第四十七話 追放準備
学院生活も早いもので約二ヶ月経った。
昨日とは違い、今日は女子達も復帰し、こちらを怯えるような目つきで見ていたが、教室にはちゃんと来ていた。
見た目は綺麗になっている椅子につけらていた針山を捨ててから腰を下ろし、机の中に仕込まれていた凶器類も捨てて、そいつらを観察する。
ついでに五郎の机にも何か仕掛けられてないか見たが、何もなかったので安心した。
心配したと男たちが口々に言い、何があったと尋ねれば、出てくるのは私の名前。
間違いではないが、あれは正当防衛の結果だったというのに、その辺の経緯をすっ飛ばして私が悪いように言われる。
自分が善人だと思ったことはないし、悪人だと自覚しているが、これぐらいで悪く言われるのは少々腹が立つ。
私にしては物凄く寛大かつ広い心で彼らとは接しているのだ。
そうでなければ、自分の命を狙った奴など生かしてはおかないし、うざったい説得をしてくる勇者はトラウマを作って近寄らせないようにする。
だというのに、この世の悪を詰め込んだような目で見てくるのだ。
互いの話を通して、一連の出来事の犯人が私だと分かると、今まで以上に怒った顔をして詰め寄って来る。
ここ三日ほどこいつらは毎日怒っているが、血圧が上がりすぎて死んだりしないだろうか?
自分で殺すのはニャルラトテップの不興を買うおそれがあるのでしないが、人為的でない事故で死ぬなら仕方ないとアレも諦めてくれるだろう。
何かの拍子にニャルラトテップが笑えるぐらい愉快に死んでくれないかなと祈りつつ、一限目が始まるまで面倒な勇者の相手をする。
「勇者、お前は知らないかもしれないが、先に私を殺そうとしたのはそいつらだぞ?
私は正当防衛として反撃しただけであって、魔法自体はもう解いている。
それと局部をカットされた男のことだが、私を暗殺しようと部屋まで忍び込んできたんだ。
それぐらいで済んで良かったじゃないか」
暗殺者が暗殺に失敗した未来というのは、拷問死一択しかない。
そこを慈悲深くパイプカットしただけで済ませたのだから、本来なら文句を言われる筋合いがないのだ。
そもそも、こいつは関わっていないのに、クラスメートだからという言い訳で首を突っ込んでくる。
「そんなこと誰が信じるか!
彼女達はお前がいきなり魔法を使ったからと言っているんだぞ!?
昭弘だってお前を暗殺しようとなんかしてないって言ってた!!」
こいつの目は節穴で、耳は都合のいいことしか通さなく、頭には花木が咲き乱れる素晴らしい風景が広がっているらしい。
なんとも羨ましいことだ。
隣の五郎が飽きれ過ぎて刀に手を掛け始めたのが見える。
馬鹿どもを斬り殺す準備は万端と姿が物語っていた。
その構え方は堂に入っていて、いつでも首を斬り飛ばせそうだ。
まださせる訳にはいかないが、いつかする時が来たら、死刑執行人のようでカッコいいかもしれない。
もっとも、彼に人を殺させたりしたくないが。
「おいおい。今の私は真実しか言ってないぞ。
ツインテ金魚女・・・・・・今は短髪か。
そいつが食事をしていた私に難癖つけてきて、その間にどこかの考えなし馬鹿女が室内の人の居るところで火炎球をぶっ放してきて、それを何とか防いだら、今度は光の鎖に絞殺されそうになった。
なんとかその場を収めて部屋で寝たら、今度は素人丸出しの暗殺者がやって来て、ナイフで殺されそうになったんだ。
どこからどう見ても被害者だろう、私は」
「誰もそんなことは言ってない!!
それに、彼女達の憔悴しきった顔を見たか!?可哀想だとは思わないのか!?」
女共の顔を見るが、嘘をつく罪悪感を感じている奴がちらほらといる。
しかし、ヒエルラキーの上である女が嘘をつけと言ったから真実を言えないのだろう。
いつの世も弱いものは強いものに逆らうことはできない。弱肉強食なのだ。それも勇者は理解してない。
彼は節穴の目で見た情報と、都合のいいことしか通さない耳で集めた情報が全てなのだ。
だから、様子がおかしいものが混ざっていても見えないし、声が震えていても、私への恐怖と脳内変換される。
「全然。自業自得だし。
二回も殺そうとしてきた奴らに対して、随分穏便な手を使ったと、自分の優しさに今驚いている」
これがルークと二郎なら、自分を殺そうとしてきた人間は躊躇なく殺すだろう。
神話生物の世界というのは舐められたらやっていけない、極道のような一面もあるからだ。
逆に五郎は対処しきれなくて怪我をしていたかもしれない。
もしそうなっていたら、私がそいつを一生他人とは関わることのできない体と心にしていたが。
目の前で怒っている奴らよりも、隣で刀を抜きそうな五郎と、ポケットの中でいつにも増して唸っているツヴァイが怖くなった頃、勇者がもう我慢できないと叫んだ。
「東雲!!俺と決闘しろ!!
俺が勝ったらみんなに謝って、怪我も治せ!!」
「それ、私が引き受けるメリットないよな。
私が欲しいものをお前が持っている訳じゃないし」
こういう何かを賭けた勝負事というのは、釣り合っているものを互いに賭けあってするものだ。
しかし、私には彼らから欲しいものなど無い。
金はあるし、地位もいらない。武器も間に合っている。
「何?怖いの?」
「そりゃあ、そうだろうな。
勇者である啓也に勝てる訳ないもんな」
周りが私を勝負に乗せようと煽ってくるが、完璧にスルーする。
これぐらいの嫌味で反応できるような、可愛らしい時代はとうの昔に過ぎ去っている。
しかし、彼らは諦めずに次々と言葉を重ねてくる。
「山口先輩やあの教員達に守られてないとなにもできないんだろ!!
その貧相なガキのような体でどうたぶらかしたんだ!?
先輩も先生達もよくお前のその体で満足できたよな!!」
ある男がそんなことを言った瞬間、五郎が刀を抜く。
しかし、その刃がその発言をしたものに届く前に、私がその男を殴り飛ばした。
男は壁を突き破り、外に落ちていったようで生死は不明だったが、そんなものはどうでもいい。
私は机の上に立ち、そいつらを見下した。
「・・・・・・そこまで言うなら、相手をしてやるよ。
私にお前ら全員でかかってこい。
ただ、私に手加減を期待するなよ?」
殺気が溢れ出てるのが自分でも分かる。
しかし、止めることはできない。
この前も私は軽くキレていたが、今回はマジギレしているのだ。
勇者達はこんな殺気を体験したこともないのだろう。
ガタガタ震えていて、返事をしない。
私は彼らを一瞥すると、五郎に今日の授業は休むと言って、その場を後にした。
こんな気持ちでは絶対にあいつらを殺してしまうと思った私は、気持ちを静めるために屍鏡の城に帰ってきていた。
いきなり帰ってきた私に驚いた屍鏡達だったが、私が物凄い顔をしていたのだろう。
お疲れさまと言って抱きしめてくれた。
その後、流れるようにソファーに座らされ、二郎がここを出る前に焼いた焼き菓子とブレンドした紅茶を出される。
「先生、二郎さんじゃなくて私が淹れたから、あんまり美味しくないだろうけど、ちゃんと効果はあるはずだから飲んでね」
温かく嗅ぎなれない香りのする紅茶は、心を落ち着かせるような効果でもあるのだろう。
朱音が淹れてくれた、温かいそれをゆっくり飲む。
「美味しいぞ、朱音。とってもな」
「良かった。普通ぐらいの味は出てる」
自分にも淹れた紅茶を飲み、朱音はほっとしていた。
私の気持ちも少し落ち着いたところで、屍鏡が気まずそうな顔をしながら話を切り出す。
「華雪ちゃん。勇者達の話はそれなりに聞いているよ。
まさかあそこまで馬鹿だとは思わなかった。僕のミスだ。
随分と嫌な思いをさせてしまったみたいだね」
「屍鏡が謝ることじゃない。
あの馬鹿どもが全部悪いんだから。
それと、悪いが勇者と決闘することになった。
怪我をさせるとあちらの国がうるさいと思うが、どうしても我慢できなかった。屍鏡の仕事を増やしてしまう」
世界を救う英雄になる予定の勇者を完膚なきまでに敗北させる気なのだ。。
当然、勇者を看板にしているあの国からは文句が出るだろう。
虎の子の勇者を見た目はこんなに普通の女が傷つければ、面子というものがある国が黙っている訳がない。
「それなら別に構わないよ。
あの国とは縁を切っているし、勇者達も学院からおさらばしてもらう予定だから」
「え?あいつら学院辞めるの?」
「流石に人が大勢いるところで火炎球を放ったり、人を堂々と殺そうとしたからね。
毎日のように一人の生徒に全員で詰め寄っている姿も目撃されている。
そんな奴らが果たして本当に魔王を退治してくれるのか、他の国のトップが疑問に持ち始めてね。
最近は魔王の動向も大人しいから、よけいに彼らの傍若無人ぶりが浮き上がって見えたんだよ」
「調査したところによると、けっこう細かい悪事を働いていたようでね。
いい機会だわ」
どん、と目の前にそこそこの高さの書類の山が積み上がる。
一番上の紙には勇者一行による被害と書かれていた。
パラパラとめくっていくと大体、予想できることが羅列されていて、その件数の多さに目を通している途中で見るのを諦めた。
「華雪ちゃんを囮にするつもりはなかったんだけど、予想外に彼らの情報が集まった。
だから、彼らを追放する準備が整ったんだ」
「本当は二郎とルークが引っかき回している間にしようと思っていたのだけど、思った以上に華雪ちゃんと勇者達の仲が悪くて・・・・・・。
というか、勇者達があれだけ馬鹿なのは計算外だったのよ」
「屍鏡達のせいじゃないし、私が役に立ったなら何よりだ」
囮役をさせたことに罪悪感を覚えているらしいが、私としてはきちんとその役がこなせたことが嬉しい。
どんなことであろうと彼らの役に立てればいいと思っている。
「それで、決闘なんだけど、あと十日間ほど待ってくれるかな?
それぐらいには各国の奴らが来れそうだから」
「えっと、それはみんなの前で決闘とするってことか?」
「うん。華雪ちゃんの身バレがしないように、僕の方でいいアイテム貸すからさ。
思いっきりぶん殴ってくれると嬉しい」
それはいい話だ。
てっきり、危ないから五郎にでも代役を頼めと言ってくると思ったのに。
「だって、華雪ちゃんがそこまで怒っているの久しぶりに見たし。
君が怪我をしなければ何でもいいよ」
「私もそう思うわ。
油断さえしなければ、この世界では華雪ちゃんは無敵の部類だもの。止める理由はあまりないわね」
「先生が怒るのはいつも私達のためだって知ってるから。
心配だけど、二人が大丈夫って言っているから、私も何も言わないよ」
こいつらは本当に私が欲しい言葉をかけてくれる。
出来すぎるほど素晴らしい友人達だ。
後悔だらけの人生の中で、彼女らの友人になったことだけは後悔してない。
「ありがとう。頑張ってくるよ」
「僕は判定員として行くから、間近で応援できるよ」
「私と朱音ちゃんは観覧席に座るようにするわ。
屍鏡君の権力を使ってね」
「これだけ大事なら、賭け事に発展させても面白いな。
みんな勇者に賭ければ、私が勝ったときにとても国も潤うだろうし。
私もお金を増やしたいからな」
更に悪どいことを考える私。
様々な国の奴らが来るなら、それだけで経済効果は狙えるが、賭け事をすることにより、更にこの国が潤うだろう。
あの国は絶対に勇者に多額の金を賭けるだろうから、一泡吹かせられるのもいい。
「華雪ちゃんが賭け事の対象になっても良ければそうすることもできるけど・・・・・・。
いいの?」
「やるなら派手にだ。
あの馬鹿どもを完璧に潰して、懐を潤して、あの国に少しでも意趣返しできるのなら、賭け事の対象にぐらいなるさ。
これでも何回か賭け事の対象になってるんでな」
どっかの混沌殿が私が神話生物と接触した際に生きられるかどうかでやんごとなき神々と賭け事をしていたことがある。
それに比べればなんて可愛いものだろう。
あいつにやられるのは腹が立ったが、それなりの理由があり、勝機がある勝負で道化になるのは悪くない。
「じゃあ、私は華雪ちゃんに全財産を賭けるわ」
「えっと、じゃあ、私も」
「僕もおやつ代を全部賭けるよ。
自由になるお金がそれしかないからね」
「はいはい。絶対に勝つから、賭けて損はさせないぜ」
オッズがどうなるか分からないが、勇者一行と名前すら聞いたこともない私との対戦カードだ。
十倍は堅いだろう。
今持っている全財産を突っ込めば、一生遊んでも使いきれない程の金になるし、二郎への借金も返せる。
私は様々な問題を解決できる日を夢に見て、紅茶を啜った。




