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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第四章 リトゥ・ツィネ・アール帝国編
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第五十七.五話 夜会~閉会~

 





 桐生に連れられて華雪はここから去った。



 右手は可哀想なことにくっきりと赤い手跡がつき、ヒビが入っているようだった。


 すぐに白い肌に戻ったが、それはその場しのぎで誤魔化したかのような印象を受ける。



 おそらく、あの怪我は治ってないのだろう。





 帝王に話をされている間に、背後でやられたものだ。


 気づいた瞬間に止めに入ったが、遅かった。



 やった本人である王子は、手加減ができなかったとへらへらしながら言った時には、殺意が湧いたが、両隣を見ればそれも失せた。






 無表情だったのだ、二郎もルークも。


 それでいて、瞳は無機質に輝き、得体のしれない圧が這い出ている。



 間に挟まれている俺は呼吸すらまともにできなくなり、脂汗が流れた。






 華雪とずっと一緒にいたから忘れていたが、こいつらは人間なんか指先一つで殺せるようなヤバい生物だ。


 それでいて、華雪の事をこの上なく大切にしており、彼女を傷つけた奴を絶対に許さないような奴らだ。



 すぐ近くで傷つけられて黙っていられるわけがない。




「手加減ができなかった、ねぇ」



「確かに、そういうこともあるかもしれないね。

 事故、ありえない話じゃないよね」




 まるで、自分に言い聞かせるように言う、二郎とルーク。



 今にも王子に飛びかかりそうなのを互いに牽制することにより、かろうじで王子は襲われていない。






 自分の命が薄皮一枚で繋がっていることを理解してないのか、ヘラヘラし続けている王子に、華雪のこととは別に怒りが湧いてくる。




「俺様からも謝らせてもらうぜ。

 息子がそちらのお嬢さんに申し訳ないことをしたな」



「・・・・・・謝罪、受け取りましょう」



「うん。事故なら仕方ないしね」




 表面上は納得しているが、あの王子は今夜にでも不幸な事故でお亡くなりになるのだろう。


 不幸な事故という名の、故意の殺人だが。




「納得できたようだし、ちょっと空気が悪くなってしまったが、夜会を楽しんでくれ。

 お前らのために開いたんだからな」



「ええ。楽しませていただきます」



「では、私と踊って頂けますか?

 個人的に、貴男のことは好ましいと感じておりますので」




 さっき帝王に紹介された若い女が、俺をダンスに誘ってきた。



 婚約者である華雪がいるとはいえ、ダンスぐらいなら断れない。






 俺としては華雪以外の女とくっつきたくないので、二郎に目配せする。


 意図を読み取ってくれた彼は、俺の前に出て、




「私では駄目でしょうか?

 この男よりも完璧にエスコートできますし、踊っている最中も表情筋が仕事を放棄している辛気臭い顔を拝むよりは、私の方がいいかと思いますが」




 こことぞばかりにディスってくる二郎。



 エスコートという面では彼に劣るのは認めているが、表情筋の仕事に関しては何も言われたくない。


 華雪の前以外では張り付いた笑顔しかできない奴だというのに。




「確かに、貴男も素敵な男性ですが、今日はそちらの方と踊りたいのです。

 折角、お誘い頂いたのに申し訳ありませんわ」



「いえいえ。謝ることはありません」




 華雪には黙っているから、踊ってこい。



 視線でそう伝えられた俺は、渋々と差し出された手を取った。






 下から掬い上げるように手を取り、手の甲に唇を落とすフリをする。



 これがマナーだと習い、それに従い事務的に行動したが、鼻先を彼女のキツイ香水の香りが掠めれば、華雪の匂いが懐かしくなった。


 煙草と酒と彼女自身の匂いが混じった、優しいだけではない危険な香り。






 腕の中に閉じ込めて、思う存分に華雪の匂いを堪能したい。


 人よりも低い体温を感じながら、あの赤い髪を撫でくりまわしたい。



 痛めてしまった手では日常生活が不便になるだろうから、一から十まで面倒を見て、ドロドロに甘やかしたい。






 そんなことを考えながら、エスコートしていれば、目の前の女がクスクス笑った。




「他に婚約者がいるとはいえ、エスコート中は目の前の女性を見るべきですわ」



「申し訳ありません。

 貴女のような素敵な女性をエスコートするのは初めてですので。


 何か失礼なことをしないかハラハラしているのです」




 二郎を真似して歯の浮くようなセリフを言う。


 しかし、女は笑うばかりだ。




「まぁ。お上手ですね。

 指導されたのは、同じ顔の殿方ですか?」



「そんなところです。

 私はマナーなど知らない平民でしたから」




 音楽に合わせてステップを踏む。



 リズム感と運動神経が悪くないおかげで、無様な姿を見せない程度には踊れている。


 桐生にパートナーを務めてもらって形にしたものだ。






 嫌味をかなり言われたが、それだけ桐生はダンスが上手かった。



 本当に黙ってさえいれば、何でもこなせる美人だというのに。


 色々と惜しい女だ、彼女は。




「ところで。

 相談事があるのですが、よろしいでしょうか?」



「何でしょうか?」




 帝王のご息女が俺に相談することなど、華雪絡みの婚約だろう。


 うかつな返事はできないと気を引き締める。



 女は内緒話をするように、ぐっと体を俺に寄せて、耳元で小さく囁く。




「あの愚兄と帝王を殺しませんか?」



「は?」




 思わず、素の低い声が出てしまった。


 それ以上の反応は抑え込んで、ダンスも平静を装って続ける。




「あら?聞こえませんでしたか?」




 コテン、と首を傾げる女は、物騒なことをいきなり言ったようには見えない。



 しかし、確かに彼女は言ったのだ。


 華雪を傷つけた男と、この国に来るハメになった理由の男を殺さないかと。






 迂闊に返事はできないし、するべきではない。


 まずは相手の意図を聞きださなければ。




「・・・・・・いえ、聞こえてましたが。

 どういう意味なのでしょうか?」



「そのままの意味ですが。

 彼らを殺しませんか?貴方の手で」



「それは、きちんと意味を分かって言っているのですか?」




 この女は危険だ。


 力があるとか、頭がいいとかではなく、この場でそんな馬鹿みたいな話をする危険思想がヤバい。




「分かってますよ。

 他の人にバレたら、国家反逆罪で死刑ですね」



「では、なぜこのような公然の面前で」



「こうでもしないと話を聞いていただけないと思いまして。

 いつもあの女の子の傍にいるのでしょう?貴男は」




 そりゃあ、華雪の傍にいたいからな。



 だからといって、こんな強引な手を使われても困るが。




「それはそうですが・・・・・・。

 貴女は何を思って私にそのようなことを?」




 周りに会話が聞こえないように消音結界を張り、意図を聞く。


 見た限り誰もこちらを不審に思ってないし、二郎は話を聞きだすように視線で指示を送ってきたからだ。



 どうやって会話を聞いているか知らないが、人外パワー的な何かで聞いているのだろう。




「だって、貴男は彼らを憎んでいるでしょう?

 殺したいほどに」



「・・・・・・だとしたら、どうなんです?」



「ふふ。今夜はここまでですわ。

 続きはまた明日。


 貴男の部屋に招待状を送りますわ。

 大切な婚約者さんと一緒に来てくださいね」




 曲の切れ目にするりと、彼女は俺から離れた。


 悪戯っぽくウィンクした女は、他の男をダンスを誘い、これ以上追及されないように逃げた。






 今夜中にまた話を聞けそうにないと悟った俺は、帝王から離れて食事を楽しんでいる二人の所に戻る。




「今度、貴方には尋問の仕方を教えた方がよさそうですね」



「今の五郎はゲームの続編で、何故かレベル一に戻っている主人公みたいな状態だからね。

 上手く人から話を聞き出すことすらもできない。


 レベル一って悲しいね」




 憐みの目で見てくるルークに、煩いと返す。



 というか、無駄に上手い例え話をするな。


 ゲームなんてやったことなんかありません、みたいな顔をしているくせに。




「それは偏見だよ、五郎。

 ボクだってゲームぐらいするよ」



「どうせ、見た目通りチェスとかキザったらしいやつだろ」



「チェスもするけどね。

 でも、不思議な生物を育てるものとか、モンスターを倒すやつとか。

 そういうものも一通りやってるよ」



「似合わねぇ」




 同じようなゲームを知っているが、どれも彼には合わない。


 俺が最初に言った通りにチェスとかが、この男には似合っている。




「それはボクの自由じゃないか。


 それに、ゲームは華雪も好きだからね」



「華雪がか?」




 それは初耳だ。


 元の世界に居た時には、スマホでするゲームが流行っていたが、彼女がそんなことをしていた姿は見たことなかった。



 二郎に知っていたのか?と視線で問いかければ、黙って食事をしていた彼は頷いた。




「昔はよくやってましたよ。

 趣味と実益を兼ねて」



「実益?」



「鳥頭な貴方が覚えているか知りませんが、華雪さんは昔スクールカウンセラーをやってましたから。

 それぐらいの歳の子と話を合わせるためには手っ取り早い手段の一つだと」




 華雪のことに関しては一字一句間違いなく覚えている。


 だから、スクールカウンセラーをしていたことも覚えていた。






 彼の説明に納得できるところがあったが、しかし、それならば何故俺の前では一切しなかったのだろう。


 そういう話を聞いたこともない。




「貴方が興味なさそうなのを見て、そういう話題を振らなかったんじゃないですか?」



「華雪のことなら何でも知りたいのにな」



「その前に自分のことを知ったほうがいいと思うけどね」




 話をそう締めくくったルークは、ナプキンで口元を拭う。




「そうですね。

 とりあえず、もう部屋に帰りましょう」



「俺はまだ何も食ってないんだが」



「夜食ぐらい作りますよ。

 ほら、寝る前に華雪さんの部屋に寄るのなら、早い方がいいです」




 不自然なぐらい急かされて、俺達は夜会を後にした。
















「どういうことだよ」




 人の耳がなくなってから、二郎に聞いた。



 あんな風に不自然に出て行けば、悪目立ちして帝王に付け入る隙を与えることになる。


 完璧な彼がそんなことをするからには、理由があるに違いない。




「あそこで提供されている食事のいくつかに薬が盛られてました。

 貴方は馬鹿だから、何も考えないで食事を口に運ぶでしょう?

 そうなる前に出てきただけです」



「薬だと?」



「致死量の毒薬と理性をふっ飛ばすような麻薬だね。

 ボク達以外が食べたら、肉体的に死ぬか精神的に死ぬか。

 好きな方を選べるよ、五郎」



「どっちも選ぶ気はない」




 理由が分かったところで、もう夜会なんかどうでも良くなった。


 華雪は傷つけられるし、女と踊るハメになるし、毒が盛られたフルコースに口をつけそうになるし、散々な会だったと言える。
















 華雪を見て癒されようと、二郎達と別れて、彼女に宛がわれた部屋の扉を開けた。


 しかし、彼女はいなかった。




「華雪?」




 刀を片手に、慎重に部屋に入れば、




「あっ、やめっ・・・・・・!」




 水音と共に、華雪のか細い悲鳴が聞こえた。


 俺は聞こえた方の扉を蹴破る勢いで開け、華雪!!と叫んだ。



 そこで俺が見たのは、白い湯気と、薄赤く染まった肌と、驚いた華雪の顔と、水滴が流れるなだらかな―――――。




「このムッツリスケベ変態クソヤロー!!!!」




 そこまで見ると、目の前に拳が迫り、俺は綺麗に体を宙に浮かせた。


 壁に体を激突させる前に体を捻り、何とか無様な着地をしないようにした。




「女の子の入浴中に入ってくるなんて、サイテー!!」




 体にバスローブを身に着けて、すぐに出てきた桐生がプリプリと怒る。


 その後ろには少し遅れて、いつも青白い顔をしている華雪が、血色良く部屋着に着替えて出てきた。




「いや、まぁ、見られた桐生には悪いかもしれないが、五郎にも悪気があったわけじゃないし、事故だと思ってここは一つ収めてくれると嬉しいなぁ」



「何言っているのよ、華雪ちゃん!

 山口が舐めるように見ていたのは華雪ちゃんの裸体なのよ!!」




 間違ってないが、舐めるようにというのは止めて欲しい。


 華雪がそれを聞いて俺を軽蔑したらどうするつもりだ。




「何だと!?

 そこは桐生の裸を見るべきだろう!!

 お前は男子高校生、いや、男として間違っているぞ、五郎!!」



「お前の方が間違っているだろ、華雪。

 裸を見られたことに怒れよ」



「だって、事故だったし。

 でも、その数秒で私の裸を見るのは間違っている!」




 ズレたポイントで怒る華雪に、呆れる俺。



 本当にこいつは自分に向けられる好意を理解してくれない。


 屍鏡は愛を伝えればマシになると言っていたが、未だにその兆しはない。




「いい?華雪ちゃん。

 山口はね、華雪ちゃんの体にしか発情しないのよ。

 薄汚れた劣情を抱くのは華雪ちゃんしかいないから、他の女の裸なんて興味ないの」



「俺のネガティブキャンペーンをやめてくれ」



「フン。覗きヤローにはちょうどいいわよ」




 桐生は華雪の手首を治療する。


 魔法が効かなくなってしまった彼女は自然治癒に頼るしかないらしく、原始的だが的確に添え木をして回復を促す。




「手首、いつ治りそうだ?」



「そんな顔するなって、五郎。

 無茶しなければすぐに治るさ」



「それまで不自由なことがあったら言ってくれ。

 何でも俺がする」




 怪我をしたのは俺のせいでもあるし、華雪の面倒をみたいという下心もあった。


 しかし、いらないと桐生に言われる。




「異性の山口に頼むことは特にないわ。

 回れ右して、明日に備えて寝なさい」



「何でもかんでも抱えるのは、五郎の悪い癖だ。

 部屋に帰ってゆっくりしたほうがいい」




 華雪にまで言われたら、引き下がらないわけにはいかない。


 今日は頭を撫でるだけで帰るか。



 彼女に言われた通りに、次の日に備えて、華雪を可愛がってから部屋に帰った。






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