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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
3/88

第三話 銀の腕輪と吸血鬼

吸血鬼は全世界男女共通のロマン。

 





 地下牢ではすることもないので、暇潰しがてら鞄の中身を整理し始めた。


 さっきは武器の確認しかしてなかったから、他のがどれだけ入っているか確認していきたい。



 もしかしたら、死神が気をきかせて何か良いものを入れてるかもしれない


 いや、まぁ、そんなことをするような奴ではないが・・・・・・。






 まずは煙草が三箱。


 そのうち一つは封が開いていて残りは半分ぐらいしか入ってない。



 その箱の中にはライターが二つ突っ込んであった。






 この煙草は私が吸うもので、ある意味トレードマークみたいなものだ。



 未成年なのに吸っているので、他の奴に見つかれば煩いことを言われるが、ここには私しかいない。


 たっぷりゆっくりと楽しめる。






 早速、一本取り出して火をつけた。


 肺を紫煙が一杯に満たし、私に深い安心感をもたらす。



 やはり煙草はいい。






 煙草をくわえながら、作業を続ける。



 次に取り出したのは筆箱だ。


 シャーペン一本と三色ボールペンが一本、消しゴム、シャーペンの芯入れ、修正テープ。シンプルにそれだけしか入ってない。



 筆箱は床に転がし、鞄の中で一番大きなものである教科書類を取り出した。


 ほぼ新品の教科書類は筆箱の下に引いて、そのまま放置する。






 あと入っているのは飴が沢山入った袋、必要最低限のお金を入れてある財布・家の鍵・スマホぐらいか。



 スマホは当たり前だが電波が届いてない。



 それと、さっき確認できているスタンガンと折り畳み式小型ナイフだ。




「さて、と。本命はこれか」




 鞄の一番下に入れておいたハンカチに包まれた銀の腕輪を取り出す。


 いかにもアーティファクトなそれは蝋燭の光を受けて不気味に輝いていた。






 他の持ち物は全て確認し終えたので、残しておいたこれの効果を考えるためにハンカチ越しに触ってみる。


 灰が腕輪に落ちて誤作動しても困るので、煙草は消しておく。




「素材は銀ぽいが、そうじゃない可能性もある。

 真ん中に填められている石はなんだろうな?」




 じっくりと見てもよく分からない腕輪だ。



 だが、あの死神が渡してきたものだ。


 きっとろくでもない効果を発揮するに違いない。



 このままこうして見ていても埒があかないので、思いきってはめてみることにした。




「ええい、なるようになる!」




 即死トラップではないことを信じながら、右手首にはめた。



 その瞬間、私の視界を黒が埋め尽くした。











 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・?


 ・・・・・・・・・・・・・・・なんともない?






 恐る恐る目を開けると、そこは依然真っ暗だった。


 しかし、ある感触が増えていた。



 それはまるで手のようなもので、がっしりと逃がさないとばかりに私の背に回って拘束されている。






 どうせ殺すなら一思いにやって欲しいものだ。


 この体制だと締め付けによる圧死か頭から喰われての出血死か。



 どちらもやら(・・・・・)れたことのある(・・・・・・・)死に方(・・・)だが、もう一度体験したいとは思わない。



 だが、下手に動けば寿命を縮めることに繋がるので、今は呼吸一つ慎重に行わなければならない。






 しばらく拘束された状態でされるがままにされていると、拘束している相手が声を発した。




「華雪さん・・・会いたかったです」




 頭上から懐かしく優しい声で名前を呼ばれる。


 その声の持ち主を私は知っていた。



 しかし、こんなところにいるはずはない。


 だって、彼は私が突き放したのだから。






 もういらないと、酷いことを私は彼に言った。


 そんな彼が私に優しい声をかけてくるわけがない。



 これは、どこぞの神があいつの姿と声を借りているんだ。


 そうに違いない。






 そう思っているのだが、私自身は確かに彼が彼だと確信していた。


 何故かと言われても、なんとなくとしか答えようがないが、それでも間違いない。



 このぬくもりは彼のものだ。




「じ、ろう・・・?」



「はい、そうですよ。貴女の二郎(じろう)です」




 私から少し体を離して、彼はにっこりと笑いかけてくれた。



 その笑顔は記憶の中の彼の顔と寸分も違わず、綺麗な笑顔だった。
















 ここで、彼こと山口二郎について話そう。



 彼は私が作った、いわゆるクローンに近い存在だ。


 苗字からも予想できる通りに、彼のDNA提供者はあの山口五郎だ。






 私はそのDNAと邪神達の一部、いくつかのアーティファクト、そしてとある魔導書と自分の体を使って彼を産み出した(・・・・・・・)


 文字通り、それらを混ぜ合わせたものを自分の子宮で育てたのだ。






 それをした理由は思い出したくもないが、何はともあれ、実験の結果は成功。


 無事に山口二郎という合成神話生物は生まれて、私も一応生き残っていた。



 もっとも、代償として私は二度と子供を産めない体になったし、人間という枠組からも少々外れてしまったが。


 そのこと自体は全く後悔してない。






 しかし、彼は屈辱的だったのだろう。


 全てにおいて劣っている私なんかに勝手に作られて、いいように使われていたのだから。



 鈍い私はそのことに全く気づかなかったが、ある時他の邪神に言われてようやく気がついた。



 そいつの言うことは最もだということと、彼らから離れなければならない理由ができた私は、いい機会だと彼を解放することにしたのだ。






 私は彼を作るときに素体となる山口五郎のDNAに、私の命令をどんな時も聞くように細工を仕込んでいた。


 今まで一度も使うことはなかったが、今こそ使うときだと当時は思った。






 ・・・・・・本当なら命令なんてしたくなかった。


 身勝手だが、私は彼とは主従関係ではなく友人として接したかったのだ。



 しかし、妙に律儀な二郎は、生み出した私がこれ以上危険なことに巻き込みたくないからどっかに行ってくれと言っても聞く耳を持ってくれなかった。


 だから、私は命令をしたのだ。






 言い訳だと言うのは自分が良く分かっている。


 結局、私は自分のために彼に命令してしまったのだから。






 最低な私は顔色一つ変えずに、「お前なんかもういらないから、私の目の前から消えろ。これは命令だ」と言った。


 これを言われた時の二郎は泣きそうな顔をしながらも何も言わずに一礼して目の前から消えた。






 ・・・・・・・・・・・・どうせなら、ふざけるなとでも言って私を殺してくれても良かったのに。
















 それがかなり昔のことだ。


 もう二度と会うことはないと思っていた。



 私の命令が人工的に生み出されたとはいえ神話生物相手でも通用するとは思わなかったが、この命令は二郎にも都合のいいものだっただろうし、間違いなく命令は受け入られたものだと信じていた。






 それなのに、何故今更私の目の前になんか出てきたのだろうか。



 混乱している私に対し二郎は敵意の欠片も見せずに、拘束をほどき、一歩下がって私の前に跪く。




「華雪さん。いえ、創造主マイマスター


 私は貴女様に捨てられてから、どうして捨てられたのかばかり考えて過ごしていました。

 そして、結論に至ったのです。私が弱いからだと。


 だから、私は貴女様の隣を一緒に歩けるように力を手に入れてきました。


 もう一度だけチャンスを下さい。今度は傷ついて貴女様を泣かせるようなことはしないと誓います。


 どうか、この私に今一度慈悲を」




 私は言葉が出なかった。



 二郎が弱いから私は彼を捨てたわけではない。


 私が弱いから捨てたのだ。






 自分のせいで大切な人たちが傷つくのは耐えられない。


 でも、守るだけの力もない。


 だから、大切な人を持つのをやめる。



 実に分かりやすいロジックだ。


 それに従って生きているだけで、大切な人たちは私の知らない所で幸せになれる。






 例え、私が神話生物の玩具になって脳みそだけになって生き続けても、神に寄生されて体が腐り落ちながら死んでいっても、彼らさえ幸せならどうでもよくなった。


 長い長い人生の内ほぼ全てをそう生きてきた。






 だというのに、二郎は自分が弱いと言って私に跪きながら許しを乞う。


 それをするべきは私だというのに。



 私が返事をしないからか、二郎は下げていた顔を上げた。


 その表情は今にも泣き出しそうで、まるで親に捨てられたくない子供みたいな表情だった。



 それが、あの日の私が目を背けた時の表情と被った。




「私では、貴女様の傍にいることはできませんか?少しでも支える存在になることはできませんか?


 ・・・・・・どのような立ち位置でもいいんです。下僕でも奴隷でも。

 貴女様の傍にいることさえできるなら・・・・・・」




 痛いほど二郎の感情が伝わってくる。



 こんなくだらない嘘をつく意味もないし、これは二郎の本心なのだろう。



 でも、私は答えることができない。


 また自分のせいで彼が傷ついたらと思ったら、恐怖心で心臓が凍り付きそうになる。この恐怖だけは慣れることはない。






 歯の根がカチカチとかみ合わなくなり、鳥肌が立った腕で自分自身を抱きしめる。


 そして、足に力が入らなくなった体は床に崩れ落ちた。



 しかし、冷たい床に触れる前に二郎に抱き寄せられた。


 腕を突っ張って抵抗するが、二郎はそれを許してくれない。



 彼のマントの中に閉じ込められて、赤子をあやすようにとんとんと背中を撫でられる。




「ねぇ、華雪さん。貴女に必要とされないのなら、こんな命いらないのですよ?

 だから、もし私が今でも邪魔なら華雪さんの手で殺してください」




 私を撫でる手は優しいが、言っていることは残酷だ。


 呼吸が一瞬止まった。



 彼の顔を見ると、さっきの顔から一転、いつもの読めない笑顔を浮かべている。




「私の幸せが何かなんて、華雪さんが勝手に決めることじゃありません。

 全ての神々を敵に回したとしても、華雪さんの傍に居ることが私の幸せなのです。


 その幸せを奪われて生きていても、果たして生きていると言えるのでしょうか?

 私はそんな生き方をするぐらいなら、貴女に殺されて死にたいです」



「・・・・・・お前、馬鹿だろ」




 ようやく絞り出した言葉はそれだった。


 私のその言葉を聞いて二郎は楽しそうに笑う。




「ええ。藤堂さんにもそう言われました。

 ですが、私は貴女の傍に居なければ存在できません。


 それなのにまだ離れろとおっしゃいますか?」




 私は子供みたいに顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。



 彼は言外に私の傍にいられないのなら死ぬと言ったのだ。



 それを止めたければ傍にいさせろと。


 私が自分自身を許し、彼が隣に居てもいい理由を作らせるため。






 自分の都合のいいように彼の言葉を解釈した私は涙が止まらなかった。


 ぐすぐす泣く私を二郎は嫌がることなく撫で続ける。




「ああ、そんなに擦らないでください。

 後で目元が腫れてしまいますよ」




 地下牢の床よりも冷たい指先で目元をなぞられる。



 泣いて火照っているその場所には、冷たい指先が心地よかった。











 ひときしり泣いた後、私は気まずい顔をしながら二郎と対面していた。


 この歳になってマジ泣きしている姿を見られるのは中々恥ずかしいものがある。



 今の見た目は高校生だが、中身は老人を通り越してありえないほどの長さを生きているのだ。






 感情のままに行動することなど、ここ最近あまりなかったせいか、更に恥ずかしく感じる。



「・・・それで、その、本当に私なんかの傍にいていいのか?

 あんなに酷いこと言ったのに」




 二郎に最終確認をする。


 ここでノーと言えばまだ笑顔で帰らせることができるギリギリのラインだ。



 私が不安そうな顔をしていたのか、彼は再び私をぎゅうと抱きしめると、いつにもまして優しい声で話す。




「私は華雪さんのために生まれて、華雪さんのために生きて、華雪さんのために死ぬのが最大の幸せです。


 それに、あの時言った言葉が本心でないことは分かってましたから。

 華雪さんが気にすることではありません」



「・・・・・・じゃあ、お前の気が済むまで傍にいてくれ」



「ということは、一生華雪さんの傍にいられるということですね」




 笑顔が当社比二割増しで輝いている彼に、気が済んだら私を殺してどこかに行けとも言えずに微妙な顔をする私。



 本当に嬉しそうな表情を見ていると、自分の下した決断が間違っていないような気になるから不思議だ。


 私が今した判断は誰がどう見ても間違っているというのに。



 不幸に突き進むはずの彼は悲観した様子はなく、飼い主を見つけた犬のように喜びに満ち溢れていた。






「ところで、ここは地下牢のように見受けられますが、どうして華雪さんがこんなところにいるのですか?」




 私が傍にいることを了承したことで周りがよく見えるようになったのだろう。



 二郎は今いる場所を見て首を傾げた。




「あー、説明すれば長くなる」



「それなら血を吸わせていただいた方が早そうですね」




 普通の人間では、ここにいる説明と血を吸うという行動の関連性がないと思うかもしれないが、二郎を誰よりも知っている私からすれは最も合理的な方法だと分かっていた。






 二郎は人間の間で言われる吸血鬼みたいに私が作った神話生物で、血を吸うことにより力を増し、血を吸った相手の記憶を基本読むことができる。


 ただし、自分よりもランクの高い神話生物の記憶は読めないという弱点もあるが。



 その能力を使えば、口で説明するよりは手っ取り早い。


 だが、私はあまり二郎に血を吸われたくなかった。






 なぜなら、二郎は血を吸うときに麻薬のような成分を相手に送り込み、それで痛覚を麻痺させて飲むからだ。


 その麻薬のような成分が厄介で、多幸感と快楽と依存性が高く、一回それに毒されてしまうと自ら血を吸われたいと思い、最終的には廃人になって死んでしまう。



 あまりその薬を入れないように飲むこともできるが、それでも気を失いそうになるぐらいに気持ちいい。



 その感覚が私は苦手なのだ。






 ぺろりと自分の唇を舐める二郎は、そこいらへんの女が見たら卒倒するほど(なま)めかしかった。


 男のくせにこんなにも色気をを放つのは反則だろう。



 元となった山口五郎も彼なりの色気はあったのだが、二郎の場合は普段のミステリアスさとあいまって、凄まじい色気を出す。




「吸わせて、くれますよね?」




 舌なめずりをしながら私に近づく。



 私はちょっとタンマって言いながら、二郎の生態に関する記憶を引っ張り出す。



 そして、思い出したところで二郎をジト目で見た。




「理由つけて沢山飲もうとしているだろ。

 たしか、少し前の記憶を読むなら数滴でいいはずだ」




 その人物の全ての記憶を読む時や、普通の食事ならガブリと首筋にでも噛みついてゴクゴクと飲まないといけないが、数時間前程度の記憶を読むだけなら話は別だ。



 少しならばと、ステータスプレートを作成するときに針で刺した傷を爪先で引っ掻くと、ぷくりと血が出てきた。


 その指を二郎の口元に持っていく。




「久しぶりに華雪さんの美味しい血が沢山飲めると思いましたのに」



「食事が必要なら他のところに行ってきてくれ。

 お前を満足させられるほど私の血の気は多くない」




 がっかりしたような二郎だったが、気を取り直して私の指を舌先で舐めあげる。



 ぬるりとした感触とともにゾクゾクとした快楽が体を走り抜けると、二郎は胸元から出したハンカチで舐めた部分をふいてくれた。






 その間に記憶が読み取れたようだ。


 眉間に皺をよせて、何か難しいことを考えている。



 その姿は元になった山口五郎そっくりで、少しだけ面白かった。




「・・・・・・あの男がここにいるのですね」



「ああ、いる。彼も巻き込まれたらしくてな」




 名前を直接言われなくても、私にはその彼が誰だが分かった。


 二郎からすれば複雑な気持ちを抱く相手だから、あまりはっきりとその名前を口にしたくなかったのだろう。



 その感情を示すように表情も同じように難しいものへと変化していた。




「そうですか。

 それはいいとして、この国は滅ぼしてもいいでしょうか?」



「いや、どこの記憶を見てそう思ったんだよ!」




 難しい表情をころりと変えて、二郎は素敵な笑顔でそう言う。


 この笑顔の時は嘘でも冗談でもなく本気で言ったことをヤるときの顔だ。



 軽い気持ちで私が「そうだね、滅ぼそうか☆」と頷いた日には、この国はきれいさっぱり地図上から消えることだろう。






 特に消えても困らないといえば困らないが、ここには山口五郎もいる。


 今はまだ滅ぼされるわけにはいかない。




「だって、華雪さんをバカにした上に乱暴に扱って地下牢に放り込んだんですよ?

 滅ぼしたくもなるでしょう」



「二郎が優しいのはよく分かるが、私はあの扱いでも大して気にならない。

 だから、お前も気にするな」



「華雪さんがそういうなら・・・」




 いつもの笑顔に戻り、けっこうあっさりと了承してくれる。


 これで、この国の危機は一時的に去った。



 一仕事を終えた私はふうっと額の汗を拭う。




「とりあえず、今置かれている状況は分かったな?」



「大体理解できました。

 この世界の情報さえ手に入ったなら、こんなところすぐにでも出ていけるわけですね」



「そういうわけだ。

 これから少しずつ情報を集めるから、しばらくは地下牢生活だな。

 二郎が地下牢が嫌だというのなら、どこか別のところに行ってもらってもかまわないが」



「華雪さんと一緒にいますよ。

 それよりも、この世界の情報を集めてくるのは私に任せてくれませんか?こういうのは得意なので」



「えっと、いいのか?」




 こんな雑用を二郎にさせることに、私は抵抗感を覚える。



 が、当の本人は大仕事を任されたかのように張りきっている。




「華雪さんに任せていただける仕事なら何でも。

 それでは、早速行ってきますね」




 二郎が牢屋の鍵が掛かっている部分を器用に弄くると、カチャンと鍵が外れた。


 彼は私に自分が羽織っていたマントを被せると地下牢から出ていく。




「まだ任せるとも言ってないし、気を利かせすぎだろ」




 私が混乱しているのを敏感に察知し、心の整理をさせるために二郎はわざわざ一人にしてくれたのだろう。



 あまりの察知能力の高さと行動の早さに苦笑しながら、彼が残してくれたマントを毛布代わりにして、彼が帰ってくるまでゆっくりと心の整理をするにした。






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