第五十五.五話 酔っている奴は性質が悪い
「桐生・・・・・・。
それぐらいにしておいたらどうだ?」
俺は目の前に転がっている空き杯の数を数えて、そう助言する。
しかし、彼女はああん?と言うと、また杯を空にする作業に戻ってしまった。
机の上には申し訳ない程度の食べ物と大量の空き杯が転がっている。
その食べ物も俺とルークの夜飯として注文したもので、桐生は一切手を付けてない。
空きっ腹にアルコールは良くないだろうが、どれだけ言っても食べないので諦めた。
それでも未だに潰れてないのだから、酒には強いのだろう。
「五郎、今の桐生に何言っても無理だと思うよ?
何か分からないけど、かなりストレスがかかっているみたいだからね」
桐生の様子がいつもと違うことにはっきり気が付いたのは、華雪達と別れた後ぐらいからだ。
違和感こそ最初から・・・・・・それこそ、あの幽霊が家の者に遺言を伝えてくれと言われた辺りからあったが、最初は彼女自身が隠していたせいで、きちんと気づくことはできなかった。
しかし、その彼の家に行き、遺言を伝え終わった後からイライラしているのが目に見えるようになり、俺とルークは引きずられるように居酒屋に連れ込まれた。
そして、狂ったように酒を飲み始めて、今に至るという訳だ。
顔だけは良い桐生とルークがいるせいで目立っているが、こればかりは仕方ないと食べるの専念しているように見せて、視線をスルーしていた。
「だから、華雪は俺に金を持たせたってわけか」
彼女のことだ。
桐生がストレスをため込んでいるのが分かって、それを何とか発散させてやりたいと思ったのだろう。
本当は自分で発散させてやりたかっただろうが、今回は俺に頼らなければならない内容らしい。
何が原因でストレスを感じているかすら良く分かってないが、とりあえず酒に付き合えばいいのだろう。
酒を飲む練習をしてないので、適当にご飯を食べつつジュースを飲んで、彼女を観察しているだけだが、ハイペースで杯を空ける桐生に呆れを覚える。
それなりに度数の高い酒を水のように流し込み、顔色一つ変えないのだ。
雰囲気こそ酔ってやさぐれた感じだが、それ以外は素面と変わりない。
二郎や華雪が作ってくれる料理とは違い、食べ物と言えるような味ではないが飲み物で胃に運べば腹は膨れた。
元々、この世界の食べ物に味は期待してないので、こんなものかと考えながら機械的に口に運ぶ。
腹が膨れたので、そろそろ帰りたいが、桐生の雰囲気的にまだまだであることを悟っている。
「華雪が持たせてくれたお金で足りるといいけどね。
これはまだまだ飲むよ」
「だろうな。
お前は飲まなくていいのか、ルーク」
俺的に一番謎が多いルークにさりげなく酒を飲ませようとする。
人外の彼が酒に酔うとは思わないが、駄目で元々。
試してみる価値はある。
酔ったこの男が口を軽くして、謎の一端を見せる可能性もなきしにもあらずなのだ。
「何だい?酒に酔ったボクの姿でも見たいのかな?」
「別にお前の痴態には微塵も興味ない。
ただ、この前は酒を飲んでいたからな。今日は飲まないのかと思っただけだ」
相手に嘘をつく時のポイントは真実を織り交ぜることだと二郎は言っていた。
全く心にもないことを言えば、相手にそれだけ気づかれるリスクが上がる。
その教えに従って、嘘をついてないが本音でもないことを言い、自分の都合の良い方向になるように誘導する。
交渉術の一環として叩き込まれたものが、こんなところで活躍するとは思わなかったが、利用できるものは利用させてもらう。
しかし、俺の思惑は見破っているのか、ルークは楽しそうに笑って飲まないよと言ってきた。
「今日は桐生のストレス発散がメインだし、これぐらいの店のお酒じゃ美味しく飲めないからね。
それと、聞きたいことがあったら、基本は正直に答えてあげるよ」
パチンッとウインクするルークに俺はうげぇという顔をした。
女ならいざしらず、野郎の気取ったウィンク姿を見て喜ぶような男はあまりいない。
俺も例に漏れず、そういう性癖は持ち合わせてなかった。
「じゃあ、聞くけど。
ルークは華雪ちゃんのどこが気に入って、未だに付き纏っているの?」
飲む手を止めずに桐生がそう聞く。
彼女が聞いたことは俺も常々気になっていたことなので、口を挟まずにそのまま続けさせる。
「付き纏っているなんて、人聞きが悪い。
これでも守護しているつもりなんだけど。
それと、ボクは華雪の全てが気に入っている。
前に五郎に話したけど、見た目も中身も全部全部好きだから、どこなかんて聞かれても全部としか答えられないなぁ」
「うっわ、キザ。
よくそんなことが口からスラスラと出てくるわね」
「だって、事実だし。
まぁ、ここまで想っていても欠片も伝わっていないけどね」
はぁとため息をつくルークを少々哀れに思ったが、同情はできない。
油断していれば、華雪が靡いてもおかしくない相手なのだ。
「華雪ちゃんは山口しか見てないしね。腹立つけど」
「本当に腹立たしいけど、華雪は五郎の事しか見てないからね。
今も昔も」
「それを今の俺に言うなよ。あいつが見ているのは昔の俺だろ。
なのに、今の俺に当たられても困る」
二人してちくちくと俺に嫌味を言ってくるので、その矛先を昔の自分に向けさせる。
華雪がいない状況で、こいつらに敵意を持たれるのは良くない。
だから、昔の自分に罪を擦り付ける。
記憶が無いとはいえ、昔の俺も自分自身だ。
少しぐらいこいつらに悪く思われても、今の俺のことを責めることはしないだろう。
「記憶、戻るといいわね」
「そうだな。今のところ全くそんな兆しはないが」
「華雪ちゃんはきっと戻って欲しくないと思っているけど、私は戻って欲しいと思っているわ。
そうじゃなかったら、誰が華雪ちゃんを甘えさせてあげるのよ。
それができるのは昔の貴方しかいないのよ・・・・・・」
「それはお前らもできるんじゃないのか?
・・・・・・・・・って、こいつ、寝やがった」
すやぁという効果音が聞こえてきそうなほど見事に寝入った桐生に俺は呆れる。
あれだけ意識がはっきりしていたのに、いきなり寝やがったのだ。呆れるのも無理ない。
空になった杯を片手に机に突っ伏した桐生はむにゃむにゃと何かを言いながら、幸せそうな寝顔を見せてくる。
「久し振りに一気にお酒を飲んだから、酔いつぶれちゃったみたいだね」
「大事な所で寝やがって・・・・・・。
仕方ない。勘定して帰るぞ」
気になる発言をしてから寝落ちするのは本当にやめてほしい。
無理やり起こしても使い物にならなそうだと判断し、寝かせたまま帰るという選択肢を選ぶことにした。
結局、桐生が何にストレスを感じてピリピリしていたか謎のままだが、あれだけ飲んだのならストレス発散にもなっただろう。
彼女をルークが背負い、俺が勘定して酒場を後にした。
自分の部屋に戻る前に、華雪の顔を見ようと思った俺は、彼女に宛がわれた部屋をノックなしで入る。
寝ていたら悪いという配慮でそうしたのだが、正解だったようだ。
華雪はベッドに俯せで寝ている。
そこは問題ないだが、人には見せられないよな緩みまくった顔でその横に座っている二郎には問題がありまくった。
「おい、そんな気色悪い顔で華雪の傍に居るのはやめろ」
「顔の造詣は貴方と一緒ですが?」
「俺はそんな気持ち悪い表情はしない。
いつもの作り笑いのほうがマシだ」
血色の悪い頬を赤く染め、開かれた瞳は瞳孔が開ききっている。
そして全体的に緩んでいるのだ。
これを気持ち悪いと言わないでどうする。
扉を閉めて、二郎の方に近寄ると、かすかに鉄のような臭いが鼻をかすめた。
彼がどうしてこんな表情しているのか理由が分かった俺は、睨み付ける。
「お前、華雪の血を飲んだだろ」
「ええ。とても美味しかったんですよ。
それこそ理性がぶっ飛ぶぐらいに」
二郎は余韻に浸っているのか、ほうとため息をつく。
俺には血の美味さなど皆目見当もつかない。
彼曰く華雪の血はこの世の何よりも美味しく、一滴口に含んだだけで我を忘れてしまうとのことだ。
ちょっと気になるが、人間の俺が血を飲んだところで鉄の味しかしないので、想像するだけに留めている。
「本当はまだ飲まなくてもいいくせに、腹が減っているフリして飲ませてもらったんだろ。
本当に嫌な奴だな」
華雪は自分が大切だと定めた者には、もう少し警戒心を持てよと言いたくなるぐらい甘いから、ちょっと具合の悪そうなフリでもすればホイホイ血をくれるのだろう。
彼女の優しさに付け込むなんて、本当に性格が悪い。
この計算高さは昔の俺に影響されているのかもしれないので心の中だけで呟いた。
「今日は華雪さんからのお誘いですよ。
私の余裕のない顔が見たかったようで、珍しく誘惑してこられました。
それで、つい理性がぷっつりと・・・・・・ね」
ついじゃねぇよ、と突っ込みたくなったが、自分も誘惑されたりしたら速攻で理性が消え去る自信があるので、何も言わなかった。
だからといって、彼が華雪の血を飲んだことには思うことはあるが。
「華雪がいいって言ったなら、俺からは何も言えない。
今の俺はただの友人だからな」
「友人じゃなければ口を挟んだんですか?」
「当たり前だ。
俺が記憶を取り戻して、名実ともに旦那になったら、絶対に血なんか吸わせない」
「それはそれは。
是非、そうできるように頑張って欲しいものですね」
馬鹿にしているというよりは、本当にそうなって欲しいかのように微笑む二郎に、俺の調子は狂わされる。
できるものならやってみてください、ぐらいは言われると思っていたので、拍子抜けしてしまったといってもいい。
「何です?その間抜け面は。
私が貴方を応援したらいけないんですか?」
「お前が俺を応援するなんて、何か裏がありそうで怖いんだが」
「別に何もありませんよ。
ただ、昔の貴方の傍が一番安らいだ顔をしていただけですから。
・・・・・・それだけです」
分かったら、私と華雪さんの二人きりの時間を邪魔せずに出て行ってくださいと憎まれ口を叩かれる。
俺は何とも言えない感情を抱きつつ、素直に部屋から出た。
シャワーなどを済ませて、ベッドに潜り込む。
思い出すのは最近見る夢のことだ。
ここのところ、奇妙でどうしようもなく懐かしい夢を見る。
いや、夢というにはあまりに現実味が帯びていた。
突拍子もないことだが、この夢が自分の過去なのだろうと思うぐらいには、リアルな出来だった。
さっき、桐生には全く記憶が戻る予兆がないと言ってしまったが、確信がなかっただけで、これが記憶を戻す手かがりかもしれない。
昨夜は華雪に会ったところまでで、彼女を最初に見た時に抱いた印象はこんな餓鬼に治療をさせて大丈夫かという不安感だった。
夢の中の俺は自分の意思で声を出したり行動することはできないが、代わりにその時に俺がしたであろう行動に則り動いたり、感情を感じることができる。
まるで、自分視点の映画でも見せられているような気分だ。
しかし、見たくないとは思わない。この夢がどこまで続くか分からないが、全て見終われば記憶が戻るかもしれないという期待があるからだ。
だから、今夜も俺は目を閉じて、夢という名の過去の記憶を見るのであった。




