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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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第三.五話 城内探索で見つけたもの

今回は二郎さん視点です。

 





 二郎はこれまでにないほど超機嫌良く歩いていた。



 なぜなら、長年愛し続けている華雪から傍にいてもいいと許しをもらったからだ。






 今ならスキップして、鼻歌を歌えるほど機嫌がいい。


 もちろん、そのような下品な振る舞いはしないが。
















 一歩地下牢から出ると、城の中は慌ただしかった。


 メイドと執事が何かの荷物を持ちながら歩き回っている。



 荷物を見てみると、毛布や洋服など、勇者召喚で連れて来られた人達の生活必需品みたいだ。






 後で華雪にも持っていかなければと二郎は頭の中にメモをした。



 今、二郎は隠れることをせずに歩き回っているが、誰も彼のことを目にとめたりはしない。


 これは二郎が魔術を使って透明になっているからだ。



 二郎としては堂々と歩き回ってもいいのだが、華雪に迷惑がかかったら困ると高度な魔術をわざわざ使っていた。






 この魔術は生物に触れたら解除されるという欠点があるが、そんなものは避ければいいとばかりに二郎は昔から好んで使っている。


 元いた世界では温度を感知するサーモグラフィーなどで見られれば一発でいる場所がバレるが、異世界であるここにはそんな技術がないので安心して歩くことができる。



 まぁ、もっとも神話生物である二郎に体温という概念はなく、空気に紛れるような熱しか発してないが。
















 あてもなくうろうろと歩いていると、更衣室と書かれている部屋の前に着いた。



 余談だが、この世界の文字と言葉は日本語に準拠しており、現代日本から来た勇者達でも何不自由なく生活を送ることができる。






 周りと部屋の中に人の気配がないことを探ってから、するりと更衣室の中に入った。


 中にはいくつもの木でできた棚が並んでいて、その中には二郎の思惑通り執事服が畳まれてしまわれていた。






 人が来ないうちにと、執事服をまじまじと観察して自分の服を変える。



 彼にとって、服とは自分の一部のようなものだ。


 そのため、自分が思い描いた服装を好きに纏うことができる。






 さっき華雪に掛けてきたマントも自分の一部だ。


 あのマントに異常があればすぐに分かるため、こうして離れていても安心できる。



 鏡で自分の姿を見ておかしいところがないかと一周回って確かめた。




「・・・ああ、そういえばあの男は今は学生でしたね。

 それならこんな感じでしょうか」




 鏡に映った二郎の顔がぐにゃりと歪んで少し若返る。


 見た目年齢を(いじく)るのも手慣れたものだ。



 鋭い眼差しで鏡を見るその姿はまさしく執事服を着た山口五郎と言っても過言ではない。



 しばらく鏡の中の自分の顔を睨み付けていたが、片手で顔を覆うと次に鏡に映ったのはいつもの読めない笑みを浮かべた二郎だった。






 最後にもう一度おかしなところがないかチェックして更衣室を後にする。



 廊下に出たところで、見知らぬ執事に捕まった。




「こんな忙しい時にサボってないでさっさと手伝え!」



「申し訳ありません。何をすればよろしいでしょうか?」




 すぐに頭を下げて自然に執事として振る舞う。


 これもこの世界の一般常識を知るための準備の一つだ。






 さっきみたいに血をもらえば記憶を読めるが、ちょっと傷をつけて血を数滴だけとかもらうのは面倒だ。



 だからといって、手当たり次第に派手に襲って血を吸うわけにはいかない。


 そんなことをしていたら廃人または死体を大量生産してしまい華雪に怒られる。



 ならばどうするのかというと、一番知識を持ってそうな人間を見つけるために、人間として彼らの中に紛れ込むのだ。






 爽やかな笑みを浮かべて先輩であろう執事の次の言葉を待つ。




「これを北塔の最上階の部屋の前に持っていってくれ」




 二郎の腕の上にどさどさと荷物を置かれる。



 神話生物で人間の何倍も筋力がある二郎には大した重さではないが、人間が持とうとするとかなり重たいものの部類にはいるだろう。






 少しよろめくという器用な演技をしてから、二郎は了解しましたと言い、歩き出す。



 そんな二郎の背中に執事が忠告した。




「知ってはいるだろうが、部屋の中には絶対に入るなよ」



「どうしてですか?」




 二郎は足を止めて執事のほうを振り返る。




「なんだ。そんなことを知らないほど新人なのか。

 あの部屋には魔女がいるんだ」



「魔女、ですか」




 魔女と呼ばれる存在は二郎にとって慣れ親しんだ存在だ。



 創造主である華雪も本人は認めてないが魔女といえば魔女だし、その友人であり二郎の元上司という位置にいた女も、また魔女だった。



 その女の行方は確認されてないが、どこかで元気にやっているだろうと二郎は思う。






 二郎が神話生物であるということを知りながらも、料理を作らせたり、掃除をさせたりするほど神経が図太いのだ。



 それだけ逞しければ、上位の神にでも目をつけられない限り幸せに生きていける。






 そんな魔女ぐらいしか見たことのない二郎だったので、異世界の魔女という単語に惹かれた。



 古臭い物語に出てくるような、黒いマントを着た老女が出てくるかもしれないと期待する。


 それとも不老の方法を手に入れた、見た目が麗しい魔女かもしれない。






 どちらにせよ、魔女と言われる人種は総じて知性が高い。



 この世界のことをよく知っているという条件に一致しているため、会いに行こうと二郎は決めた。




「そうだ。というわけで、荷物をおいたらさっさと戻ってこい」



「分かりました。

 では、失礼します」




 二郎は執事とは逆方向に歩き出す。



 重い荷物を持っている設定なので、その足取りは重く時折ふらついてみせたりしながら、人気のないほうへ歩き続ける。



 当たり前だが、この城の地理など知らない二郎は、なんとなくこっちじゃないかな?というアバウトな感じで動いている。






 なお、この城は東西南北にそれぞれ塔が立っており、その塔を仲介するかのように廊下がある。


 空の上から見るとちょうど正方形に見えるように建てられ、その正方形の中心に異世界転移してきた華雪達が通された大広間があるのだ。



 そのことを二郎が知るのはもう少し後だったりする。
















 それはさておき。



 二郎は神話生物だから特殊な第六感でも備えているのか、それとも単純に運がいいのか、寄り道をしながらも正確に北塔に向かっていた。






 塔の階段を上るにつれ、人気がなくなって、床なども汚れてきている。



 さっきの執事の口ぶりからして、魔女にあまり近づきたくないのだなと予想していた二郎は、段々荒れていっている壁や床を見ても驚かなかった。


 むしろ、この先に魔女のいる部屋があるんだなと確信できて安心している。






 最上階につくと、そこは質素な木でできた扉が一つだけあった。


 この扉の向こうに魔女がいるのだろう。



 二郎は荷物を床に置いて、ノックもなしにいきなり扉を開けた。




「ちょっと、女の部屋にノックもなしにいきなり入ってくるなんて、一体どういう、つ、もり・・・・・・」




 扉の向こうはここまでくる道中の荒れている感じなど微塵も感じさせないぐらい、豪華で綺麗な部屋だった。


 その中央で扉の開く音に反応して振り向いた女性の抗議は途中で空中に消える。



 二郎は普段は閉じている瞳を露にして驚いた。






 しばらく両者共に固まっていたが、二郎が一足早く正気に戻る。



 そこからの行動は迅速に行われた。




「それではそういうことで。失礼しました」




 頭を下げて部屋から退出する。



 二郎は何も見てないし、誰もいなかったと自分の記憶を偽装しながら階段を降りようとする。






 が、後ろのほうからバンッ!と大きな音が聞こえたのと同時に服の裾を掴まれた。



 逃げ切れなかったかと心の中でため息をつき、やれやれと両手をあげる。




桐生(きりゅう)さん、逃げないので手を離してくれませんか?」



「本当?嘘ついたら殴るわよ」




 桐生と呼ばれた女性は、怒るという情緒をすっ飛ばして、殴るという行動に出るらしい。



 昔から何も変わらないんだなと二郎は思って、降参とばかりに両手を上げた。




「本当ですから。

 桐生さん相手に嘘をついたりしませんって」



「分かったわ。

 ここじゃあ長話できないから、部屋の中に入って」




 桐生は二郎の服からあっさりと手を離すと、部屋の中に戻っていった。



 二郎も続いて部屋の中に入る。






 開けた時には細部まで見なかったが、こうして落ち着いて見てみると見事な調度品が部屋の雰囲気と一体となっており、もはや芸術の域だといっていいほどに素晴らしい部屋だった。



 その部屋にある椅子の一つに二郎は遠慮なく腰を下ろすと、向かい側に座った彼女を見る。






 桐生と呼ばれた女性は、くせのないストレートな明るい赤茶髪をそのまま流し、男達の視線を釘付けにする大きな胸と突き出た尻、それでいて手足は細くてモデル顔負けの体形をしている。


 しかも、瞳は黒曜石のようにきらめき、唇はぷっくりと薄い桃色をしていて、完全無欠レベルの美人だ。






 見た目も前と何一つ変わることのない女に対して、二郎は華雪に見せる笑みに近いものを向ける。



 そして、ゆっくりと口を開いた。




「お久しぶりですね、桐生さん」



「そうね、二郎。

 また会えるとは思っていなかったわ」




 それだけ言うと沈黙が部屋を支配する。


 互いにどんな顔をして話をしていいのか分からなかったからだ。






 ただ、二郎は魔女と聞いた時、少しは予想していたのだ。


 北の塔にいる魔女というが実は自分の元上司ではないかと。



 当たってほしくない予想が当たってしまった。



 嫌いではないのだが、色々と振り回されたので、二郎は少々苦手意識を抱いていた。
















 目の前の完璧美人の桐生は昔、探偵をしていた。


 その助手に二郎がいたのだ。






 もちろん、探偵と言ってもただの探偵ではない。


 表向きは迷子の犬探しから浮気の証拠をつかむことまでしていたが、裏側は神話生物が起こした事件の解決などをしていた。



 裏の仕事はもっぱら二郎が担当していて、一人では手に余りそうな事件は桐生とコンビで仕事した。






 そんな二郎と桐生は一つ屋根の下、一緒に暮らしていたが、一回世界が滅んでからは別々に暮らし始め、最近は全然会うこともなかった。



 最後に会ったのはそれこそ二郎が華雪の元を去った時だろう。






 まじまじと互いの顔を見ていても話は進まないので、二郎から話を切り出した。




「私の顔を見て名前を呼んだということは、昔の記憶はあるんですね」



「あるわ。

 貴方のことも覚えているし、華雪ちゃんのこともしっかりと覚えているわ」



「ほう。それはいいのか悪いのか分かりませんが、好都合です。


 この世界の知識が欲しいので血をください」




 桐生という女は頭がいい。


 そう二郎は評価している。



 抑えられない好奇心と探求力で、その辺の学者なんかよりもよっぽど色んな事を知っている。






 その好奇心のせいで、死にかけたことが両手の数では足りない程ある二郎だが、こういう場合はありがたいと思う。



 二郎からのお願いに桐生は露骨に警戒した。




「どういうつもり?貴方が私にお願いするなんて。

 らしくないわ」



「私としては実力行使で飲んでもいいんですが、そうするとあの人が悲しみますからね。

 だからお願いしているんですよ」




 困ったと肩をすくめながらも、どこか嬉しそうに笑う二郎。



 その態度と彼が言ったあの人という単語が桐生の脳裏に一つの可能性を浮かび上がらせる。




「・・・・・・ねぇ、ひょっとして、華雪ちゃんと一緒にいるの?」




 桐生の声は震えている。


 彼女にとっても華雪は何物にも代えがたい大切な人だ。



 その彼女の居場所が分かりそうなのだ。


 声が震えるのも無理はない。



 二郎もそのことは知っているので意地悪せずに教えることにした。




「はい。つい先ほど再会することができました。

 変わらず小さくて愛らしかったですよ」



「どこ!?どこに華雪ちゃんはいるの!?」




 ガタンッと椅子から立ち上がると、すさまじい剣幕で二郎の胸倉を掴んだ。



 その顔は必死そのもので、彼女もまた華雪のことが大切だということが伝わってくる。




「地下牢ですよ。この城のね」



「どうしてそんなところに入っているのよ!

 さっさと出してあげなさいよ!」




 地下牢なんて冷えて衛生の悪いところに一秒でもいたら死んでしまうと桐生は焦る。






 この桐生の心配は過保護とは言えず、実際に華雪はかなり体が弱い。


 睡眠不足なのか、あまり栄養を採らないからなのか、原因は不明だが、体調をよく壊すのだ。



 しかも、その状態で無理して仕事をしたりするせいで、更に悪化させることが多かった。



 だが、二郎は今回に関しては心配してなかった。




「大丈夫ですよ。ここに来る前に加護を授けてきましたから」



「加護?

 それって、この世界では神から授けられると言われているあの加護?」




 この世界では神から気に入られたり、敬虔に神にお祈りをしている神官などが、極まれに加護という神からの贈り物をもらい受けることがある。



 二郎も神話生物の端くれなので、華雪の血を舐めたときに記憶を視て加護を授けたのだ。






 ただ単に加護を授けたいと思うだけでいいらしく、実際にそう願ったら、自分と華雪の間に何かしらのラインが形成されたことを感知した。



 本当に微かなものなので、物凄く意識してなければ存在自体に気づかないが、それでも確かに繋がっていると感じることができる。






 肝心の加護についてだが、神話生物によって加護の内容は違うらしく、二郎が渡すことのできた加護は状態異常にならなくなるというものであった。



 この世界にいて、この世界の法則で縛られているものに限り、風邪などもひかないし、たとえ毒などが盛られても死んだりしない。


 そういうのは全て状態異常とみなされるからだ。






 その説明を桐生にすると安心したように椅子に座り込んだ。




「あー。もう、びっくりさせないでよ。

 心臓が止まったらどうしてくれるのよ」



「それは失礼いたしました。

 そのような理由があるので今のところは平気だと思いますよ」



「そういうことならいいわ。

 でも、どうしてこの城の地下牢に捕まっているの?」




 二郎は華雪から読んだ記憶を掻い摘んで話す。


 話すにつれ、桐生の綺麗な顔が歪んでいくが、二郎は淡々と話しを続けた。



 話し終わると桐生が机につっぷした。




「あの人たちがややこしい状況を更にややこしくしているってわけね。

 本当にろくなことをしない奴らなんだから」



「桐生さんとこの国の王族は何か関係でも?」



「一応、血縁関係よ。認めたくはないけど」




 心底嫌そうな顔で桐生は言う。



 何をされたのか知らないが、今の扱いを見ている限り両者の関係は良くはないのだろう。




「そうだったんですか」



「そうよ。まぁ、親子らしいことなんて一回もしてないけどね」



「でしょうね。

 むしろ、親子というところに疑問を覚えるレベルですよ」




 華雪の記憶で〝視た”国王達と桐生の容姿は似ても似つかない。


 赤の他人ですと言われるほうが納得できる。



 それぐらい何もかも似てないのだ。




「あんなのと似ていると言われるほうが嫌よ。


 でも、そういうことならこの部屋に来るといいわ。

 私の部屋には誰も入らないから」



「華雪さんに聞いてみないとですね。

 桐生さんの迷惑になりたくないとか言って遠慮しそうですが」



「その可能性はあるわね。

 私は全然迷惑なんて思ってないのに」



「遠慮深いところが彼女の美徳であり、欠点ですからね」



「そういうところも可愛いんだけどね。

 たまには頼ってほしいわ」




 苦笑しあう二人。


 華雪のことをよく知っている二人だからこそできることである。




「まぁ、上手く言って連れてきますよ。

 いつまであんなところに居させるのは私も反対なので」



「頼んだわ。

 二郎が華雪ちゃんを迎えに行っている間に掃除しておくから」



「お願いします」
















 こうして二郎の城内探索は終わった。



 この世界について膨大な知識を持つ人間に会うというミッションをクリアし、更には今後の寝床も見つけてくることにも成功したので、初めての城内探索は大成功をいっていいだろう。






 早速、華雪を連れてこなければと二郎は足早に地下牢に戻った。



 この後、華雪が桐生と再会してまた泣いたことはまた別の話である。






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