第二十一話 お金を稼ぐために
これ、思ったよりも難易度高いな。
私がそう気づいたのは、約三時間練習した後のことだった。
この前、五郎が精霊王に使った不香之花式《一の型》灰雪が使えたら便利だと思って、リハビリがてら二郎に教えてもらうこと三時間。
未だに一回も成功しない。
話を聞いてる時から難しいとは思ってはいたが、まさかここまでできないとは予想してなかった。
「華雪さん、休憩を挟みますか?」
練習相手の二郎が私を気遣ってくる。
本来面倒を見てもらうはずだった五郎は木相手に技を繰り出して精度を高めている。
「いや、まだやれる。もう一回だ」
「分かりました。ですが、もう一度やったら休憩ですからね」
二郎は両手を軽く広げた状態で地面に膝をついて待機する。
これは、私が勢い余って突進した時に抱きしめる形で衝撃を緩和しようと彼から提案されたことだ。
わざわざ好き好んで痛い思いはしたくないので、そのまま採用している。
ちなみに今までの失敗は突進するか、魔法の切り替えがうまくいかないでタイムラグが生じてしまうか、回り込むときに体がついていかないで転んでしまうかのどれかだ。
一番多いのが突進してしまうことだったりする。
深呼吸して呼吸を整える。
目を瞑り、五郎が成功した時のイメージを頭に思い描き、ナイフを構えた。
「不香之花式《一の型》。灰雪」
身体強化の淡い光が私の体を包み込む。
足を力強く一歩踏み出すといつもの数倍遠くに足がつく。
そのまま走り、二郎の前まで行った瞬間に今まで八割の力で行使していた身体強化の魔法を切り、新たに十割の力で魔法を発動させる。
きゅっと足首のスナップをきかせて、二郎の背後に回り込んだ。
ぴたりと彼の首元にナイフを添える。
「成功、だよな?」
「ええ。お見事です、華雪さん。
貴女は見事に不香之花式《一の型》を成功させました」
くるりと向いた二郎に抱きしめられる。
まるで自分のことのように喜ぶ彼に、私も嬉しくなって笑顔で成功を喜んだ。
「やった!成功した!!」
「完璧でしたよ。これから練習をしていけば、成功率も上がっていくと思います」
「ああ、ありがとうな。
もう違和感なく動けるし、二郎は五郎の練習相手に戻っていいぞ」
五郎もいつまでも木の相手をしていたくないだろう。
強くなりたいという彼の願いの邪魔だけはしたくない。
「休憩すらしていかれないのですか?」
「ああ。これからは激しい運動をするわけじゃないからな。
何かあったらツヴァイから二郎に情報がいくだろ?」
訓練中は危ないので、少し離れた所に待機させておいたツヴァイがしっぽを振って走り寄ってくる。
しゃがんで手のひらを差し出せば、そこから器用に腕を伝い肩に乗る。
おつかれさまと言わんばかりにきゅいんと鳴いて頬擦りしてきた。
可愛いので頭を撫でてやる。
「・・・それ、そんなに丁寧に扱わなくっていいですからね」
「ツヴァイは二郎の一部だろ?丁寧に扱わなくってどうする。
あっ、分かった。二郎、さてはお前自分にやきもち焼いてるな」
私がツヴァイを可愛がる度に微妙な顔をしていた理由にようやく気付く。
彼からしたら双子の弟に母親を取られたような気持ちなんだろう。
「・・・・・・そうだと言ったら、迷惑でしょうか?」
「いや、全然。もう、私がツヴァイを可愛がるのは二郎の一部だからだぞ。
普段は中々頭とか撫でてあげられないから、その分ツヴァイを可愛がっているだけだ」
主に身長的な問題で気軽に頭を撫でたりすることができないし、見た目的に子供とはあまり大差ない私が成人男性を可愛がるのも絵面的にアレだ。
だから、ツヴァイを可愛がることでそこを代用していたつもりだったが、どうやら裏目に出てしまったようだった。
地面に膝をついたままの二郎の首に手を回して、そのまま頭を撫でる。
この状態でも私よりも上の位置に頭があるのがちょっと私の胸に突き刺さるが、彼を慰めるという使命の前では些細なことだ。
「これぐらい言ってくれればいつでもできるからな。
ただでさえ二郎は遠慮がちなんだから、こういうところぐらい甘えてもいいんだぞ?」
「十分甘えさせていただいてますよ。貴女は気づいていないかもしれませんが」
本気で心当たりがない。
私が二郎に甘えることがあっても、大人の男を体現している二郎を甘えさせたことなど無いに等しかったりする。
かろうじで血を飲んでいる時は甘えていると言えるかもしれないが、それぐらいしか甘えてきた記憶が無い。
首を傾げて考える私に二郎はふっと笑って、
「そろそろ訓練に戻ります。華雪さんはこれからお店を出す準備でしょうか?」
「ああ。白が少し手伝ってくれるらしい。
一回、屍鏡の部屋に行ってくる」
「くれぐも気を付けてくださいよ。誰がどこで狙っているかなんて分からないですから」
耳元で誰にも聞こえないように囁く彼に分かったとだけ返す。
頑張れとの気持ちを込めて、最後に肩をぽんぽんしてから別れた。
屍鏡の部屋に着くまでそれなりに多くの魔人族とすれ違ったが、敵意の視線を僅かに向けられるだけで他に何もなかった。
視線も注意しなければ気づかないレベルなので、普通に歩いていたらまず気づかないだろう。
ごく少数からは何故か分からないが尊敬の眼差しまでもらっている。
どちらにせよ気まずいので足早に廊下を通り抜けた。
部屋の中には屍鏡と白が居て、彼女は私に気が付くと手に持っていた書類を机に置いて、向き直って来た。
「お待ちしておりました、華雪さん。
医院長の仕事も一段落しましたので、いつでもお手伝いできますよ」
「それは助かるが・・・・・・。
月末か何かだったのか?凄い量の書類だが」
国王の部屋にふさわしいはずの広い部屋は、書類の山のせいで狭く感じた。
至る所に山脈を築くその紙束はどう頑張っても数日では処理できなさそうだ。
「いえ、医院長がサボっていただけです。
コツコツ仕事をしていればここまでの量にはならないんですよ」
「あー。面倒だなぁ。国王も総合ギルドマスターも辞めちゃおうかなぁ。
華雪ちゃんに会ったし、華雪ちゃんとの時間を奪われるぐらいなら、どっちもいらないしなぁ」
寝不足なのか、仕事のし過ぎで疲れているのか、それとも糖分が足りないのか物騒な発言をする屍鏡。
書類を処分する手は止めずに、もう片方の手でバリバリと二郎が屍鏡用に作った殺人的な甘さの砂糖菓子を口に運んでいる。
仕事をしたくないと言いながらも、ちゃんとしている姿に感動を覚えた。
「冗談を言っている暇があったら手を動かしてください、医院長。
こんなに忙しいのも貴方なら後半日ぐらいでどうにかなるでしょう?そうしたら、また全員で晩御飯にしますから。
二郎さんには私からお願いして医院長用に甘いものを多めに作るように言っておきます。だから、もう少し頑張ってください」
「分かった。華雪ちゃんを頼むよ、白。
僕は夜までにこの書類の山をどうにかするから」
「はい、そうしてください。華雪さん、行きましょう」
白に手を繋がれて部屋を出る前に振り返って無茶だけはするなよと言っておく。
大丈夫だと笑っていたから、多分平気だ。
商売を始めるための準備のために街に繰り出した。
初日にも乗ったフェアリー・シップに乗り、どこかへ連れて行かれる。
「お店を出す準備でしたよね。でしたら、まずは商業組合に登録ですね。
身元保証人には私の名前を使えばいいですから」
そう白に説明されて、商業組合の建物内に入る。
商売するにはその国にある商業組合に登録しなければいけないらしい。
国によって登録費や売り上げの内の何パーセントを国に納めるかが違うが、屍鏡の国は潤いまくっているので、登録費は銅貨二枚、国に納めるのは三パーセントでいいと言われた。
これはすごい事らしい。
他の国を見てないので何ともコメントをできないが、屍鏡が頑張っているのが認められているようで、ちょっと誇らしい。
例に漏れず組合長も魔人族だったが、彼女はとても私に対して友好的だった。
白が私のことを紹介すると、握手のために出した手をがしっと掴まれて、そのまま組合長室に連れ去られるぐらいには気に入られたらしい。
「まさか本物の〝先生”に会えるとは思ってなかったわ!!みんなに自慢しなきゃ!!」
きゃーと有名人に会ったファン並みに興奮している彼女。
純粋に好かれていることが伝わってくるから、無下に手を振り払えない私は困った顔をしながら、彼女が落ち着くのを待つ。
「ピンキーさん、その辺で華雪さんを離してください。人と接触するのに慣れてないんですよ」
白が適切なフォローを入れてくる。
本当に他人と接触するのは慣れてないから、できれば最低限度にしてもらいたい。
白達は昔からの友人だからまだなんとかなるが、これが見知らずな他人だと気持ち悪さしかない。
顔には出さなかったが雰囲気で感じ取ったのか、彼女は素直に手を離す。
「あっ、すいません。興奮するとすぐこうなのよね、私。
ええっと、華雪さんごめんなさいね。いきなり連れて来ちゃって」
「いえ、別に構いません。いきなり連れ去られるには慣れてますので」
相手は一応上役なので敬語を使う。
だが、相手は不満そうな顔をしてきた。
「私に敬語なんていいわ。むしろ、本来なら私が敬語を使わなければいけないんだから」
「じゃあ、お言葉に甘えて。互いにため口でいこう。
呼び方はピンキーでいいのか?」
「ええ。私はピンティ・キール。親しい人たちはみんなピンキーって呼ぶわ。
末永くよろしくね、華雪さん」
今度こそ握手をした。
ピンキーと名乗る彼女はふわふわと手触りのよさそうな淡い桃色の髪を腰の辺りまで伸ばしており、可愛らしいという言葉がぴったりと似合う女性だ。
髪には所々キラキラと蒼く光る宝石が散りばめられており、黙ってドレスでも着ていれば人形にしか見えない。
未だに興奮の色を隠せない紺色の瞳は私だけが映っている。
「こちらこそよろしく、ピンキー。
商売のいろはも分からない小娘で手を煩わせるかもしれないが、見捨てないでくれると助かる」
冒険者としてお金を稼ぐのは絶対に止められるし、彼らの前で非合法な方法で金を稼ぐのは憚れる。
いざとなったらやるが、その時が来ないように祈るばかりだ。
「大丈夫よ。新人さんもここには数多くいるから。
ここが一番起業しやすいから、結構華雪さんみたいな人は多いのよ。
この紙に必要事項を書いてね。分からないことがあったら聞いてくれればいいから」
渡された紙に名前やどういうものを売るかとか書く。
売るものは薬品各種とアミュレット・タリスマンと書いておいた。
最初は薬品しか売る気がなかったが、アミュレットとタリスマンも原価がほぼゼロにまで抑えられたので、これも売ることにしたのだ。
出来上がった紙をピンキーに渡す。彼女は紙を見てふむふむと頷く。
「あら、華雪さんは薬品類を売るのね。
どれぐらいの品質か見たいから、悪いけどいくつか出してくれるかしら?アミュレットとタリスマンもできれば出して欲しいのだけど」
「分かった。とりあえず一種類ずつ」
アイテムボックスからガラス製の小瓶に入れた色とりどりの薬品と、ブレスレットやブローチに加工したアミュレットとタリスマンを出す。
どちらも二郎に教えてもらって作ったもので、彼には筋がいいと褒められた。
薬品の素材には初めて受けた依頼の余剰分を貰い、アミュレット・タリスマンは狡いかもしれないが魔法で材料を生み出した。
薬品はあまり数がないが、ちょっと前に作った魔法が上手くいけばいくらでも作り出せる。
ちなみに品質としては売っているものを参考にかなり落としている。
私が魔力を全力で注ぐとこの世界ではアーティファクト級のものがポンポン作れてしまうからだ。
魔力が無限って不便なこともあるんだなとちょっぴり思った。
ピンキーは品を手に取って観察する。
その顔は真剣そのもので、彼女が組合長として納得できるものだった。
「うん。すごくいい品質ね。貴族お抱えの薬剤師としてもやっていけるぐらいよ。
こっちのアミュレットとタリスマンなんか冒険者ならみんな欲しがるでしょうね。
聖攻撃付与、魔法攻撃五パーセントアップの高性能な品なんて金に糸目をつけない奴なら競うように買うわ。
薬品類はともかく、アミュレットやタリスマンを作れる人は希少だからね」
「ピンキーさんに提案なのですが、薬品とアミュレット、それとタリスマンを商業組合の方で買い取って代行販売という形でお願いできませんか?
これ以上華雪さんに価値がつくと碌なことにならないので」
ずっと見守って来た白が口を挟んできた。
彼女の言う通り、私には嬉しくない付加価値が沢山ついている。
変にちょっかいを出されれば頭の上に乗っているツヴァイを通して、二郎が知ることになり、彼の心労の種が余計に増える。
「直接販売するよりも利率が落ちるけど、それでも華雪さんはいいのかしら?」
「どれぐらいの値段がつくかによるな。参考までに聞いていいか?」
原価がほぼゼロとはいえ、あまり安値で買いたたかれるのは困る。
だが、ピンキーが提示してきたのは破格の価格だった。
「薬品はこっちからこっちが銀貨五枚、こっちが金貨一枚、最後に残ったものが金貨三枚。
アミュレットは金貨三十枚ぐらいでタリスマンは金貨五十枚はいくわ。
オークションに掛けるなら少なくとも三倍ぐらいの値段になるかしら」
予想を遥かに超える金額に、代行販売でいいかと思ってしまった。
二郎に借金を返した後は屍鏡に世話になっている滞在費を渡して、残りで自分が生きていけるだけの金になればいいのだ。
「手間をかけさせるかもしれないが、それで頼む。
白が言う通りに変に価値をつけると迷惑がかかるからな」
「あら、全然迷惑じゃないわよ。代行販売も商業組合では立派な商売だもの。
納品は一か月に一回ぐらいかしらね?
こっちからこういうものを作って欲しいとかいう指定がくるかもしれないけど、それでも大丈夫かしら?」
「私に作れるものなら問題ない」
「じゃあ、ここにサインをお願いね」
新しい紙の誓約文を見て問題がないことを確認してからサインする。
今日の目標である商業組合に登録するというミッションが終わった瞬間であった。




