの部屋の中で、彼女はそう切り出した。




「噂話?

 どこぞの医者が看護師に手を出したって話か?」



「それは年がら年中流れてる。

 私が言っているのは、最近流れている噂についてだ」




 心当たりがないようで、俺は首を傾げる。



 華雪に会いに来るという目的だけで通っている男が、他の奴の話に耳を傾けるわけがない。




「いや、知らないな」



「それがな、出るらしいんだ」



「出るって、変質者や露出狂か?」



「そんな話をわざわざする訳ないだろ。

 出るのはオバケだ、オバケ」



「どこにでもあるようなホラ話だな」




 よくある下らない噂話だと、この時の俺は思っていた。


 が、人知を越えた経験をしてきた俺としては、良くないものが絡むものだと直感的に考えている。






 今までの記憶を見てきた限り、この時の俺はああいうモノに縁がまだないらしい。


 それは良いことだが、話の流れからして、これから絡みにいく未来しか見えない。



 それを裏付けるように、はたまたフラグと呼ばれるものを建てるかのように、華雪はこう言った。




「今夜、行かないか?」
















 あの後、彼女は面白半分や野次馬根性ではなく、そこで徘徊しているという噂の看護師に会いたいと話した。


 詳しく聞けば、華雪の担当している課の看護師と特徴が一致しているらしく、ここ二週間程見てないから心配だと聞かされる。



 無断欠席だと思って、看護師長達は警察には届けてないらしく、そういう例もあるから、彼女の最初は気にしていなかったとのこと。



 珍しく華雪に対して普通の態度を取ってくれるような常識的な人物だったらしく、できれば戻ってきてほしいと彼女は語った。






 惚れた女にそこまで言われて動かない男がいないはずもなく、俺はホイホイと廃病院を訪れた。



 一応、こっそりと銃を持ってきているが、この時の俺は銃の扱いが上手なのだろうか?


 いくら警察とはいえ、許可を取らずに持ち歩くのは違法じゃないのか、というツッコミはしまっておくことにする。




「ごめん、待たせたな」




 仕事を切り上げてきた華雪と合流した。



 白衣を纏ってなく、仕事が終わってスッキリした彼女と会うのは、こんな雰囲気たっぷりの廃病院ではなく、ロマンチックでムードたっぷりなレストランとかが良かった。




「いや、今来たところだ」



「無理言って付き合わせて悪かったな。

 今度、美味い夜飯でも奢る」



「なら、また俺の家で作ってくれ。

 この間食べたチキンのトマト煮込みが食いたい」



「私の手料理などいつでも食べれるというのに、欲のない奴だ」




 いや、めちゃくちゃ欲まみれだぞ!?


 あわよくば既成事実を作ろうとしている奴のどこが欲がないと言えるのか。



 男性に対する危機感力をどうにかしてほしい。




「東雲の手料理は美味しいからな。

 毎日食いたいぐらいだ」



「上手だな、山口は。

 お前なら美味い料理を作ってくれる恋人の一人や二人ぐらい、その気になればできるのに」



「俺はお前がいいんだ。

 意味は分かるか?」




 時や場所を選んでいては華雪を落とせないだろうが、流石に廃病院の前は駄目だろ。



 戦闘力に秀でている代わりに、情緒というものが決定的に欠けている自分に内心頭を抱える。






 常日頃、二郎達が言っているが、華雪はこんな俺のどこに惚れて結婚したのだろうか。



 ひょっとして、本当に既成事実を作ったとかか?


 いや、でも、そんなことを聞いたことはないしな。






 二郎は複雑な事情があるので、息子カウントはしない。



 あんなにマセて可愛いげのない子供など、こちらから願い下げだ。


 それは彼も一緒なので、互いにその繊細な部分にはあえて触れてない。



 これからも触れる予定もない。






 華雪は少し考えた後、おおっ、と手のひらを打った。




「よほど、私の作る料理が山口の口に合ったんだな」




 違う。



 彼女の性格からすれば、そのような答えになることは分かりきっていたが、落胆の感情が胸に広がることは防げない。






 可哀想な、昔の俺。


 こうやって、毎回のように無自覚小悪魔な華雪の態度に翻弄されていたのだろう。






 がっくり、と肩を落とす俺に、きょとんとした顔で見上げてくる華雪。


 色々な感情を混ぜつつ、自分を落ち着かせるために、俺は深呼吸した。




「今日はそれでいい。


 で、だ。

 こんな所に本当にお前の探している奴はいるのか?」



「分からない。

 自分の目で確かめた訳じゃなく、噂話だからな。


 季節外れの肝試しとでも考えて付き合ってくれ」




 懐中電灯をつけた彼女と一緒に、俺は廃病院へと足を踏み入れた。
















 何かが出そうな所トップ3に名を連ねている場所なだけあって、昔の俺も油断せずに周囲を見回した。



 細い明かりに照らされ、受付らしき所と待っている人が座るソファーが沢山並んでいる。


 ひび割れた鳩時計は、とうに時を刻むことを止めており、動くことのない鳩は開いた扉から飛び出たバネの先に吊るされている。






 全体的に埃っぽく薄気味の悪い所だが、昔の俺はともかく華雪まで動じた様子はない。




「この病院の間取りは知っているのか?」



「私が今勤めている病院とほぼ一緒だと、他の奴らが言っていたのを聞いたことがある。

 ただ広いから、回るのには時間がかかるが」



「幸い、俺もお前も明日は休みだからな。

 ゆっくり回っても支障はないさ」




 まずは入ってきた側の棟から見ていこうという話になった。


 もう一つ廊下で繋がっている棟があるが、それは後回しだ。






 静かな廊下に、二人分だけの足音が響く。




「夜勤の時に思うんだが、なんで夜の病院っていうのは、こんなに不気味なんだろうな」



「人の生死に関係している場所だからじゃないか?

 廃墟になっているというのも、それを助長しているんだろ」




 どこかの診察室に入り、華雪は引き出しの二重底から取り出した紙を読み漁る。


 俺も覗き込んでみたが、日本語でも英語でもない言語で書かれており、俺にはさっぱり解読できない。






 それは昔の俺も同じようで、最初から読むことを諦めている。


 早々に彼女に内容を聞いた。




「なんて書いてあるんだ」



「大きな組織にありがちな、隠蔽された不祥事についてだ。

 医療ミスや、コネと金で入れた使えない医者、その他もろもろだな」



「真っ黒じゃねぇか」



「綺麗事だけじゃ、世の中は生きていけないからな」



「・・・・・・それは、お前もか?」




 踏み込んだ俺の質問に、華雪は読む手を止める。


 紙からこちらに移された瞳には、感情の色がなくなっていた。




「それを聞いてどうするんだ?

 警察官らしく、不正した奴でも捕まえるのか?」



「そんな訳ないだろ。面倒臭い。


 ただ、その小さな体で一人で抱えてるのは大変そうだからな。

 体の大きい俺が支えてやってもいいと思っただけだ」




 一触即発かと思いきや、俺はため息をついただけだ。


 心の中の声は、少しぐらい俺を頼ればいいのに、と言っている。






 やる気のない俺の様子に、一先ず華雪の剣呑な光が目から消えた。




「必要ない。

 この見た目だからな。大抵のことは諦めている」



「・・・・・・そうか」




 まだまだ見えない壁があるようだ。



 よく考えれば、そうか。


 彼女は華雪だ。



 あの猜疑心と自己犠牲の固まりのような女が、多少親しくなった程度の相手に全てをさらけ出すはずがない。






 納得している間に、華雪は書類を簡単に纏めて、持ちやすいように置いてあった壊れかけのカバンに入れて持った。




「これで、あいつらを守りやすくなったな」



「佐野と雲英のことか?」




 この時の俺は誰でも苗字で呼ぶ。


 おかげで、一瞬誰だか分からなかったが、朱音と屍鏡のことだと思い出せた。




「あの二人は病気が完治すれば、その後の保障がない。

 両親もいないようなものだし、後継人がいるわけじゃないからな」



「随分大切にしているんだな、あの二人を」



「同情というやつかもしれないが、最初から最後まで受け持った初めての患者達のその後を知らんぷりというのも後味が悪いだろ」



「初めて?」



「今までちゃんと患者を受け持ったことがないからな。

 お前の担当医の欄だって、他の奴の名前だぞ」




 はぁ!?



 今の俺と昔の俺の驚きの声が内部でシンクロする。


 それぐらい、衝撃的な事を言われた。




「俺の治療をしたのは東雲だろ!?」



「書類上は准教授に昇進する若手の奴の名前になっていたな。

 つまりは、そういう事だ」




 そこまで堂々と不正され、微塵も気にしてない彼女に、追加で驚く。




「どうして、お前が怒らない?

 自分の手柄を全部横取りされてるんだぞ」



「その分金を貰っているし、融通を利かせてもらうこともあるからな。

 地位や名誉なんかよりも、よほど分かりやすくていいだろ」



「そういう下らないものを尊ぶのが医者だろう?」



「私はその下らないものよりも実利を選んでいるんだ。

 あいつらを守れるなら、いくらでも手柄をくれてやるよ」




 大切な者を守るためならば何でもする姿勢に、昔から頑固だなぁ、と思った。


 その頑固な姿に、今も昔も惹かれ、やっぱり愛しているな、と再確認した。
















 そのまま病院内を徘徊し、部屋に入っては書類を拝借していく華雪。






 本来の目的を忘れかけた頃、ようやく探し人に出会えた。


 もっとも、お約束通りにその人物は敵だったが。




「何故だ!?あんなにもお前は人の命を救うことを誇りにしていたじゃないか!!」




 魔術師となり、夜な夜な人を殺していた探し人に叫ぶ華雪。



 今なら考えられない程、動揺して取り乱している彼女と昔の俺。


 人間だった頃の普通さを見せつけられた。






 探し人に会ってからシーンが飛び飛びだったが、それは昔の俺が動揺していたからだ。



 ゾンビっぽい奴と探し人を無力化し、ようやくぶつ切りではない滑らかな記憶が見れた。




「こんなことに突き合わせて悪かったな、山口」



「いや。お前一人じゃ対応しきれなかっただろ。

 その点、俺ならこの後の始末もつけられるしな」




 警官の特権をフル活用し、今夜の出来事をなかったことにしようとしている。


 真面目にあったことを話しても、信じてもらえないどころか、へたすれば精神病院に送り込まれてしまうだろうから、この時の俺が取った行動は正解だ。






 少し互いに怪我をしながらも、無事に廃病院から脱出できた二人に、ほっと胸を撫で下ろした。
















 これで、今回の記憶は終わりなのか、視界が真っ暗になった。


 慣れてきたとはいえ、いきなり暗くなるのは恐怖を覚える。



 が、数秒すれば目が覚めることも知っているので、じっとその時を待った。






 ・・・・・・?


 おかしいな?まだなのか?






 無意識に閉じていた瞳を開けば、そこに広がるのは当たり前だが闇だった。




「まだか?」




 いくつもの壁に反射したようなくぐもった男性の声が、そう聞いてくる。


 姿も見えないし、声にも聞き覚えがないが、不思議と相手が危険生物ではないと判断した。




「それは俺の台詞だ。

 早く目を覚めさせろ。華雪が待ってる」



「ああ。そうだ。彼女が待ってる。

 だというのに、お前は未だに拒んでいる」



「拒む?何をだ?」




 暗闇に聞き返すが、答えは返ってこない。


 その代わり、ブツブツと何かを呟いているのは聞こえた。




「早くしなければ哀しませている。

 なのになのになのに、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてああぁぁああああああああぁぁぁあああぁぁ!!!!」




 声と共鳴するように、俺の頭がガンガンと内側から殴りつけられているような痛みを訴えてくる。


 耐えきれずに頭を抑えながら(うずくま)ると、発狂した声がぴたりと止まった。




「この意気地無しが」




 吐き捨てるように言われた台詞に言い返す暇もなく、俺は現実世界で体を起こした。





 寝汗でぐっしょり濡れた寝間着が気持ち悪く、また酸素を求めて激しく動いている心臓が嫌に煩い。



 震えている手をもう片方の手で抑え込んでいれば、ごろう?と滑舌が回っていない声が俺を呼んだ。




「どうした?いやなゆめをみたか?」



「いや。何でもない」



「何でもない奴が、そんな状態なわけないだろ。

 よし。私がおまじないをかけてやろう」




 震えている俺の両手を、身を起こした華雪の小さい手が包み、冷たいのに温かみのある温度を伝えてくる。




「五郎。お前の不安は全て杞憂に過ぎない。

 だから、今は眠るといい」




 あれだけ震えていた体が落ち着き、吹っ飛んでいた眠気が襲ってきた。


 華雪が自分の傍にいれば、何が起きても瑣末に過ぎないと体まで認識しているようだ。






 彼女に礼を言い、誘われる眠気に身を委ね、何よりも大切な存在を抱きしめながら意識を闇に落とす。



 今度はもう体が震えることはなかった。






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