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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第三章 エレフセリア魔術院編
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閑話5 災厄の魔女

 





 ふんふんと地下牢に場違いなほど明るい鼻歌が響き渡る。


 揺らめく蝋燭の明かりで細長く伸びた影が不気味に壁を這い、長く伸びた髪が蛇のようにうねった。



 その持ち主は目的地に着くと、にんまりと口の端を吊り上げた。




「いいザマねぇ、お姫さま。

 綺麗なドレスを着て、整った部屋にいるよりも、薄暗い地下牢の中で簡素な囚人服を纏っている方が似合うわよ」




 牢の中には小さくなって震えている女がいた。


 彼女はユーバー・ヘ・ブリヒ王国の第二王女である、エレナ・アントニー・バイエルンだ。






 れっきとしたお姫様であるが、それは少し前の話。


 今は大罪人として地下牢にいるのが相応しい身分の女でしかない。



 顔を上げたエレナは来た人物を見るなり、顔を蒼くした。




「ヒッ!さ、災厄のま、魔女!!」




 不名誉な渾名で呼ばれた桐生は、しかし、不機嫌になることない。




「やっと、邪魔なゴミを片付けられる時がきたわ。

 あの狭い部屋で我慢していた甲斐があったわね」



「誰がゴミよ!!」




 相手がどれだけ怖くても、生来の気の強さが出てしまったエレナは怒鳴ってしまう。



 そんな彼女に桐生は自覚してないのかと、呆れた顔を向ける。




「アンタよ、アンタ。

 正確にはこの国だけどね。


 まぁ、今日で滅びるから問題ないけど」



「国が、滅びる!?」




 あまりにも恐ろしい台詞に一瞬体温が戻った体が、瞬時に冷えてしまった。



 現実味のない話だが、嘘ではないとどこかで確信もしていた。




「ええ。王族は一人残らず死んでしまうし、あの狂った神託をした神殿のお偉いさんも国を混乱させた罪で処刑するわ。


 まぁ、一応私も王家の血は引いているけど、継承権は剥奪されているし、そもそも死んだことになっているから、どう頑張っても即位できないけどね」




 そう、桐生はこの国では死んだことになっている。



 二郎と共に用意した身代わりだが、誰にも見破れない程度には精巧に作り上げたものだ。






 屍鏡達が見破れたのがおかしいだけで、実際、王国側は誰も生きているなんて夢にも思ってなかった。



 流行り病が起きたときには魔女の祟りかと考えたが、王族が死ぬようなことはなかったので、安堵していたぐらいだ。






 それなのに、実際に魔女は生きていた。


 その事実を知った時のエレナは凄く取り乱し、未だに彼女の前で平常心を装うことはできない。



 もっとも、自分の身の危険という要因も冷静でいられない状態に拍車をかけているが・・・・・・。




「何が目的よ!!」



「そんなの決まっているじゃない。復讐よ」




 あっけらかんと言う桐生。



 復讐という物騒な言葉を使う割りには、その明るさがエレナには気持ち悪く感じた。




「あ、貴方をずっとあの部屋に閉じ込めていたのはお父様とお母様だわっ。

 私は関係ないでしょ!?」



「あら?私は別に部屋に閉じ込められていたことについては何も思ってないわ。

 その気になれば、いつでもあんな所から出られたもの。


 私があそこにいたのは便利だからよ。

 この城は国の中心に位置しているから、ありとあらゆる噂を盗み聞ぎするために、魔法の情報網を張るのにはうってつけの場所だった。


 あの部屋で大人しくしていたのはそれだけの理由よ」



「え・・・・・・?」




 桐生が怒っている理由はそれしかないのだと思っていたエレナは驚く。


 あの狭い部屋に閉じ込め、食事も服も簡素なものなものしか与えなかったのが、彼女の怒りを買っているのだと信じ込んでいたからだ。



 しかし、桐生は首を横に振る。




「私が本当に怒っているのは華雪ちゃんへの態度よ」




 桐生は華雪を探すために、自分の部屋を中心として蜘蛛の巣のように魔法で〝耳”を広げていた。



 流石に他国にまで広げられるほど魔力がなかったが、それでも一個人でできるような芸当ではない。






 桐生は魔法式が見えるという特異体質とこれまでの経験から人間離れした魔力を持つものの、各地から聞こえてきた話を処理するのはあくまでも人間の脳だ。


 膨大なその記録を頭が破裂しない程度に厳選していたが、それでも慢性的に激しい頭痛を味わっていた。



 そこまでして探した華雪を地下牢にぶち込んだことを桐生が許すわけがない。






 普段、二郎やルークが傍に居るせいで、どちらかというと趣味以外は常識人に見えてしまっているが、これでも正気を失くしている魔術師だ。


 偏執相手である華雪に手を出したことをどうやって後悔させようかと、屍鏡の元に行ってからもずっと考えていた。






 ついに合法的に復讐を遂行できるチャンスが巡ってきて、桐生は狂喜乱舞している。


 エレナはその狂ったように喜んでいる桐生の姿を見て、声が出ない程の恐怖に晒され固まった。




「ああ、ここにいたんだ。凄く探しちゃったよ」




 桐生に支配されていた空間を和らげるかのように、ルークがここで登場した。


 一度、異様な雰囲気は消えたものの、状況は更に悪化している。



 しかし、エレナはそれには気づかない。




「た、助けて!!災厄の魔女に捕まっているの!!」




 檻の鉄棒を掴み、エレナは涙ながらにルークに訴えかける。



 彼女にはルークがどこの誰かは知らないが、災厄の魔女というネームバリューと自分の美貌を見れば、囚われた可哀想なお姫様だと理解できるだろう。



 探しているという単語からも自分が探されていて、ようやく見つけてもらえたと勘違いした。






 夢想に浸りがちなエレナには、極悪非道の魔女から救い出しに来てくれた英雄というストーリーが既に頭の中で出来上がっている。


 ルークの顔はイケメンだし、非日常な状況が妄想に厚みを持たせてしまった。



 しかし、彼はこてんと首を傾げる。




「んー?何で?」



「なんでって・・・・・・」



「キミはボクの愛しい愛しい愛しい愛しい華雪を傷つけたんだ。

 それだけで万死に値するよ」




 無機質なルークの瞳に、エレナは桐生の仲間だと強制的に理解させられた。






 ここに味方がいないことを察した彼女は、ずりずりと檻の奥に逃げる。


 少しでもこの二人から離れたかったからだ。



 桐生はそんな話を冷たく見下しながらも、ルークには笑顔を向け、




「探してたって言ってたわよね。

 処刑の準備が整ったのかしら?」



「うん。色々考えたんだけど、やっぱりシンプルなのが一番だよね。

 屍鏡からも巻きで頼むって言われてるし」



「ふぅん。分かったわ。

 じゃあ、早速行きましょうか」




 桐生は檻の中に入って、エレナを手慣れた手つきで縄で縛り上げる。



 何故かここに入ってから魔法が使えないため、自分の身一つだけで必死に抵抗するものの、武術を極めている桐生相手では赤子も同然だ。



 縄抜けが容易にはできないような特殊な縛り方をされ、その縄の端をルークに渡す。




「あーあ。無駄に脂肪がついていて重そうだな」



「誰もが華雪ちゃんみたいにスレンダーで愛らしい体型をしているわけじゃないわ。

 ほらほら、二郎も待っているんだから早く行くわよ」




 よいしょっ、とルークは歩き出す。



 足まで油断なく縛られているエレナは引き摺られることしかできない。




「ぎっ!いだっ!!」



「地上に上がるまで千段だっけ?

 それまでに体が削られきってないといいけど」




 階段をそれなりのハイスペースで上る、ルーク。



 引き摺られているエレナは当然地面に密着し、一歩上る度に段差の角が体に食い込み、打撲や擦過傷を至るところに作る。


 しかも、ルークが気紛れに縄を振り回すので、一般的に見て美しいと評される顔にも傷を負う。
















 ようやく地上に出た時には、埃まみれになり、王女と言われても信じられないほど貧相な姿に様変わりしていた。



 途中から泣き叫んでいたエレナは疲れきっていたが、周りに人が集まっているのを見るや否や、目を輝かせる。


 今度こそ、彼らから逃げられると。



 しかし、その希望をすぐに裏切られた。




「死ね!!このヤロー!!」




 拳大の石がエレナに向かって投げられる。


 その石は彼女の柔らかなお腹に吸い込まれるかのように直撃し、重い痛みを与える。






 エレナは今まで沢山の人の悪意に晒されたことがないので、呆然としてしまう。



 一人が石を投げたのを皮切りに、周りの人達も同調したように、口々に悪意のある言葉を吐きながら石を投げた。




「このアバズレ女!!」



「俺らがどんな思いで生きていると思っているんだ!!」



「税金を自分達のいいように使いやがって!!」




 石だけでなく、木の切れ端や生ゴミなどがエレナを襲う。


 彼女は必死になって否定するが、聞く耳を持つものはいない。




「どう?市中引き回しの刑は。

 みんなに注目されるのが好きな女にはちょうどいいでしょ?」




 群衆の罵詈雑言の間を縫うように、桐生の声がすんなりとエレナの耳に入ってくる。


 魔法が使われていることは明白だが、エレナが何度唱えても発動することはない。



 彼女はキッと桐生を睨み付ける。




「貴方が私に濡れ衣を着せたのでしょう!?」




 エレナの中にある感情が恐怖を通り越して怒りへと変わる。


 元々我慢強くないが、非現実的な理不尽が立て続けに起きたため、ついにそれが爆発したのだ。




「濡れ衣?私は貴方達とは違ってそんなことはしないわ。


 国のためのお金を使い込んだのも、たった一人に負けるような集団を勇者一行だと言いふらしたことも、全部ぜんぶ貴方達がしたことよね」



「どちらも知らないわ!!」




 エレナは何も知らない。



 いきなり牢屋に放り込まれ、情報などずっとシャットアウトされていたのだ。


 彼女が牢に入れられたのは勇者が負けたことが王国に伝わる前で、試合が終わった直後に空間移動をしてきたルーク達に捕まったのだ。



 なので、後者の情報については知る手立てがない。



 前者については普段から贅沢をし尽くしているので、自分がお金を使い込んでいるという自覚を持っていなかった。






 今まではそれでも何とか国がまわっていたが、桐生と五郎が国の金庫からごっそりと中身を奪い取っていたため、城に仕える者達の給料も払えないほど貧窮していた。


 その上、勇者一行が行く先々で起こした問題を金で揉み消したりもしている。



 起死回生の手として華雪の試合で大金を掛けていたが、結果は彼女の完全勝利のため、ベットしていたお金が払えなくなり、ついには莫大な借金を抱えてしまった。






 屍鏡はそれについて抗議しており、払えないのなら様々な失態の責任も取り、王族の首で払うべきだと諸外国に向けて訴えかけていた。



 既にいくつかの国は処刑について賛同しており、王族が滅びた後は屍鏡が責任を持って領地として治めることをユーバー・へ・ブリヒの国民に約束している。


 彼の治世が素晴らしいのは王国にいる誰もが知っているので、文句を言う奴などいない。




「知っていても知らなくても関係ないわ。

 貴方達は今日死んで、私は因縁を一つ減らすことができる。


 だから安心して死んでね」




 にっこりと桐生は綺麗な笑顔で微笑んだ。
















 ズリズリと引き摺られて歩くこと(しば)し。



 遠回りをして最終的に着いたのは城の前の大きな広場だった。


 多くの平民が押し掛けて人垣を形成されているそこは、異様な熱気に包まれていた。



 中央には寝台のような台があり、その四方に柱が立っている。


 柱からは紐が出ていて、風に吹かれてニョロニョロと不規則に動く。




「さて、お姫様のために特別に(あつ)えた処刑台だ。

 最期まで楽しんでくれるといいなぁ」




 台に寝かされ、紐を四肢にくくりつけられていく、エレナ。


 彼女は泣きじゃくって暴れまくるが、そんな抵抗などルークには簡単に抑え込める。



 ぴんっと張った紐に捕らえられた彼女は、首しか自由に動かすことができない。




「それでは処刑を始めます。

 本日の処刑方法は八つ裂きの刑です」




 桐生の淡々とした声がエレナの耳に入ったのと同時に、ゆっくりと体が引き伸ばされ始めた。



 四方の柱はただの柱ではなく桐生の作成したゴーレムで、彼女の思い通りに動かすことができる。


 素早く四肢をもぐこともできるが、なるべく苦しんでから死んでほしいと、桐生はゆっくりと数ミリずつ柱を慎重に動かす。






 エレナは自分の泣き声と筋繊維が切れる音を聞きながら、激痛に苛まれる。



 何かできないかと最後の力を振り絞って暴れてみるが、細そうな紐はぴんっと張ったままで、緩まずにエレナを引き伸ばし苦痛を与えるだけだ。


 呪文も詠唱するが、反応どころか手応えすらない。



 もうできることは泣きながら許しを請うことだけだ。




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 もうわるいことはしませんまじょといったりもしませんへやにとじこめたりもしません。

 かのじょをちかろうにいれてしまったこともあやまります。

 だからだからだからたすけてください」



「い・や・よ」




 ぶちぃっと鈍く裂かれた音がし、不意に拘束感のなくなった手足をエレナは見てしまった。



 歪な断面から吹き出す血と鼻につく鉄の臭い。


 少し目線を上げれば紐に絡まっている白い手足だったものと、狂気に染まった国民だった人達の顔。






 軽くなってしまった体とそれらの光景が指す真理に気づいてしまったエレナは、最後の悲鳴を腹の底から上げる。



 無理な発声のせいで声帯が傷ついて痛もうとも構わなかった。


 そんなものよりももぎ取られた四肢の方が痛むからだ。






 徐々に声は小さくなり、それに伴うように四ヶ所から出ていた血の勢いも緩やかになる。



 最期の最期まで苦しんだエレナは、口を大きく開けて、お姫様と呼ばれた頃とは正反対の苦痛の表情を顔に張り付けさせながら、痛みという生から解放された。






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