第三十一話 マリッジリング
今頃、五郎達はお楽しみの最中だなと思い、不意に外の風が浴びたくなったので上着を着て窓から外に出る。
廊下を通ると面倒なのに会いそうなので、その手法をとった。
ふよふよと魔法で浮きながら、能力で誰もいないように見せかけて移動する。
着いたのは城の端にある塔の頂上だった。
ちょっとした見張り台のようになっているが、魔法で監視しているために普段から誰も来ないし、内部から来るのはそれなりに大変なのを知っていてそこに腰かけた。
本当は塀に凭れながら風を浴びたがったが、身長が足りないので直接に腰かける形になってしまったのだ。
「いい風が吹いてる。明日は晴れるだろうな」
風は湿っぽさがない非常にからりと乾いた冷たさを纏った夜風だった。
眼下には明るい城下町が広がっており、そのどこかに五郎がいるのかと思うと胸が勝手に締め付けられる。
彼を忘れるために風を浴びに来たのに、思い出してしまうとは何事だと自分を嗤う。
空を見上げれば月が綺麗に出ていて、その見事な三日月は私を嘲笑っているように見える。
いつまでも一人の男に固執し続ける馬鹿な女を、意思のない月でさえ嗤うのだ。
いや、月に住んでいる神話生物が嗤っているのかもしれない。
もう潮時だなと私はネックレスの留め金を外した。
銀のチェーンに繋がれているのは三つ。
一つは二郎から昔貰ったロケットだ。
その表面は精緻な魔法陣が描かれており、魔術の手助けをしてくれる。
中にはみんなで撮った写真が張り付けられているが、今はどうでもいい。
ロケットはチェーンに通したまま、再び身につける。
チェーンからとった残りの二つ―――――所存ペアリングと呼ばれるそれに目を落とす。
片方はかなり昔に贈られたもので私のものだ。
もう片方は私が本物そっくりに作った彼のためのもので、どちらもプラチナで形作られた輪に絡みつくような彫りが入っている。
中央にはアニメなどで見られる氷のエフェクトのような彫りが一段と深く入っていて、そのすべての線が交わる上にダイヤが鎮座していた。
裏にはそれぞれ互いの瞳の色の小さな宝石が埋め込まれ、更には互いへのメッセージが刻印されていて、間違いなく世界に一つだけのものだ。
「懐かしい。最近はちゃんと見てなかったからな。
五郎は意外とロマンチストだよな」
俺が永遠にお前を守るという意味のラテン語を刻まれている自分の指輪を見て苦笑する。
こんな熱烈な言葉なんて少女漫画の中でも中々お目にかかれない。
逆に彼の指輪には常人では読むことができない言語で私の言葉が刻まれている。
何度も意味を教えてくれと言われたが、恥ずかしくて口に出すことはなかった。
今思えば一回ぐらい言ってあげても良かったかもしれない。
けど、あの時はどうしようもなく恥ずかしかったのだ。
指輪を色んな角度から見て満足すると、私は呪文を唱え始める。
魔術ではなく魔法の呪文だ。
効果は身の回りにあるものを流れ星として地上に降らせるもので、軽く殲滅級の魔法に分類されているが、今回の目的はそんなに物騒なものではないので、そんなに魔力を消費しない。
本当は無詠唱でも魔法は発動するが、それでは味気がないので何となく唱えていた。
無駄に長い詠唱をゆっくり唱え終わり、後は一小節唱えればそれで終わりだ。
彼との思い出の品と永遠のお別れになる。
込み上げてくる想いを奥歯を噛み締めて飲み込み、最後の一節を唱える。
「・・・・・・地上に降り注げ 星の隕石よ メテ―――――」
「待った!!」
不意に後ろから制止され、魔法が不発に終わる。
驚いて振り返るとここには絶対にいないはずの五郎が立っていた。
相当走って来たのか呼吸が荒く、うっとしくなったらしい上着をその辺に脱ぎ捨てた。
随分とカッコいい恰好をしているな、とどうでもいい感想が頭に浮かぶ。
きっと、私は混乱しすぎてショートしたのだろう。
五郎達が絡むと途端にショートするポンコツな頭だが、反射的に何故ここにいるとだけは言えた。
「お前に用があるからだ。何よりも大事な用がな」
あのゲスい計画の首謀者が私だとバレたようだ。
そうじゃなかったら、こんなところにはいないだろう。
変なところで勘が鋭い、と塀から降りて彼の前に立った。
「二郎とルークを怒らないでくれ。私が全部計画したんだからな」
「らしいな。言っておくが、俺の大事な用っていうのはお前が計画したことについて怒ることじゃないからな」
あんな人道を無視した計画について知っても、怒ってないらしい。
そこは怒っておいた方がいいぞと思いながらも、大切な用事という方を優先させるために口を噤む。
五郎は深呼吸をして呼吸を整え、片足をついて私の前に跪く。
二郎から習ったのかと思うほど優雅で違和感のない動きだった。
その動きに密かに見惚れていると、流れるように私の右手に握られていた物体を取り、片方を私の左薬指につけると、もう片方を自分の左薬指に嵌めた。
・・・・・・ん?指輪を左薬指に嵌めた?
「えっ!?指輪!!填めた!?!?何で!?はぁ!?!?」
「あいつらが言ってたことは嘘じゃなかったようだな。
ぴったりフィットするし外れることもなさそうだ」
自分の指に嵌っている指輪を五郎は抜こうとするが、ビクとも動かない。
それを嬉しそうに見て五郎は指輪の表面を撫でる。
「いや、待て!!あいつら指輪のことを話したのか!?
というか、それを聞いてよく填めようと思ったな!!!!どこからどう聞いても呪いの装備だと思うだろ!!」
よくあるRPGでは、時折呪いの装備というものがドロップし、それを装備すると呪われて自由に装備が取り外しできなくなるというギミックがあった。
この指輪もいつからか不思議な力を帯びて、そういう能力を持っていると分かった時には、私の愛は呪いか何かかと突っ込んだが、これは洒落や冗談では済まない。
「お前を繋ぎ止められる指輪だからな。
昔の俺たちが考えただけあっていいデザインしている。華雪の指に良く似合ってるぜ」
手をとられ、指輪にキスを一つ落とされる。
指に輝くプラチナリングを見て、本当に填められてると再度驚いた。
「馬鹿!!一回填めたら並大抵のことじゃ取れないんだぞ!?!?
それにただの玩具でもないし!!」
外す方法がないわけじゃないが、今の私では絶対に条件を満たせない。
そうなると指ごと斬りおとすとかいう方法しかなくなる。
本当に普通の方法では外れないのだ。
「外れない方が好都合だ。
この指輪を玩具だとは微塵も思ってない。世界に一つだけのリングだろ。
後、今から告白するからちょっと黙ってろ」
五郎の海の底を連想させるような蒼い瞳に私が映っている。
困ったような嬉しいような泣きそうな複雑な顔した私がだ。
「華雪、俺は再びこの指輪に誓おう。
どのような時もお前を愛し、大切にし、守ることを」
指輪がそれを聞き届けたかのようにピカッと光る。
私にも分からない現象だったが、特に何か変わったわけじゃなさそうだ。
五郎と指輪を交互に見て、彼の頬を包み込むように両手で触った。
「・・・・・・お前は昔から馬鹿だ」
「告白の返事が馬鹿というのは中々斬新だな」
私が力を籠めれば豆腐のごとく頭が潰されることを理解してないのか、目を逸らさないままくつくつと上機嫌に笑っている。
五郎の腕は私の腰に回っていて、ほぼ体が密着している。
「今の告白の言葉、どうしてそう言おうと思ったんだ」
「さぁ?お前を前にしたら勝手に口から滑り出てきただけだ。けど、言いたいことは間違ってないからな。
今の俺は記憶もなければ華雪よりも弱い。だが、愛している気持ちだけは本当だ」
「私は昔の山口五郎を愛しているのであって、今の山口五郎を愛しているのではないと言ってもか?不毛じゃないかそれは」
目の前の彼と昔の五郎を混合したら二人に失礼だ。
だから、あえて私はそう言う。
他人から見たら下らないこだわりかもしれないし、どこが違うんだと言われるかもしれないが、それでも今ここにいる彼と昔の彼は違う。
人を形作るのは魂だけでなく記憶も大事な要素なのだ。
「俺に足りないのは記憶だけだろ。
それなら安心しろ、絶対に戻るから」
「記憶が戻っても困るし、そうなったら今の山口五郎という存在を否定していることになる。
お前には今まで十八年間生きてきた自我があるだろ?記憶というのは意志と一緒だ。
昔の記憶が戻った時点で十八年間の間に築かれてきた今の山口五郎という存在は消滅する。それを理解しているのか?」
訳が分からんと眉間に皺を寄せているので、分かりやすいたとえ話をすることにした。
「ガラスのコップをお前の魂だとしよう。
その中に今の山口五郎の今までの記憶や行動の全てが水として容量一杯に入っている。水は無色透明だ。
その気になれば何にでも染まり、存在を主張することはない。
そこに昔の山口五郎がオレンジジュースとして入る。
この時、経験の密度や時間が長い昔の山口五郎の記憶の方が比重が重いとする。
すると、コップの縁から比重が軽い水は流れ出て最後に残るのはオレンジジュースだ。
少しばかり水がオレンジジュースに混じっているかもしれないが、ほぼほぼオレンジジュースになる。
分かるか?今のお前は昔の山口五郎の記憶に肉体を乗っ取られることになるんだぞ?嗜好や趣味、その他もろもろ変わる。
それはもう今の山口五郎の存在が抹消されたと同じだろう。
そんな精神的な自殺をする気か?お前は」
「つまり、華雪の言いたいことは、昔の記憶が戻ったら今の俺が消えてしまうということだな。
案外、馬鹿だなお前は」
「馬鹿っ!?
え?真剣に説明したのに馬鹿って言われたのか!?私は!?」
「お前を愛していることが変わらなければ、山口五郎という存在の根底は水だろうがオレンジジュースだろうが変わらない。
歩んできた人生という味が違うだけで、液体であり喉を潤せるという性質は同じだろ。
俺はお前以外に今でも愛を覚えないし、執着しない。
それが山口五郎という存在だ」
こいつ、馬鹿だ馬鹿だと昔から思っていたが、本当にド級の馬鹿だった。
今の言葉を翻訳すると自分はお前を愛するためにいると言っているのだ。顔が一気に赤くなったのが分かる。
すごく恥ずかしくなって彼から離れようとするが、腰に回っている腕がビクともせず、それは叶わなかった。
「照れてるのか?顔が赤いが」
「照れてなんかない!!これは、お前の体温でちょっと熱くなっただけだ!!」
これだから天然タラシキザ男は性質が悪いのだ。
彼の胸元をぐいぐい押しのけて少しでも離れようとするが、全く隙間が広がらない上に拘束がきつくなった。
「で、記憶が戻れば告白にオッケー出してくれるのか?」
「うぅ・・・・・・。
記憶が戻って、それでも本当に私のことが好きっていうなら、その返事を返さないこともないが・・・・・・・・・・・・その時に駄目なら、無理しなくていい」
今の私はトマトやイチゴなんかよりも真っ赤な顔をしているのだろう。
最後の方は呟く程度の音量になってしまったが、それでも至近距離にいた五郎にはきちんと聞こえたらしく、また顔を緩めて笑う。
「言質取ったからな。忘れたふりとかしても絶対に逃がさないからな」
「時々、本当に記憶が無いのか不安になるほど同じ言動をするよな、五郎は」
ギラギラと輝く肉食獣のような瞳をしながらニヤリと笑う姿は、間違ってもその辺の学生がするような顔ではない。
大人だってするかと言われれば微妙だが、彼はそれなりの頻度でこういう顔をしていたので違和感はない。
他の奴らは老けてると言っているが、大人よりも大人っぽい顔つきの五郎だからこういう表情も似合うのであろう。
「お前のことが好きなのは一緒だからな。
ああ、そうだ。一つ気になっていることがあるんだが」
「なんだ?」
「指輪の内側になんか刻まれてただろ。
埋め込まれていた石はそれぞれの目の色だとして、あの文字はどういう意味だ?」
私から指輪を取り、指に嵌めるわずかな瞬間にそこまで見ていたらしい。
これも二郎との訓練の賜物かと感心しながらも、疑問に答えることにした。
「五郎の想像通りに、石は私達の目の色で、文字は互いに当てたメッセージだ。
で、意味だが、五郎から私にあてたものは俺が永遠にお前を守るっていうものだ」
「なるほどな。それで、華雪から俺にあてたメッセージは?」
「・・・・・・それは昔のお前も知らなかったことだから、言わなくてもいいだろ」
ぶっちゃけ恥ずかしいから言いたくない。
誰にも知られたくなかったからわざわざ普通の人間では翻訳できないような言語で彫り込んでもらったのだ。
昔、二郎が五郎の指輪に彫られたメッセージを見た時には、華雪さんにしては随分と情熱的な言葉ですね、と苦笑されてしまったほどだ。
そんな恥ずかしいものを本人に面と向かって言えるわけがない。
「ほう、昔の俺も知らないのか。
それはますます興味が出てきたな」
「出てこなくていい。後、そろそろ部屋に帰るぞ。
ここに長居する気はなかったから、何も書き置きもしないで出てきた。
誰かが訪ねてきたら無断外出したことがばれる」
話を逸らすために強引に流れを変える。
今日はもう指輪を填められて満足したのか、そうだなと言って彼は追及するのを諦めてくれた。
「すっかり体が冷え切った。華雪は冷えてないか?」
「上着を着てきたし、そんなに冷えてない。
五郎は風呂に入って温まってきたほうが良さそうだな」
「そうする。風呂に入ってきたら、一緒のベッドで寝てもいいか?今日だけでいいから」
駄目だと言う前に今日だけだと条件付けてきた五郎に、最近は二郎から剣術だけでなく話術も習っているいたことを思い出す。
交渉が上手くなることは悪いことではないが、それを私相手に活かされるのはどうかと思う。
しかし、今日ぐらいならいいかと思って頷き返した。
後日、他の奴らも一緒に寝たいと無駄に高度な交渉術を用いられて迫られたりするのだが、この時の私は微塵も知ることはなかった。
今回で第二章の本編は終わりです。
この後、閑話を一話挟んだら、第三章へと移ります。
閑話は大層な肩書きをもっているはずなのに、一番影が薄かった、あの人が頑張ります。




