第六話 加護の代償
魔法書を読み、自分のための効率のいい魔法式を組み立てたりして、更に三日経った。
ようやく実際に魔法を使おうということで、私達は外に来ていた。
異世界に飛ばされてから初めての外だが、特に元の世界と変わるところはない。
しいて言うのなら、空気が澄んでいて美味しいというところぐらいか。
桐生がいた塔側の森周辺は誰も人は近寄らないと彼女が言っていたので、その言葉を信じてきてみたのだが、ものの見事に人の気配がしない。
昼間だというのに薄暗くて、どこか不気味な感じがするからだろうか?
遠くの方からフクロウのような鳥の鳴き声も聞こえてくる。
そんな人の気配のない森に入って数分歩く。
木々が薄くなってちょっとした原っぱみたいなところがあったので、そこを魔法の練習場所とすることにした。
二郎がどこからか取り出したテーブルとイスのセットを平らになっている地面に置いて、その上に手際よく軽食や飲み物などを用意する。
「ちょっとしたピクニックみたいで楽しいわね」
「こんな不気味な森でピクニックするのは私達ぐらいだろうがな」
本当に楽しそうな桐生はイスに座ると早速軽食に手を付けていた。
私は座らずに、少し離れた場所で立ちながら精神統一をする。
二郎はテーブルの近くに立ちながら、私が魔法を暴発などさせた場合に備えていつでも動けるように待機していた。
目を閉じて、ゆっくり深呼吸をする。
本に書いてあったように魔力が体中を駆け巡っているようなイメージをしつつ、初めてだから丁寧に魔法式を構築していく。
そして、脳内の想像を補完するために必要な呪文を唱える。
「灼熱の炎の玉よ 我が魔力と引き換えに現出せよ!
火炎球!!」
突き出した右手の前に赤い球体が何もない空間からいきなり現れた。
それは酸素を消費しながら、赤々と燃えて、私の手のひらに熱を伝える。温められた空気が頬を撫でた。
数秒間魔法を維持してから、魔力の供給を意図的に絶つと、ふっと火炎球は消えた。
「成功、だな」
「本当に綺麗で緻密な魔法式だわ。
流石、華雪ちゃん」
魔法式を見ていたらしい桐生は感嘆の声を上げる。
見えない私はどういうものか知らないが、あの桐生が瞳をキラキラさせるほど綺麗なものだったのだろう。
二郎も私の魔法式を褒めてくれた。
「まるで芸術品のような素晴らしい魔法式でした」
「それは良かった。
それにしても、かなりあっさりと魔法が発動したな」
魔法が発動するまでにそれなりに苦労するかと思ったが、拍子抜けするほど簡単に魔法が使えた。
見た感じ、威力がショボすぎるという残念なこともなく、問題なく人一人ぐらい焼けそうだ。
「いきなり魔法を使える人って中々いないわよ。
大抵はそよ風が起こったらいいほうなんだから」
「へー。そうなのか。
お前らの前でそんな姿を無様な晒さなくて良かったぜ」
中二病のような呪文を唱えて何も起こらなかったら恥ずかしすぎる。
彼女たちが何も思わないにしても、私一人がセルフ羞恥プレイだ。
そんなことにならないでほっと一安心した。
「勇者たちも魔法を発動させるのに苦労しているらしいわよ」
「それ、どこ情報だよ」
「うふふ。乙女のヒ・ミ・ツよ」
語尾にハートマークがつきそうな口調で言われて、私はそれ以上聞くのをやめた。
彼女がこう言うときはどれだけ聞いても答えてくれた覚えはない。
なら、聞くだけ体力と時間の無駄だ。
どういう手を使っているかは不明だが、桐生には勇者達のことも筒抜けらしい。
「勇者達のことはどうでもいいとして、桐生は最初から発動できたんだろ?
なら、そんなにすごいことでもないだろ」
「私は魔法式が見えるっていう反則技持ちだから。
純粋な実力だけで発動できた華雪ちゃんはやっぱりすごいわよ」
「桐生や二郎に遅れをとるわけにはいかないからな。
次の魔法にいくぞ」
次々と私は魔法を発動させていくが、魔法を暴発させることもないし、魔力がなくなってダルいとかいうことも特にない。
これには桐生も二郎も驚いていた。
「おかしいですね。
そろそろ魔力が尽きてもおかしくはないと思うんですが」
「華雪ちゃん、ステータスプレート持っているわよね?
悪いけど、ちょっと見せて」
首を傾げる二郎に、桐生は何か思い当たったのか、私のステータスプレートを見せるように言う。
桐生になら、見られても困らないので、素直にステータスプレートを見せた。
山口 華雪 age ■■■ 性別 ♀ レベル ■■■ 種族 ■■■ 職業 ■■■
加護・祝福 死神の加護・死神の祝福・吸血神の加護・吸血神の祝福
体力 ■■■/■■■
魔力 ■■■/■■■
筋力 ■■■/■■■
知能 ■■■/■■■
敏捷 ■■■/■■■
耐性 ■■■/■■■
魔防 ■■■/■■■
幸運 ■■■/■■■
特殊技能一覧
死神召喚・幻惑・魔力操作・火魔法・水魔法・雷魔法・土魔法・風魔法・白魔法・黒魔法・召喚魔法・精霊魔法・補助魔法・光魔法・闇魔法・空間魔法・結界魔法・詠唱破棄
加護・祝福や特殊技能一覧のところに項目は増えていたが、魔力が尽きない原因となるものとなさそうである。
しかし、桐生も二郎も小さいステータスプレートを二人して一生懸命に覗き込んで、何やら難しい顔をしている。
「原因はこれね・・・・・・」
桐生の白くて細く綺麗な人差し指がある一点を指した。
そこには死神の加護の文字がある。
「死神の加護だな。
だが、それがどうかしたのか?」
「どうもこうもないわ。
これを見てちょうだい」
その文字の所をまるでスマホの画面を操作するかのように指先で叩くと、詳細な説明が表示された。
こういう使い方もできるのかと感心していると、すぐに現れた文章に言葉をなくした。
死神の加護
この加護を受けしものは、この世界で、この世界の法則に従って起こったことに対しては、どのような手法を用いようとも死ぬことはできない。
心肺停止しようが体が欠損しようが再生し、生き返ることができる(不死付与)。
不死なので、それに伴う生命エネルギーが無限になり、それに伴って魔力も尽きることなく使用できる。
ただし、死ねば死ぬほど人から外れていく。
何を意味しているかは本人が一番理解しているだろう。
「・・・・・・なるほど、な。
遊びを楽しむのはニャルラトテップだけじゃなくて藤堂もってことか」
あいつは昔から私を人間じゃないものにしたがっていた節があった。
だから、こんな加護を授けたのだろう。
制約はあるが、簡単には死なないと私が分かっていれば、たとえ人間から外れていくというペナルティがあったとしても、いざというときには躊躇わず誰かの盾になると彼は知っているのだから。
藤堂の意図が読めて、私は思わず苦笑した。
「華雪ちゃん、笑いごとじゃないわよ」
「そんな顔するなって、桐生。
これを見る限り、死ななければ人から外れないんだ。
なら、死ななければいい。
幸いなことに無尽蔵の魔力があるんだから、それで身を守る方法を見つければいいだろ」
泣きそうな桐生の頭をぽんぽんと撫でて、安心させるような言葉を紡ぐ。
二郎の頭もついでに撫でておく。
そうでもしておかないと拗ねた二郎はかなり厄介だからだ。
「それでも、貴女は大切な誰かが危険に陥った時は迷いなく、その身を盾にするつもりなのでしょう?」
「そりゃあな。
死なない奴が盾になるほうが好都合だろ。
でも、この世界限定の力なら、使わないで済むかもな。
ここには便利な魔法ってのがあるから」
私はマゾではないので、傷を作って喜ぶこともなければ、死んで楽しむこともない。
足掻いて足掻いて駄目だったときに、大切な奴の盾になるつもりはあるが、その前の努力を放棄する気はなかった。
この文章を見ている感じ、神話生物相手では一発でお陀仏なのは変わらなそうだから、あまり使う機会もなさそうだ。
この世界の魔法は魔術と違い、かなり使い勝手がいい。
私の魔力が本当に無尽蔵なら、補助魔法の魔力鎧の魔法でも、常時発動させておけばいいのだ。
この魔法は魔力に比例して術者に不可視の防御を纏わせるものだ。
これで私を傷つけられるものも減るだろう。
二郎も色々と策を巡らせたのか、さっきまでの心配そうな色が顔から消えていた。
「そうですね。
華雪さんの膨大な魔力を使って、傷つかない方法を考えればいいですからね。
そう考えると、そんなに難しくはないですか」
「そういうことだ。
私には自分から進んで死ににいくような趣味はないからな。
死なないために最大限の努力はするさ」
「なら、私は華雪ちゃんのための魔法を新しく作る!」
「私も華雪さんのために新しい魔法を開発しますね」
「気持ちはとっても嬉しいが、お前たちの負担にはなりたくないから、ほどほどにするんだぞ」
止めても無駄なのは長い付き合いで分かっているので、止めることはしない。
が、魔法式が見えている二人が作る魔法なんてどんなぶっ壊れ性能を持っているか謎なので、もしできたとしても封印しておこうと心に決めた。
それから、私たちはそれぞれのするべきことに取り組んだ。
私は魔法を使うのに慣れるためにさまざまな魔法を使い、桐生は私のために今までにない魔法式を作り、二郎はそんな私たちの面倒を見ながらこれまた桐生とは違う魔法式を作っていた。
たまに私が魔法の威力をミスって二人に迷惑をかけていたが、城の住人達に伝わるほど大きなミスをしていないので、それはご愛嬌だと思ってもらいたい。
その甲斐があったのか、空が薄暗くなる頃には魔法を完璧に制御できるようになっていた。
これ以上暗くなると何も見えなくなるので部屋に帰った。
いつものように風呂に入ってご飯を食べて、遅い時間にベッドに入る。
しかし、その前に二郎に呼び止められた。
「少し、いいですか?」
桐生はすっかり夢の中なので、私はこくんと頷くとベッドの周りにだけ消音の結界を張った。
これはよく誰にも聞かれたくないような大事な話をするときに用いられるもので、お偉いさん方はこの魔法を使える魔法使いを一人は抱えているという話だ。
桐生が寝たタイミングを二郎がわざわざ待っていたのだから、よっぽど聞かれたくない話なのだろうと思い、今回は結界を張った。
彼にその心遣いが通じたのか、すみません、と謝ると、私と二郎は向かい合ってソファーに座った。
「・・・・・・何か飲みますか?」
「そうだな・・・・・・。酒が飲みたい。
ウイスキーみたいのはないか?」
「ありますよ。
でも、少しにしておいてくださいね」
そこで駄目だと言わないのが私に対して二郎の甘いところだ。
グラスが用意され、そこに氷とウイスキーが入れられる。
私はそれを一口飲んで、アルコールが喉を焼く疑似的な感覚を楽しむ。
「やっぱり酒は美味いな」
「それは良かったです」
二郎も自分のグラスにウイスキーを注ぎ、一気に飲み干した。
酒に弱い人間ならば下手したら急性アルコール中毒であの世行きだが、二郎なら問題ない。
空になったグラスにまたウイスキーを注ぎ、テーブルの上に置く。
「で、話ってなんだ?」
「気づいて、いるのでしょう?」
何がとは言わない。
彼が言いたいことは大体分かる。
だから、私は誤魔化すことも白を切ることもしなかった。
「死神の加護のことだろう?
あれに書いてあることには嘘はない。
が、正しくもない」
「気がついていたんですか?」
「自分の体のことだからな。
あの文章を正しく直すならこうだろ。
この世界で起こったこと限定で、神話生物が関わってなければ、この世界に留まる。
今まで死んでいる分も蓄積されているから、人間からはもうほど遠い。
藤堂がわざわざ付与したのは、この世界に留まらせるって所ぐらいだ」
今まで何度も死んで、その度に違う世界の違うところにランダムで私というモノは存在していた。
ある時は社会人、ある時は学生、またある時は喋ることも覚束ない赤ん坊として。
邪神に殺されるたびにそことは違うところに存在してい人間であるわけない。
仮説だが、昔の実験の作用により、別世界というか、パラレルワールドの自分に、死ぬ度に憑依し直しているだろう。
確証こそないが、正解からそう遠くはないはずだ。
藤堂なら、そこに更に手を加え、肉体を修復させ、この世界に留まらせるようにするぐらいはできる。
旧き神の力は戦闘面だけでなく、世界の書き換えにも及ぶのだ。
カランッ、とグラスの中の氷が鳴った。
二郎が俯いたまま動かないので、私は話を進める。
「そもそも、お前らと別れる少し前から、自分が自分だという自信が持てなくなってきたんだ。
周りの人間が石ころ以下にしか見えなくなって、いつかお前らのことも、そう思ってしまうんじゃないかと怖かった。
いや、そんなことなんかより私という自我がなくなって、お前たちに危害を加えたらと思うと震えが止まらなかった」
その時のことを思い出し、身震いした。
が、話だけは続ける。
「だから、お前たちと離れたんだ。
それから、色んな魔導書を読んで邪神と対面して殺されて、ある時一緒に神話現象に巻き込まれた人間に言われたんだ。
〝お前は人間じゃない”ってな。
人間から外れた化け物だと、その時にようやく自覚できたよ。
その後は今と特に変わらないな。
それらしく生きて、邪神に殺されて、そしてまたどこかにいる。
そんな退屈な繰り返しだ」
「・・・どうして、何も言ってくれなかったんですか」
「何で、二郎がそんな顔しているんだ?
お前は私が人間じゃないものになるのに賛成派だったろ」
手を固く握りしめて、すごく苦しそうな顔を二郎はしている。
そんな表情をするとは思わなかったので、私が逆にびっくりしている。
彼は藤堂と一緒で、私を人間から外すことに肯定派だった。
そのことは私には悟らせないように隠していたが、なんとなく雰囲気で察知していたので、特にそこのところで何かアクションを起こすことはない。
が、この反応は完全に予想外だ。
二郎は乱暴にグラスを机に置き、いつもの穏やかな表情をかなぐり捨て、捲し立ててくる。
「私が求めていたのは違います!
私は、ただ、華雪さんに傍でずっと笑っていて欲しかっただけです!
なのに、なんで、こんなに、貴女は苦しんでいるんですかっ!!」
こんなに感情を荒ぶらせている二郎を見るのは初めてだ。
えっ!?えっ!?と私は慌てて、どうしたらいいかと、おろおろする。
こういう時に桐生でもいれば、上手く二郎を宥められるのかもしれないが、彼女は幸せそうな顔で熟睡中だ。
「えっと、お、落ち着けよ、な?な?」
空中で手をわたわたさせていると、その手を掴まれて引かれた。
軽い私の体は宙に浮き、グラスやらウイスキーボトルやらを床に落下させながら机の上を通過し、二郎の胸板に不時着した。
鼻の頭を思いっきりぶつけたが、抗議をする暇はなく、窒息させられそうなほど強い力で抱きすくめられる。
「本当に、貴方は馬鹿です・・・・・・。
人よりも脆い体で何でもかんでも自分一人で抱え込んで、強がって、それで誰も気づかないまま人間をやめるなんて。
どれだけ自分を犠牲にしたら気が済むんですか?」
「お前が気づいただろ、二郎。
それに、私は自分のやりたいようにやっているだけだ。
自分のやりたいようにやっていたら人間じゃなくなった。
それを世の中では報いや罰と言うんだ。
だから、同情なんてするなよ?
いや、二郎は同情なんてしないか」
はははっ、と少し笑ってやると、二郎は黙った。
沈黙が痛い。
二郎がどういう顔をしているのかと気になって、そろりと顔を上げて盗み見ると、その顔には感情が一欠片も浮かんでなかった。
これは本気で怒っている。
彼は本気で怒ると、あいつと同じ瞳を露わにして、無表情になるのだ。
ヤバいなと思いながら、どうやって二郎の怒りを鎮めようかと考えていると、不意にクツクツと二郎が笑い出した。
笑っているといっても、口元だけで笑っていて、目が笑ってない。
他の表情筋も動いてなくって、無表情のまま口だけが三日月のように裂けている。
ぶっちゃけ、怖い。
「お、おいっ、大丈夫か・・・・・・?」
私が問いかけても返答はなく、ただただ笑い続けている。
これは流石に私の手には負えなくなってきたと判断し、桐生を起こすために結界を解く。
が、コンマ数秒もおかずに二郎が同じ結界を張った。
桐生には二郎の笑い声が、一音たりとも聞こえなかっただろう。
ひときしり笑い終えた二郎は、ピタッと黙り込み、私と視線を合わせるとニッコリと安心させるような笑みを作った。
しかし、私は全然安心できない。
瞼の間から覗く瞳から、神話生物に相応しい狂気が蠢いていたからだ。
「貴方がやりたいようにするのなら、私も私のやりたいようにしますね」
「えっ」
何が自分の身に起こったのか分からないまま、首筋に痛みを感じ、そのまま意識が急速に闇に飲まれていった。