第三十五話 美人眼鏡保険医
次の時間は魔物との実戦を想定した授業とのことで、これまた広い校内を歩いて、授業が行われる場所に行く。
その間にも五郎とは色んな話をした。
授業の難易度やこれからの学園生活、それに住む場所である寮についてなど。
まだ寮には行ってないので、今から想像を膨らませて楽しんでいる。
中でも一番長く話していたのは、ルークのことについてだ。
二郎についてはそれなりに話したが、ルークについては話していないと言われ、かいつまんで話した。
ドリームランドの彼の城に迷い込み、道中色々あったものの、なんとかルークの所にたどり着き、そこから親交が始まったこと。
その内、名前をつけてくれと言われたので付けたこと。
そういうことを話した。
「つまり、傷だらけのルークに優しくして惚れられたと」
「今の話をどう聞いたらそうなるんだ。
弱っているあいつに仮の名を与えて、その後呼ばれた時に通っただけだ」
「そんな奴の所に何回も通うなよ」
「呼ばれたら拒否できないのが、弱者の悲しさだな」
寝ている間に勝手に、こちらの都合も考えることなく誘われるのだ。
当時人間モドキであった私程度では、防ぐ方法など無い。
「一緒にいても安心できねぇな」
「神はこっちの都合なんか考えてくれないからな。
やりたいようにやるのが、彼らさ」
人が多くなってきたところで、会話を止める。
神だの何だの言っていたら狂人扱いをされてしまうからだ。
いや、ここでは現代日本に比べて神信仰は一般的なことだから、話していてもおかしくはないのか?
どちらにせよ、もう授業が始まるから口を閉じておくのが利口だ。
授業の場所に指定されたのは、木々が生い茂る森をぐるりと鉄製の柵で囲われている所の入り口だ。
ここにいても何かの生物の鳴き声と、それらから発せられているであろう臭いが風に乗って運ばれてくる。
合同授業ということで、人数が二倍ぐらいに増えている。
増えた奴らに勿論見覚えはないが、一般的な平民に比べると上等な服を纏っている。
あれが屍鏡がくれたパンフレットに載っていた貴族の奴らなのだろう。
プライドがあからさまに高そうなので近寄りたくない。
「お前らだな、死体を偽装して、我が国から逃亡したのは」
そう思っていたのに、いかにも傲慢な王子です、という雰囲気が分かりやすく出ている金髪の男が、人をかき分けてこちらに来る。
似たようなやりとりを前の時間にもやった私と五郎は顔を見合わせて、互いにため息をついた。
「ごめんな、五郎。
二時間連続でこんな下らないことに付き合わせて」
「華雪のせいじゃないだろ。
悪いのは、理由をつけては絡んでくるこいつらだ。」
「下らない?オレを誰だと思って、そんな口をきいているのだ!!」
情緒不安定なのか、いきなり怒り出した男に、うんざりという顔を向ける。
「知るわけないだろ。自己紹介もされてないのに」
「ユーバー・ヘ・ブリヒ王国の次期国王である、アレックス・ユーバー・バイエルンのことを知らないだと!?」
「ユーバー・ヘ・ブリヒ王国?」
私達が勇者召喚で招かれ、桐生と再会した国の名前だ。
その国の王子ということは、桐生を虐げていた奴らの一人ということで。
一瞬にして、私の中で彼は敵になった。
後ろに三人ほどいる取り巻きも敵だ。
五郎も私の雰囲気が変わったことに気づいたのだろう。
落ち着かせるように頭を撫でてきた。
「ん。撫でなくても何もしないぞ」
「お前の気を落ち着かせるためにやっていることだ。
そいつらに何かをすることを危惧しているんじゃない」
「おい、オレの目の前でいちゃつくな!
そういうのが一番嫌いなんだ、オレは!!」
そう言って地面を踏む彼は、王子というよりも、我が儘な子供だ。
まぁ、王子なんて大体は自分が偉いと勘違いしている奴だから、我が儘な子供と大差はないが。
むしろ、子供のほうが庇護欲をそそる可愛げがある。
「それで、王子サマが何のようだ?」
五郎が私を庇うように、後ろに隠しながら問いかける。
私は後ろから顔だけを出して、五郎が対処できないなら、変わりにどうにかする心構えで会話を聞く。
「決まっているだろ。
土下座して、今すぐ国に帰ってこい。馬車馬のように使ってやる」
ないわー。王子サマないわー。マジないわー。
私と五郎の心の声が一致した瞬間である。
何が悲しくて、二郎がわざわざ死体細工までして離れた国に土下座して戻らなければならないのか。
彼の頭をかち割って、中を覗いてみたいものだ。
きっと腐りきったウニが一腹入っているだけだろう。
「断る。俺達は屍鏡のところで世話になっているからな。
今更そっちの国に用なんてないんだよ」
「このオレが戻って働けと言っているのに、聞かないというのか!?」
「お前の国の国民じゃないからな。
人手が必要なら勇者達かいるだろ。俺達二人がいなくても問題ないじゃないか」
五郎の言うことはもっともである。
やらせたい仕事があるのなら、勇者一行にやらせればいいのだ。
そのために勇者というのは存在しているのだから。
「そこの何の取り柄もないチビはどうでもいいが、お前はそこそこ強いんだろ?
オレの妹であるエレナも気に入ってるし、帰ってこい」
「お前、お姫様に気に入られていたのか?」
知らなかった、と五郎に聞けば、お前も何回かベタベタと俺にくっついている女を見ただろと言われる。
思い返してみると、確かに五郎に胸を押し付けていた女がいた気がする。
ただし、その女と目の前の男が兄妹と言われても、人相を覚えていない私にはピンとこないが。
「東雲、山口。王子様とこう言っていることだし、土下座すればみんなと一緒にいられるんだぞ。
ここはけじめとして謝って帰ってくるべきじゃないか」
しゃりしゃりと横から出てきたのは私の元担任だった男だ。
彼は何を勘違いしているのか、私達が元クラスメートと一緒にいたいと思っているらしい。
腹が立つほど検討違いな考えだ。
「私はお前達と一緒にいたいと思ったことは一度もないし、あんな国になんか一秒もいたくない」
こういうタイプが素直に聞き入れてくれるとは思わないが、自分の意見だけは言っておく。
「俺も華雪の意見と同じだ。
屍鏡の国のほうが進んでいるし、暮らしやすい。
何より、華雪を大切に扱ってくれるからな」
「山口。お前は将来有望な男だ。
そこにいる不良の東雲に付き合って、人生を棒に振るつもりか」
何故か、元担任に私が盛大にディスられている。
無断欠席や私目当てのチンピラが学校に来たぐらいで、心の狭い奴だ。
ちなみに、前者は神話現象に巻き込まれていただけで、後者は肉体(魔術有)言語で話し合った(一方的に)おかげで、最近は大人しかった。
どちらも私のせいではないというのに。
「華雪を不良だと言うのなら、そこの王子サマは権力を使って脅してくる悪党じゃねぇか。
そっちにいるほうが人生損するぜ」
「よりによって、王子であるオレを悪党呼ばわりだと!!
無礼者め!!こいつを引っ捕らえろ!!」
王子の後ろにいた奴らが動き出す。
しかし、その動きはお世辞にも早いとは言えず、更に言うなら手慣れてない。
能力がない騎士のお偉いさんの息子と言ったところだろうか。
そんなのが三人襲いかかってきても、毎日血ヘドを吐くほどキツイ訓練をしている五郎には敵わない。
しかし、撃退してしまえば周りからの印象は確実に悪くなるだろう。
どうしようかと迷っていると、ストップと聞き慣れた声で制止された。
その声はルークのものでも二郎のものでもなく、女性の声だ。
声をした方を見れば、変装のつもりか眼鏡を掛けた桐生がいた。
「なんで、ここにお前がいるんだ」
「今日付けで私もここに赴任したのよ。保険医としてね」
あからさまに動揺する五郎に、桐生はドッキリ大成功という笑みを浮かべる。
改めて彼女を見てみると、大人の女っぽさを演出している眼鏡に何かの魔法がかかっている気がした。
周りの奴らが騒がないところから推察すると、認識阻害の魔法でもかけているだろう。
人ではない私だけでなく、彼女を桐生と認識している五郎には、その魔法が効いてないが。
「よく屍鏡が許したな。あの書類の山を片付けなくても良くなったのか?」
「ええ。溜まっていた仕事は綺麗さっぱり終わったし、華雪ちゃんが困ったときに女性に相談できるようにって任命されたの」
「そうか。それは助かるな。
呼び方は今までのままでいいのか」
「問題ないわ。でも、華雪ちゃんは桐生せんせーって呼んでね」
そっちの方が可愛いから、などと変なことを言われる。
五郎の視線が人を射殺せそうなほどに鋭さを帯びるが、桐生は意にも介さない。
彼女からのお願いということで、恥ずかしいが、望み通りに呼んだ。
「き、桐生せんせー?でいいのか?」
「超可愛い!!もう一回、もう一回!!」
目をキラキラさせて興奮している桐生に、もう一度桐生せんせーと呼んであげる。
すると、彼女は胸の前で手を組み、生きてて良かったと言い始めた。
「おい、桐生センセ。華雪をお前の変態プレイに巻き込むんじゃねぇよ」
「変態プレイじゃないわ!ただ純粋に華雪ちゃんに先生って呼ばれて興奮しているだけよ!!」
「それを変態プレイって言うんだよ!」
五郎と桐生が漫才を始める姿を見て、仲が良いなと思ってしまう。
言えば二人して否定するだろうが、実際に仲はそれなりに良く見える。
「お前といい、ルークといい、更に二郎といい、華雪の周りには変態ヤローしかいないのかよ!」
「そういう意味なら、あなたが一番変態じゃない!」
「俺は純粋に愛しているだけだ!!お前らと一緒にするな!!」
「おーい。授業を始めたいんだが、いいかい?」
少し離れた所から、ルークにそう聞かれる。
この時間は彼と、さっき彼に挑んできた団子ローブの女が授業を受け持つらしく、彼女もルークに寄り添うようにそこにいた。
彼女がルークに怯えたり怒っている様子もないから、うまく後始末をしたのだろう。
二郎の姿が見えないが、きっとここではない所で授業をしているに違いない。
そんな彼に心の中で応援だけしておいた。
「いいわよ、ルーク」
「じゃあ、始めるからね。
みんな注目!今日はこの森の中に入って魔物を狩ってもらう。
狩る魔物は何でもいいけど、自分の実力に見合った魔物を狩ること。
チームを組んでもいいし、一人で突き進んでもいい。
魔法で監視をしているから、何かあればすぐに駆けつけるよ。彼女が」
仕事を隣の女に丸投げするルーク。
もう教師という役が面倒になってきたらしい。
この二時間続きの授業が終わったら、昼飯だから、そこまでは頑張れと念を送る。
「華雪がそう言うなら頑張るか」
念が通じたのか、ちょっとはやる気になってくれたようだ。
姿勢を正して、説明の続きをする。
「狩る魔物は何でもいいと言ったけど、当然強い方が評価は上がるよ。
でも、負ければ評価はなしだから、そこをよく考えるように。
武器も魔法も好きなだけ使っていいけど、他の人の迷惑になるような使い方はしないこと」
理解できた人から同意書を書いて中に入って、と指示をされた。
私と五郎は一番後ろに並んで、最後に紙にサインする。
その紙をルークに渡す時に手を握られて、耳元で囁かれた。
「華雪、気を付けて。森の中の魔物に遅れを取らないとは思うけど、馬鹿な奴らが何をするか分からないから。
少しでも危険だと思ったら、ボクか二郎を呼んでくれ」
「お前達を呼ばなくても自分でどうにかできる。
ルークは私のことは気にせずに仕事頑張ってくれ」
「必要最低限仕事はこなしておくよ。
五郎、華雪をよろしくね」
「安心しろ。華雪は俺が見ておくから。
髪の毛一本だって怪我させないぜ」
頼もしいことを言う五郎に、ルークは頷く。
「うん。死ぬギリギリまで頑張ってきてね」
話はこれでおしまい、とルークは私の背中を森に向かって優しく押した。
隣では、死ななければきれいに治療してあげるからと言って、桐生が五郎の背中を気合いを入れるためか、強い力で叩いていた。
スパーンといういい音もしていたし、五郎が顔を顰めていたから、実際にかなり痛かったのだろう。
すぐに五郎は抗議する。
「痛いじゃないか!」
「あら。それぐらいの方が気合いが入っていいじゃない。
今の山口の実力じゃ、油断してると大怪我するんだから、気を引き締めて入りなさい」
「はいはい。華雪、行くぞ」
返事は適当だが、油断はしてない五郎に続いて暗い森に入った。




