第四十六話 ジャンクフード
私はそんなに忍耐強くない。
それは昔から自分の短所の一つとして承知していたし、苛立った時は煙草を吸ったりして、それなりに上手く付き合ってきたつもりだ。
しかし、煙草も吸えずに、彼らとご飯を一緒に食べれるはずだった憩いの時間の代わりに、楽しくない混沌との時間を過ごした私は、そろそろ限界だった。
これが相手がまだまともな奴ならともかく、仲間とか優しさとか私が嫌う部類の言葉を使い説得してくる馬鹿が相手では、三日は持つかと高をくくっていた堪忍袋の緒もプッチンしそうだ。
残念ながら、どれだけ歳をとっても私の沸点は低いままらしい。
いや、本当に若いころに比べれば大人しくはなったけれども・・・・・・。
「東雲。このとおりだ!
頼む、圭吾の腕を治してやってくれ!!」
今日だけで何回見たか分からない勇者の後頭部を見ながら、これまた何回ついたか分からないため息を吐き出した。
「代償は払えない。
それなのに治してくれなんてムシの良すぎる話じゃないか?
というか、放課後だから寮に帰りたいんだが」
本日の授業をすべて消化し終えて、今は放課後。
それぞれ寮に帰ったり、分からない所を先生に聞いたり、所属しているクラブに行ったりする自由な時間だ。
それなのに、私はまだこの勇者ご一行に拘束され続けている。
教員は忙しいと言う偏見で、ルークと二郎は私が授業中に渡した手紙に、放課後になったら帰っていいよと書いておいた。
ついでに、悪いけど今日は二郎達とジャンクな味がバリバリするハンバーガーと油ギッシュなポテトが食べたいとも書いておいた。
疲れすぎて寮で食事を摂る気にならないのだ。
また、五郎には私に構わず訓練頑張れと、いつも授業で筆談している時に書いて伝えた。
その流れで夕飯は二郎の部屋で摂るけど、どうすると聞き、俺も抜け出して食べるという返事をもらっていた。
そういう訳で彼らはいないが、いざという時のために大体いつも一緒に行動しているツヴァイはいる。
ポケットの中の存在感と夕食時の約束だけが、私がプッチンするまでの時間を長くしていた。
「東雲が圭吾の腕を治すまで寮には帰すわけにはいかない!」
「大体、東雲がすぐに治せば問題ないことだし、帰りたいなら治したら?」
彼らがいなくなって私一人になると、あからさまに馬鹿にした様子で絡んでくる人数が増えた。
今発言したのもそのうちの一人で、名前を知らないから身体的特徴で童顔と呼んでいた。
私も生命の神秘とか年齢詐称とか合法ロリとか散々言われていたから童顔がどうしようもないことは知っているし、それがコンプレックスなのは理解しているが、他に取り立てて特徴がないのだから仕方ない。
自己紹介もされてないから知らないのだ。
「断る。私は慈善活動家じゃない。
何かをやって欲しかったら、それ相応の対価を払え」
「勇者である啓也に何回も頭を下げさせてるんだ。
それで十分対価は払っているだろ」
今度は肌が健康的に焼けた男が口を挟んでくる。
何かスポーツでもやっていたのか、五郎には劣るもののそれなりに身長が高く、体幹がしっかりしているのが立っているのを見るだけで分かる。
彼の名前も知らないので暫定的に肌黒と呼んでいた。
「私は勇者なんて肩書に微塵も付加価値を見出してない。
勇者が頭を下げれば何でもやってくれるのは、勇者にそれだけの力があると他の奴が勝手に思い込んでいるからだ。
私は勇者にそんな力がないと知っているから、頭を下げられてもやる気にならないだけで、他の人ならやってくれるんじゃないか?」
まぁ、他の奴じゃ治せないけどな。
そう言えば、短気な茶髪が私の机を蹴り飛ばした。
それは窓ガラスを割り、宙を舞って、数秒後地面に激突した音が響いた。
とは言っても、勇者達が在籍しているクラスから落下してきたと見れば分かるので、誰一人として騒ぎ立てたりはしないだろう。
「てめぇ、東雲。
昨日、運良く圭吾を倒したからって、ちょーしに乗ってんじゃねぇぞ!?」
「調子に乗っているのはお前らだろ。
借り物の力と借り物の権力に溺れきっていて、雛鳥のように群れなければ私のような女に立ち向かえない。
しかも、お願い一つまともにできないとはな。
戦闘訓練どころか小学校の勉強からやり直した方がいいんじゃないか?
お願いの仕方ぐらい教えてくれるだろう」
瞬間湯沸かし器のような茶髪は私に殴りかかって来る。
それを勇者達は視認したものの、止める気はないようで誰一人動く素振りを見せなかった。
殴られるとツヴァイを通じて二郎に連絡が入り、無駄に彼を心配させてしまうので、何かしらの対応をしなければならない。
もうこのまま殺そうかと、ちらりと頭の片隅からそんな考えは出たが、今までの努力がパァになると自分に言い聞かせる。
あまり傷つけるような魔法は控えなくてはいけないし、私に対して過度に怯えるようなのも却下だ。
ほどほどにヘイトを稼げるような対応をしなければならない。
普通の受け止めたのでは、ムキになって更に殴りかかってきそうだし、乱闘になってしまっても困る。
だからといって、防御魔法を使ったのでは芸も面白味もない。
この間、僅かコンマ数秒。
出した結論に従い、魔法を使う。
それは正しく彼の拳が私の顔にのめり込む前に発動した。
「ぐぁ!?」
拳が顔を捕らえ、そのまま後ろの壁まで体が吹っ飛ぶ。
―――――勇者の体が。
「え!?」
「残念。ハズレ」
ポンッと彼の腰を叩いて、私はそう言ってやる。
パンチ自体は殴り慣れているのか素晴らしく体重が乗ったもので、無防備だった勇者を後ろの壁にまで吹っ飛ばした。
そこで茶髪はようやく殴ったのは私ではなく、勇者だと気が付いたのだろう。
未だにピンピンとしている私の顔面に向かって再び拳が迫りくる。
「またしてもハズレだ」
次に殴ってしまったのは童顔の男だ。
身長的な問題で、腹に一発入れられた彼は五郎達の机を巻き込みながら倒れた。
彼の机だけは非難させておくべきだったかと、少々後悔している間に、今度は回し蹴りが襲ってくる。
「ハズレ。眼鏡でも買ってやろうか?
そうしたら、まともに私が狙えるようになるかもしれないぞ?」
今度は数人の男たちを纏めて床に転がす。
威力が半端ないのか、何人か胃の中のものを出していた。人によっては肋骨の一本や二本は折れているだろうが、死にはしないので放っておいてる。
ここでようやくおかしいことに気が付いたのか、茶髪は攻撃の手を止めた。
ただ、それは遅かった。
八割方の奴は床に沈み、残りの二割は手当のためにそいつらの傍らに膝をついている。
「あー。大変だぁ。
良く分からない茶髪がいきなり暴れ出して勇者様を殴ってしまったぞぉ。
交渉相手の勇者様が倒れているなら、帰ってもいいよな」
鞄を持って教室の教壇の上に避難していた私は、自分でも分かる棒読み口調でそう言う。
時計を見たらそろそろ夕食時だったので、帰りたくなったのだ。
「待てや、ゴルァ!!東雲!!」
「待たない。その辺ちゃんと片付けておけよー。
壊したものは請求されるからな。床も綺麗にしとけー。
じゃないとルーク達が怒るからな」
鞄を持って廊下に出る。
追いかけてこない所を見ると、他のクラスメートが止めているのだろう。
猪突猛進馬鹿は使いやすくていいと思いながら、教員寮の二郎の部屋に向かった。
当たり前だが、生徒で女である私は正面から堂々と入れないので、こっそりと窓から侵入する。
あらかじめ二郎が窓を開けておいてくれるとのことで、ダイナミックに窓ガラスを破ったりしなくて済んだ。
「お帰りなさいませ。華雪さん」
「ああ。二郎。悪いが今日はお邪魔するぞ」
パタンと窓を閉めた二郎がいつもの笑みを浮かべながら、両手を広げる。
意図が読めない私は首を傾げた。
「疲れているでしょう?だから、甘えてください」
「あー。そういうことか」
その腕の中に収まりに行く。
五郎とはまた違った安心感に包まれた。
上手い例えが見つからないが、ここも私が安心していられる場所の一つであることは間違いない。
「お疲れ様です、華雪さん」
「うん。二郎もありがとう。今日の私は我が儘ばかりでごめん」
「そんなことはありません。
貴女が可愛らしいお願いをしてきて、私はとても嬉しかったのですよ?
あの手紙は永久保存しておきますね」
「いや、捨てとけよ」
ふふっと上機嫌に笑っている二郎は私の言葉を聞き流し、手を洗ってきてくださいと、洗面所に通される。
その間に先に来ていたルークと五郎にもそれぞれハグされて、私の苛立ってた気持ちは落ち着いていた。
手を洗い、食卓に着くと、私の希望通りのジャンクな食べ物が並んでいた。
ハンバーガーやポテトだけでなく、フライドチキンやポテチやピザなどもある。ピザはこの間も作っていたが、あの時とは違い体に悪そうなほどチーズが掛かっている。
オカンのように栄養素を気にしている二郎はあまりいい顔をしないが、たまにこういうジャンクフードは食べたくなる。
今日の私は疲れていることもあって、安っぽく高カロリーな味を求めていた。
それを分かっているからこそ、二郎も作ってくれたのだろう。
頭が下がる思いである。
「見事なほどにジャンクフードだな」
そういうものと縁がなさそうなルークが目を開いて驚く。
彼のイメージ的にこういうものは食べなさそうだ。
私の一存で夕食を決めてしまったので、ひょっとして食べれないかと心配したが、こういう食事を一回摂ってみたかったんだよねと、本人がとても楽しそうだったので一安心する。
「飲み物も炭酸系などを中心にお出しできますよ。
華雪さんは何を飲みます?」
「メロンソーダがあるなら、それを。
ないなら普通に炭酸水で」
「俺はコーラ」
「うーん。ボクはどれも飲んだことないから、二郎のおススメにするよ」
それぞれに飲み物も配り終わり、今日も一日お疲れさまでしたと乾杯して食べ始める。
一番近くのポテトを齧れば、油としょっぱくなる一歩手前の塩の味が口に広がり、求めていたのはこれだとメロンソーダを飲む。
合成着色料をたっぷり使っているような見た目のメロンソーダは、甘くシュワシュワしている。
炭酸のきつさも丁度いい感じだ。
「うー。美味い」
「見事なまでに安っぽい味を再現しているな」
右隣に座っていた五郎はハンバーガーにかぶりつきながら、そんな感想を漏らす。
このチープ過ぎる味を再現するのが難しく、家庭で作るとただ単に美味しいものしか作れなかったりするケースが多い。
しかし、そこは二郎。
持てる技術を駆使し、チープな味を完璧に再現した。彼の技術力には拍手を送りたい。
「へぇ。初めて食べるけど、これはこれで美味しい」
ルークも気に入ったのか、フライドチキンをもう三本も食べている。
私も私用に小さいサイズで用意されているフライドチキンに齧りつく。
めっちゃ美味い。
油と少し硬い肉と香辛料の味が私の癒しだ。
「二郎。めちゃくちゃ美味い。ヤバい」
「それは良かったです。沢山食べてくださいね」
私は今までのストレスを発散させるようにジャンクフードを食べたのだった。
とはいっても、いつもよりも食べたかな?というぐらいの量で、普通の人の一人前ぐらいしか食べられなかったが。
食べ終わった後は少し真剣に勇者達の今後の方針について話し合う。
九割方、彼らを殺そうという意見に固まりつつあった彼らを、何とかニャルラトテップの存在を思い出させ、それを留めるように説得するのに二時間は掛かった。
今日はもう遅いから私の部屋で寝て行きますかと提案してくる二郎を、ルークと五郎が押しのけ、五郎と二人で寮まで戻ってきた。
外は暗かったが、星や月が出ていたので帰るぐらいなら魔法を使わなくても問題なく、その代わり誰かに見られると厄介なので能力で二人の姿を消していた。
「華雪。今日は俺の部屋で寝ないか?」
「それは五郎に迷惑だろ。
あー。でも、五郎さえ良ければ、やっぱりお前の部屋で寝かせてくれるか?」
断ろうとして脳裏によぎったのは、昨日の暗殺者だ。
同じような能力を持った奴がいたとしてもおかしくはないし、今度は五郎を狙う可能性もなくはない。
二郎に鍛えられている五郎がそう簡単に負けると思わないが、寝ている時と言うのは人間にとって無防備な時間の一つだ。
咄嗟の判断が遅れたら人間の五郎は簡単に死んでしまう。
「どういう意味か分かっていっているのか?それ」
「え?暗殺者が来るかもしれないから、私が見張っておくという意味じゃないのか?」
盛大なため息をつく五郎に、私達はどこかで認識のズレがあったことが分かる。
そして諦めたような笑みを浮かべて、私の頭を撫でる。
「お前はそういうやつだよ、本当」
「ちょ!自分だけ納得してないで私にどうことだか説明しろよ」
「いい。帰るぞ」
最近身につけたと報告された飛翔の魔法で、私を抱きかかえたまま自分の部屋に戻る五郎。
そして、そのままベッドに私を転がす。
「俺は寝る」
「シャワーも歯磨きも二郎の所で済ませてきたが、着替えはしなくていいのか?」
私も五郎も部屋着ではあるものの寝間着ではない。
しかし、五郎は私を抱きしめて毛布を被ったまま返事をしない。
まぁ、この格好でも寝れるからいいかと私は彼の胸元にすり寄って目を瞑った。




