第四十四.五話 cutcutcut
ヒステリックツインテ女から金魚ツインテ女にチェンジした女こと、鈴木優香は暗い森の中を魔法で光を灯しながら、友人である木村陽菜と主代美代と一緒に走っていた。
数メートル離れた前方には優香を模したドールが、ケタケタ笑いながら宙を飛んでいる。
華雪が作ったドールは三方向に散り逃亡していた。
優香たちはそれぞれ人手を分けて確保するために奔走している最中だ。
だが、結果は芳しくない。
最悪なことに人形は華雪が言ってた通りに、魔物が放し飼いになっている森に入り込んでしまったのだ。
入ることにはさほど苦労はしなかったが、暗い森の中という探し物には最悪のロケーションの中、大きくもなければじっとしている訳でもない人形をひたすら探すのだ。
しかも、その動きは普通に走る人間よりも早かったりする。
身体強化の魔法を使えば問題が解決すると思った奴もいたが、急に方向転換できるような代物でもないし、草木を破壊しながら騒音を出して進めば、森に放し飼いにしている魔物達にいらぬ刺激を与えることになる。
優香たちが三人で走っているのも、魔物に遭遇して他の女子が相手取っている間にドールを追いかけているからだ。
機転の利く女子の一人が森に入ってすぐに先生に助けを求めてくると言って、先生の寮のほうに走って行ったが、その救援を待っている間にドールが壊れては困る。
今だってドールは木の枝で傷を作るのか、優香の体はかすり傷だらけだった。
そもそも華雪がそんなことをさせるはずはなく、救援を呼びに行った女子は森から出ることなく彷徨い走っているのだが、そんなことは優香が知る由はなかった。
「キャアアァ!?!?」
「何!?」
優香がすぐ後ろを走っていた陽菜の悲鳴を聞き、振り返る。
そこには腰を抜かした陽菜と、同じく悲鳴を聞いて足を止めてしまっていた美代がいた。
優香もとっさに足を止めていて、しまったと思って顔を前に向けるが、そこにはもうドールの姿はなかった。
いなくなってしまったものは仕方がないと、陽菜の傍により事情を聞く。
「何があったの!?」
「今、芽衣ちゃんの人形が急に目の前に現れてっ!!」
正解とばかりにケタケタと笑う声が森に木霊する。
木々により拡散された声は距離感や方向が掴めずに、どこのそのドールがいるのか見当もつかない。
いきなりあの不気味な顔をしたドールが目の前に現れたのだ。
驚くのが正常な反応で、陽菜は全くもって悪くない。
しかし、それで自分のドールを見失ってしまった優香は少しばかりイライラした。
「それぐらいで呼び止めないでよ!私の人形見失っちゃたじゃない!!」
「そういう言い方はないでしょ、優香。
陽菜だって好きで驚いて尻もちをついたんじゃないわ」
苛立った優香を落ち着かせるように、美代はやんわりと陽菜を庇う。
「貴方達はいいわよね!だって命の危険がないんだもの!
でも、私はあの人形が壊れたら死ぬのよ!?」
「ねぇ、今からでも遅くないんじゃないの?
東雲さんに謝ってあの魔法を解いてもらおうよぉ・・・・・・」
心臓が止まってしまうかと思うほどの恐怖体験をした陽菜の心はポッキリと折れてしまったようだ。
暗い森の中を走り回るのだって大変なのに、その上凶暴な魔物が闊歩して不安で、最終的に不気味なドールに驚かされたりしたら、そういうのに慣れている大人だって心が折れてしまう。
泣きださないだけ及第点と言うべきだ。
しかし、命がかかっているにも関わらず、華雪に頭を下げるのはプライドが邪魔をする優香は、そんな弱音を吐く陽菜の頬を叩く。
「馬鹿言ってんじゃないわよ!!私があの東雲に頭を下げるの!?
圭吾に怪我をさせた東雲に!?!?」
華雪は知らなかったが、彼女が腕を斬りおとした男―――向井圭吾は少々ナルシスト気味で自分中心に世界が回っていると勘違いしている所はあるものの、顔はそれなりに良く、クラス内では中々の人気を得ていた。
優香はそんな彼のことが好きで、恋人として付き合っていたのだ。
だからこそ、腕が無くなり未だに魘されている原因を作った華雪のことは大嫌いだし、そんな奴に頭を下げる気はさらさらない。
「もういい!私一人で探す!!」
「あっ!優香!!」
美代が優香を引き止めようとするが、それを無視して彼女は森の奥に入って行ってしまった。
勢いで森の奥に進んできてしまったが、一人きりで夜の森を探索するのは少々怖く感じてしまう。
遠くでは良く分からない生物の唸り声だかいびきだかが聞こえ、それをかき消すように時たま女の悲鳴が聞こえる。
こんな夜にここに立ち入るのは人形を追いかけてきた自分のクラスメート達しかいないはずなので、より一層優香の恐怖感は増した。
「東雲、絶対に許さないんだから!」
自分が一人で探す羽目になったことさえも華雪のせいにし、優香はドールを探す。
一番優先すべきなのは自分のドールだが、他の二人のドールも見つけて捕獲することができれば、その分自分のドールを探す人手が増えるので、重要度はどれも軒並み高い。
辺りを照らしながら探していると、草村がガサガサと揺れた。
そこからぴょこりとドールが姿を現す。
見た目から自分のドールではなく、華雪に火炎球を放った埜島歩美のドールであると推測する。
顔がむやみやたらと不気味なこと以外、本人に忠実に作られているので見分けるのはそんなに難しくない。
「見つけたわ!!」
優香はドールを目掛けて飛びかかる。
ここで魔法を使わないのは多重に魔法を発動するなんて真似ができるのは華雪達だけであり、勇者一行は誰もできないからだ。
詠唱破棄も女性陣は誰も会得してないために一回明かりを消してしまうと再度付け直すのに時間が掛かってしまう。
暗ければドールがどこにいるのか判別できないし、よしんば判別できたとしても確保のために魔法を詠唱している間に逃げられてしまう可能性がある。
だからこそ、優香達は何人かでグループを作り、探索していたのだ。
みんなで魔法の分担をすれば、詠唱中のタイムラグも埋めることができた。
しかし、優香は短絡的な行動で一人でドールに対峙してたので、明かりをつけながらでは物理攻撃しかできない。
「クスクス、ハズレェ!!」
ひらりとドールは身をかわし、優香を挑発するように彼女が届く範囲にふわふわと浮遊する。
「っこの!!」
またしてもすかっと躱される。
ドールはその気になれば身体強化のしてない優香に勝てる程度のスピードは出せるので、完全に馬鹿にして遊んでいるのであった。
この辺が華雪が設定した悪戯好きという部分が生きているところだろう。
どれだけ頑張っても捕まらないドールに、生身の人間である優香は肩で荒い息をする。
いくら最近訓練を受けているとはいっても、元はただの女子高生でしかない。
しかも運動部ならともかく、優香は帰宅部であった。
特に運動らしい運動もしてない現代人であった床には森の中を走っているだけで、正直限界が近かったのだ。
最後には勢い余って地面に顔から突っ込んでしまう。
「アハハハハ!モウ、オシマイ?モウ、オシマイ?」
地面から顔は上げるものの、立ち上がる気力すら使い果たした優香は地面に座り込んだまま、ポロポロと涙を流す。
それを見たドールは、どこからともなく自分の身の丈ほどある大きな鋏を取り出した。
「ジャア、サイゴニ、カワイクシマショウネェ!!」
呆然として反応できないまま、ジャキンと鋏が鳴り、パサリと何かが優香の右側から落ちた。
それは明かりに照らされて、黒い影を作る。
もっさりとした毛の集合体―――優香の自慢のツインテールの片割れだった。
「イヤァァアアアァァ!!!!!」
彼氏が褒めてくれたツインテールの成れの果てを見て、優香は金切り声を上げる。
その間にドールはもう片方の髪束も切った。
優香は無茶苦茶に腕を振り回して、それ以上ドールを近づかせないようにするが、その間を潜り抜け、様々な場所を鋏で切り裂いて傷を作っていく。
華雪が殺さないように設定しているので、どれも致命傷からは程遠い傷だが、痛みに慣れてない優香は泣き喚く。
「アー、オモシロカッタ。ツギノオンナノトコロニイコウ!」
死なない程度に傷つけて満足したドールは、次の犠牲者を探しに優香から離れ、森の中へと姿を消した。
突然だが、利市昭弘の職業は暗殺者だ。
普段からちょっと影が薄く口数が少なく、教室ではあまり目立つような人物ではなかった。
しかし、その心は善性とも呼べるもので、困っている人がいたら親切にしてあげようと思うぐらいには良い人だったりする。
そんな彼の適性職業がいかにも悪そうな暗殺者というものに本人は少々落胆していたが、それが報われる日が意図しない形で突如来たのだ。
衝撃的な授業後に昭弘は田中莉穂に呼び出されていた。
クラスどころか学校でトップレベルの可愛い子に人気のないところに呼び出された昭弘は、ついに自分にも春が来たのかという気持ちで盛り上がっていた。
圭吾が負傷しているのも忘れ、デレデレした顔で彼女に会った。
「昭弘くん、わざわざ呼び出してごめんね」
「ううん。全然。田中さん、どうかしたの?」
紳士的に昭弘がそう言うと、莉穂はひしっと抱き着いてきた。
これはもしかするともしかする!と昭弘のテンションはうなぎ登りになっていたが、彼女が震えていることに気が付いて、大慌てした。
「え!?ごめん!?俺、何かしたかな!?」
「ううん。違うの・・・・・・あのね、怖くなっちゃって」
莉穂が顔を上げる。それは俗にいう上目遣いというやつで、更には目が潤み、抜群の破壊力を叩きだしていた。
一気に顔が赤くなる昭弘だが、莉穂の台詞の怖いという言葉に反応し、何とか顔を引き締める。
「怖い?」
「うん。東雲さんが怖いの・・・。
だって、あんなに大きなキマイラを倒しちゃうんだよ?
しかも、躊躇せずに圭吾くんの腕を斬りおとしちゃったし・・・・・・」
昭弘はさっきの試合を思い出し、気分が悪くなる。
平和な現代日本で生きたいた昭弘にとって、ああいう生臭いものはテレビの中でしか見たことがなく、また凄く遠い世界だと思っていたので心の準備ができてなかったのだ。
彼女が怖くなるのも無理はないと、昭弘は莉穂を安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。確かに東雲は強くて怖いけど、見境なしに襲ってきたりしなさそうだし、もしそうだとしても勇者の啓也には敵わないよ」
「でも、分からないよ?
先生達の魔法には啓也くんもかかってたし、東雲さんと先生達はとても仲が良かったから、協力して啓也くんに襲い掛かってきたら、流石の啓也くんも負けちゃうよぉ」
確かにと昭弘は思った。
この間赴任してきた先生達は勇者である啓也にも楽々と魔法をかけていたし、いやに東雲と親しかったことを思い出す。
莉穂が言っていることが起きる可能性がゼロと言えなくなる。
「そうだな。そうなったら、魔王は退治できないし、俺達も元の世界に帰れない」
「でしょう?だから、昭弘くんに東雲さんを殺してもらえないかなって思って」
「え?東雲を殺すの!?」
それは流石にやりすぎじゃないかと、昭弘は驚きの声を上げた。
しかし、莉穂は昭弘の胸に抱き着いて、ぐりぐりと顔を埋める。
「お願い!昭弘くん。
暗殺者の職業を持っている貴方にしか頼めないの。
このままじゃ私、怖くて夜も寝れないわ・・・・・・」
うるうると潤む莉穂の瞳に自分の顔が映っている。
生徒会長で勇者である啓也ではなく、莉穂は自分に助けを求めていた。
その瞳を見ていると、不思議と彼女のために何でもやろうと言う気になり、昭弘は自信満々に任せておけと胸を張って答えていた。
それが数時間前の話である。
現在、昭弘は黒い衣服を身に纏い、女子寮の前に立っており、大きなその建物を見上げている。
時刻は寝静まったであろう時間を見計らい、午前三時頃に自分の部屋を出てきた。
華雪の部屋は事前に莉穂が探して外の壁に目印をつけておく手はずになっているので、昭弘はその目印を探す。
「ああ、あった」
暗殺者の職業補正で闇夜でも目が利く昭弘は、三階の右端の窓の近くに暗い中でも分かるように明るい色で矢印が書かれていることに気づいた。
矢印の上に東雲の部屋と書いてあったこともあり、分かりやすい。
その真下の地面まで移動し、昭弘は腰ベルトに固定してあった鈎針付きのロープを建物の屋根に目掛けて投げる。
地道に練習したかいがあって、一回でうまいこといい場所に引っかかったようだ。
ぐんと引いても鈎針が落ちてこないことを確認し、昭弘はそろそろと気配を消しながらロープを使って壁を登り始める。
女子寮のセキュリティはそれなりに高く、常人では侵入できないが、そこは腐っても勇者一行の暗殺者。
こういうところに忍び込む際も補正がかなりされて、入ることができるのだ。
華雪の部屋の窓の隣まで登り、昭弘は中の様子を窺う。
カーテン越しで部屋の様子は見えないが、明かりはついてないし、人が動くような気配もない。
完璧に寝ていると思った昭弘は窓の鍵の近くのガラスを、風の魔法を使って微かな物音をさせずに切り取った。
そこから手を伸ばし鍵を外した。
そして、窓をゆっくりと開ける。
音が聞こえないように消音の結界を張り、ゆっくりと部屋に着地する。
真っ暗な中、自分の息遣いだけがやけに大きく聞こえる。
数歩進んだ先には天蓋付きのベッドがあり、その毛布はもっこりと膨れていた。昭弘はナイフを抜き、ベッドへ静かに、だが確実に近づく。
ついにナイフを振り下ろせる位置まで来ると、昭弘は悪く思うなよと心の中で言いながら、ナイフをふくらみに向かって振り下ろした。
「全く、あいつらの内の誰かが来たのかと思えば暗殺者とか。
恨まれているのは知っているが、こんな素人同然の奴を送って来るなんて何考えているんだ?」
ピタリ、と昭弘の体が固まる。
それはいきなり声が聞こえたからではなく、ナイフを振りかぶった時点で何をどうやっても体が動かなくなっていたのだ。
困惑している昭弘をよそに、ベッドの主は体を起こす。
それは昭弘も知っている東雲華雪だが、異様にその瞳が輝いている。
こんな暗い中、カーテンが引かれているせいで月明かりすら届かないのに、彼女の瞳は妖しく玉虫色に光っていたのだ。
その浮世離れした様子と、暗殺できなかったことと、そして何より自分の体が動かないことに昭弘は激しく恐怖した。
「ん?ずいぶん若いな?
ああ、ひょっとして勇者一行のうちの誰かとか?」
昭弘は必死に首を縦に振る。
何故か声は出ないが首から上は動かせるので、それで意思表示をしたのだ。
元クラスメートで勇者一行である自分を殺さないと考えた結果、昭弘は頷いた。
そして、それは間違いではない。
華雪はニャルラトテップの玩具である彼らを殺す気はあまりないし、完全に壊す気もなかった。
そんなことをしたら、ニャルラトテップの娯楽が自分たちの身に降りかかるかもしれないからだ。
ふむと華雪はベッドに座ったまま腕を組み、考え込む。
「昼間の見せしめだけじゃ足りなかったか。
あの時は五郎達もいたから、それなりにショッキングな光景にならないように配慮したしな。
よし、見せしめ第二弾といこうか。
私達に逆らう気も起きないように頑張ってくれよ」
華雪がそう言うと、暗闇から三体のドールが現れる。
昭弘は知らないが、それはさっきまで女子達を引っ掻きまわしていたドール達であり、全員リタイヤしてしまったために華雪が安全な部屋の中に戻していたのだ。
余目が利く昭弘には不気味なドールの姿がはっきりと見える。
何をされるか分からないが、見せしめという単語と動くドールを見た時点で、良くないことが自分の身に起こることを察した。
恐怖のあまり涙が零れ落ちる。
「ここには勇者一行がいないから、男子寮に戻ってやってもらおうか。
ドール、連れて行け」
嫌だと首を振っても、他の部分はピクリとも動かないまま、宙を浮くドール達に囲まれて昭弘はふわふわと体を浮かせる。
ドールの念動力とも呼べる技の一つだが、そんなことを昭弘が知っている訳もなく、涙を流して首を振るだけだ。
ドール達はそんな昭弘の様子を声を潜めて嗤いながら、窓から華雪の部屋を出て、そのまま男子寮に向かう。
不幸なことに昭弘は自分の部屋の窓が開けっぱなしにして来ていたので、そこからドール達は苦労することなく男子寮に侵入した。
電気がついてなく暗い部屋の中、芽衣のドールは外への配慮か窓を閉め、優香のドールは見えやすくするために電気をつける。
歩美のドールは血に染まった鋏を取り出して、怯える昭弘の前でシャキシャキと刃を鳴らす。
「オンナノコヨリモナガク、ワタシタチトアソンデネェ!!」
すっと鋏を昭弘の服に滑らせると、皮膚に傷一つつけずに衣服が切れる。
恐怖で顔が引きつる昭弘だが、それをドールが意に介すわけがなく、ケタケタと笑いながら衣服をバラバラにしてしまう。
数秒で昭弘は下着まで切られ、ほぼ全裸となってしまった。
「ウワ、チイサイ!」
「コンナノジャ、オンナノコマンゾクデキナイヨォ!」
「ジャア、ナクテモイイヨネェ!」
昭弘の局部を見たドール達はそんな感想を言い合う。
余計なお世話だと、一瞬恐怖を忘れ反射でツッコミを入れてしまうが、なくてもいいというセリフに一気に恐怖に舞い戻った。
「それは、駄目だ!!」
声が出せるように彼は気づけただろうか?
いや、気づけてないだろう。
昭弘はこのドール達が今から何をしようとしているかを想像してしまい、それについてにしか考えられなかったのだから。
「ジョッキン!」
歩美のドールが昭弘の局部の先から五ミリほどを切り落とす。
ぼと、と輪切りにされた昭弘の一部が地面に落下する。
「ぎゃあああぁあああぁああああぁあああぁぁぁあぁああああああ!!!!!」
男子寮いっぱいに昭弘の悲鳴が響き渡る。
防音対策がなされているとはいえ、彼が発した悲鳴は並大抵のものではなかったし、現代日本ほど完璧な防音を施しているわけではなかったのだ。
本当に聞かれたくない話をするときは消音結界という便利な魔法があることもあり、そこまで防音に対する建築が追い付いてないのが実情だった。
寝起きが良く、昭弘の部屋の近くに自分の居室があるものはなんだなんだと寝ぼけながらも廊下に出る。
この階層は勇者一行が独占しているので、出てくる奴は全員昭弘の事を知っており、こんな夜中に起こすなよと思いながらも悲鳴を上げるなんて何事かと思って行動していた。
しかし、全員まだ覚醒しきってないので、どうせ昭弘が寝ぼけてベッドから落ちたのかもしれないと考えていた。
のろのろと勇者達が行動している間に、昭弘は切られた場所を火によって止血され、また削ぎ切りされるという男にとっては地獄のような一時を過ごしていた。
気絶しようにも痛みによって強制的に意識を覚醒させられ、唯一自由になる首から上を振り回している。
動けたら床をのたうち回っているかもしれないが、今の彼はそこしか動かすことができない。
「昭弘!?どうした!?」
断続的に聞こえてくる悲鳴に、流石におかしいと感じたクラスメート達が、昭弘の部屋の前に集合する。
聞いても悲鳴しか聞こえないので、強引に部屋の中に入ろうとするが、何か不思議な力が働いていてタックルごときでは扉が開くことはない。
「みんな、どいててくれ」
身体強化の魔法を施した啓也が扉とは反対側まで下がっていた。これなら開くこともできるだろうと、クラスメート達達は邪魔にならない位置で待機する。
人の何倍も強化された啓也の体が扉をふっ飛ばし、強引に部屋を開ける。
埃や木屑が舞い、明るい室内が露わになった。
果たして昭弘はそこにいた。
入口近くにいたのか、勇者のタックルを食らい、全裸で局部を失くした姿で。
細切れになった局部は灰になり、彼の周りに散っていた。
そんな凄惨な光景を見てしまった男たちは自分の局部が竦む思いをしながらも、大丈夫かと声をかける。
すぐに回復魔法が使えるものが魔法をかけ、昭弘の手当てをする。
魔法は勇者のタックルにより折れた骨や傷ついた肺を治したが、無くなってしまった局部までは再生できなかった。
現物があれば細切れでも繋げ直すことはできたのだが、彼の局部は灰になり既に部屋中に散ってしまっている。
「誰がこんな酷いことを!!」
啓也は憤るが、それを答えられる昭弘は気絶をしていた。
痛みがなくなったことによる安らぎと出血多量による貧血、そして恐ろしいドールがいなくなったことに安心したのだ。
そんな彼を起こせるはずもなく、啓也の怒りはくすぶり続けた。
「終わったか・・・・・・」
静かになった部屋の中、華雪はベッドの端に座ったまま、足をプラプラさせる。
隣には穏やかに眠っている山口五郎の姿があり、そんな彼の寝ている姿に笑みが零れた。
それは邪悪なものではなく、慈愛に満ちたもので、元クラスメート達が見たら、誰だお前と言われるような笑顔だった。
ドール達を見送った華雪だったが、男子寮で騒ぎを起こすということは五郎の睡眠を邪魔することだと気づき、慌てて空間移動で彼の寝室に侵入し、消音の結界を張ったのだ。
そのおかげで、五郎の眠りを妨げるものは何もなく、すやすやと彼は何も知らずに眠っていた。
本当ならここで頭の一つでも撫でたいが、警戒心が高い彼を起こしてしまうのは憚れると、華雪は名残惜しく思いながらも彼の頭の近くまで伸ばした手を引っ込める。
「うわっ!?」
立ち上がって自分の部屋に帰ろうとした瞬間、ベッドに引きずり込まれた華雪は驚きの声を上げた。
そんなことをする奴はこの部屋には一人しかいない。
「夜這いに来て何もせずに帰ろうとするなよ」
起きたてなのに案外しっかり喋る五郎に、華雪は起こしてしまったと気まずく思った。
「すまん。今すぐ出て行くから、ゆっくり寝てくれ」
「お前から夜這いに来ておいてそれはないだろ。
きっちり楽しませてもらうぞ」
「いや、夜這いに来た覚えはないんだが・・・・・・」
困っている華雪の上に覆いかぶさり、五郎はその洋服に手をかける。
ずっとお預け状態だったのに、あっちから来たのだ。
これはもう同意と取って構わないだろうという思考回路に基づき行動をしているのだ。
しかし、世の中はそう上手くいかない。
背後に現れた二郎が五郎の腹を蹴り、それに気が付いた五郎が衝撃を殺しながら華雪を抱えてベッドから降りた。
彼女を抱きかかえたまま、空間移動で現れた二郎とルークを睨み付ける。
「おい、こっちはこれからお楽しみタイムだったんだぞ。
用事があるにしても、もう少し空気を読んでからこい」
「訓練の時間です。
今日からはルークさんもお手伝いしてくれるとのことで、張り切ってこの時間に来ちゃいました」
きゅうんと鳴くツヴァイが二郎の肩にいることで、五郎は絶対にタイミングを見計らって邪魔してきたなと思った。
性格が悪い人外共め、と華雪を自分のベッドに寝かせる。
「華雪、これから訓練に行ってくるから、お前はそこに寝てろ。
わざわざ戻るのも面倒だろうし、訓練が終わったら一回帰ってきて、起こすから」
「部屋の主がいないのに寝るのは・・・・・・戻ろうと思えば一瞬で戻れるし」
「じゃあ、俺がいない間にお前が俺のベッドを温めといてくれ。
お前のぬくもりがないと碌に眠れない」
サラリと吐き出された言葉に華雪は顔を赤くしながら、そういうことならここで寝とく、と毛布を被った。
それを見ていた二郎とルークは呆れた顔をしながらも、五郎を急かす。
この後、訓練がてら勇者一行の女子達を森から救出させられたり、無駄に高難度な訓練でいつにも増してボロボロになった五郎だったが、誰が見ても分かるほど機嫌が良さそうだったのは言うまでもない。




