第五十二話 フェアローバンド
当初の目的であった、勇者一行を合法的に学校から放逐できた私達は、学校を辞めることにした。
先生を勤めていた二郎とルークは、優秀過ぎるために残ってくれと最後まで屍鏡が粘っていたが、二人とも忙しいと断っていた。
二郎はともかく、ルークは暇じゃないのかと密かに思っていたが、一人で仕事をさせるのは不安要素しかないので、屍鏡も渋々話を引っ込める。
そういう訳で、自由に動けるようになった私は、城下町に五郎と遊びに来ていた。
彼が二郎の修業を耐えに耐えて、手に入れた一日の休みを、私と一緒に出掛けたいと要望されたからだ。
ゆっくりしている方がいいんじゃないかと言ったのだが、華雪と二人きりで出掛けたいと真剣に訴えられれば、私に断る理由はなくなる。
かくして、親子にしか見えないであろう私達は、仲良く手を繋いで大通りを歩いていた。
「今日は何を買いに来たんだ?」
「ちょっと欲しいものができてな」
「ふぅん。五郎がものを欲しがるなんて珍しいな」
私と一緒で彼には物欲というものがあまりないと思っていた。
それなのに何かを欲しがるなんて珍しいこともあるものだ。
「朱音に聞いてな。
あったほうがいいらしいし、俺も欲しいって思ったんだ」
「朱音に?あいつに聞いたなら、武器とかじゃないよな」
五郎の欲しいものが皆目検討もつかない。
新しい武器かと思っていたが、朱音に聞いたという時点で、その選択肢はないだろう。
彼女に聞くぐらいなら二郎や桐生に聞いた方が早い。
となると、私の頭ではこれ以上、五郎が欲しがるものを思い浮かべられない。
私が悩んでいる内に、目的地についたようだ。
五郎が足を止めたのは、大通りの角にある大きなお店だった。
磨きあげられたガラスの向こう側には、貴金属や宝石でできた装飾品が並び、太陽光を浴びてキラキラと光り輝く。
入り口の隣に立っている看板には、~世界に一つだけの夫婦の契りの証をここで~、と書かれていた。
「えっと、店間違えてないか」
「ここで合ってる」
彼に手を引かれて、店の中に連れていかれる。
きらびやかな店内に気後れするものの、五郎が何を買うのかという方にますます興味が湧く。
私達を見て、奥から出てきた初老の女性が綺麗な一礼をしてきた。
「どなた様からのご紹介でしょうか?」
「雲英屍鏡からだ。紹介状もある」
五郎は懐から出した手紙を彼女に渡す。
中身を見た女性は、確かに受けとりました、とこれまた丁寧に紙を折り畳み封筒に戻す。
「本日の何をお求めに来たのでしょうか」
「ここなら緋色銀と双魔石を扱っていると聞いた。
それを使ってフェアローバンドを作ってもらいたい」
緋色銀?双魔石?フェアローバンド?
どれもこれも聞いたことのないもの達だ。
私が首を傾げている間に、女性はおめでとうございます、と自分のことのように破顔する。
「まあまあ。それはお目出度いですね」
「最高級の双魔石を頼んだ。
金貨千枚あれば充分だと聞いたが、それで足りるか?」
「ちょっと待て、五郎。
そんな大金どこから手にいれてきた!?」
「二郎の訓練内容の中に魔物退治も含まれていてな。
ついでに依頼を受けたりして、素材を売ったりしていたら金が貯まっていただけだ」
五郎が見せてくれた冒険者のタグは金色になっていて、Sと目立つように印刻されている。
いつのまにか、彼は最高ランクの冒険者になっていたようだ。
しかも、屍鏡にお願いしたのか、登録した時の偽名ではなく、本名の山口五郎になっている。
「そんな大切なお金を使ってまで買う、双魔石って何なんだ?」
「世界に一つだけの石だ」
「双魔石は二人で魔力を注ぐと、半分に別れ、それぞれの魔力を内包した素晴らしく綺麗な石になるんですよ」
一回奥に引っ込んで、彼女は絹に包まれた、両手に収まる程度の石を持ってきて見せてくれた。
私には、その辺に落ちている、ただの灰色の石にしか見えないが、これが双魔石なのだろう。
「これが欲しかったのか?」
「フェアローバンドに使う石のなかでは一番らしいからな。
朱音に三時間ぐらいこの石の魅力について聞かされた」
「確かに大人気ですよ。
もっとも、そんなに市場に出回るものではありませんので、手に入れられる人は限られますが」
「というか、フェアローバンドってなんだ?
バンドってことは、ブレスレット見たいなものか?」
そう五郎に聞けば、女性が微笑ましいものを見るような視線を向けてくる。
「あー。後で教える。
まずは双魔石に魔力を注いで石を作るのが先だ」
後で教えてくれるならいいか、と追求するのをやめる。
代わりに魔力を注ぐために石に手を置いた。
「下位魔法を使うぐらいの魔力を同時に注いで頂ければ大丈夫です」
女性の指示に従い、私と五郎は同時に石に魔力を注ぐ。
灰色だった表面が溶けるように小さくなっていき、真ん中から二つに別れ始め、片方ずつ違う色が姿を現す。
私の方は赤みがかった黒で、五郎の方は深翠のような色合いになる。
最終的に一円玉ぐらいまで小さくなってしまった石は、それ以上変化することなく、それぞれの前に転がった。
下級魔法なんてほとんど使ったことないから、魔力を入れすぎたりしてないか不安だったが、壊れてないからセーフだろう。
店員は石を見て、感嘆のため息を溢す。
「見事な色ですね。
長い間この仕事をしてきましたが、こんな深い色合いになる方はいませんでしたよ」
「良いものが出来上がりそうで一安心だ。
素材はさっきも言ったが緋色銀で、デザインはこの通りに頼む」
何かの設計図のような紙を手渡す五郎。
店員はニコニコを笑って受け取った。
「かしこまりました。
出来上がるまでのの間、お茶を淹れますので、少々お待ちください」
客用の休憩スペースに通され、私達は二人掛けのソファーに並んで座る。
出されたお茶を一口飲んで、喉を潤してから、五郎に話しかけた。
「で、結局何を作ってるんだ?」
「この世界には結婚指輪という概念がないというのは知っているか?」
質問に質問で返される。
彼の意図が分からないが、とりあえず聞かれたことには答えることにした。
「いや、知らなかったが」
「夫婦は通常、神殿に届け出を出すだけでいい。
が、金に余裕のある上流階級では、左手に揃いのブレスレットをするんだ。
俺達でいう結婚指輪のようなものだと思えばいい」
「へぇ。随分詳しいんだな、五郎は」
「その夫婦の証とされるブレスレットをフェアローバンドっていうんだ」
ふむふむと私は五郎の知識に相槌を打つが、途中でピタリと動きを止める。
だって、今の話を総合すると、私達は結婚指輪を作りに来たことになってしまう。
「お前が勘違いする前に言っておくが、俺とお前のだからな。
他に女を作ったつもりもなければ、未来永劫そんな予定はない」
「え?えっ!?んんっ!?!?
つ、つまり、私は今、五郎との夫婦の証を作ったってことか!?」
他の誰かに渡すためではなく、私と五郎のためのものだということに、更に驚く。
今まで生きてきたなかでも五本の指に入るぐらい動揺する私に、五郎は冷静そのものの顔をして、お茶を啜る。
「そういうことだ」
「で、でも、私は昔の五郎しか愛してないと言ったはずだが!?」
声が大きすぎたのか、口を大きな手に覆われる。
周りに聞かれたくないのか、彼は声を潜め、耳元で囁く。
「お前は、あの帝国の王に正室にしたいって言われるほど、気に入られている。
だから、早急に分かりやすく、見ただけで分かる証が必要だったんだ。
Sランクの冒険者の嫁に軽々と手は出せないからな」
「え?そんなことのために」
「未婚だとバレれば、権力を使って、事実婚をさせるぐらいは容易く行えるような相手だ。
なら、これぐらいしておかないと、俺が落ち着いて口説けないだろうが。
指輪を嵌めた時も言ったが、受け入れるのは勿論、俺の記憶が戻ったらでいい。
だが、着けておいてくれ」
「ううっ・・・・・・。
なんか、色々と申し訳ない」
私のせいで貴重な休日を装飾品店で潰させたことや、散財させたこと、あまつさえ利用するように偽装婚約までさせたことに、申し訳なさしか感じない。
人間を利用するだけ利用して、ポイ捨てするようになった私だが、彼らに対してはまともな感性が残っているのだ。
めったに発動しない良心というものが、胃をキリキリと痛ませる。
五郎はそんな私を見て、気にするなと頭を撫でてくる。
「半分は今言った通りだが、それはあくまで建前だ。
本音としては、この世界の奴らにも分かるように、俺の女だと見せつけたかっただけだ」
「ご、五郎!?」
甘い甘い、砂糖菓子なんかよりも甘ったるい口説き文句が、耳に流し込まれた。
ぴやっと反射的に逃げようとするが、がっしりと掴まれ腰をいて、逃げられない。
「俺だって不安なんだよ。
華雪の周りにはうろちょろしている邪魔者が多いから、いくらお前が一途に昔の俺を愛してくれてるからって、強引に奪われないとは限らない。
記憶を取り戻してもお前が傍にいないんじゃ意味ないからな」
「分かった、分かったからっ」
高校生に出せないようなセクシーボイスで耳をやられ、私は顔を真っ赤にする。
こいつ、本当に記憶ないんだよな?
つい一年ほど前まで、ただの高校生だったんだよな?
この色気とか口説き文句とか、どこで覚えてくるんだ!?
私が慌てる様子がおかしいのか、くつくつと笑う五郎に、不満だと頬を膨らませて抗議する。
すまん、と謝ってくれるが、まだ笑っている。
そうこうしている間に、バンドが出来上がったらしい。
さっきの女性店員が、一対の緋色銀というもので、作られたバンドを持ってきた。
「大変お待たせいたしました。
こちらが注文されました、フェアローバンドになります。
設計図通りに作ったつもりですが、なにか不備などがあれば、遠慮なくお申し付け下さいませ」
「ほら、華雪。左手首を出してみろ」
おずおずと差し出すと、そこに小さい方のフェアローバンドを付けられる。
中心にはさっき魔力を注いだ双魔石が、加工された状態で鎮座しており、角度によって蒼にも翠にも色を変え、見ていて飽きない。
その両隣には小ぶりのルビーが嵌め込まれているし、それらを飾り立てる彫りが入っており、それもまた石をよく見せるのに一役買っていた。
土台の緋色銀というのも、石に呼応するように光に反射して、熱された金属にも見える、不思議なものだ。
私は装飾品に詳しくはないし、審美眼もあるわけではないが、お高いものというのは分かった。
「いかがでしょうか?」
「設計図通りだし、サイズも丁度だ。問題ない。
会計を頼む」
「緋色銀を使い、双魔石を嵌めましたので、合計で金貨千二百枚となります。
オーダーメイド代は雲英様からのご紹介ですので、サービスさせていただきます」
「それは有難いな」
五郎はアイテムボックスから、重そうな布の袋を取り出した。
中からジャラジャラと金貨が出てくる。
彼は十枚ずつ積み上げて、足りなくなればまた袋を出して追加した。
きっちりと百二十個分を積み上げて、残りはアイテムボックスに戻した。
どれだけ金を持っているかは知らないが、まだまだ余裕がありそうな様子に、私ももっと頑張って稼がないとなぁ、と気を引き締める。
学園のゴタゴタで、商業組合への納品がストップしていたのだ。
そうなると、当然、学生していたときに収入はない。
その前にそれなりに稼いではいたが、五郎を見ていると私も負けていられないという気持ちになる。
「丁度頂きます。
またのご来店、心よりお待ちしておりますね」
「今度は華雪に似合うような装飾品を見るのも悪くないな。
ピアスとかどうだ?俺が穴を開けたい」
「欲望が漏れてるぞ、五郎」
自分に素直なのは悪くないが、時と場合と相手を考えてくれ。
ぺしぺしと叩いてそう抗議すれば、店員は、また来る日もそうは遠くなさそうですね、と微笑んだ。




