第五話 これからのために私ができること
魔法とは自らのイメージを魔力によって次元に作用し、現実世界に具現化させたものである。
そんな小難しいことが書いてある本を読みながら、右手でサラサラと真っ白だったノートに大事なところを書き込みをする。
「何か分からない事はありますか?」
「んー。今のところは大丈夫だ。
魔導書に比べれば全然難しくと何ともないからな」
傍で私のために色々と世話を焼いてくれている二郎に、大丈夫だと私は笑った。
図書室で借りた本をもとに、私はこの世界の魔法を学び始めた。
そもそも私は神にまつわる呪文、つまり冒涜的な魔術は身に付けているが、この世界の一般的に魔法と呼ばれているものは何一つ知らない。
これからどうするかは特に決めてないが、覚えておいて損はないだろうということで、今勉強している。
魔術と魔法とややこしい呼称だが、他にどう呼んでいいか分からないのでこのままいかせてもらう。
私の中で魔術というのは藤堂やニャルラトテップのような邪神、神話生物ともいう存在が使っているものだ。
それらのモノ達から伝授されたりして本に書かれている、普通の人が使ったら正気がどんどん無くなるような恐ろしい結果をもたらし、常識では考えられないような不可思議現象を起こすものを魔術と呼ぶ。
逆にこの世界で使われていて、まるでRPGのゲームみたいな現象を起こすことができ、この世界特有の法則で現実世界に干渉するものを魔法と分類した。
桐生や二郎もそういう考え方なので、私たちの中では特にごちゃごちゃすることもないだろう。
「華雪ちゃーん、一緒に遊びましょう?」
「悪いが、この本が読み終わってからな。
それまでは二郎に遊んでもらってくれ」
暇なのか、桐生が机にぐでっと伸びながら、私を遊びに誘ってくる。
だが、私は勉強に手一杯でかまっている余裕はない。
桐生に悪いとは思うが、今日中にはこの本を理解して、魔法の基礎ぐらいは身に付けたい。
今までこの世界にいて何気に勉強していた桐生や、誰から血を吸ってきたのかは知らないが、普通に魔法の知識がある、二郎に遅れをとりたくない。
勿論、人には向き不向きというのがあって、高い能力を有しているであろう桐生達には敵わないかもしれないが、出来るところまでは努力してみるべきだ。
「あまり根つめないでよ、華雪ちゃん。
昔から何かに夢中になると寝食忘れて没頭するから」
「分かってる。
そうならないために、お前達がちょいちょい話しかけてくれているんだろ」
桐生や二郎がさっきから何分か置きに私に話しかけてくれているのは、私が本に没頭し過ぎないようにするためだ。
「分かっているならいいけど・・・・・・」
「大体、この本の言いたいことや魔法の概要は分かった。
後は基礎を固めていくだけだ。
だから、もう少し待っててくれ」
この世界の魔法と呼ばれるものはかなり簡単な内容で、あまり時間がかからずに概要は理解できた。
遠まわしに言ったり、抽象的な言葉が使われていたりはするが、それでも神について書かれている魔導書なんかよりは全然読みやすいし、複雑な論理を使われているわけではない。
この分なら、今日中にはなんとか魔法の基礎を取得できそうだ。
「華雪ちゃんにかかったら、魔法なんて簡単よね。
早く、華雪ちゃんの魔法が見たいわ。
きっと、綺麗な魔法式しているはずだし」
「え?お前、魔法式見えるのか?」
魔法式というのは本によると、魔法を構成するあらゆる要素を詰めたもので、元の世界で言うところの化学式に近い。
もっと簡単に言うなら、料理のレシピと言ってもいい。
これをこれぐらい次元に作用させて具現化するよ、ということを表すものだ。
人にはそれぞれ自分にあった最適な魔法式があり、本などに載っている呪文はそれに汎用性を持たせたものでしかないのだ。
本を読んで、その魔法に対する適正があって、ちゃんと呪文を唱えても魔法が発動しないという案件が多発するのは、その本に載っている呪文が自分に合わないという可能性が高いと魔法書の最初のほうに書いてあった。
そうなった場合は自分で魔法式を新しく組み立てていかなければならないのだが、これがまた難しい。
具材がトロトロになってほぼ原形を留めてないカレーを食べて、使われているスパイスや作業工程が不明で自分で一から作らないといけないと言えば、その難易度が分かるだろうか?
絶対に無理とは言わないが、気の遠くなるような試行錯誤が必要になるだろう。
だが、魔法の魔法式が見える奴は違う。
具材も作業工程も全て見えているので、あとは自分の分かりやすいように改変すればいい。
ならば、みんなそうすればいいじゃないかと思うだろうが、ここで一つ大きな問題がある。
魔法式が見える人間がいないのだ。
歴史上ではそういう人が二人ほどいたらしいが、最初の人はこの世界ができた時の最初の人類の内の一人だったし、もう一人は最初に国というものを作った世界最古の国王で、その人物が死んでから軽く三千年は経っている。
その間に魔法式が見ることのできる人間というのはいなかったようで、最近では魔法研究が停滞しているとこれまた本に書かれていた。
そんな貴重すぎる能力を桐生が持っていたことに驚いた。
下手したら勇者なんかよりも有能で希少だ。
それなのに桐生は特に胸を張るわけでもなく、普通にうんと頷いた。
「見えるわよ。
くっきりはっきりとね」
「それ、誰かに言ったか?」
「言うわけないじゃない。
そんなこと言ったら、もっと窮屈な生活を強いられていたわ」
あの両親とお姫様のことだ。
きっと利用されまくっていただろう。
まだ籠の中の鳥生活程度で、良かったとも言うべきなのだろうか。
「だよな。それじゃあ、桐生はすごい魔法使いなんだな。
魔法式が見えるなら、より自分に最適化した魔法を使えるらしいし」
「昔から魔術の腕が優れていましたからね。
魔法式が見えればもはや向かうところ敵なしでしょう」
私にお代わりのコーヒーをいれてくれた二郎が桐生をそう評価する。
二人で組んで仕事していたことが多かったせいか、お互いに相手の実力がどれぐらいのものか知っているので、桐生の魔術の腕も誰より正確に理解しているはずだ。
「よく言うわよ、二郎。
魔術はどうあがいても人間である私では貴方には勝てないし、魔法だって魔法式が見えているくせに」
「え?二郎も魔法式が見えるのか?」
本日二回目の驚きポイントである。
二郎まで魔法式が見えているなら、私が魔法を使わなくてもいいんじゃないかさえと思い始めた。
「はい、見えますよ。
多分、桐生さんの血を舐めたからでしょうね。
条件はありますが、私が血を飲むとその相手のスキルが使えるようになるので」
知ってはいたが、チートすぎる。
桐生が魔法式見えるだけで主人公なみのチートだと思っていたが、上には上がいた。
そりゃあ、二郎はこんなに普通の人間に見えても神話生物だし、それなり便利な能力を持っている奴だとは知っていたが、まさか主人公を超えるレベルのチートを持っているとは。
だが、よくよく考えてみると、飲んだ相手の記憶は昔から読んでいて、その相手固有の流派の技とか使っていたから、今とそんなに変わらないのかもしれない。
というか、そもそもただの人間と神話生物を比べた私が馬鹿だった。
私が新事実に愕然としていると、桐生がため息をついた。
「みんなが魔王とか言って騒いでいるけど、二郎が行ったら一瞬で片が付きそうね」
「華雪さんがそう望むのであれば、すぐに殺してきますが?」
「大丈夫だ。今の所魔王に何かされたわけでもないし。
そういうことは勇者とかに任せておこう、な?」
今日の夕飯を決めるような手軽さで魔王を滅ぼされたりされた日には、勇者として召喚されたクラスメイト達の立つ瀬がない。
クラスメイト達はどうでもいいとしても、そんなついでのような片手間で殺される魔王は少々哀れに思うし、大きく動いてニャルラトテップを楽しませる義理もない。
ここは大人しくしていて欲しいものだ。
勿論、魔王が桐生や二郎、そしてあいつに喧嘩を売ってくるようなら容赦はしないが。
それ以外なら基本スルーする方針だ。
物騒な計画を立てている二人をなだめて、元の話題に戻る。
「それで、二郎は他の人間の血も舐めてきたのか?」
「一応、それなりには。
食事がてら、華雪さんのクラスメイトの方達からも少々頂きました」
「そうか。
美味しい血を持っている奴はいなかっただろ」
二郎は血の好みに関してはかなりうるさく、不味い血はたとえ空腹でも飲みたくないそうだ。
彼曰く、一番美味しい血は私の血で、次に美味しいのは神話生物に関わって正気を失っている人間らしい。
その次が何かショックなこと、親しい人間が誰かに殺されたとかドラマに出てきそうな壮絶な過去を持っているような人が好みだと言っていた。
私の血が一番美味しいと言われるのは微妙な心境だが、母親の作った料理が一番美味しいと感じるのと一緒だと自分を無理やり納得させている。
そうなると、二郎が美味しいと感じる血を持っている人間はごくわずかで、平凡な人生しか送ってないであろうクラスメイト達では二郎は満足できなかっただろう。
「そうですね。
ただ、面白いスキルを持っている方は結構いたので、血の味はあまり気にしませんでしたよ」
「面白いスキル、ねぇ。
例えばどんなのだ?」
「死霊術とか魅了とかですね」
名前からしてろくでもないのがきた。
大抵、こういうスキルを持っている奴はネット小説でも面倒な出来事を起こすポジションだ。
「そのスキル、誰が持ってた?」
「確か、石村良平という男が死霊術で、田中莉穂という女が魅了でしたね」
悪い予感しかしないな。
クラスメイトとは必要最低限しか関わってないし、もうほぼほぼ顔と名前を忘れたが、それでもそいつらがどういう人間かは、まだ、かろうじで覚えていた。
石村は確か典型的なオタクな男で、死神が言っていた主人公像にかなり近い存在だ。
クラスで目立つわけでもなく、教室の隅の方でひっそりと生きているようなオタクで、異世界に来た時に一番主人公として力を発揮できる人材だ。
逆に田中は女子のヒエラルキーの頂点に君臨する超イケイケ系の女で、色んな男と遊んでいるビッチかつ、あざとい仕草が私的には気持ち悪いと思う奴だったと思う。
そんな女が魅了を持っていることに違和感が全然なく、むしろしっくりときていた。
「そいつらに関わらないうちにこの国を出よう。
どっちに関わってもニャルラトテップを喜ばせる結果になりそうだ」
「今のうちに殺してくるという選択肢もありますが?」
「その二人にはニャルラトテップのために大きく働いてもらわなければならない。
ここで殺したら、主人公ポジションが他の奴に回る可能性が高いからな。
それはそれで予想がつかなくて面倒だから、手は出さないでとっとと関われない所に行ったほうがいい」
「それもそうですね。
彼らが動く前にこの国を離れましょう」
二郎も桐生もニャルラトテップに関わるのはこりごりだという様子ですんなりと決まる。
今後の方針も決まって一安心だ。
学校という同じ場所で二年ほど一緒に過ごしていたが、私は彼らを囮に使うことに関して何とも思わない。
そんな私は世間一般では冷血だと言われるのかもしれないが、些末なことよりも大切な人達を守るほうが大事だ。
あれもこれもと抱えられるほど器用ではないし、ましてや強いわけでもない。
だから、少しは悪いかなとは思うが、私のために犠牲になってもらう。
そのために準備もしないといけないな、と二郎にクラスメイトと教師の性格や生い立ちなどを聞いて、ノートにまとめた。
そこに私なりに今まで培った心理学を用いて、この後取りそうな行動と共に解決方法を書き込んでいく。
ネット小説の知識もかけあわせれば、かなり有効な解決策を書くことができる。問題を起こしそうな奴がかなり多いが、なんとかなるだろう。
こうして改めて見ると、人格面に問題がありすぎる人間ばかりだと気がついた。
気が付いたところでどうにもできないが、この国から出る時にこのノートを彼に渡しておかないと盛大に地雷を踏みそうだ。
変なところで短気で正義感がある奴だから、いなくなった後のことを考えると少し心配になった。
だからといって、間違っても連れていくことなどしないが。
ノートが作り終わった頃には夜になっていて、強制的に飯を食わされてベットに入れられた。
それでも勉強をしようと本に手を伸ばすと二郎にその手をとられて、にっこりと有無を言わせない顔で微笑まれたので、お休みとだけ言って急いで毛布を被って寝た。
あの表情の二郎に逆らってはいけない。
これは鉄則である。
そんな感じで異世界生活三日目は、おおむね平和に終わった。
ニャルラトテップについてはあえて説明しませんが、滅茶苦茶強くてチートで、人が狂っている様を見て大爆笑する邪神とだけ知っていれば問題ありません。