第二十六話 真剣に考える
「先生、先生?」
「ん、ああ、朱音か」
夕食を運んできた二郎に様子がおかしいことを指摘されたが、何でもないの一点張りで強引に通した後、時間を作った朱音が部屋に来ていた。
楽しく雑談などをしていたが、ついつい昼間のことを考えては意識を飛ばしてしまっていたらしい。
「大丈夫?先生。さっきからずっとぼうっとしてたけど」
「いや、何でもない・・・・・・。そうだな、朱音。
ちょっとだけ相談に乗ってくれないか」
きっと私は疲れ切っているのだろう。
体の中で宇宙規模の神話対戦をし、自分が自分でいられるように再臨して、ようやく目が覚めたらと思ったらニャルラトテップが来て、その後五郎が大きな爆弾を落としていった。
こうやって最近の記憶を振り返ってみても現実味がない。
それぐらい気疲れしているらしい。
「私でよければいくらでも相談に乗るよ、先生。何の相談?」
「実は、五郎とのことなんだ」
重い口を開くと、朱音は驚いたという顔をしてきた。
「やっと、五郎さんの想いに気が付いたの!?告白でもされた!?」
「ちょっと待て、朱音。何で五郎が告白した前提なんだよ。
しかも気づいたのってお前なぁ」
前提条件が色々とアレだし、私が告白されたことに気づかない鈍い奴だと思われているのも心外だ。
これでも一時期はカウンセラーをやっていた私にとって、誰にどういう感情が向いているかなんて、少し見れば大体分かるというのに。
解せぬと全力で表情に出すと、朱音は慌てたように両手を自分の顔の前でわたわたさせる。
「ち、違うの、先生!
五郎さんにどうやったら先生に誤解なく愛の告白が伝わるか相談を受けてね!それで、その、少しアドバイスを」
「ツッコミどころは色々あるが、どうして朱音にその相談なんだ?
異性に相談するより同性に相談した方が手っ取り早くないか?」
屍鏡はともかく、二郎やルークなんて引っ掛けた女の数は星の数ほどいるだろう。
屍鏡が女性経験が少ないと言っているのではなく、二郎とルークの生きている長さや性格などを加味して言っているのであって、決して屍鏡を悪く言っているわけではない。
また、異性への相談というのは年頃の五郎からしたら気恥ずかしいだろうし、同性である彼らをすっ飛ばして異性の朱音にいくのか甚だ疑問だ。
しかも、見るからに大人の女性という桐生や白ではなく、純情乙女な朱音を選んだ理由もまた謎すぎる。
「先生、五郎さんが二郎さんやルークさんに相談はできないと思うよ。まだ死にたくないだろうし」
「何で命がけ?
私への告白をアドバイスするのって腹をすかせたライオンの檻に生肉を飾って突っ込むような感じなのか?」
私には告白のアドバイスをした奴を殺しに行くような性癖はないし、二郎とルークなら私を簡単に返り討ちにできる。
なのに、どうして死にたくないからと言うのだろうか?
朱音は本当にこいつは何も分かってないなという顔をした後、いつもの顔に戻る。
「そういうわけじゃないんだけど、いいや。
とにかく、私がアドバイスしたの」
「告白のか?」
「うん。先生に猛烈アタックしているのに全く気付いてくれないって相談されたの。
だから、誤解の余地がないストレートな言葉でちゃんと告白したほうがいいよって言っておいたんだけど、その様子だときちんと先生に言葉が届いたみたい」
「それで、あの言葉か」
あんな言われ方をしたらきちんと伝わる。
どう頑張っても勘違いのしようがない。
ため息をついて眉間に寄っていた皺を指先でほぐす。
「先生、五郎さんは先生と一緒で本質は何一つ変わってないよ。
優しさも思いやりも先生が好きなことまで」
「・・・・・・あれは五郎の一時の気の迷いとかじゃなかったのか?」
てっきり神話現象に巻き込まれ過ぎて、人間の本能に従い、身近に居る雌である私を大切にしていたのかと思っていた。
そのまま情が移って結婚まで漕ぎつけたと私は考察している。
しかし、朱音は顔を真っ青にして、
「・・・・・・先生、もしかして、前の時に五郎さんが先生と付き合っていたのは気のせいとか吊り橋効果とかだと思って結婚してたの!?」
「えっと、そうだが?それ以外に何があるんだ?」
首を傾げながら答えると、信じられないとばかりに目を見開かれ、両肩をがしりと捕まれる。
鬼気迫るその表情に思わず身を引いてしまった。
だが、狭いベッドの上でろくに動くこともできない私が逃げることはできない。
「私だけじゃ手に負えないから、桐生さんを呼んでくるね!
そこで待っててよ、先生!!」
「あっはい」
こうなった朱音には逆らってはいけないと新たな発見をして待つこと数分。
桐生だけでなく屍鏡まで連れて朱音が戻って来た。
「お待たせ、先生!」
「そんなには待ってないが、屍鏡も一緒なんだな」
「同じ男性としての意見を聞こうと思ってね。
仕事が終わってたから連れて来ちゃった」
無理やり引っ張られてきたらしい屍鏡は服装が少々乱れている。
それに気が付いた朱音がごめんねって言いながら直した。
「それで、華雪ちゃん。
朱音ちゃんから聞いたけど、山口が華雪ちゃんと付き合っていたのは純粋に恋心とか愛情じゃなくて、若気の至りとでも思っているのよね?」
「うん、まぁ、そうだ。
だって、五郎はカッコいいし、優しいし、強いし、女が沢山寄ってきてたと思うから、その・・・・・・私のどこが良かったのか分からなくてな。
私は桐生のように綺麗で知力に秀でているわけではないし、朱音のように可愛くて一緒にいると雰囲気が和むような優しい雰囲気を纏っている訳でもない。私には何もないんだ。
だから、吊り橋効果だとずっと知っていても彼の優しさに付け込んで、結婚までしてしまったんだ。
いや、勿論、彼が正気に返ったら離婚するつもりだったぞ!?そこは本当だからな?私は五郎を大切に愛しく思っている。
ちゃんと、彼が別れたいと言ったら素直に別れるつもりだったんだ。その前に世界が滅びたけどな」
「精神科医の屍鏡君、これ、どうにかなる?」
桐生が沈痛な面持ちで屍鏡に問いかけた。
彼は仮面を外して私の顔をまじまじと見てきた。
そして、首を横に振る。
「処置なしだよ、桐生。
華雪ちゃんは元々こういう感じだったけど、離れている間に悪化していたみたいだから。
僕達が事あるごとに伝えてはいたけど、やっぱり本人からの言葉が一番じゃないかな。
記憶はないけど熱意はあるから、マシにはなるとは思うけど・・・・・・」
「問題はどうやって二郎とルークを押し留めるかよねぇ。
まぁ、そこは白さんにも協力してもらうことにして・・・・・・。
華雪ちゃん、今日から貴女は山口と一緒に寝なさい」
「はぁ!?」
会話についていけないうちになんか五郎と寝ることになっていたので、抗議の声を上げる。
しかし、それは黙殺された。
「私は山口に説明に行ってくるわ。
屍鏡君はその間に華雪ちゃんのカウンセリング、朱音ちゃんは白さんのところに行って協力をお願いしてきてくれるかしら?」
「任せて、桐生さん」
「山口を連れてくる間に最低限は済ませておくよ。三十分もあればいけると思う」
「頼んだわ、屍鏡君」
私には何一つ理解できないまま、桐生と朱音が部屋から出て行った。
残った屍鏡はよいしょ、と言いながら椅子の背もたれを私の方に向けると、そこに腕を置きその上に頭を乗せた。
行儀の悪い姿勢かもしれないが、彼は好んでその体勢をよくする。
「さて、と。華雪ちゃん。
今、僕たちが何を問題にしているか分かるかな?」
真面目な口調で話しかけてくる屍鏡に、私もそれなりに真面目に考える。
発言としては問題なかったと思っているが、話の流れ的に五郎に関することだろう。
「五郎に関することで合っているよな?」
「そうだね。正解だよ、華雪ちゃん。
でも、何が問題かまでは分かってないでしょう?
僕達の反応を見て原因が分かったとしても理由までは分からない。そこがまず困ってるんだよね」
「ごめん、屍鏡。何をしたか分からないが、不快な思いをさせたみたいだ」
「謝らないでいいよ。でも、ちゃんと聞いて欲しい。
目を背けないでちゃんとね」
いつになく真剣な彼にこくりと頷く。
体勢のせいで恰好こそついていないものの、冗談の雰囲気は一ミリも伝わってこない。
「まず、そもそもの話をするよ。
山口五郎は華雪ちゃんのことを心の底から本当に愛していた。
それは僕も桐生も朱音ちゃんも白も、認めたくはないだろうけど二郎やルークも知っている。
これはまぎれもない真実だよ。誰に聞いてもそれだけは証明してくれる。
吊り橋効果でも、神話現象で狂ってるわけでもなく、山口五郎は華雪ちゃんのことを愛していた。
あいつが華雪ちゃんに恋したのをいつか知ってる?」
「知らないが・・・・・・」
それは昔の本人から聞いていない。
ただ、気づいたら好きになっていたとは言われた。
「正解はね、華雪ちゃんに病院で怪我を治療してもらっている時らしいよ。
ヘタレだからすぐに告白できなかったらしいけど、僕が見ている範囲では一人の男としてきちんとアピールはしてた。
まぁ、華雪ちゃんには何一つ伝わってなかったけどね。
あの時はまだ神話現象に頻繁に遭遇しているわけでもなければ、毎日が命がけでもなかったはずだ。
それなのに、山口五郎は華雪ちゃんに恋した。
それは否定しないであげて」
五郎がそんなに昔から私に恋していたなんて初耳だ。
本人の口からではなく、他人の口から語られたものだが、屍鏡が嘘を言っている様子はないので、おそらく彼の勘違いでなければ本当にそうなのだろう。
「・・・・・・それはペドフィリアだったからじゃないのか?
当時警察官だった五郎が本物の幼女に手を出すわけにはいかなかった。
だから、傍にある成人はしているが見た目は幼女な私で代用した。そうじゃないのか?」
認めたくないが私の体は成長期というものと無縁だったようで、成人しても小学生低学年ぐらいにしか見られないような体だ。
その関係で様々なトラブルに巻き込まれていて、赤い髪も含めてあまり自分の見た目は好きになれない。
「華雪ちゃんは確かにそういう見た目をしているし、現にそういう人に言い寄られていたのは知っているけど、山口はそうじゃないよ。
相談を受けて僕が精神鑑定をしたし、そもそも山口は他の幼児に欠片も興味がなかったから」
「じゃあ、どうして私なんか好きになったんだ。理解できない・・・・・・」
勘違いでもそういう性癖でもなければ、後に残るのは金ぐらいだろうか。
医者としてはそれなりの腕をしていたから金はあった。
だが、五郎が金に執着したところなんて見たことがなかった。
「逆に聞くけど、華雪ちゃんは山口のどこが良かったの?
他の人に告白されたりもしてたよね?その中では山口は条件が悪い方だったと思うけど」
「どこが良かったとかはっきりと言えないが、五郎の傍は居心地が良かった。
彼の傍だと私がただ一人の華雪として存在していいような気がしたんだ」
嫉妬、憎悪、絶望、無念、恨み、悲哀、悪意、病院とはあらゆる負の感情が渦巻く場所だ。
白の塗装でそれらを綺麗に覆い隠しているだけに過ぎない。
それなりに腕が認められていた私には特に嫉妬の念が強く、医者としての自分に疲れていたのも事実だ。
だから、一人の人間(あの時はまだ百パーセントただの人間だった)として五郎の近くにいられる時が、一番心が安らいだのだろう。
そこからずっと彼の傍に居たいと願ってしまった。
それが始まりだ。
「山口が華雪ちゃんを好きになった理由は本人から聞いて。僕も知らないし。
ただ、今も昔も華雪ちゃんのことが好きだというのは覚えておいてよ」
屍鏡の言葉が終わった直後に扉が乱暴に開かれる。
一番最初に入って来たのはいつもの五割増しぐらい凶悪な顔をした五郎だ。
ずんずんとベッドまで彼が近づくと私の上に覆いかぶさって来た。
「ちょ!?何があった!?!?」
「どうやら俺の愛がこれっぽっちも信じられてないらしくってな。今から二十四時間体制で愛を伝えることにしたんだ。
というわけで、寝るぞ」
「話についていけてない!!」
動ける手で彼の体を突っぱねるものの、圧倒的力の差で強引に抱きすくめられてしまえば動くことはできない。
片手で体を拘束され、もう片手で頭を撫でられれば抵抗する気も失せてきた。
「桐生、屍鏡、後は俺が何とかする」
「華雪ちゃんは頑固だから、頑張りなさいよ」
「そうそう。じゃあ、華雪ちゃん。いい夢を」
「おやすみ、華雪ちゃん」
桐生と屍鏡は口々に五郎を激励?してから出て行った。
「華雪、記憶なんかなくても好きだ。愛してる。
だから、一緒に寝るぞ」
そう言って目を閉じた五郎にため息一つついて仕方ないなと胸元に顔を埋める。
彼自身疲れているようで、すぐに寝息を立ててしまったために何か言うのを諦めたのだ。
抗議は明日の朝でいい。今日だけと思いながら体の力を抜く。
彼の香りと鼓動が心地よくて、今日はいい夢が見れそうだと思いながら目を閉じた。




