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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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第四話 異世界での生活

 





 桐生と再会して二回目の大泣きをした後、私は疲れ切って寝てしまったようだった。
















 次に目が覚めた時には桐生に抱きしめられながら、ふかふかのベッドの上で寝ていた。



 時間帯は夜が明けてすぐという所で、部屋の中にうっすらと日が差しこんでいる。






 ベッドから降りようとしたが、桐生ががっしりと抱き着いているため身じろぎ一つできない。



 起こすのも可哀想なので、彼女が起きるまでこの体勢でいいかと思い、無駄に動くことをやめた。




「おはようございます、華雪さん」




 ふと目の前に影ができると、二郎が私の顔を覗き込んでいた。



 昨日帰って来た時は少し若返っている上に執事服を着ていて驚いたが、本人は「服も外見年齢もある程度なら変えることができるので」とか言っていたので、私もそういうものかと納得した。






 二郎相手にいちいち驚いていては身が持たない。


 ある程度は許容することも彼と付き合うには必要なものだ。




「おはよう、二郎」



「よく眠れたようですね。隈も薄くなってますし」



「こんなによく寝れたのはお前らと別れて以来だな。

 必要最低限以外は起きていたし」




 寝ると決まって悪夢ばかり見る私はあまり睡眠をとらなかった。



 それでも彼らといたときはまだ寝ていたのだが、別れてからは倒れるまで寝なかった。


 もはや寝るというより気絶しているというほうが正しい。






 その気絶している時間も長くなく、大体一時間ほどで起きていた。



 だから、こんなに長く眠ったのは久しぶりだ。


 しかも、あまり悪夢も見なかったし。




「これからは傍にいるのでちゃんと寝てくださいね」



「分かってるって。お前の前で寝ないと後が怖いからな」




 前に二郎に何日も寝てないとバレた時はヤバかった。


 血を吸うとき入れられる薬を手加減なしで流し込まれ、強制的に意識をふっ飛ばされたのだから。






 次の日に起きた時は、二郎がやけに機嫌よく、華雪さんが可愛かったですとか抜かしていた。


 薬に狂った私の痴態がそんなに面白かったらしい。



 怖くて何をしたかは聞けなかった。


 薬に狂っていたときの記憶が私にはなかったのが幸いだ。






 それから私はせめて二郎に怒られない範囲で、こまめに睡眠をとるようになった。




「また私が寝かせてあげてもいいんですよ?」



「間に合っている」



「それは残念ですね。

 また華雪さんの可愛い姿が見えると思いましたのに」



「他の奴で代用してくれ。

 私はまっぴらごめんだ」



「他の人じゃ駄目なんですよ。

 華雪さんじゃなければ」




 そうやって軽口をたたきあっていると、むぎゅっと体に回されていた腕の締め付けを強くなった。



 うげぇっとカエルが潰れたような声が喉から出る。




「おはよう、華雪ちゃん!」



「お、おう。おはよう、桐生。

 目が覚めたなら、もうちょっと抱きしめる力加減を弱めて欲しいんだが・・・・・・」




 桐生の目が覚めたようだ。


 すぐに抱きしめる力は弱まったが、すりすりと頬擦りされたり、頭を撫でられたりと離す気配はない。



 桐生のこういう行動には慣れているので、ため息をつくだけでしばらくはされるがままになった。
















 一時間ほどしてようやく桐生の気が収まり、私はようやくベッドから起き上がることができた。


 部屋についていたシャワーを浴びて、二郎が用意してくれた服に着替える。






 異世界というと身を清めるのは水浴びしかないと思っていたが、この世界では割と一般的にシャワーが普及しているらしい。


 もっとも、湯に浸かるという習慣が平民にはないため、風呂はあまり普及してないらしいが。



 風呂付のシャワールームがあるのは王族や上位貴族ぐらいよ、と桐生が言っていた。






 二郎が用意してくれた服は動きやすさ重視で、余計な飾りなどがついてない、実に私好みの服だった。


 サイズもぴったりでどこから調達したのか謎だが、服は着れればいいものだと深く追及しなかった。



 服を着て脱衣所から出ると、テーブルの上に食べ物が沢山並んでいた。




「これ、どこから持って来たんだ?」



「持ってきたものではないですよ。

 華雪さんに変なものを食べさせるわけにはいきませんから、僭越せんえつながら私が作らせて頂きました」




 私の疑問ににこにこと二郎が答えてくれた。



 器用な二郎は掃除・洗濯・料理となんでもこなせてしまうのだ。






「お前は主婦か!」と、昔にエコバックを持って買い物に行ったときは思わずツッコんでしまったが、二郎は主婦以上に主婦していた。



「ビニール袋を断ると二円引きされるんです」と笑顔で返されたときは、主婦を通り越してオバちゃんだと思った。






 そんな二郎が作ってくれた料理だから、美味くないはずはない。






 席についていただきますと言って食べ始める。



 私があまり食べないことを知っている彼は少量ずつ料理をお皿に盛りつけて、お子様ランチのようにしていた。



 その心遣いに感謝しながらまずはサラダを一口食べる。


 サラダは甘酸っぱいソースがかかっていて、食欲を増すような味付けがされていた。




「二郎の料理はいつ食べても美味しいな」



「そう言っていただけると作ったかいがあります。

 沢山食べてくださいね」




 とりあえずこのプレートの分だけは食べ切ろうと気合を入れた。



 サラダに始まってスクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、パン、と食べやすいように工夫されたものを口に入れては飲み込む。



 もきゅもきゅとパンを食べていると、コトンとコップがテーブルに置かれる。




「朝は珈琲でしたよね。ブラックの」



「よく覚えているな。

 流石、二郎だ」




 絶妙なタイミングで出された珈琲を飲む。



 朝がブラックの珈琲を飲むっていう細かいことまでよく覚えていたと感心した。



 猫舌な私にも優しい適切な温度で出されたそれに満足する。




「二郎、私にも珈琲」



「自分でいれてください」




 取りつく島もなく、桐生の要求は断る二郎。



 代わりに私が珈琲をいれると言うと、食事中の華雪さんにいれさせるわけにはいきませんから、と二郎が珈琲をいれる。


 それなら最初からいれてきなさいよ、と桐生が二郎に噛みつき、だが断ります、と二郎が笑顔で応戦したところで、私は笑いを堪えきれなくなった。




「ぷっ、くくく。あははははっ」




 フォークとナイフをおいて笑う私をきょとんと二郎と桐生が見てくる。その様子がまた面白く、腹を抱えて笑う。






 これは他人から見たら、何気ない日常の一コマなのかもしれない。


 でも、この日常はもう二度と来ることはないと思っていた。



 それをもう一度見れた私は笑いながら涙を流していた。






 二郎が流れた涙をハンカチで優しく拭いてくれる。




「悪いな。

 歳を取ったら涙もろくなるっていうのは本当みたいだ」



「いえ。

 泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑えばいいですよ。


 そういう自然な華雪さんが私たちは好きなんですから」



「そうそう。

 我慢するのは体に悪いって言うしね」



「お前たちは私に対して優しすぎるだろ」




 涙を拭って、笑い合いながら食事の続きをする。



 桐生と二郎と食べる食事というのは、温かくて美味しくて・・・・・・そして少ししょっぱかったが、楽しかった。






 食後に砂糖を一匙入れた珈琲を飲みながら、朝食の余韻を楽しむ。



 そして、ふと昨日の騎士に言われた事を思い出した。


 訓練をすると言われたことを。



 そいつの口ぶりから、すぐにでも始めるような感じだったが、いつからなのだろうか?




「どうかしたの?華雪ちゃん」




 私が悩んでいることにいち早く気が付いた桐生はカップを机に置いて、私のことを見てくる。




「うーん。

 あのな、昨日騎士に訓練するとかって言われたんだが、いつからするんだろうと思ってな」



「出なくていいわよ。

 華雪ちゃんは華雪ちゃんなりの戦い方があるでしょう?


 今更、戦闘訓練なんていらないじゃない」




 確かに、と桐生の言葉に納得してしまった。



 訓練なんて飛び越えて、実戦経験がそれなりにある私が今更訓練してもなぁ、と思う。






 訓練を馬鹿にしているわけではないが、戦いの素人に合わせて訓練するよりは、二郎にでも組手を頼んだほうが有意義な時間が過ごせる。


 いくら私が弱いからといっても、素人よりは強いのだ。



 今更、一から教えてもらわなくてもいい。




「それよりも、図書室に行かない?

 結構色んな本が揃っているのよ」



「それは一回行ってみたいが、桐生お前出歩いてもいいのか?」




 昨日、再開してから彼女から聞いた話だが、桐生はこの国では神託とやらで告げられた魔女らしい。






 その魔女は国に災厄と幸福をもたらすと、桐生が生まれた時に神託が下ったようだ。


 魔女が幸せなら幸福をもたらし、不幸なら災厄をもたらし、どちらにしろ国が大きく動くとかなんとか。






 その神託を受けた当時の国王達はそんな危ないものを処分しようとしていたらしいが、神託にはまだ続きがあった。


 魔女が寿命以外で死ぬと国が滅びるとも神託があったのだ。



 そう言われた国王達は桐生を軟禁することに決めた。






 この部屋の中で望むものは全て与え、外部の接触を絶つことで感情の成長を阻害した。


 良くも悪くも国を大きく動かさないように、色々と根回しをしたとのことだ。



 聞いているだけで、胸糞悪い話だ。






 幸い、桐生はこの部屋の中の暮らしを気に入っているらしい。



 だからといって、あの豚共を許すことはしないが。


 ここを出た暁には、何らかの方法で絶対に仕返ししてやる。



 話を聞いた時の私はヤル気に満ち溢れていた。






 そんな桐生が堂々と人前を歩いて大丈夫なのか気になった。




「結構出歩いているけど、怒られたりすることはなかったからいいんじゃない?」



「そういうものなのか?」



「そういうものよ。

 珈琲飲んだら、早速行きましょう!」




 彼女が楽しそうだからいいかと納得して珈琲を飲み干した。
















 所変わって図書室。



 ここまで来る道中では、使用人が桐生を一目見るなり、ボトボトと持っていた物を落として固まったりするようなことがあったが、それ以外は特に何事もなく無事に図書室に着いた。






 学校の図書室なんかよりも何倍も大きくて沢山の本が本棚に詰まっていた。



 インクと羊皮紙と革の独特の香りが混じった空気を吸いながら、適当に本棚の間を練り歩く。




「ファンタジーらしい本が一杯あって面白いな」




 魔法の使い方~初級編~を手に取って、中をペラペラと捲って読んでみる。



 魔力がどうのとか、呪文はこうだとか真面目に書かれている本を見ると、本当にファンタジーな異世界にやって来たんだと実感する。






 この本は後でゆっくり読もうと手に持ってキープした。




「そうですね。

 私も少しファンタジーの魔法を習得してみますかね」




 自然な動きで私の持っている本を取り上げ、代わりに持ってくれる二郎。



 こういうのをさらりとできるから女にモテるんだよな、とどうでもいいことを思った。




「二郎ならあっさり難しい魔法もこなしそうだしな。

 見た目ともあっているし」




 二郎みたいな奴はアニメや漫画とかでも大抵魔術師と相場が決まっている。


 ミステリアスかつイケメンな男は、肉弾戦などいう暑苦しい戦い方はしないのだ。



 もっとも、二郎はこの場にいる誰よりも接近戦に長けているが。




「華雪さんがそう期待するなら頑張ります」



「いや、期待というよりは似合っているなーぐらいにしか思ってないぞ。

 だから、あまり無理しない範囲で練習してくれ」




 私の言葉がどう作用したのか謎だが、やる気を見せる二郎に無理をしない様にとだけ言っておく。


 こうでも言っておかないと無理しまくるのが二郎だ。




「分かりました。

 適当に暇を見て練習します」



「そうしてくれ。

 絶対に無理だけはするなよ」



「華雪さんに心配されるのも悪くないですね。

 まぁ、悲しませたくはないのでほどほどにしますが」




 何か嬉しそうな顔をしながらもそう約束してくれたので、私は一安心して本を探す作業に戻った。






 魔法関係の本を何冊が持って桐生のところに戻る。



 桐生は入り口近くにあるソファーに座り、何か難しそうな分厚い本を読んでいた。


 表紙には超古代文明の闇と書かれている。



 桐生は私たちが近づいてくるのに気が付くと本から顔を上げた。




「あら?もういいの?」



「ああ。

 部屋に帰ってゆっくり読みたいからな」




 図書室でゆっくり読めるスペースは桐生が今座っている、一人掛け用のソファーしかない。


 私が読んでいる間に、まさか二人を立たせておくわけにはいかない。



 今日中に読み終わりそうな量だけ持って部屋に帰るのがいいだろう。


 あまり二郎に重い本を持たせるわけにもいかないし。




「部屋に帰ったら、温かいミルクティーでもいれますよ」



「助かる。

 頭を動かす時は甘いものが一番だからな」



「私も華雪ちゃんにミルクティーいれる!」



「桐生の分も飲ませてもらう。

 お前らがいれたのは美味しいからな」




 その後、二人から競うように交互にミルクティーをいれられて、お腹がちゃぷんちゃぷんになることをこの時の私はまだ知らなかった。






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