第五十話 挑戦者Aによる蹂躙(前編)
「大盛況だな」
この国で一番大きい闘技場に入っている人間たちを見て、私はそんな感想を漏らす。
屍鏡が言っていた通り、あの日から数日の時間が経過し、各国のお偉いさんが来たところで、勇者一行をぶっ飛ばすイベントを開催した。
主役はこの私、東雲華雪こと謎の挑戦者Aだ。
身バレすると勧誘などが煩いと屍鏡が言っていたし、私も目立つ真似は好きじゃないので、適当な名前を名乗ることにした。
フードを被って、屍鏡からこの日のためにプレゼントされた仮面を付ければ、どこからどう見ても私だと分からないだろう。
テンプレの中には目元を怪しげなマスクで隠すだけで、身近の知り合いと同一人物だと判断できないというのがあるのだ。
完全に仮面で顔を覆ってしまえば、テンプレなど関係なく、誰だか判別できる奴もいない。
しかも、この仮面は認識疎外の魔法もかかっているので、所見では私が女か男かすら判別が不可能だ。
仮面越しに見る景色は案外快適で、具合が悪そうにしている勇者達もはっきり見える。
いや、勇者はそれなりに元気だが、主に女子達の顔色が優れない。
屍鏡の国王権力を使って強制参加させているので、トラウマを作ったらしい私と戦うことになり、あんな表情をしていると二郎が言ってた。
ついでに、腕を切り落とした奴は未だに体調が良くならないから、今日は出ないとも言われた。
ちなみに彼らは応援席に座っており、全財産を全員私に賭けたらしい。
オッズは勇者一行が一.一の私が七十八.三とのこと。
私も全財産を自分に賭けているので、勝ったらそのお金で、迷惑かけた五郎達になにかプレゼントを買う予定だ。
「レディースアンドジェントルメン!!本日は我が国の闘技場にお越し頂き、誠にありがとうございます!
司会はこの国の王であり、グランドマスターである、この僕、雲英屍鏡がします!!」
マジックアイテムにより、屍鏡の声が大きく会場に広がる。
仕組みは複雑だが、現代日本でいうマイクのようなものだ。
高くて普及はしてないが、こういう広い場所で呼びかけるために、国の資産としていくつか持っているらしい。
わぁっと歓声が上がる。
随分と慕われているようで、黄色い声もすごく上がっていた。
仮面で素顔を見た奴は少ないと屍鏡は言っていたのに、女性にもよくモテているようだ。
今日は一段と気合が入っているのか、彼の手作りのお面の中でもより良くできていてカッコいいものを装着していた。
「解説は彼らの担任のルークと二郎でお届けします!」
「やあ、ボクがルークだよ。技術的な解説をしていくから今日はよろしくね」
ルークにマイクが渡され、そう挨拶する。
銀髪に日光という自然のエフェクトがかかり、神々しいまでの美男子具合だ。
オッドアイも神秘性に一役を買っているようで、あっちこっちから感嘆のため息が漏れた。
「二郎です。
本日はルークさんと屍鏡さんと共に実況をしていきたいと思います。よろしくお願いしますね」
いつもの二郎スマイルに、卒倒しそうな奴がちらほら見えた。
屍鏡は仮面しているから見えないが、ルークと二郎は男から見ても嫉妬するのがバカバカしくなる程イケメンだから、その反応も無理はないなと思う。
もっとも、二人の場合は顔の造詣が整っているというだけではなく、雰囲気にとても惹かれる。
神話生物はその傾向が強いが、彼らほどその雰囲気を醸し出せるのは、今のところ数体しか会ったことがない。
「さて、早速本題である試合にいきましょう!
まずは青コーナー!かの有名な勇者一行です!!
最近は我が魔術院に留学しており、様々な問題を起こしているものの、その腕は魔王を倒せる程超一流のハズ!!
本日は是非とも頑張って頂きたいところですね!」
様々な問題というところに、観客は引っかかったようだが、それでも勇者達とのことで大きな歓声に包まれている。
勇者は手をあげて歓声に応え、その周りの奴らも何人かそうしていた。
「続いて参りましょう!赤コーナー、謎の挑戦者A!!
その正体は誰にも知られたくないとのことで、このような形の参加となりました!!
勇者の知り合いであり、僕のかけがえのない大切な人であることだけは言っておきましょう!
戦闘能力は未知数ですが、本人曰く、自分の大切な人を侮辱した奴らは許さないとのことです!!
勇者を何としても負かせて頂きたいと思ってます!!」
屍鏡、お前が大切な人とか言ったから、恋人か何かだと勘違いされてるじゃないか!!
様々な意味でどよめく会場に、私は仮面越しに手を当てた。
試合が終わったら、空間移動で姿を眩ませようと決心して、勇者達を倒すために少々気合を入れて構える。
相手は四十人ぐらいで、私は一人だ。
人外の力を堂々と開放するわけにもいかないから、考えて戦わないと、人数にモノを言わせて混戦に持ち込まれると面倒なことになる。
対策として、今日の私は槍を持ってきている。
いつもの私の腕力では振り回すことなどできないが、筋力ぐらいならいくらでも誤魔化しが効くので、そこは人外の力を使うつもりだ。
魔術や人間以外の姿を取るのは問題だが、これぐらいなら問題ない。
「双方ともに準備ができたようなので、試合に移らせて頂きたいと思います!!それでは―――――ファイト!!」
かくて、戦いの合図が響き渡った。
最初に動いたのは相手だ。
何人かが魔法も唱えずに突っ込んでくる。
これは、私に魔法を詠唱させないための策なのだろう。
その証拠に勇者は剣を構えながら口元が動いているし、その他の奴らも口元が動いていた。
私がこいつらに気を取られている間に大掛かりな魔法を発動させて、試合を終わらせる。
実にシンプルで分かりやすくリスクの低い作戦だ。
突っ込んできた奴らは走りながら身体強化の魔法を自分に掛けて、目にもとまらぬ速さで弾丸のように突っ込んでくる。
最初の男と接触した。
そいつは立派な剣を上段から私に振り下ろす。
私は片手で持っていた槍で流すように受け止め、そのまま腹の部分に掌を当てる。
ドンッと重い音がして、男の体が次に来ていた奴と接触して、地面に転がった。
「おおっと!?謎の挑戦者A!!お腹の部分に手を当てただけで男をふっ飛ばしました!!
これはどういうことなのでしょう?解説をお願いします!」
「あれは掌底打ちですね。
本来なら心臓の上や顎先、こめかみなど人体の急所に用いられるものです」
「謎の挑戦者Aはそれを少しアレンジして、掌に魔力を集めることで、身体強化による魔法防御を打ち破ってる。
あれなら少ない魔力で済むし、魔法のように呪文を詠唱しないで魔力を集めるだけだから、慣れれば即時発動できるね。
低コストで使えるから、接近戦じゃあれが使える挑戦者Aの方が上手だな」
彼らが解説してくれた通りに、掌底をアレンジした技だ。
これなら金属鎧の上から魔法防御が掛かっていても、一点突破で相手にダメージを与えることができる。
生身の人間に使えば内臓が破裂するものだが、きちんと鎧と魔法が守っていてくれることを確認してから使ったので死んではないはずだ。
もっとも、こいつらは金属鎧なんていう重いものを身につけることができるほどの訓練をしてないらしく、ただ単に学院の制服で参戦しているが。
おかげで力の調節が面倒だ。
間違って内臓が破裂して死ぬ奴が出ないように、慎重に魔力をコントロールしなければ死人が出る。
そうなったら今までの我慢がパァだ。
次に迫っていた奴も同様に槍で受け流してからの掌底だ。
コツは次に一番近くに迫っている奴にぶつかるようにふっ飛ばすこと。
そうすることで、多人数で迫られても対処できる余裕を生み出すことができる。
その間にも色んな攻撃魔法が雨あられと降ってくるので、回避したり、傍の奴らを盾にしたりして当たらないことに尽力する。
当たっても痛くも痒くもないが、それでぴんぴんしていたらおかしいと思う観察眼の鋭い奴もいるので、回避という手法を取っている。
辺りの地面は焼け焦げ、めくれ上がったりしているが、私は元気だ。
このまま前衛を戦闘不能にできるかと思ったところで、ふとそれなりに大きな力の波動を感じて勇者の方を見やる。
「麗しい水乙女よ! すべてを飲み込め! 水乙女の愛!!」
遠くでそんな声が聞こえたと思ったら、空中に水が集まり、それが人の形を作る。
それは女性の姿で、大きさは某国の自由を主張する女神と同じぐらいだった。
その水像が胸の前で手を合わせると、そこに水の弾が生まれ、私に向かって飛んでくる。
水球の大きさが半端ないので、今から回避行動を取っても避けきれないだろう。
だからといって当たると、体重の軽い私の体は後方に流される。
反動でバランスを崩して地面に倒れれば、それは致命的な隙を産むことになる。
なら、どうするか。
答えはいくつかあるが、簡単お手軽な方法がある。
こんなこともあろうかと思って用意していたものが役に立つ日が来たのだ。
私は改造したローブの内側に差してあったアイスピックを二本手に取り、それを水球に向かって投擲した。
瞬間、大きな破裂音を響かせ、大量の水蒸気となって水球は消滅した。
もう四本アイスピックを取り、今度は水像に向かって投げる。
普通に投げたのでは遠くて届かないため、瞬間的に筋力を増強させる。
それも水球と同じ末路を辿ることになった。
「あれはマジックアイテムの一種だね。
使い捨てだけど、込められている魔法は上級クラス。
相殺する属性の火魔法の武器を使うことで、殲滅級クラスの魔法を無効化することに成功したよ」
「元々、水魔法は攻撃力に欠けますからね。
だから、あのマジックアイテムでも無効化することができたのでしょう」
水蒸気で視界が悪い中、私は槍を片手に疾走する。
熱い空気と見えない視界で戸惑っている間に人数を減らしておきたい。
身体強化を切って、オロオロとしている馬鹿共を気配だけで察し、そいつらの脇腹に穴を空け、治療をしないと使い物にならないようしておく。
すぐに治療しなくても死にはしないが、放って置けば死ぬという絶妙な傷つけ方をする。
これは相手の中に回復魔法を使える奴が何人かいるからだ。
こうやってお荷物を増やせば、勝手に魔力を消費してくれる。
意外に思われるかもしれないが、回復魔法というのは攻撃魔法なんかよりも効率が悪く、魔力をかなり使う。
怪我の度合いにもよるが、これぐらいの怪我を動くのに死なない程度に治そうとすると、普通の魔法使いでは二人ぐらいしか回復させることができない。
魔族でも十人ぐらいが関の山らしいが、勇者達の修練具合を見ていると、一人で三人治せるか治せないかというレベルだろう。
魔力量だけに依存するのではなく、どれだけ手慣れているかという熟練度によっても、魔力消費量や治り方が左右されるので、私の見立てではそれぐらいが限界だと思っている。
「とまぁ、何とか接近戦部隊は排除できたかな」
水蒸気が晴れ、視界が良くなる。
周りには地面に倒れ伏している何人かがいて、もれなく全員気絶しているようでピクリともしない。
これまで槍を使う機会がなかったから、何かに備えて使ってみるかなと振り回していたが、素人に毛が生えたレベルのこいつらじゃ槍の練習相手にすらならなかった。
折角、埃を被っているものを綺麗にして引っ張り出してきたというのに。
つくづく、こいつらは私の期待に応えてくれない。
「さて、接近戦部隊は終わったようだ。
次は砲台魔法部隊を潰すが、準備はいいか?」
槍の穂先を魔法を撃ってきた奴らに向けると、ビビりながらも誰も戦闘を破棄する意思は感じられなかった。
勇者がいるからか、人数が多いからか分からないが、少なくともまだ絶望はしてない。
「それは困るんだよな。
だって、この試合は強制負けイベントのつもりなんだから。
絶望してのたうち回ってもらわないと、私の気も晴れないし」
独り言のようにそう呟き、アイテムボックスからあの夜に作成したドールを三体出し、起動させる。
時間があるときに調整して、顔は怖さを演出するために西洋風の顔にし、服も制服から真っ白なドレスにした。
コアにかなりの量の魔力を注いだので、それなりに頑張ってくれるだろう。
ケタケタと笑い、空中に浮かぶそれらは、身の丈もある鋏を取り出してトラウマを作った女子達に向かって、空中を滑るように移動する。
その後に私も身体強化の魔法を使って続いた。
「挑戦者Aが取り出した人形はとても精巧な出来のようです!
コンセプトは人形の持つ得体のしれない不気味さを全面的に押し出したとのことです!」
「あれはゴーレムだね。
通常はその場で岩や土を使って生み出すものだけど、あらかじめ作っておいた人形にコアを入れて起動させたようだ。
言うなれば、持ち運び式の簡易ゴーレムだね」
「本体が小さければ、それだけ維持コストも少なく済みますからね。いい手だと思います。
小さい代わりに圧倒的なパワーは所持していませんが、小回りの利く体と攻撃力のために武器を持たせているので、これはかなり戦果を期待のできるでしょう」
魔法を避けたり、槍で払い落したりして、ようやく敵陣の勇者の懐に入り込むことができた。
すぐ前には驚きと焦りで顔を歪める大多数の人間がいる。
私はニタリと嗤い、
「さあ、一方的な蹂躙の始まりだ」
と、手近な女の腹を槍で貫通させて、そう告げた。




