第三十話 人を愛する痛み
神話現象に遭遇したせいで自分を誤魔化せていたが、そろそろ五郎からの好意的なアプローチにギブアップしそうだ。
人前だろうがどこだろうが歯の浮くような言葉を吐いてボディタッチをしてきては、満足そうな顔をして笑う彼は、中身はともかく見た目は愛した人そのまま(ちょっと若い)なのだ。
いくら、昔の彼しか愛してないといっても、あんなことを続けられていたら、私の心臓が持たない。
アプローチをやめさせようにもどうやったらやめるか考え中だ。
「という訳で、何かいい案はないか?」
「それをボクに聞くのは間違ってないかな」
散歩帰りのルークを捕まえて、真面目に話を振ると、ルークは困った顔をしてポリポリと頬を掻いた。
「男のことは男に聞くのが一番だろ。女性経験が豊富そうな二郎かルークがいいと思ったから、お前に相談してるんだ。
ルークだって、好きな女ができたらアプローチして落とすだろ?」
屍鏡が誰かと付き合っているという話は聞かなかったし、今現在も誰かが好きとかはないらしい。
その点、ルーク達は多くの女性と付き合っていることを知っているので、手軽に聞けるというわけだ。
「好きか嫌いかは置いておいて、ボクが人を落とそうとする時の手段は魅了一択だよ。そんな面倒な言動をどうして人間相手にしないといけないのさ。
それは二郎も変わらないと思うけど」
そうだ。こいつらはただしイケメンに限る(魔術)という技能が使える奴らだった。
そうでなくても自分が一番魅力的に見える行動や言葉を自然と実行できる。
魔術なんてなくても女なんていくらでも落とせるのだ。
それでも魔術を頼るのは純粋にそういうことを人間相手にするのが言っている通りに面倒なのだろう。
魔術のほうが手間がかかっている気がするが、本人たち曰く、すぐに言うことを聞いてくれるし必要のないことを言わないので楽だとのこと。
「魅了を使う以外で女を落としたことは?」
「ないよ。今、頑張っているんだけど、全く脈なしなんだよね。その子」
「え?逆に魔術に頼らないで落とそうとしている女がいるのか?」
冗談半分に聞いていたら、衝撃の新事実を知ってしまった。
女なんて黙っていても砂糖に群がる蟻のように際限なく寄ってくるあのルークが、魔術なしで、落とそうとしている女がいることに。
しかも、全くの脈なしとは・・・・・・。相手に目はついているのだろうか?
こんなイケメンに言い寄られたら、誰もがイエスといって股を開くものを。
よほどイケメンに関心がないのか、忘れられない人がいるのかもしれない。
一体、どこのどいつなのか、顔を見てみたい。
そう考えていることが伝わったのか、ルークに深いため息をつかれてしまう。
「まぁ、いるんだよ。本当に脈がないけどね」
「?ルークなら誰でもオッケーだと言うと思うが?人間だけでなく神もな」
「慰めの言葉をありがとう。
そんなわけで、申し訳ないけどボクじゃ力になれそうにないな。
というか、五郎に真正面からやめてと言っても聞かないと思うよ?それは華雪も分かっているでしょ?」
「うーん。あいつも一度決めたことは曲げない奴だからなぁ。
だからといって、受け入れる気はない。
まだ若いから一時の気の迷いだと思うんだ。どうにかして諦めさせることはできないだろうか」
腕を組んでうんうん唸っていると、それならいい方法があるよとルークが言ってきた。
それに食いつかない私ではない。
「どんな方法だ?」
「簡単なことだよ。ボクと付き合えばいい」
「はあ?」
ついに私の脳みそがバグって、ありえない言葉を受信し始めたらしい。
とんとんと頭を叩き、ワンモアプリーズと言ってみる。
「だから、ボクと付き合えばいいんだよ」
「私の頭の具合はよほど深刻なようだ。
まさか、ルークから自分と付き合えばいいだなんて聞く日が来るとは・・・・・・」
「華雪の頭があれなわけじゃないから。
このままじゃいつまで経っても受け入れてくれなさそうだから、先に概要を説明しちゃうよ。
五郎に恋人がいるからそういうアプローチはやめてくれって言うんだ。
架空の人物でも別にいいけど、目の前にいたら諦めがつくだろ?
何も本当に付き合わなくていいんだ。あくまでフリだよ、フリ」
なるほど。漫画でよくあるパターンのやつだ。
男の友人に彼氏のフリをしてもらい、しつこい男を撃退するというあれだ。
それなら五郎も諦めざるをえないだろう。
「いい案だが、ルークはそういう目で見られてもいいのか?
私の見た目はこれだからな。変更できないぞ」
神話生物の中には見た目を変更できる奴が結構いるが、私は残念ながらそいつらの中には入ってなかった。
私が変身できる姿は、赤毛の子猫と人外とこの人間の姿だけで、人間の姿の外見変更などはできなかった。
おかげでこの見た目のままいることが決定している。
せめて身長だけでも伸びれば文句は言わなかったものを。
世の中は本当にままならないものである。
ちなみに二郎は年齢操作ぐらいの外見変更はできて、ルークは自由に姿が変えられる。
わざわざ男の姿でなくても絶世の美女にもなれるというわけだ。
見たことはないが、きっと美人なんだろうなとは思っている。
「ボクは華雪のことが好きだから気にしないよ。
その血のように鮮やかな赤い髪も、トルマリンのような緑の瞳も、触れれば折れそうなほど華奢な肢体も、誰よりも足掻いて自分を犠牲にしている心の在りようも全部全部。
その全てが好きで好きで愛してる」
こんな貶されているような比喩が多いことを言われれば、他の奴なら蹴りの一発ぐらいいれるが、ルークはこれでも真面目に褒めているのが伝わってくるので、悪い気はしない。
本心で褒められるのは照れくさくて苦手だが、心が温かくなる。
「他の女性には言うなよ。殺人事件が起きるからな」
「言わないよ。愛の言葉を捧げるのは華雪だけだからね。
で、ボクの彼女になってくれるかな」
蜂蜜のような甘い言葉が私の耳に注ぎ込まれる。
そんな甘ったるい言葉をルークが吐けることに驚いた。
オッドアイの瞳もいつものように無機質ではなく、熱を孕んでいるように見えた。
「はい、ストップです。
油断も隙もあったもんじゃないですよ。まったく」
首を縦に振る前に視界を何かに覆われる。
同時に背後から呆れ交じりのため息が聞こえた。
視界を塞がれたのは数秒の間で、その後は頭の上に移動して優しくぽんぽんされた。
「二郎か。今、いいところだったんだよ。
邪魔しないでくれないかな」
ルークは何故かどことなく悔しそうだ。
そんなに私の手伝いをしたかったのだろうか?
それとも、キザったらしいセリフを聞いた私の反応を楽しみたかっただけかもしれない。
とにかく、今まで見たことがないほど悔しそうなのは確かだ。
「何がいいところですか。抜け駆けするのは狡いですよ」
「自分だってボクの立場だったら、絶対にこうしていただろ? それなのにボクだけ責めるのはどうなんだ」
「当たり前でしょう。
華雪さん、お話は聞かせて頂きました。ルークさんなんかより、よほど私の方が恋人として振る舞えますよ。
私にしませんか?」
何か分からないが、二郎も私の嘘の恋人に立候補してくれた。
こいつらは優しいなと思いながら、どちらにするか考える。
二人とも私にはもったいないほど素晴らしい男だが、一度に付き合えるのは普通に考えて一人までだ。
張り切っているところ悪いが、片方しか選べない。
どっちでも問題はないから、最初に立候補してくれたルークにすべきだろうか?
「駄目ですよ、華雪さん。ルークさんは人間の常識に欠けていますから、絶対大切なところでミスをして台無しにししますよ」
二郎の言うことは一理ある。ルークは人間の常識に疎い。
それはずっと神として存在していたからであり、そんな彼に人間の常識を押し付けるのもよくないが、かなりズレている。
変なところでツッコミを入れるのは疲れるから、そういう危険性がないほうがいい。
「でも、二郎だと姿が一緒だから五郎が納得しないと思うよ。
中身が違うからと言っても、外が一緒なら俺でも良くないかとなってもおかしくないだろ?」
それもまた一理ある。
外見が同じならいいじゃないかという気持ちはよく分かるし、そう言われたときに納得してもらえるような答えを返す自信がない。
こうしてみると一長一短があるようだ。ならば、仕方ない。
「ルークと二郎以外に男を探すしかないな」
「「それは駄目(です)!!」」
口を揃えて即却下される。
「えぇー?だって、二人とも私にもったいないほどできた男だが、今回の件に関してはちょっと問題があるからな。
他の男を探してくるしかないだろ」
屍鏡は忙しいから最初から除外だ。
その他に身の回りに男性がいないから、赤の他人を雇うしかない。
しかし、それは今二人に拒否られた。
「どこの馬の骨とも知れない奴が華雪の隣を彼氏面で歩いていたら、不慮の事故で死んじゃうけどいいの?」
「私の隣を歩くだけで死ぬのか!?」
「ええ。確実に死にますね。
具体的には生きてきたことを後悔して苦しみながら死にます」
それは不慮の事故とは言わない。
明らかに人為的に殺されそうな偽りの恋人候補に何か思うことはないが、五郎を納得させる前に肉片になっても困るのだ。
「もうこうなったら最終手段しかないな」
「ですね」
「その最終手段とやらが五郎を殺すことだったら、私は全力で止めるからな」
二人して私から目を逸らす。
言わなかったら実行していたらしい。
二郎もルークも障害があったらどうやって避けようかと考える前にぶっ壊すタイプなのだ。
頭は人間よりもいいし、ちまちまと小細工をするのも得意だが、時に面倒になるのか豪快に真正面から前提条件をぶっ壊すことが多々ある。
それを実行できる力があるのがまた性質が悪い。
はかなく消えそうだった命を何とか繋ぎ(本人は全くもって知らない)、煙草に火をつけて吸う。
ニコチンが私を落ち着かせ、覚醒してない脳細胞をフルで働かせてくれる。
「・・・・・・あまり強引な手は使いたくなかったが仕方ない。
二郎とルーク次第だが、どうにかする方法がある」
「へぇ、それはどんな方法なのかな?」
肺一杯に紫煙を吸い込み、ふぅと吐く。
これから言うことはきっとそれなりに道徳から外れているのだろう。
しかし、五郎を若気の至りから目を覚まさせるにはこれぐらいしないと駄目だ。
「壊さない程度に人間用の精力剤を盛って娼館の女でも抱かせてこい。
言っておくが、依存性があるような薬は駄目だぞ。後、体にもあまり悪くないやつにしてくれ。
綺麗な女の一人や二人を抱けば正気に戻るだろ」
「それで、華雪さんはよろしいのですか?」
二郎がそう聞いてくる。
彼が言いたいのは、五郎が他の女を抱いても構わないかということだろう。
私が五郎のことを想っているからこその確認だ。
昔の彼が好きなのであって、今の彼は昔の彼ではない。
だというのに、どうしてかこの胸が痛む。
しかし、そんなことは表面には出さずに、意識して表情が動かないように機械的に肯定を返す。
「構わん。悪いが頼んだ」
「分かったよ。今夜にでも行ってくる」
「準備がありますので、私達はこれで」
ぱたんと扉が閉まり、部屋に一人になる。
気を利かせて一人にしてくれたらしい。私は膝の間に顔を埋めて座った。
「これでいい・・・・・・。
過去に引っ張られることなく今を生きるのが人間だし、彼は今を生きる人間だ。だから、私は何も思わない」
まだ体が不安定なのか、ぐにゃりと腕の一部分が変質する。
それは紫がかった玉虫色で、ルークとあれの力が混じりあっているのを表現したような色合いだった。
形状は球体だが、意識すれば触手にも変えることができる。
人間の腕に戻るように念じれば、何事もなかったかのように不健康な細く白い腕に戻った。
本当に人間の皮を被った化け物だなと自嘲する。
砂漠の中の一粒の砂金ほどしか人間性なんてものはなかったが、それさえも取り除いた私は半端な外れものから真正の化け物になったのだ。
そんな私が普通の人間である今の五郎にこれ以上干渉してはいけない。
「今度、自分の恋心を封じる魔術でも探さないとな。
これは結構・・・・・・痛い」
存在が精神体に寄っているのか、五郎が他の女を抱くということを想像するだけで、心臓がナイフを突き立てられながらかき混ぜられているように痛む。
今の彼が昔の彼でないことは頭では理解しているのに、どうしても心がついていかない。
その部分を手で押さえながらも、それほどまでに彼を愛している事実に安心する。
人を辞めても人を愛することはできるんだなという新発見をしつつ、いい報告が聞けることを願った。




