第四十九話 平面に潜む狩人(後半)
「どこで気づいたんだ?」
桐生によく似た女の頭がゴロゴロと転がり、光の消えた瞳が虚空を見つめる。
刀を懐紙で拭き、鞘に納めた五郎は最初からだと返事を返してきた。
「この間の黒い男ほど違和感は無かったが、逆に雰囲気が人間離れしていた。
桐生の独特の雰囲気を出すには、これじゃ足りなかったようだな」
「別に五郎がわざわざ殺さなくても、私が殺したのに」
役目が無くなってしまったナイフを手の中でクルクルと回す。
五郎が手を出すのが後一秒遅ければ、私のナイフが首を掻き切っていたのに。
よく知っている顔を殺すのがどれだけ後味が悪いのか、私は身を持って知っているので、それを彼にさせたくなかった。
「俺は桐生の知り合いである前に、お前を守る刃だ。
だから、お前に手を出す奴は誰であろうが殺す」
「・・・・・・馬鹿だなぁ、五郎は。
人を殺す事に慣れている私に任せればいいのに」
彼の顔色は隠しているつもりだろうが悪い。
吐いてないだけ私が初めて人を殺した時よりはマシだが、それでも土気色した顔を見るのは忍びない。
そんな顔をするぐらいなら、手を出さなくても良かったのに。
「俺だって慣れた」
「この間殺したのは赤の他人で、しかも人間じゃないことは分かっていただろ。
でも、今回は違う」
知り合いの人間の姿をしたモノを殺した。
はっきりと言いたくなかったので、その辺は胸の内にしまったが、五郎は理解したようだ。
「・・・・・・そうだな。
だが、お前が桐生の姿をした奴を殺す所を見るよりは百倍マシだ。
自己満足だが、俺はこれで良かったんだ」
「二郎の変に頑固な所はそういう所から来てるんだな。
座ってお茶でも飲んでおけ。
私はこれを調べる」
共同スペースにはお茶を淹れることができるぐらいの施設が揃っている。
面倒なら水でもいいが、何かさっぱりしたものを飲んでおいた方がいい。
彼をゆっくりさせるために、情報がなさそうな死体を適当に調べる。
しかし、本当に情報がない。
神話生物のしの字もない、見た目が桐生であることを除けば、極普通の死体に、あまり弄くり回すのも罪悪感を覚えるので、程々の所で手を止めた。
「華雪も何か飲むか?」
「いや、いい。手だけ洗う」
流れ出た血で汚れてしまった手を清め、五郎にぎゅっと抱きつく。
そのまま頭をぐりぐりと擦り付け、最後に両肩を叩く。
「元気付けようとしてくれているという考え方で合ってるか?」
「・・・・・・合ってる」
「ありがとうな。元気出たぜ」
すっかり顔色が良くなった五郎と共に、時間になったので、三階の共同スペースに向かった。
果たしてそこにはちゃんと二人が待っていた。
さっきのような偽物ではなく、本物の彼女達に会えた私はほっとする。
「やっぱり、本物はいいわね!」
「何だ?そっちも偽物が出たのか?」
嬉しそうに抱きついてくる桐生に、私も抱き返す。
偽物と分かっていても、彼女の死体を見てしまったために、確かめるかのように、ついペタペタと触ってしまう。
「そっちもということは、華雪ちゃんの方も出たのね」
「ああ。桐生の所は私だったらしいな」
桐生の反応からそう導きだした。
彼女はそうなのよ!とプンプン怒っている。
「よりによって華雪ちゃんよ!!
二郎がマジギレして怖かったんだから!!」
「それはお疲れ様だな。
まぁ、私の見た目が一番油断を誘えるだろうし、仕方ないだろう」
「そちらは誰だったんですか?」
マジギレしたという片鱗を見せずに、いつもの微笑みを浮かべながら聞いてくる二郎。
「桐生だ。俺がやった」
「珍しくいい仕事をしたじゃないですか。
怪我もさせてないようですし、百点満点の花丸でも額に書いてあげてもいいですよ」
「いらん。
それよりも、何か手かがりを見つけてないか?」
「何も見つかってないわ。
んー。不快でもあれに着いて行けば良かったかしら」
桐生達の方も何か見つけたわけではないようだ。
私も今更だが、あの桐生モドキに着いて行けば、手かがりを掴むことができたかもしれないと、ちょっと後悔している。
「過ぎたことは仕方ありません。
あと少し回って何もないようでしたら、屍鏡さんに言って寮を閉鎖しましょう」
「そうだな。それがいい」
出てこないものは出てこない。
寮の外に出れるのならば、二郎が言った通りにするのが吉だ。
「出れるのか?」
「確めてみて駄目だったら、また考えればいいのよ」
五郎の疑問に桐生はあっさりと返し、何もなさそうだし入り口に向かおうかという流れになる。
階段を降り、一階に足を着けた。
すると、私の後ろを歩いていた二郎が、何か聞こえた気がすると言い出した。
「上か?」
「ええ。この遠さからして、最上階かと。
悲鳴のように聞こえましたが、何とも言えません」
「人がいるなら、行ってみるか。
今度の奴が人じゃなくても、さっくり殺さないで泳がせる感じで」
「華雪が危険にならない限り、手を出さないさ」
三度目の正直ということわざを信じ、今降りてきた階段を登った。
五階まで一気に登るのは地味に疲れ、しかし、私以外に疲れている様子を見せる奴はいない。
人間辞めてる私よりも体力があるって、体力お化けじゃないか。
能力制御よりも体力をつけないと、この先彼らに後れを取ってしまう。
特訓メニューに体力強化を付け加えることを決めて、廊下を見回した。
そして、部屋に居なかったツヴァイのことを唐突に思い出す。
「そういえば、部屋にツヴァイが居なかったが、どこにいるんだ?」
「ああ。あれなら、私が寮に来たときに回収しました」
「そうか。無事ならいいんだ」
無事だったことに胸を撫で下ろした。
その間に桐生が廊下の端から端まで一走りして、様子を見て帰ってきた。
「廊下に死体が転がっているとかじゃなかったわ。
どこかの部屋の中で聞こえたのかもしれないわ」
「なら、適当に入れそうな部屋に入ってみるか」
手分けして、近くにある部屋からドアノブをガチャガチャする。
中に人がいれば迷惑行為だが、今いるのは死体か死にそうな奴か黒幕なので、遠慮なくガチャガチャさせてもらう。
いくつかの扉のドアノブを回した結果、鍵がかかってない扉を発見した。
迷わず扉を押し開ければ、そこから伸びてきた手が私の手首をがっしりと掴んだ。
そのまま部屋の中に引きずり込まれる。
抵抗せずに引き込まれた先には仁王立ちした女と、私の手を無表情で掴んでいる男がいた。
それを見て、引きずり込まれたのは正解だったと悟る。
「ようやく、黒幕がお出ましか。
ドアノブガチャを回し続けた甲斐があったな」
「何そのドアノブガチャって」
「こっちの話し方だ。
それで、お前が寮内怪奇事件を起こした奴で間違いないな」
こんな状況で余裕そうに仁王立ちしている奴が黒幕でなかったとこなどないに等しいが、段階を踏むのは大切だ。
女は馬鹿にした表情を私に向け、
「状況が分かっているの?東雲華雪」
「状況、ねぇ。
その言葉をそっくりそのまま返そう」
背後からバララッと複数のものが落ちる音がした。
「待たせたな、華雪」
「いや、カップ麺を作るよりは待ってないさ。
それに、来るって信じてたしな」
五郎と私の距離はそこまで離れてなかったし、遮蔽物もなかった。
そして、目の前でそれなりに親しい奴が襲われて黙っている奴でもない。
入ってくるまでにタイムラグがあったのは、桐生達を呼びに行っていたのだろう。
「華雪がいる所が俺の居場所だからな。
どこへだって行くさ。何があろうともな」
「どうして!?あれはまだ徘徊しているはずよ!!」
女は半狂乱になりながら喚く。
「それの対処は桐生達がしてくれている。
だから、代わりに俺がここに来たんだ。
拐われた大切なお姫様を連れて帰ってこいって」
「そのお姫様様は今から目の前の奴等からお話聞こうと思っているんだが、助けに来てくれた王子様はお手伝いしてくれるのか?」
「大切なお姫様が望むことなら何だってするぜ」
私達は顔を見合わせて、楽しくクスクス笑った。
私も五郎もお姫様や王子様という柄ではない。
だからこそ、この戯れのような会話が楽しいのだ。
「だが、まずは俺のお姫様に勝手に触る奴の手を切り落とさないとな」
ぶら下げていた刀を無造作に、私の腕を掴んでいる男の手首に降り下ろす。
男は悲鳴を上げることなく、反動で一歩後退し、なくなっしまった手首の先をぼうっと見る。
どうやら自我というか、思考する力がないようだ。
薬物や魔術でお手軽に廃人を作れる世の中なので、どこかで人間を調達し、作り上げたのだろう。
言うことを聞いてくれるように仕込めば裏切られる心配がなく、使い勝手がいい廃人だが、同時に言われたことしかできないので不測の事態に陥ると何もできなくなる。
今だって私の手首を握っておけという命令が優先された結果、自分の感じる痛みや貧血に対し、対応できてない。
「肌が白いから、すぐに赤くなるな」
五郎は手首から血を流している男を尻目に、私の手を壊れ物でも扱うかのように恭しく取り、赤くなってしまった箇所を忌々しげに見る。
舌打ちまでした彼は、余程この赤くなった手首が気に入らないようだ。
「そんなに嫌なら、見ない方がいい」
「そういう事じゃない。
あー。くそ!二郎達さえいなければ、このまま自分の部屋に連れ帰ったのに!!」
頭をガリガリと掻き、今度は悔しそうな様子の五郎に、私は首を傾げる。
怒ったり悔しがったり、と忙しい男だ。
まぁ、そういう人間臭い所が好ましいが。
「あ、頭がおかしいわ!
そんな女に入れ込んで人を斬るなんて!!」
正気に戻った女がそう叫ぶ。
五郎は私を一撫ですると、私の前に女からの視線を遮るように立ち塞がった。
「そうか?逆に俺は華雪以外に心を動かされることはなかったぜ」
「何で!?」
「何でって言われてもな。
前からの運命の糸で繋がっているからとでも言えばいいのか?
それとも、記憶がなくともまた惚れてしまうほど、俺には魅力的な女だからかもな」
五郎が前を向いていてくれて良かった。
そうでなければ、私の情けない赤面を見られたことだろう。
両手で全然冷めてくれない頬を自分の両手で包みながら、女の出方を五郎の後ろから窺う。
彼の盛大な惚気に女は呆然としているが、念には念を入れて、油断はできない。
「華雪、あれは拘束すればいいのか?」
「そうだな。
一応、屍鏡の学院で起こったことだから、首謀者を捕まえておいた方がいい」
もう彼女に何かする気力は残ってなかった。
ぺたんと座り込んだ彼女を拘束しようと、五郎がベッドからシーツを剥がし、細く紐状に裂く。
私は桐生達が気になって、廊下を覗いた。
遠い廊下の向こうから、桐生が笑顔で手を振って、こちらへと歩いてくる。
あちらも片付いたようだ。
良かったと思い安堵していれば、小さく部屋から悲鳴が上がる。
そっちの方を振り返れば、血塗れで倒れる男女。
何故か、ちょっと目を離した隙に二人が真っ赤になっている。
近くには十センチほどのナイフが落ちていて、両方ともピクリとも動かない。
死んでしまったものは仕方ないと、他の死体と共に事件のあらましを屍鏡に伝えた。
彼は色々と私達を心配してくれたが、そんな彼がこれから一番大変だ。
表向きには桐生が一人解決したことにし、次の日は詳しく状況を話したり、口裏を合わせるので一日が潰れた。
こうして、寮内怪奇事件は幕を閉じた。
主犯達は死亡し、学院に平和が戻ったというのが、屍鏡が公式に発表した見解だ。
が、私は何とも言えない気持ち悪さを感じていた。
まるで、嫌な奴に嫌がらせを受けているような、私達を試されているような、はっきりと断定できないナニカだ。
この事件はあの女が単独で起こしたわけでも、ニャルラトテップが絡んでいるものでもない気がする。
証拠があるわけではないが、私はそう確信していた。
それは当たっているのだが、答え合わせができたのはもっと先で、今の私に言っても信じられないような人物が絡んでいた。
まぁ、全ては未来の話で、邪神の手の平の上で滑稽に踊っていただけの話になる。
そこで大きな決断を迫られることになるのも、また別の話だ。




