第四十話 落ちこぼれの魔人族
学生の放課後といえば?
答えはきっとそれぞれ無数にあるだろう。
だが、私はこの答えを是非とも押したい。
「美味しいものを食べて、下らない話をするのが青春だよな!」
「同感だな」
学内のカフェで優雅にお茶をする、私と五郎。
持ち込みオッケーなので、飲み物だけ頼んで、摘まんでいるお菓子は全部二郎が作ってくれたものだ。
机にはそれ以外にも教科書類が置かれ、名目上は勉強会になっている。
「前から思っていたが、頭がいいんだな、華雪って」
「何回か学生をやっていたら、嫌でも覚えるぞ。
特に理数系はどの世界でも同じだからな」
歴史中心の社会科こそ、その世界特有の歴史があって、習ったことがムダになりやすいが、他の科目は同じようなことを繰り返し学習させられる。
どれだけ馬鹿でも吐き気がするほど反復復習すれば、嫌でも頭にこびりつく。
それに加え、元々勉強はできる方なのだ。
「そのわりには、俺と同じ学校なんだな」
「家から近く、それなりの学力がある共学で、県立だったらどこでも良かったんだ」
私達が通っていた学校は、平均以上の学力はあるが、トップクラスというわけではない。
ちょっと頭がいい、どこにでもあるような共学だ。
やろうと思えば一番上の学校で頂点を取り続けられるが、それをするメリットはない。
私が求めていたのは、それなりの生活と平和だけなのだ。
面倒な事に巻き込まれたくないと理由で女子高も却下だった。
女子の派閥争いに巻き込まれているほど暇ではない。
そんな理由を聞かせれば、華雪らしい理由だな、と苦笑される。
「でも、そのおかげで俺は華雪と会えた」
「そこが驚きだよな。
もう絶対に会わないと思っていたから」
気の遠くなるほど永い永い時を過ごしたが、あの時以来、一回も彼らに会ってなかった。
それなのに、今回五郎に会ってからは芋づる式にズルズルと旧友に会うのだ。
これもまた何かの思惑が絡んでいると思うと、胃と頭が痛くなるが、悩んでいても仕方のないことなので割りきっている。
「まだ会ってない親しい奴とかはいないのか?」
「いないな。
神話生物の知り合いはちょいちょい会っているし、人間関係は全員会った」
「ふぅん。そうなのか」
五郎はコーヒーを飲んで納得した。
彼からの質問が一段落したところで勉強の続きをするかと気合いを入れると、あー!という声が聞こえてきた。
「昨日の嘘ついた方!」
私のことじゃないなと無視していたら、視界にちっちゃい女が入り込んでくる。
「貴方ですよ、貴方!
何関係ないみたいな顔をしているんですか!?」
「華雪。こいつは昨日、二郎と授業をして、華雪が佐藤花子とか言って追い返した奴だ」
五郎に説明されて、私は昨日の出来事を思い出す。
そういえば、二郎を尊敬していたちみっちゃいのがいた。
彼女がそうなのか。
「あー。それで、何のようだ?
今、二郎はここにはいないんだが」
「今日は東雲華雪さんにお話があってきました」
「はぁ。じゃあ、どうぞ」
私は机の上を少し片付けて、近くのテーブルから借りた椅子に彼女を座らせる。
ちょこんと座った彼女は緊張しているのか、体が硬い。
「それで、話とは?」
「ま、魔王じゃなかった。国王様について聞きたいんです」
「屍鏡について?二郎じゃなくて?」
てっきり二郎の事だと思っていたので、ちょっと驚く。
が、屍鏡のことを魔王と呼んだ時点で魔人族であることは分かったので、違和感はなくなった。
私が屍鏡のお気に入りであることは魔人族なら誰でも知っているレベルで有名になっているからだ。
「何が聞きたいんだ?」
「え、えっと。あのですね。
国王様は、その、何が好きなんでしょうか」
「え?」
あまりにも初歩的な質問に再び驚く。
屍鏡の傍に一日でもいれば、彼の好きなものなんて分かる。
「あいつが好きなものといったら、あの甘さが限界突破した甘味だろ。
甘いやつなら基本好き嫌いしない」
「五郎のいう通りだな」
甘いお菓子で嫌いなものなど、彼にはない。
スーパーのお菓子コーナーで売っている駄菓子でも、デパ地下で売っている一日限定十品の高級菓子でも、屍鏡は喜びはするが、嫌いとか食べないとかはしないだろう。
何故か私が作る菓子が好きだというから、たまに作っているが、あんなもの誰が作っても甘い以外の味を出せるわけない。
つまり、甘ければなんでもいいのだ。
「そ、そうなんですか。意外な一面を知りました」
「あー。あいつ、人前で仮面を取るのを嫌がるからな。
だから、何を好むのか分からなかったのか」
おどおどしている彼女に、私はようやく納得いった。
私の前でこそ九割素顔の屍鏡だが、その他のほとんどの時間を仮面をして過ごしている。
好きでもない人には素顔を見せるのは勿体ないというのが屍鏡の持論で、その綺麗な顔を晒すのは昔の友人達の前ぐらいしかない。
必然的に、他の人の前では口に何かを運ぶという行動はしないのだろう。
それは仮面を外すことに直結するからだ。
「あ、あと、その、どうしたら、国王様に頼られるようになれますか」
「んー?頼られたいのか?」
屍鏡に頼られている筆頭である白のことを思い出すが、滅茶苦茶大変だ。
隙さえあればサボろうとする屍鏡をご褒美で釣りつつ、自分の仕事もこなし、仕事をこなしてくったりした彼のフォローまでしないといけない。
医院長の相手は私にしかできませんから、と言っていたが、全くもってその通りだ。
屍鏡に仕事をされるなんて真似できるのは、白しかいない。
逆に仕事以外で頼るようなことはないのだ。
日常生活は不自由なく送れるし、人生相談をするような奴でもない。
そんな屍鏡に頼られるのは、世界が滅びるのよりも実は難易度が高い気がする。
五郎も同じ結論に達したようで、無理だ、とバッサリ切ってコーヒーを飲んでいる。
「些細なことでいいんです!
少しでも国王様に恩返しをしたいんです!!」
何とも必死な彼女に、私と五郎は顔を見合わせる。
五郎は面倒だほっとけ、と視線で訴えかけてくるが、私は何故か放っておけなかった。
同じぐらいの身長ということでシンパシーを感じているのかもしれない。
「どうしてそこまで恩返しをしようと思うんだ?」
「あの方は私みたいな落ちこぼれにも優しいんです。
だから、何かできないかと思って」
私、魔法が使えないんです。
静かな独白は、その消え入りそうな声もあってか、泣きそうに聞こえた。
重くなりそうな相談事に、私はこっそりと消音の結界を張る。
これで魔王とか魔人族とか言っても安心だ。
「魔人族は魔法に秀でているという話だったが?」
「それは間違いではありません。
五凶星と呼ばれる方達の中には、たった一小節を唱えるだけで上級魔法を使える方もいますし、そうでなくても人間よりは魔法が使えます。
魔人族で魔法を使えないのなんて、私一人です」
周りがみんな魔法使えて、自分一人だけ使えないとなると、結構辛い思いをしてきたのだろう。
私も似たような過去があるので、苦い思いになる。
「魔人族が普通は使わない白魔法とか光魔法とかも駄目だったのか?」
宿題を進めながらも話だけは聞いていたのか、五郎が質問する。
「駄目でした。
魔法とつくものは一通り試したのですが、どれも反応してくれませんでした」
「じゃあ、魔法が使えるようになって見返すというのは無理だな」
「魔法以外に何か特技は?」
魔法関連はすっぱり諦めてもらう。
その代わり、何か特技があれば、それを使ったほうが早いし、印象付けられることもできる。
「と、特技・・・・・・好き嫌いなくご飯を沢山食べれます!」
幼稚園児か。
昨日も思ったが、魔法が使えない以前に頭が弱すぎる。
もしかして、馬鹿過ぎて魔法が唱えられないとか?
五郎は呆れ返っているようで、話はきかないというポーズのために宿題に集中するふりをする。
痛くなってきた頭を押さえながらも、屍鏡の部下で関わったのは私という責任感から、話を聞き続ける。
「もっと実用性のある特技を」
「実用性・・・・・・。
一回読んだ本はあまり忘れないとかですか?」
何でそれが一番最初に出てこなかったのか理解に苦しむが、この特技は紛れもなく彼女の強みだ。
記憶力に優れているのなら、それにあった恩返しをすればいい。
というか、屍鏡はそれを知っていて、彼女を教職に就けたのだろう。
魔法が使えなくて、多少頭が残念でも、できない奴の気持ちが分かり、生徒一人一人のことを覚えてくれるような先生というのは貴重だ。
彼女が仕事を頑張っている時点で、屍鏡的には利益になっている。
まぁ、それだけで納得できないのが人情というものだが。
だから、私は彼女が望むであろう甘い言葉を囁いた。
「記憶力を生かして屍鏡の役に立ちたいなら、とっておきの仕事がある」
「本当ですか!!」
ばぁっと顔を輝かせる彼女に、私はにっこりと笑って、頷いた。
「ああ。他の奴に内緒にできるか?
屍鏡の方から言ってくるまで、自分から話に行っても駄目なんだぞ?」
「できます!」
この時点で怪しいと気づいた五郎は、何を任せるつもりだと、教科書から上げた視線で問いかけてくる。
私は悪いようにはしないとアイコンタクトで返す。
「時に屍鏡が勇者一行に頭を悩ませているのは知っているか?」
「え?知ってはいますが?」
「彼らが人道に背くようなことをしているという噂があるのは?」
これはちょっと鎌をかけている。
私にイジメをするような奴らが、品行方正に生きているわけがないという決めつけと、屍鏡の困っている発言から考えたに過ぎない、推理とも呼べないお粗末様なものからの派生したもの。
それに私の勘という、あやふやなものまで加えると、勇者一行の素行はよろしくなく、立場の弱い人間を虐げているのではないかという推測が出来上がったのだ。
屍鏡に聞けば教えてくれるかもしれないが、これはあくまで私の暇つぶしのゲームの一つ。
この馬鹿素直過ぎる彼女なら、聞けば教えてくれるという前提で進める。
ぶっちゃけると、下らないことで五郎を心配させた勇者一行への腹いせだ。
あの後、ルーク達に報告した際に宥めるのが大変だったという八つ当たりも含んでいる。
この推理が間違っていても、私が被害を被るわけではないし、周りを引っ掻き回されるという煩わしさぐらいは勇者達に与えることができる。
消費するのは彼女の労力だけという、悪くない案だ。
もっとも、私の推測モドキは当たっているのか、彼女は暗い顔をしながら頷いた。
「私のクラスにここ最近不登校の子が何人かいて、話を聞きには行っているんですが、誰も話してくれないんです」
「そいつらから、勇者一行が悪行をしているという話を聞き、証拠を掴むのが、お前ができる恩返しだ。
話したくない奴らにはこう言え。
勇者一行の中には勇者の肩書きを笠にきて、好き勝手やっている奴がいるが、そのことに勇者は心を痛めている。
勇者の名にかけてそいつらを許しておけないから、どんなに些細なことでもいいから話してくれと」
無論、あの堅物脳内万年春野郎が、他の奴らの悪行に気づいているはずがない。
が、イジメをするような人間でもない。
だから、あれの名を借りて、元クラスメート達の悪行を暴く。
最終的には屍鏡のためになるし、私の鬱憤も晴らせて、一石二鳥の素晴らしい作戦だ。
成功すれば御の字、失敗したら、その時にまた考えればいいだけだ。
素直過ぎる所はあるが、救いようのないほど馬鹿ではない。
仮にも屍鏡の部下を名乗り、教職を勤めているのならこれぐらいできるはずだ。
「スパイみたいですね」
「そうだな。
失敗すれば、死どころじゃなく、屍鏡に多大なる迷惑がかかると思って行動しろ。
もしバレたりしたら、屍鏡の名を出すんじゃなくて、自分の独断ってことにしとけ」
「了解しました!!」
ビシッと敬礼を決める彼女に、私はアイテムボックスから、キラキラ光る石を出して渡した。
「これは?」
「使いきりの連絡用の魔法具だ。
死ぬかもしれないと思ったら使え」
「あ、ありがとうございます!」
私、頑張りますね!!
そう言って彼女は去って行った。
残った私はやれやれとコーヒーを飲む。
そんな私を五郎はじっと見ていた。
「何だ?」
「随分入れ込んでいるなって」
「そりゃあ、屍鏡の部下だしな」
ああ、そうか。
屍鏡の部下だからか。
不意に忘れ去っていた記憶の一部が再生され、私は可笑しくなって笑う。
「何がおかしい」
「いや、あいつに抱いたのはシンパシーじゃなくて、懐かしさだと思ったらついな」
「昔の友人か?」
「友人じゃない。昔の屍鏡の部下だ」
あの癖の強い病院で働いていた看護師の中に、私と同じぐらいの背丈の看護師がいた。
そそっかしくて、よくミスなどもしていたが、同期に支えられ、上司には可愛がられていたらしい彼女は、初対面の時に私に向かって書類の束をぶちまけた。
咄嗟のことに回避ができなかった私は頭から書類を被り、その阿呆さに呆れたものだ。
その彼女が何の因果か、また屍鏡の部下として働いているのが、私にはツボだった。
「昔の屍鏡の部下か」
「ああ。多分、屍鏡も知っているんだろうな」
「他の魔人族も屍鏡の元部下だったりするのか」
「さぁ?私もそんなに看護師と触れあっていたわけじゃないからな。
あの女を覚えていたのはたまたまだ」
まだ笑っている私に、五郎はむにっと頬をつねってくる。
片方だけでは足りないのか、両頬をむにむにと弄る。
「なんかムカつく」
「ふぇ?ひょんなこといわれふぇも(え?そんなことを言われても)」
「あの女が助けを求めてきたら、俺も連れていけ。
後、二郎達以外に入れ込む姿を俺の前で見せないでくれ。
羨ましくて妬ましくて、どうにかなりそうだ」
「あい」
私が返事すれば、あっさり頬を離してくれた。
眉間に寄っていた皺も減り、いつもの顔に戻る。
何が彼の嫉妬の対象か分からないが、機嫌が直って何よりだ。
ちなみに、この後、滅茶苦茶五郎に勉強を教えた。




