第五十四話 死体見分
はい、というわけでやって来ました帝国。
屍鏡の転移陣を使い、ほぼ一瞬で来ることができた。
入国審査などの面倒な手続きは、帝王が許可したからと特例でその手順を省いている。
特に町並みが綺麗なわけでも環境が良さそうなわけでもなく、入国から数秒で屍鏡の近代的な国が懐かしくなった。
帝王がいるせいで、やたらと仰々しい雰囲気を醸し出しているのがまず気持ち悪い。
更に言うなら、連続殺人犯の重要参考人としてではなく、どうやら私が帝王の新しい妻として連れてこられているらしい。
こっちを見る目どころかヒソヒソ話も気に食わない。
あんなのが新しい妻の一人だとは信じられないと口々に言っている。
全くもって気に食わない。
それはみんなもそうらしく、表情があからさまに作ったものになっていた。
五郎はまだそういう偽りの表情が完璧ではないが、あと何回か練習すれば上手くできるようになるだろう。
もっとも、張り付けたような表情など好き好んで見たくないので、そのままでいて欲しいというの気持ちもあるが。
世の中を渡っていくには多少なりとも必要だと自分に言い聞かせ、それは言わないことにした。
城に通され、国王の執務室に入らされる。
屍鏡とは違って、華美な内装にいっそう辟易する。
どうして、金持ちというのはこうやってやたらと意味もなくギンギラしたものを好むのだろうか?
カラスか何かの生まれ変わりなのか?
光り輝くものに囲まれてないと呼吸ができなくなるのか?
何年たっても答えの出ない疑問を頭に浮かべながら、椅子に座った帝王の前に私達は並んで立つ。
センターは私で、右隣に五郎・ルーク、左隣に桐生・二郎の順で扇状に並ぶ。
「さて、重要参考人の東雲華雪。
お前には自分の無実を証明する権利がある。まずは何から始める?」
白々しくそう言う帝王に、隣の五郎の額辺りに青筋が浮かんだのが見える。
どの口が重要参考人だと言っているんだという心境なのだろう。
それは私も一緒だが、ここには正妻とやらになるために来ているのではない。
事件のために来ているのだ。
感情が全く籠ってない平坦な声音でやりたいことを言う。
「被害者の検死からですかね。
その事件と関わりのありそうな奴らの死体があったら見せてください。
できれば今すぐにでも行いたいですね。死体は鮮度が命なので」
いつ殺されたか不明だが、死体が持っている情報というのは貴重で時間制限がある。
夏場ではないから腐敗しているわけではないだろうが、長時間放置されているのは困る。
もっと困るのは死体そのものがない場合だが、火葬や水葬という文化がないこの国では基本土葬のはずだ。
それならば、墓を掘り起こせば死体は見れる。
「検死か。知識としては聞いたことがあるが、見たことはないな。
死体を開いて何か分かるのか?」
「色々と。
少なくとも死因といつ頃殺されたかぐらいは分かります。
というわけで、許可を頂けると助かるのですが」
「いいだろう。
だが、検死は俺様の前でやれ。興味があるからな」
あっさりと私の要求は通った。
本当に興味本位で何も考えずに動いているようだ。
まぁ、検死ができるならそれに越したことはない。
許可が下りなければこっそり行うつもりだったので、それほど困ったりはしなかったが。
「それから犯行現場も見せて頂けますか?
そのまま保存してあるのなら最高ですが、そうでなくとも見てみたいです」
「犯行現場は片付けてしまったが、場所は案内できる。
それでいいか?」
「構いません。
では、早速、検死から始めたいと思います」
「死体はほとんど城の地下に置いてある。
好きに調べられるようにしてあるから、今からでもできる」
無駄に仕事が早い。
やっぱり、有能だ。
これで性格がもう少し普通ならば、私でも素直に素晴らしい王だと称えられるのに。
「なら、今から始めましょう。
行くのは私と桐生と二郎で。
他の二人はどこかで待機していてくれ」
「待て、何で俺を置いて行くんだ。全員でいけばいいだろ」
五郎がいかにも不満ですという顔をする。
ルークは呆れた顔でため息をつくし、他の奴の表情も似たり寄ったりだ。
「五郎に対して過保護すぎるよ、華雪。
彼は今更、死体がぐちゃぐちゃになったところで、あまり気にしないぜ」
私が彼らを置いていきたい理由が見破られているようだ。
そんな理由で?と帝王が見てくるが、彼は死体に対して耐性はない。
人が死んでいる姿をあまり見たことがないからだ。
そんな状態で、目の前で解体した日には、確実にトラウマになる。
だから、置いていこうと思った。
一人で置いていくのは不安が残るので、ルークと一緒に置いていけばいいと判断したのだ。
「俺が検死を見たら傷つくとか、余計な気を回したんだろ。
見るのもまた勉強だ。
華雪が気にすることじゃないし、そんな理由で俺から離れようとするな。
ここに来る前に約束しただろ?
お前がちゃんと見ておかないと、俺は勝手に一人で行動するぞ」
「それは困る・・・・・・。
ついて来てもいいが、気分が悪くなったら、すぐに部屋から出るんだぞ?我慢するなよ?」
「ああ」
彼にしては大人しく頷いたが、今までの経験上、どれだけ気持ち悪くなっても目を背けないだろう。
そうなったら魔法で強制的に退出させようと心に決めた。
結局、五人プラス帝王で、地下の死体安置所にやって来た。
そこには十個ほど布が被せられたものが並んでおり、死体独特の噎せかえるような饐えた臭いがする。
布の下には死体が転がっているのだろう。
「こいつらだ。
魔法で調べたが、喰われたことと体内の血液量が少ないことしか分からなかった」
「血液が少ない?それは損傷部位から流れ出たのではなくて?」
物理的に傷ができ、そこから血液が流れだしたのなら、体内の保有血液量が少ないのは当たり前だ。
その分、外に流れ出てしまっていると考えられる。
だが、帝王は首を横に振り、実際に見た方が早いと、一番近くの布を取り払った。
下にあったのは間違いなく死体だ。
心臓が動いている訳でない、人間の体が冷たい床の上に横たわっている。
ただ、その肌は血が極端に無くなっているせいか青白かった。
パッと見、何ヶ所か歯型がつき、そこから内部が生々しく覗いていた。
これが彼の言っていた、喰われたと言うことだろう。
「検死させて頂きます」
奇異な死体に慣れているので、特に顔色を変えることなくソレに近寄り、持ってきていた手袋を装着する。
検死ができる二郎と桐生もそれぞれ違う死体に向き合っている。
私が最初に担当するのは、三十代女性だ。
繊細な作業は苦手だと開き直っているルークと、知識がないに等しい五郎は、私の見学をするようだ。
それぞれ私の両隣で屈んでいる。
帝王も私の作業に興味があるのか、死体を挟んで向こう側で同じ体勢になった。
「華雪さん、やりたくないなら私達に任せておけばいいですからね」
「大丈夫だ。
二人よりは三人だし、何よりこっち系のスキルでお前達に負けていたら、私の立つ瀬が無くなる」
「そんなことはないのに。
もう、華雪ちゃんは真面目なんだから」
彼女らにこういう知識を教えたのは私だ。
本人の私ができませんじゃ話にならない。
そういう意味じゃないんだけどな、と五郎以外の三人に言われながら作業を開始した。
アイテムボックスから取り出した、メスなどが並んで入っている巻物状の入れ物から、まずは鋏を取り出す。
服の下を見たいので、切るつもりなのだ。
切れ味の良い鋏なので、それほど力を入れずに服を布切れと化すことができた。
服の下もやはり青白く、血液が足りないのは一目で分かる。
損傷している箇所は頭から腹まで法則性なく、ぽっかりと歯の型に抉り取られていた。
体をひっくり返し、背面側も見てみるが、歯型以外に目立つ傷はない。
人を齧りながら血を啜りそうな奴をちらりと見てから、いよいよ身体にメスを入れる。
「手慣れているな」
帝王は私の手つきを見て、そう評する。
人を解剖するのなんて久しぶりだから、自分からしたら大分ぎこちなく感じたが、他人から見ればそうでもないのだろう。
実際、手はスイスイと淀みなく動いてはいる。
しかし、全盛期に比べれば落ちたなと採点するほかない。
心臓、肺、肝臓、胃などの主な臓器を解体して調べるが、そこにも歯型以外の異常はなかった。
身体を開いているから、少なくなったとはいえ、それなりに血が流れだしている。
それは私の手と足元を濡らす。
しかし、私は特に気にしない。
作業の合間に五郎を見たが、彼もまた平気そうだった。
彼の精神は本当に子供のものなのかと密かに戦慄しながら、出していた臓器を体の中にしまう。
順番通りに入れれば、まるでジクソーパズルみたいにピッタリと収まった。
「臓器も喰われている、と。
まぁ、だと思っていたが」
好き嫌いもあるだろうが、この傷口を見ている感じだと、よほどお腹が減っているのだろう。
ただ、それにしては一人辺りの喰われている面積が少なすぎるのが気になる。
色んな人間が喰いたいのかもしれないし、腹が減る頻度が相当高いのかもしれない。
それこそ、人間と同じように一日三食喰わないとカロリーがもたないとか。
私はそこまで推理して、二郎を呼んだ。
「二郎、ちょっといいか?」
「いいですよ」
私と二郎は死体から離れて、部屋の隅っこに向かう。
そして、消音結界を張り、そこで会話する。
ついでに煙草を吸うために、煙が漂わないように分煙の結界も張った。これで心置きなくタバコが吸える。
口に煙草を咥えると、二郎が指先に魔法で火を灯して、火をつけてくれた。
「ありがとう」
「いえ。それで、確信を得たんですよね」
「まぁ、そうだな。
気のせいだと言ってしまえばそうかもしれないが、二郎の方もそうだったんだろ?」
ふぅっと口から紫煙を吐き出す。
「ええ。桐生さんはまだ分かってないかもしれないですが、私はすぐに分かりましたよ。
何せ、私の性質にとても良く似てますからね」
「絞り込めてないだけで、候補の一つには入っているだろ。
何せ、お前の一番傍に居たからな」
「私は一回で食べつくすようなことはしませんよ。
毒が体中に回り、私の事だけしか考えられなくなる頃が食べごろなんですから。
こんな食べ方しても美味しくないじゃないですか。
だから、私を疑わなくてもいいですよ?
これは私が作った死体ではないですから」
「いや、最初からお前だと思ってない。
もしそうだったとしても、他に犯人を仕立てるさ」
悪戯っぽく微笑む二郎に、私はそう返した。
今回の事件の犯人が二郎だとは全く思ってない。
だからこそ、彼も冗談半分でそんな風に言ってきたのだろう。
二郎なりのジョークだ。
「ははっ。冗談はここまでにしておきましょう。
犯行現場に行けば、手かがりがあるかもしれません」
「そうだな。
手かがりがないとしても、放って置けばあっちから来る。
どうやら、相当飢えているらしいからな」
「そうらしいですね。
記憶を覗きましたが、随分と品のない食べ方でしたよ。
あんなのと同種だと思われたくないぐらいです」
「思わないさ、誰も」
二郎は二郎。それ以外はそれ以外だ。
そう言い切ると、二郎はくつくつと笑う。
そして、上機嫌で私の頭を撫でた。
「貴方達はそうかもしれませんが、他の人達は同類だと見てきますから。
こんなものと一緒にされるのは不愉快です。
そうなる前に見つけ出して、帝王に引き渡しましょう。
犯人さえ見つかれば、屍鏡さんを待ってなくても彼の国に帰れますから」
「そうだな。こんな所とはさっさとおさらばして、屍鏡の国に帰ろう。
色々としてきた約束を果たさないといけないからな」
ここに来る前に、帰ってきたら一緒に遊ぼうとかいう約束を交わしてきた。
屍鏡とはお茶会、朱音とは恋バナ、白とはショッピングとそれぞれしたいことを指切りで約束したのだ。
破ったりしたら許さないとのお言葉も頂いているので、破るわけにはいかない。
そして、最初からこれに関しては破る気もなかった。
なるべく早く帰ってきてね、と寂しそうに言われたので、それも考慮した上で迅速に行動をしたいと思う。
「次は犯行現場ですか?」
「そうだな。犯行現場でもう少し情報を集めたい。
解決までに長くても二週間でどうにかする。
だから、二郎。その間に食事がしたくなったら、私のところに来てほしい。
二週間、私で我慢してくれ」
「華雪さんの血が吸えるのなら、この上ない喜びですよ。
貴女以上に美味しい存在なんか未だにお目にかかったことはありませんし、絶対にいないでしょう。
事件を早く解決したいからといって、無理だけはしないでくださいね。
本来なら、私と桐生さんがいれば解決できるんですから」
解剖し終わった桐生がこちらを見ている。
犯人がどういう奴か死体からは情報を得られなかったが、私と二郎がわざわざ部屋の隅っこで話していることから勘付いたのだろう。
ジェスチャーで、これが二郎の仕業なら、随分下手くそに食事をしたものねと伝えてくる。
二郎は同じくジェスチャーで、そんなことあるわけないでしょうと伝え、その後私の後ろに移動した。
そして、私の両肩に手を乗せた後、背後で再び何かジェスチャーをする。
もう話したいことは特にないので、声が伝わるように結界を解く。
すると、桐生がずかずかとこっちに歩いてきて、私を抱きかかえる。
「本当に嫌なやつね、貴方は」
「お褒めに預かり光栄ですよ、桐生さん。
犯人の性質も掴んだところで、犯行現場に行きますよ。
時間は待ってくれませんから」
「その通りだわ、二郎。
どこかの暇な帝王とは違って、私達は忙しいのよ。
何を企んでいるか知らないけど、全部ふっ飛ばして、屍鏡君の国に帰るわよ」
桐生はそう言うと、帝王に向かってとびきりのウィンクをかました。
それを見た彼は不敵に笑い、やれるものならやってみろと豪語する。
二人の間にバチバチと火花が散っているが、それを何とか収めて犯行現場へと向かった。




