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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第四章 リトゥ・ツィネ・アール帝国編
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第五十九話 真紅の影

 





 五郎の様子がおかしい。


 昨日の姫君のお茶会が終わった後はずっと一緒にいたが、こんな意識をどこかに飛ばしている感じではなかった。




「五郎、何かあったのか?」



「・・・・・・いや、何でもない」




 じっと私を見つめた後、彼は視線を逸らしてそう言った。



 あからさまに怪しいが、こうなった五郎は口を割らないので、それ以上追及しないことにする。


 何かがあったのは間違いなさそうだが、それは彼自身の問題で私が口出ししていいものじゃないからだ。



 すっごい気になるし、心配だがな。




「華雪、そんな朝から陰気な男は放っておいて、ボク達が調査した結果について話すよ」



「あっ、ああ。頼む」




 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、無理やり意識を連続怪死事件に向けた。






 ルークはどこからかホワイトボードを引っ張ってきて、そこに犯行が行われた場所が記されたこの国の地図と、被害者の顔写真を張っていた。


 細かくマーカーで追加情報まで書かれたそれは、ドラマなどでよく見る警察の対策本部に置かれているようなカッコいいボードだ。






 その前に二郎が立ち、これまたどこから出したか分からない眼鏡をかけ、指示棒を片手にしていた。



 イケメンがそういう恰好すると様になるなと思いながら、ホワイトボードに集中する。




「では、説明を始めていきます。


 まず、私達で見つけた情報を華雪さんと共有しますね」




 私が色々していた間に集めてきた情報を精査し、纏めた書類を渡される。


 ちょっとした文庫本ぐらいの厚さがあるが、写真や図などが多用されているため、読むのにそこまで苦労しない。



 パラパラと捲りながら、話を続けるように促した。




「死体が初めて発見されたのが、今から約一か月前。

 お手元の資料の十三ページをご覧ください」




 言われたとおりのページを開くと、見出しに第一被害者?と書かれ、その下には名前と顔写真、簡単なプロフィールが載っていた。




「確定でないのは、人が死ぬなんてこの国では日常茶飯事なので、この方の前に被害者がいないとは言えないんですよ。

 だから、推定ですね」



「その辺は仕方ないな。

 どれだけ国民がいるのかさえも把握できてないのが現状らしいから。

 貧民街で起こっていたら、そもそも事件さえ誰も知らなかっただろうし」




 落ちぶれた人間が集う、ホームレスのたまり場が貧民街だ。



 そこで起こったことなど国の上層部が容認するわけがない。


 何故ならば、国は貧民街の存在を認めてないからだ。






 どこの国でもあるが、恥部ともいえるその存在を開き直って認めているところなどない。


 例外なのは屍鏡の国だけで、あそこは街になるほど無職な人間を囲ってないし、そういう人向けに仕事を斡旋する場所も作ってある。



 完璧にホームレスがいないと断言できるわけではないが、それは現代の先進国でも同じだ。




「一応、確認しに行きましたが、隣人がいなくなっても気にしないような場所ですからね。

 それ以上の手かがりは掴めませんでした」



「ある情報だけで推測するしかない。

 それが捜査の基本だし、これだけあれば十分だ」




 そもそも私が集めたものではないのに、そこにケチをつけられる立場じゃない。


 むしろ、三日でここまで集めてくるのは優秀な部類だ。



 私ならこうはいかなかっただろう。




「そのように言っていただけると嬉しいですが、きちんと調査できなかった私を叱ってもよろしいのですよ?」



「そんなことするわけがない。

 二郎は私なんかのために働いてくれたんだから、お礼を言っても怒ることなんか一つもないさ。


 むしろ、お前が怒っていいんだぞ?

 手に入っているぐらいで調査をサボってるんじゃない、って」



「それこそ、私が言う訳がありません。

 怪我が治るまでは部屋を一歩出て欲しくないぐらいですから」



「俺の前でいい雰囲気を出すのをやめてくれ」




 げんなりとした五郎が、私と二郎の間に割って入った。



 少しは元気が出たのかもしれない。




「二郎、話を続けてちょうだい。

 このペースで茶番を挟んでいたら、今日中に結論にまでたどり着かないわ」




 桐生のブーイングまで入れば、二郎は肩を竦める。


 ついでにため息までついた。




「貴女達には私を労わって、華雪さんとの時間を持たせようとか言う気遣いはないのですか?」



「ない。

 早く事件を終わらせて、屍鏡の国に戻りたいのはお前も同じだろ?」



「それは同じですが・・・・・・。

 華雪さんに癒されたいという気持ちもあるのですよ」




 複雑なオトコゴコロというやつです、と二郎は笑っている。



 その顔は寂しそうで、この件が終わったら甘やかしてやらなければと、私の使命感を燃やすのには充分だった。




「話を戻すよ。

 結論から言うと、事件はほぼ毎日のように起きていて、場所にはある程度の規則性があること。

 今夜はそこに行って、囮を使って犯人を一本釣りしようってことだよ」



「待て。

 その囮って誰を使うんだ」




 理屈は分からなくともない。


 次の犯行現場の目星がついているのならば、そこに行って誰かの身を囮にするのが早い。



 しかし、誰を囮にするかによっては、私は異議を唱える。






 その辺を歩いている一般人を囮にするなら、私も賛成だ。


 ただ、五郎達の内の誰かとなれば、話は別になってくる。






 ルークや二郎なら戦闘力に問題ないが、顔が良すぎるので余計なものを呼び寄せる。



 桐生は女性だから、そもそも論外だ。


 彼女のような美しい女性を一人で歩かせるなんて、ルークや二郎よりも問題を引き寄せる。



 残る五郎は戦闘力に不安が残るし、囮の演技を自然にできなさそうだ。






 つまり、消去法で私ぐらいしかいない。



 そこまで考えて、私は大きく頷いた。




「皆まで言わなくていい、私だな」



「違うけど。

 何をどう考えて、そんな結論になったの?」



「華雪さんにそんなことをさせるぐらいなら、桐生さんを囮にしますよ」




 呆れた顔で二人に見られる。


 桐生と五郎も同じような顔をこちらに向けた。




「とりあえず、囮は二郎で、決行は今夜九時。

 それまで、適当にくつろいでいて。


 ボク達は準備があるから部屋に戻るけど、暇だったら来ていいいからね」




 じゃーねー、とルークは二郎を引っ張って出ていってしまう。



 私達は特にすることがなかったので、時間まで言われた通りゆっりと過ごした。
















 午後九時。






 私達は次の犯行現場と思われる裏路地に来ていた。



 夜は冷え込むので厚着をしてきたが、それだけでは過保護筆頭の二郎には足りなく思ったらしく、マフラーと手袋を着けさせられる。


 どちらもいい素材を使っているのか、薄くて軽いのに驚くほど暖かい。






 小声で礼を言えば、彼はふわっと微笑んで、囮になるために一人無防備に歩き始めた。


 酔っぱらいのフリをしているのか、大きな声で愚痴を言いながら千鳥足で歩いている。




「あの男のどこがいいんですか!

 私の方が数千倍いい男だというのに!!」



「流石、二郎だな。

 女に振られてやけ酒をした、憐れな男の演技も上手い」



「いや、あれは演技というよりも素だと思うわよ、華雪ちゃん」




 馬鹿な男、とでも言いたそうな目を向ける桐生。




「うわぁ。二郎、必死だなぁ」



「しっ!来たぞ」




 二郎の演技を批評していた私達の気は、たちまち引き締まった。



 ピンっ、という独特の空気が張り詰めた感覚が、探していた相手が来たことを知らせてくれる。






 二郎もそれを敏感に感じ取ったのだろう。



 酔っぱらいのフリをしながら、手近な民家の壁に背中を預け、ズルズルと座り込んで俯いた。


 どこからどう見ても、酔いつぶれて酩酊状態になった男だ。






 その前に闇が実体化し、二郎に手を伸ばした。


 枯れ木のように細長い手が彼に触れる寸前に―――――。




「二郎!!」




 暗闇に五指の爪先が煌めき、影の胴体を薙ぐようにして攻撃をする。


 影にとっては予想外の反撃だったらしく、まともに食らって、傷口から血を噴出させた。



 が、致命傷にはまだ程遠い。






 二郎は月明かりを浴びながら、指先に残った血をペロリと舐め上げる。


 開いた紅い瞳には興奮と恍惚の色が浮かび、逆光でその姿が一層不気味に映った。




「二郎が敵に思えてきた」



「私も同意見よ、山口。

 どう見ても、ボスの吸血鬼という風格を漂わせているもの」



「もう、あいつに任せて帰ってもいいんじゃないかな。

 理性がちょっと吹っ飛んでいるから、華雪達は近づかない方が良さそうだし」




 ヒソヒソと二郎について話す三人。



 とてつもなくシリアスな場面のはずなのに、気が抜けてきた。




「ああ、やっとお会いできました。

 貴方がこの辺りで食べ散らかしているから、私達がわざわざこんな所に来るはめになったんですよ」




 こちらのだらけた空気とは対称的に、二郎の方はきちんと真面目な空気を保っている。




「ヴ、ヴゥ?

 エサ、テイコウ?ナゼ?」



「それは餌ではないからですよ。

 私にとってみれば、貴方の方が餌です」



「エサ、クウ、ハラヘッタ!」




 知能指数が低いのか、片言な上に会話が成り立っていない。



 二郎も会話をするのは無駄だと悟ったのか、無言で構えた。




「爪が伸びるって便利だよな」



「えぇー?

 後で爪の間に入った血肉を洗うのか面倒臭そう」



「だが、殺傷能力が上がるのは魅力的だな」




 超絶どうでもいいことを話している五郎と桐生を放っておき、ルークに話しかける。




「あれ、どう思う?ルーク」



「人を喰う理由はあるようだけど、あれが一般人はともかく、鍛えている人間を補食できるかと言われると別だよね」




 私と同じことをルークも考えていたようだ。



 帝王の話だと、あの勇者達と同じぐらいの力を持った奴でさえも、犠牲者に名を連ねている。


 目の前の生物を見ている限り、そこまでの力はなさそうだ。






 観察していれば、二郎があっさりと殺してしまった。



 腕が相手の胸元をやすやすと貫き、衝撃で反射的に跳ねる体を蹴り入れて、腕の自由を取り戻す。






 地面に倒れた相手を見下ろしながら、腕を振って、付着した血を飛ばしている。


 それから、私を見るとニッコリと笑って、




「二郎、後ろだ!!」




 彼の後ろに現れた影に、私は声を張り上げた。


 二郎は咄嗟に前に跳んだが、それでもコンマ数秒遅かったらしい。



 ばっ、と彼の鮮血が目の前に広がった。




「ぐっ!」




 攻撃されても足を止めずに、その勢いのまま、私に突っ込んでくる。


 腕に閉じ込められ、一回転して、ルーク達の頭上を飛び越えた所で動きを止めた。




「じろう!?二郎!!」



「あっばっはっはっはっはっ!!

 これまた派手にやられたね、二郎。


 笑いすぎてお腹が痛いんだけど」




 黙ったままの二郎に呼び掛けていれば、ルークは大爆笑する。



 五郎も桐生も戦闘体勢に入ったというのに、呑気な奴だ。


 それこそが、彼が神たる所以なのだが、二郎が怪我をしているのに笑うのは頂けない。




「ルーク!笑っている場合じゃない!!」



「いやいや、笑うなっていうほうが無理だよ。

 油断して背後から一撃を食らうって、まるでコントじゃないか」




 服の袖からジャラジャラと鎖を出しながらも、ルークはなお笑う。



 本体でもあるソレを出すということは、油断はしてないって証拠だ。




「・・・・・・煩いですよ、ルークさん」



「二郎?」



「心配しなくてもいいですよ、華雪さん。

 頭にのぼっていた血が抜けて、丁度いい感じですから」




 それはあまり良くないんじゃないか?




「華雪ちゃんの前だからって気張りすぎよ、二郎。

 たまには元上司を立てて、手伝わせることぐらいしなさい」



「俺だって、最近は少しはできるって評価していただろ。

 貸し一で手伝ってやってもいいぜ」



「ハッ。ご冗談を。

 あれは私がやります」




 桐生達の提案を鼻で笑い飛ばす。



 こんな高圧的な二郎を見たのは、初めてかもしれない。


 何だかんだで紳士的な振る舞いをする男だからだ。




「じ、二郎。

 無理は良くないんじゃないか?」



「無理なんかしてませんよ。

 ただ、ちょっとだけ、華雪さんの血をもらいますけど」



「えっ!?」




 カプリ、と躊躇なく首筋を噛まれる。


 焦っているのか、いつもよりも薬を入れられて、頭がおかしくなりそうだ。



 数口飲めば十分な量が飲めたのか、口を離した。




「やっぱり、華雪さんの血が一番ですね」



「じ、じろうの、ばかぁ」




 頭を殴られるような快楽に、舌が回らないながらも罵倒する。



 ルークも二郎も、自由過ぎだ!


 これが人外だというのなら、私も自由にやってやる!!






 首筋を震える手で抑えながら、私は最近出せるようになった球体を出す。


 一センチほどのそれは、暗さも手伝って相手には見えてないだろう。



 私はそれを力の込めた指先に装填し、二郎を傷つけた相手に向かって弾いた。




「いっけぇぇぇっ!!」




 足りないスピードと貫通力を補うために思い付いたのが、指で弾く方法だった。






 腐蝕の効果を持った球体は、私の狙い通りに二郎を襲った敵の額に吸い込まれていった。



 パンっとラップ音が響き、それに伴って、体に軽い電気が走ったような痛みが起こる。




「みっ!?」



「華雪!?

 何をしたんだ?一体!!」



「い、いや、ちょっと攻撃したら、反撃された」




 あの球体も私の一部にカウントされるようで、消えたのと同時にダメージを受けた。


 静電気を受けたぐらいの痛みだが、これからは考えて使った方が良さそうだ。






 五郎だけでなく、他の人達も私の悲鳴に気を取られたようで、その隙に相手に逃げられた。




「あっ!逃げた!!」



「今夜はここまでかな。

 不意打ちとはいえ、二郎に怪我を負わせたような相手だ。


 もっとちゃんと準備をして、万全の体勢で挑んだ方がいいよ」




 あれだけ笑っていたくせに、ルークは生真面目な顔をして提案してくる。




「ルークの意見には賛成よ。

 華雪ちゃんも何故かダメージを受けているみたいだし、帰ることを推奨するわ」



「二郎だけならともかく、華雪が怪我しているのに無理をする理由はない」




 私一人だけが痛い思いをしたのなら強行だが、二郎は現在進行形で怪我をしていた。


 戻って手当てをしなければ、彼は痛い思いをし続けることになる。






 二郎が怪我したのも、まんまと敵を逃がしてしまったのも、全部私のせいだ。



 自己嫌悪と相手への怒りで一杯になりながら、戻ることを告げた。






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