第三十三話 勇者一行クラス
問題のあるらしい勇者一行を纏めたクラスの教室の前で、私達は洋服の最終チェックをしていた。
とは言っても、五郎の学園指定のネクタイが曲がっているのを直してあげたり、ルークのカソックの一番上のボタンが今日に限って何故か留め忘れられていたので、それを留めてあげたり、いつも隙のない二郎でも緊張しているのか、ちょっと髪の毛が乱れていたので整えてあげたりだとか、それぐらいだ。
何故か互いが互いを睨んでいたが、どうしたと聞いても何でもないとはぐらかされたし、その後は普通だったので、特にそれ以上ツッコミが入れなかった。
三人ともいつものように格好良く決まった所で、ルークと二郎がまず部屋に入る。
私と五郎は編入生なので、まだ廊下で待機だ。
中からキャーキャーワーワーと騒ぎ声が聞こえてきて、五郎が眉間に皺を寄せた。
「五郎、若い内からそんなに眉間に皺を寄せていると癖になるぞ」
「華雪だってよくこんな風に難しい顔してるだろうが。
お前の方こそ癖になってるだろ」
「むぅ。癖なのは否定できないな。考えるとどうしても眉間に皺が寄ってしまう」
ぷにぷにと眉間の間を指で突かれる。
私も五郎の眉間を突いてやりたいが、圧倒的に身長が足りない。
これが身長格差社会かと戦慄していると、二郎が教室の扉を開けて入ってきてくださいと言われた。
中にはどこかで見たことがある顔ぶれが揃っており、その全員がまるで幽霊に遭遇したような顔をしている。
編入生に向ける顔がそれでいいのか?と思いながら、教壇に立っているルークの隣に立つ。
一段高くなっているおかげで、席に座っている奴らをそんなに見上げなくて済んだ。
「はい、みんなも知っているかもしれないが編入生が入ってきた。
自己紹介するほど浅い仲ではないかもしれないが、紹介してもらおうか。まずは華雪から」
「どうも、半年ぐらい振りか?名前と顔忘れたからまた自己紹介してくれると助かる。
というか、してくれないなら眼鏡とか呼べないから、それが嫌だったら自己紹介しろ。
ああ、そうだ。名前を言わないとな。
えっと、・・・東雲だ。そう呼んでくれればいい」
一瞬、自分の苗字がどれだったのか思い出せなかったので焦った。
今まで転生してきた中では名前は共通だが、苗字はころころ変わるので、いちいち覚えてられない。
しかも、ここのところ苗字で呼ばれなかったのですっかり忘却の彼方にいってしまっていたのだ。
「ありがとう、華雪。素晴らしい自己紹介だった。
次、五郎よろしく」
「山口五郎だ。よろしくはしなくていいが、こいつらの手を煩わさないほうがいい。それだけだ」
「二人とも自己紹介ありがとうございます。
席は窓側の一番後ろの席とその隣が空いているので、そこに座ってください」
二郎に指示された席に座ろうと移動を開始する前に一人の男子生徒が手を上げる。
詳しくは思い出せないが、クラスに居たような気はする。
「ルーク先生、質問いいでしょうか」
「はい、どうぞ。ええと、立花だっけ?勇者の」
彼がかの有名な勇者らしい。
そう言えば、かろうじでそんな記憶があるようなないような・・・・・・。
心の中で首をひねっていると、勇者が立ち上がって私達に質問してくる。
「東雲と山口先輩の二人は賊に殺されたと俺達は聞きましたが、これはどういう事でしょうか?」
賊に殺されたことになっていることがまず初耳だ。脱走兵のつもりで暮らしていたのに死体になっているとは。
いや、一回私は死んだようなものだが。
事情を知っているらしい二郎が一歩前に出て説明を始める。
「それに関しては私が説明しましょう。
あの死体はただのフェイクです。私達はこの国の王である屍鏡さんにその才覚を見出され、彼の元で庇護されてました。
あの国の扱いよりは何百倍もましで素晴らしい環境で生活させていただいたお礼に、問題児である貴方達の面倒を引き受けました」
「えー?私達のどこが問題児なのかなー?私分かんないー」
語尾を伸ばしている、いかにも阿呆そうな女がそう言いだすと、クラス中がそうだそうだと騒ぎ出す。
「俺のクラスに問題児などいない。
そこの東雲を除けばな!」
一人だけ老けている男がこちらを睨み付けてくる。
あれが担任なのだろう。
生徒に混じって何やっているのかと私は呆れ返った。
二郎と五郎は同じように顔を顰め、ルークはため息をつく。
「はぁ、自覚がないのか。はたまた自覚できない程馬鹿なのか。
とりあえず、〝黙れ”」
ルークが呆れながらそう言うと、ピタリと騒音が止んだ。
闇系絶級魔法・言霊支配を使ったのだろう。
この魔法は通常は一人にしか使えないものだが、そこはルーク。
あり余る魔力とかでどうにかしたらしい。
この魔法は読んで字のごとく、他人を言葉で支配するもので普通の人間が使うなら一年ほど仰々しい儀式をしなければいけないが、ルークなら詠唱破棄と大量の魔力によるごり押しで即発動可能となる。
声を封じられて呆然としている勇者達に、ルークはいつもより低い声音のまま話す。
「いいか?ボクが教員なんて面倒な職業に就いたのは、華雪の手作りのお弁当が食べれるからだ。
間違っても君達の汚い騒ぎ声を聞くわけじゃない」
「いや、教員になったのは屍鏡に頼まれたからだろうが。
どうしてそこに私の弁当の話が出てくる!?」
真面目な顔で言い切ったルークに思わずツッコミを入れる。
勇者達を合理的に虐められるのが理由といわれるのも困るが、私の弁当が理由というのも困る。
そこはせめて屍鏡に頼まれたからとかにしてほしい。
「そうですよ。私の耳は華雪さんの声を聞くためにあるのであって、貴方達の虫が潰れた音にも劣る声を聴くためにあるわけではありません」
「二郎、お前はちょっと深呼吸しろ。
緊張のあまり言葉がおかしくなってるぞ」
敬語なのは変わらないが、さらっと文章の途中に毒舌が混じった。
表情こそ変わらないものの、テンパっているからこういうおかしな発言をしてしまうのだろう。
そうでなかったら、誰にでも基本紳士的な二郎がこんな言葉を吐くわけがない。
「華雪、安心しろ。二郎は緊張しているからああ言ってるんじゃなくて、素で思ったことをそのまま言っているだけだ」
「全く安心できないんだが。
とりあえず、ルークは魔法解除。二郎は深呼吸!」
二郎を落ち着かせるように手を伸ばして背中をポンポンしてあげると、もう大丈夫ですと微笑まれる。
ルークも指を鳴らして魔法を解除してくれた。
「発言がある際は手をあげて、ボクか二郎が了承してから発言しろ。
で、君達のどこが問題児って数えればキリがないけど、一番の理由は教員の言うことを聞かないことだ。
だから、ボクと二郎が指名されたんだよ」
「屍鏡さんに許可は貰っていますから、ご安心を。
力づくで言うことを聞かせますので、そこの所お願いします。他に質問がある方はいますか?
・・・・・・ないようでしたら授業を始めます。華雪さん達は席に着いてください」
彼らが今までの教員と違う雰囲気でも感じ取ったのか、教室内は静まり返ったままだ。
私が窓側、五郎がその隣に座り、授業が開始した。
今日の一限目は世界史のようだ。
屍鏡に揃えてもらった教材から世界史の教科書とノートを取り出し、一応授業を聞く準備をする。
隣で五郎も同じようにカバンを漁り、机の上に教材を取り出した。
「それじゃあ、教科書百四十八ページ開いて・・・・・・どうして誰も教科書を机に出さないんだ?」
授業開始して数秒、早速問題が浮上する。
私と五郎以外誰も教科書を出さないのだ。
これにはルークも困った顔をした。
「おーい。今は世界史の授業だよ?
何でもう寝ようとしている奴とボクを睨み付けている奴しかいないんだ?
普通なら教科書に目を通しているだろ」
ルークの言う通り、ただ単にルークと二郎を睨んでいる奴と、やる気がないと全力で主張がしたいのか机に突っ伏している奴しかいない。
同じクラスで授業していた時はこんなことはなかったと思われる。
ここで女子生徒が手をすっと上げた。
ルークが下野と名前と呼び、発言を許す。
人のことを言えないがきつい顔立ちをしているポニーテールの女だ。
「私達が世界史の勉強をして何の役に立つのでしょうか?
ここに通っているのは魔王を倒すための力を得るためです。
こんな無駄な授業をするよりは実戦訓練をさせて下さい」
ふむ。彼女が言うことも間違ってない。
魔王討伐をして一刻も早く帰りたい彼女達にとって、実技を伴わない授業は無駄だ。
しかし、ここは学校。無駄だと思っていようが、教員の指示に従わなくていいという訳ではない。
「つまり、この授業を無駄だと思っているからみんな受けない訳か。
君達は実に馬鹿で愚かな家畜の鶏だな」
「なっ!!発言を取り消してください、先生!!今のは明らかに暴言です!!」
勇者も突っかかっていく。
しかし、ルークは呆れた顔をするだけだ。
いや、もう呆れを通り越して、いつどうやって殺そうかと考えている時の顔だ。
まだ殺さないようにという旨をジャスチャーでそれとなく伝えておく。
オッケーと視線で返されたから、まだ勇者達は生きることができるだろう。多分。
地雷原でコサックダンスを踊っているような馬鹿の命の保障など、誰ができるというのか。
「君達の前提条件がそもそも違うんだよ。
魔王を倒したら家に帰れる?そんなことはない。
それを保証してくれたのはあの豚王達だろ?それ以外の誰も帰れると言ってくれてない。
あの豚達が嘘をついているとしたら?帰れない可能性をどうして考えないんだ?
言われたことをこなせば生存できると思い込んでいる奴は家畜と一緒だろ?ボクは暴言じゃなくて事実を言っただけさ。
ボクから家畜の鶏である君達に真実を伝えてあげよう。
魔王を倒しても家に帰れないし、君達ごときじゃ本物の魔王は倒せない。
信じる信じないは君たち次第だが、判断するためにも学ぶと言うのは大切だと思うけど?」
ルークがそう言い切ると教室内に動揺が走る。
彼ら達もその可能性を考えてなかったわけではないのだろう。
しかし、その可能性があることを僅かにでも認めたくないというのが見て取れる。
二郎もルークと同じような顔をすると、救済の言葉に見える発言をする。
「とりあえず、授業を受ける気のない人は言ってください。
受けなくてもいいようにしますから」
「なら、オレは受けないぜ!!こんな面倒なことやってられるかよ!!」
髪を金に染めたいかにもチャラそうな男がそう言う。
あの二郎がそんな簡単に授業を受けなくて済むようなことをさせるわけがないのに。
少しも考えるということができない、脊髄反射で生きている生物なんだろうなぁと逆に感心してしまう。
「では、羽生さんは授業を受けないということでよろしいですね?」
「当たり前だろ!」
彼がそう返事するとそのまま倒れる。
今度は二郎が魔法を使ったようだ。
凄く怯えながら気絶していることから、幻想の魔法でも使っているのだろう。
術者の精神力に打ち勝てば戻れる魔法だが、かけているのが神話生物の二郎なため、彼の気が済むまで悪夢を彷徨う羽目になる。
「授業の受けたくない人は言ってください。代わりに極上の悪夢を見せて差し上げますので。
ああ、ちゃんと手加減はしているので一回で死ぬことはないですよ。何回かかけられていれば死ぬと思いますけど」
「駿介!!先生、魔法を解いてください!!」
勇者達の間では何かのトラウマなのか、こちらが驚くほど顔を青くさせて焦っている。
二郎が解呪すると、金髪はさっきまでの元気の良さが嘘のようにガタガタ震えて席に座る。
周りが大丈夫かと聞いても大丈夫だとしか答えない。
一体、何を見せたのだろうか?
「授業受けたくない奴は今すぐ言ってくれ。途中で授業を中断されても困るんだ。
今なら二郎が死なない程度に手加減をしてくれている幻惑を味わうだけで済むから」
「俺だったら素直に授業を受けることを選ぶな。華雪は?」
授業が進まなくて暇な五郎がこそこそと話しかけてきた。
音量を小さくしているつもりだろうが、静まり返った教室内では思いのほか響き渡る。
私もそれに乗っかって自分の考えを話す。
「私もだな。二郎は人間の壊し方を熟知している。
死なない方が辛いという状況に追い込まれるよりは退屈な授業を受けている方がマシだ」
「だよな。武力で対抗しようにも手も足も出ない。
それなら大人しく従って力を蓄えた方がいい。知識も力になるからな」
白々しくそう話す私達に、勇者達もようやく二郎達の方が完全に全てが上だと気が付いたのか、大人しく授業を受けるようになった。
ちなみに授業自体はまともで、二郎はともかくルークも人間にモノを教えることができたのかと感動し、その姿を見ているのに忙しくってノートをまともにとってないことに気が付いたのは、授業が終わってからだった。




