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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第三章 エレフセリア魔術院編
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第三十九.五話 それは本当に






「華雪は!?」



 あわてて身を起こした俺は周りを見回す。


 そこには桐生とルークしかいなく、愛しの赤い髪の一本すら見つけることはできなかった。



 さっきまで感じていた怠さはなくなっており、具合はすっかりよくなっている。



「あら、起きたのね」


「なら、呪いの根元は断てた訳だ。

 よかったじゃないか、五郎。シナリオクリアだ」



 安心したような桐生と、拍手をするルーク。



「おい、華雪は」


「キミの口は華雪以外の単語を吐き出すことはできないのかい?」


「煩い」



 答えないなら、自分で探しに行く。



 そう思い、ベッドから降りようとすれば、シュッと目の前にいくつもの黒い線が走る。


 黒い線の正体は、ルークのカソックの袖口から伸びた無数の鎖だった。



「華雪がいないから、ついでに聞いておこうか。

 ねぇ、キミはナニモノなんだい?」


「はぁ?」



 鎖で動きを止めようとした次には、とてつもなく馬鹿らしい質問をされる。


 俺は山口五郎で、逆にそうじゃなくて何だというのだ。



「言っておくけど、こっちはかなり真剣だよ。

 返答次第では様子見なんて事言わないで、キミを殺す」


「・・・・・・どういうことだ」



 桐生に視線を送るも、彼女は唇を強く噛んで、俺から視線をそらす。


 力を入れているのは口元だけでなく、白くなるほど握られている手も同様だ。



「桐生に見捨てられている所悪いけど、早く答えてもらっていいかな」


「俺は山口五郎だ。それ以外の何者でもない」



 俺は俺を山口五郎だと認識しているので、この質問は無意味だ。


 それだというのに、ルークの鎖はまだ引かない。



「本当に?」


「しつこい。俺が山口五郎じゃなかったら、何だと言うんだ?」



 苛立った俺はルークを睨み付ける。


 が、彼は愉しそうに笑うだけだ。



「そうだね。今はそれでいいんだよ」


「それって、どういう、っ!?」



 言いかけて、俺はそこで初めて気づく。


 目の前のルークと桐生が、本人達でないことを。



 俺が気づいたことで本性を表したのか、どろどろと黒いタール状の小山に赤い目を二つくっつけた、ルークだったものは顔すれすれまで近づいてきて、



「いずれ、分かるサ。楽しみダナ、山口五郎」


「ちっ!くそっ!!」



 刀が手元にないので、その黒いモノを素手で殴り付ければ、それだけでなく、景色まで歪んで消えた。


 全てが消えた世界で俺が最後に見たものはーーーーー。











 はっと気がつけば、白い天井とこちらを心配そうに覗き込む、一対の緑の瞳が目に入ってきた。



「随分魘されていたが、体調はどうだ?」


「・・・・・・駄目だな。

 華雪が隣で添い寝してくれないと治りそうにない」



 そう言えば、顔を真っ赤にし、顔面に刃と鎖が降ってきたので、体を華雪の方に転がして避ける。



「ちっ、外しましたか」


「残念だよ。

 折角生還した五郎が不慮の事故で亡くなってしまうなんて」


「ちょっと、ベッドに穴開けないでよね。

 後で屍鏡君に怒られるの私なんだから」


「お前らは少しは俺の心配をしたらどうだ?」



 死の淵から生還できた俺に対して、ある意味ではいつも通りの彼ら。


 よく分からない夢を見た後では、安心させてくれる要素だが、腹が立たない訳ではない。



「で、でも、五郎が倒れた時は、みんな凄く心配してたんだぞ。

 ここに運んでくれたのはルークだし、呪いの元を探ってくれたのは二郎だし。

 桐生は魔法で体を調べて、保険医らしく濡れタオルを頭に乗せてくれたし」



 心配はしてないと思うが、やることはやってくれたみたいだ。


 ここで礼を言っておかないと、後でねちねちと弄られそうなので、素直に言っておくことにする。



「ありがとうな、色々と」


「うわっ。素直な五郎とか気持ち悪いんだけど」


「まだ体調が良くなってないの?

 困ったわ。貴方のそのこじらせているものまでは魔法でも魔術でも治せないのに」


「礼を言って、ここまでディスるのはお前らぐらいだぜ」



 体を起こし、未だに心配そうにしている華雪の頭を、落ち着かせるように撫でる。


 少し玉虫色に近くなっている彼女の目は潤み、ちょっとつつけば、ポロリと涙を流しそうだ。



 これは桐生から聞いた話なのだが、華雪は案外泣き虫らしい。


 俺の前で涙を流している所を見たのは、二回だけ。


 しかも、どちらも誰もが泣くような状況だったので、半信半疑だったが、これだけで泣きそうになっている彼女を見ると、それは嘘ではなさそうだ。



「華雪、俺はもうどこも悪くないから」


「分かってる」


「お前を置いて、簡単に死んだりしないから、安心していい」



 華雪は俺の腰に抱きつくと、その小さな体を小刻みに震わせる。


 ぐすぐすと鼻を鳴らす音に、彼女を泣かせてしまったことを悟った。



 こちらを見てくる三人の目は絶対零度かと思いきや、華雪を頼んだという生暖かいものだった。


 泣かせた責任は取れということだろう。



 願ってもない責任の取り方に、俺は華雪を最大限に甘やかすことにした。


 最初の一分ほどは見守っていた二郎達だったが、それを過ぎれば馬鹿らしいと、無理矢理口に砂糖を一杯詰め込まれたような顔をしながら、静かに見えない所へと姿を消した。



「ご、五郎」


「何だ?俺はまだ華雪を口説き足りないが?」


「く、口説くって!?」



 違う意味で泣き出しそうになっている華雪を膝に乗せて向かい合う。



「前の俺と同じような行動を取れば、それだけ早く記憶が戻るかと思ってな。

 それと、お前が不安定だったから、こうすれば安心するかと」


「そんなことのためにこんな羞恥プレイを」


「俺は恥ずかしくないからな」



 記憶は戻ってくれないが、華雪を安定させることには成功した。


 玉虫色は綺麗なグリーントルマリンに戻り、涙も止まった。



 別に玉虫色は玉虫色で神秘的で好きだが、不安になると浮かぶ色だと言われて、そのまま放置することはできない。



「私は恥ずかしい・・・・・・」


「慣れろ。俺は華雪への愛情表現を控える気はない」



 遠慮して表現を抑えれば、愛情を疑われることを学んだ俺は、増やすことはあっても減らすことはない。



「まぁ、それはひとまず置いておき、具合は本当に大丈夫か?」


「ああ。すっかり元通りだ。今から二郎と刃を合わせることができるぐらいにな。

 俺に今回の概要を説明してもらっていいか?」



 当事者というか、ほぼ主役級の巻き込まれ方をしておいて、何も知りませんじゃ、除け者にされたみたいで気分が悪い。



 華雪はあーとかうーとか言っていたが、覚悟を決めたようで、ぽつりぽつりと話始めた。



「今回は、神話生物じゃなくて、魔術師でもなく、アーティファクトを手に入れた一般人の犯行だった」


「魔術師っていくのは、桐生みたいな奴だよな。

 アーティファクトっていうのは?」



 桐生から自分は魔術師だと言われた事がある。


 魔法使いではなく、魔術師で、一般人とは相容れない存在であると。


 華雪の友人で、彼女がそれでいいと言う限り、俺はお前が何であろうと構わないと宣言したら、馬鹿じゃないのという安堵の言葉をもらった。



 そんなわけで、魔術師というのが桐生みたいな奴を指すことは知っていても、アーティファクトというのは分からない。


 ファンタジー路線でいくなら、力が強い物品みたいなものだろうか。



「そうだな。アーティファクトというのは、私達の中では力を持った希少なものという感じだな。

 五郎の身近なものとしては、その刀と指輪とかな」


「これらがか?」



 ベッドに置かれた刀と指輪を見やる。


 指輪は華雪とのマリッジリングというだけでとてつもなく価値があるが、刀がそこまでいいものだと知らなかった。



「刀はあの藤堂が作って、神話生物さえ斬ることができる業物だ。

 指輪は、その、あれだ。私が長く持ちすぎたせいで変な力を帯びてしまっただけだがな」


「つまり、華雪の愛がたっぷり詰まっているってことだろ」



 華雪は恥ずかしいのか、げふんげふんと咳き込んで、話を進める。



「とりあえず、そういうものだ。

 今回のは呪術に特化したアーティファクトだった。

 術者の命と引き換えに相手を呪い殺すような、道連れ系アイテムだな」


「じゃあ、華雪が行ったときはもう死んでいたのか」


「ああ。既に事切れていた。

 私がしたことといえば、二郎が呪いを解除するのを見守ることぐらいだったな」



 危ない目に華雪が合わなくて何よりだ。


 もっとも、あの華雪至上主義の二郎が、彼女に危ない事をさせる訳がない。



 いけすかない奴だが、その部分だけは信用しているのだ。



「相手は誰だった?」


「知らないが、昨日絡んできた奴の一人じゃないのか。

 二郎が見覚えがないって言ってたし、関わりのない他人かもしれないけど」


「そうか。もう体調が悪くなったりしないんだよな」


「アーティファクトは二郎がきっちり封印したし、首謀者は死亡。

 あれをどこから手に入れたかは謎だが、どうせニャルラトテップが渡したんだろ。

 大事を取って一時間は寝ておいた方がいいが、これ以上は身構えなくてもいいと思うぞ」



 ニャルラトテップがどれだけ悪趣味なのかは、一回しか会ってない俺でも理解しているため、気を使うだけ時間と労力のムダだ。


 ああいうのは忘れた頃にまた仕掛けてくる。


 俺にできるのは、最低限の警戒だけをして、何時でも神話現象に対応できるようにしておくだけだ。



「じゃあ、ゆっくり華雪と寝るかな」



 華雪ごとベッドに倒れ込めば、ふぎゃっと潰れた猫のような鳴き声を華雪の口から漏れた。



「はいはい。保健医の前で異性不純交遊とはいい度胸ね。

 華雪ちゃんはこれから真面目に授業に出るんだから、邪魔しないの」



 消えていた桐生達が戻ってきて、力技で華雪と引き離された。



「そうだよ。ただでさえ、お昼ご飯食べ損ねちゃったんだから」


「次の休み時間にでも食べましょう。

 彼の分は置いておけば勝手に食べるでしょうし」



 二郎とルークによって服装を整えられた華雪は、今日は桐生の分も作ってきたんだ、と笑顔を見せている。



「あっ、もうこんな時間か。

 五郎、私が代わりにノートを取っておくから、安心して寝てていいぞ」


「頼んだ」



 ここで一緒にいてほしいと駄々こねれば、間違いなく教員二人が授業をストライキするので、仕方なく譲る。



 華雪は後で迎えに来ると言って、俺と桐生の弁当を置き、二郎達と一緒に保健室から去っていった。











「華雪の嘘つき」


「何のことだ?」



 教室へ帰る道すがら、ルークはにんまりと笑って、華雪のことを嘘つき呼ばわりする。



「本当は華雪が着いた時にはまだ首謀者が死んでなかったくせに」



 華雪は黙る。


 その沈黙こそ答えだ。



 華雪と二郎が到着した時にはまだ儀式の真っ最中で、首謀者はぴんぴんしていた。


 だが、もうその者はこの世にはいない。



「人を殺すという箍が外れたキミは自分の大切な人に手を出した事を決して許さない。

 それこそ、死をもって償わせるだろうね」


「そうだとしたら、何だ」



 足を止めた華雪は、自分よりも高い位置にあるルークを見つめていた。


 落ち着いたはずの瞳も玉虫色に戻り、牽制するように一際輝く。



 その身から出ている威圧感は間違いなく人には出せないもので、ゾクリとルークの背筋を震わせた。


 畏怖もあるが、それよりも興奮によってだ。


 彼女から向けられる強い感情は、何であれ身悶えてしまうほど気持ちのいいものだ。



 本能のままに行動すれば二郎に止められてしまうので、深呼吸をして自分を落ち着かせる。



「別に。それだけ愛されていていいなって」



 口から出てきた言葉はそれだった。


 深く考えた言葉ではないが、だからこそ本心が入っている。



 自分が言ったことを改めて理解すれば、心底五郎のことが羨ましいのだと、ルークは結論付けた。


 人間のような感情だが悪くないと、その感情を内側で転がす。



「お前が五郎の立場でも私はそうする。

 まぁ、お前が太刀打ちできなかった相手に私が勝てるどうかは期待しないでもらいたいが」



 それでも、私は自分の大切な奴らに手を出した奴は許す気はない。



 華雪の宣言に、ルークは珍しく面食らったような顔をする。


 その隣では、二郎が口元を手で抑え、ぷるぷる震えながら横を向いた。



「・・・・・・あっはは。うん。華雪はそうだよね。

 そこが変わらないからこそ、キミはキミのままなんだ」



 くしゃくしゃと華雪を撫でるルークは上機嫌だ。


 さっきまでのモヤモヤした気持ちは吹っ飛び、今はただ彼女を可愛がりたいという気持ちで一杯だった。



「髪、が、乱れ、る!」


「いいじゃないか。華雪の髪はいつもあっちこっち跳ねているんだから」


「ルークさん。その辺にしてください。

 華雪さんの髪が痛みますし、授業に遅れますから」



 髪が乱れ、ぷんぷん怒っている華雪は、もういつも通りだ。


 ルークももうこの件には触れる気はないので、戻ってくれて助かっている。



「あっ。最後に一つだけ。

 首謀者は死んでいるけど、まだいるぞ。

 肉体が死んでいても、魂だけ苦しめることはできるからな」



 学んできた魔術が役に立ったと無地気に笑う華雪に、ルークは今度こそ押さえることなく身悶えつつ笑った。






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