第二十話 再開記念&生還記念
さっきのことは夢か勘違いだったと自分を納得させて、リハビリを開始した。
黙々とリハビリしてれば、夕飯の時間までにそれなりに動けるようになっていた。
元々、そこまで体が固くなってなかったのだろう。
この分なら、明日には軽めの運動を始めても問題ない。
二郎による五郎のための訓練の最初の準備運動に混ぜてもらおう。
これ以上のリハビリは逆に体に良くないと判断してベッドに戻ると、扉がノックされた。
「どうぞ」
入って来たのは二郎だった。
「華雪さん、夕食の準備が整いました。
みなさんは一つの部屋で食べるそうですが、華雪さんはいかがしますか?」
「私も一緒の部屋で食べる」
「では、行きましょうか」
手を差し出されたので、それを握りベッドから降りる。
ぎこちないながらも自分の足でしっかりと歩く。
「一人でリハビリをされていたのですね」
「することもなくて暇だったからな」
ふかふかのレッドカーペットの上を気をつけながら、廊下に出る。
大理石で出来た廊下に二人分の足音が響いた。
誰ともすれ違わないままある一室に着く。
中には朱音達が座って待っていた。
その中には五郎もいる。
わ飲み物を飲んでいる彼は平素と変わりない。
やっぱり、さっきのは夢みたいなものだったと判断して、空いていた席に座る。
そこは朱音と屍鏡の間で、真向いには桐生が座っている。
「やっぱり、来たね」
「そりゃあ、来るだろ。私にも適当な飲み物をくれ」
屍鏡はこれから食べ物を食べるために仮面を外していた。
イケメンな素顔が晒されている。
二郎が陶器製のコップに何かの液体が注いで渡してきた。
色は薄いピンク色で香りは甘い。
「なんだ、これ」
「この国の名産品の一つ、メルピの実から絞ったジュースだよ。朱音ちゃんがよく好んで飲んでるんだ」
一口飲むと、すっきりとした甘さが口に広がって、とても美味しい。
この世界に来て二郎が作ったもの以外で美味しいと初めて感じた。
藤堂の所で飲んだ酒は、ドリームランド内だったのでノーカンだ。
「美味しいな」
「今日は再会記念と無事生還記念を兼ねたパーティーだから、好きなだけ食べて飲んでね。
というわけで、乾杯!!」
屍鏡が杯を掲げると、みんなで乾杯と唱和する。
そして、テーブルの上に乗っている料理に次々と手を伸ばす。
私は一番近くにある一口サイズのカプレーゼに手を付ける。
胃への負担を考えると、あまり重いものは食べない方がいいだろう。酒は後でこっそり飲むが。
「華雪ちゃん、これ美味しいよ」
屍鏡が私の取り皿の上に赤いマカロンを乗せてきた。
彼の食事の初めからデザートを食べる癖は変わってないようだ。
後で食べようと礼だけ言っておく。
「先生、これも美味しかったよ!」
朱音も皿の上に蒸し鶏のサラダを乗せてきた。
あっさりとしていて食べやすそうだ。
上にかかっているソースからはゴマのいい香りがする。
「華雪ちゃん、グラタン好きだったわよね?」
競うようにして桐生がグラタンを大皿からよそってくる。
二郎の作ったであろうグラタンは上にかかっているチーズがとろりと溶けて、丁度いい茹で具合のマカロニがホワイトソースと絡まっている。
周りの素材と合体したそれは私の好物の一つだ。
寒い冬には絶対食べたくなる逸品で、久しぶりに食べれるそれに顔がほころぶ。
「ああ。好きだな」
「言ってくだされば毎食でも作って差し上げますよ」
「いや、それは飽きるだろ。好きなものはたまに食べるから美味しいって感じるもんだ」
「そうですか。これ、焼きたてのピッツァです。どうぞ」
二郎まで私の皿の上に食べ物を追加する。
焼きたてだというピッツァは表面のトマトソースがぐつぐつとしている。
スタンダードにマルゲリータを焼いてきたらしい。
どれも美味しそうだが、そろそろ食いきれなくなりそうだ。
「華雪さん、私からのおすすめも食べて頂けますか?」
「華雪、これ美味いぜ」
白と五郎からサーモンが乗ったカナッペと切り分けられたローストビーフを乗せられたところでストップをかけた。
「これ以上食べられなさそうだから、一旦、ストップ!!
後は食べ終わったから受け付けるから」
私を心配して色々乗せてくれるのは嬉しいが、食べきれない量を乗せられるのは困る。
みんなはすんなりと私の言うことを聞いて、それぞれの食事に戻った。
それを見てから、まずはサラダを口にした。
蒸し鶏はパサパサしてなく、しっとりとしている。
鳥を蒸すときに下味を付けているのか、かすかにレモンの香りが鼻に抜ける。
下に引かれている野菜は水菜らしく、シャキシャキとした歯ごたえがゴマダレと合っていた。
次にカナッペを食べる。
どこから調達してきたか不明なサーモンが口の中でとろけて普通に美味い。
下に塗られていたクリームチーズにぴりっとするなにかが混ざっている。これはワサビだろうか?
本当にわずかだが、そのアクセントが脂ののっているサーモンの味を引き締めていてくれている。
「誰かと一緒に食べる美味しいご飯はいいな」
「これから何回だって食べれるよ、華雪ちゃん」
「それ、この間も言われたな」
前菜に分類されている料理を食べ終わり、いよいよメインに手を付ける。
グラタンは昔に食べたのと同じように私の舌を楽しませてくれた。
続いて熱々のピッツァは、両手で持って先からもぐもぐ食べる。
きちんと水牛の乳を使ったモッツアレラチーズを使用しているようで、癖がない。
バジルもトマトもチーズに溶け合っていい感じだ。
ピッツァの耳の部分がもっちりしていて、最後まで美味しい。
口直しのためにメルピのジュースを飲む。
チーズのもったりとした感じをさっぱり洗い流してくれた。
「華雪、口の端にチーズがついてる」
「ん?本当だ」
五郎に指摘されて、口の端を親指で拭う。
それをぺろりと行儀が悪いが舌先で舐めとった。
そしてナプキンでさらに綺麗にした。
「美味しすぎてがっついているせいか、ちょいちょい口を汚すんだよな」
「それは作った私にとってはこの上ない褒め言葉ですね。
華雪さんが取り繕って料理を食べる姿はあまり好きではないですから」
ピッツァを他の奴に配りながら、嬉しそうな表情を向けてくる二郎。
自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる喜びを私は知っているので、彼の意見に同意する。
「そういう時の料理に限って美味しくないからな。
テーブルマナーなんて美味しくない料理を食べる時ぐらいしか使わない」
二郎は私が好きでもない奴と美味しくない料理を完璧なマナーで食べている記憶を視ている。
私は相手を不快にさせない程度のマナーを心得ながら、楽しく美味しい食べ物を食べるのが食事だと思っているから、あれは食事というより仕事の一種だと認識している。
「というか、先生がちゃんとした食べ物を食べている姿とか初めて見た」
「朱音、それは誤解だ。私だってご飯ぐらいは食べてた。
食わないと流石に死ぬだろ」
ご飯を食べないで人が生きていられるわけがない。
純粋な人間だった時の私ならなおさらだ。
「でも、私が見ていた先生は点滴か砂糖の塊しか食べてなかったじゃん」
確かに、朱音達と一緒にいた頃は忙しすぎて食事を摂っている暇もなかった。
元々食事に関心がなかったので、体に必要な栄養分を入れるために躊躇なく点滴を打っていた。
それだけでは頭を動かす糖分が足りなかったので、ずっと砂糖の塊を齧っていたのも事実だ。
図星なのでむうと唸るだけで否定はしない。
「俺と一緒にいた時は、まだあれでもましな食事内容だったんだな」
桐生の隣でローストビーフを口に運んでいた五郎が飽きれた顔を向けてくる。
彼と出かけた時はファストフードをよく利用していたので、栄養バランスはともかく食物を胃に入れてはいた。
「体と頭が動かせれば問題はないだろ。
胃に食べ物を入れると重たいし、面倒くさい・・・・・・」
フォークでソースがかかっている面を包み込むようにローストビーフをたたんで口に入れる。
いい牛を使っているのか力を入れて噛まずとも、口の中で溶けていく。
グレイビーソースにはいっている玉ねぎの酸味と甘みが肉の味をさらに一段階進化させている。
火の通り加減も絶妙でこれには三ツ星レストランのシェフも脱帽だろう。
「体に悪いよ、先生」
「最近はちゃんと三食おやつまで食べている。二郎が食べさせてくれるからな」
朝は食べやすいようにボリュームは少な目だが、その代わり一日の初めのエネルギーを賄えるようにカロリーは高いもので構成されている。
昼はその時によるが、動いた後ならガッツリといけるもの。
頭しか動かしていないなら最低限必要な栄養を手軽に摂れるようにサンドイッチなどが多い。
三時のおやつになると一口サイズで食べやすく、いくら食べても甘さで胸やけしないようなお菓子を豊富に並べてくる。
そして、夜は私の好物で手の込んだ料理を律儀に出してくれる。
お前は私の母親かと突っ込みたくなった回数はもはや両手の指の数では数えられなくなった。
母親というよりは、心配性で甘い近所のお兄さんという感じがしなくもない。
私の方が年上のはずなのに、何故かこういうところは二郎の方が大人っぽい。
最後にマカロンに手をつける。
さくりとした感触とイチゴの味が微かにした。
中に入っているあまり甘くない生クリームが食後には相応しい。
あまり甘すぎるとさっぱりしたものが食べたくなるからだ。
「ご馳走様でした」
「はい、美味しかったですか?」
「勿論」
藤堂の所で飲んだ黄金の蜂蜜酒なんかとは比べものにならないぐらいに美味かった。
料理の味というのは環境に大きく左右されるものだと改めて思い知らされた。
二郎は満足そうに微笑むと、部屋まで送りますと言ってくる。
「自分一人で帰れるぞ、多分」
二郎の手に引かれている間に暗い廊下を歩き終わっていたので自信をもって帰れるとは言えないが、きっとなんとかはなる。
だが、ここで屍鏡が送ってもらいなよと二郎を援護してきた。
「華雪ちゃんはまだ体調が万全じゃないだろうし、このお城は広いからね。
しかも、今は夜だから人も出歩いていないんだ。迷子になると部屋にたどり着けないよ」
「・・・・・・んー。じゃあ、送ってもらう。
みんな、おやすみ。また明日」
口々にお休みと返されて、部屋を出た。
熱いものを食べて体が火照っていた私には、廊下の涼しさが丁度いい。
行きと同じように二郎に手を引かれて部屋にまで戻ってくる。
ベッドの上にダイブすれば、ぽよんと弾んで私を受け止めてくれる。
「・・・・・・で、何を隠してるんだ?」
「何のことですか?」
寝転んで枕に顔を埋めたまま聞いたらはぐらかされた。
少しも動揺してないところが流石としか言いようがない。
これが普通の人なら気のせいかと話を終わらせるのだろうが、生憎、私は何か隠していると確信している。
「あそこで屍鏡が助け舟を出すのはおかしい。
いつもならその前に桐生が送って行くと言い出すか、二郎に任せろと言ってくる。
それと、台詞もおかしい。
夜だから昼よりは人が出歩いてないのは当然だが、それでも城というぐらいなら見張りや警備の奴ぐらいいてもいいはずだ。
それ以外にも何か用事があって部屋から出る奴もいるだろう。それなのに屍鏡はいないと断言した。
これで何か隠してないって思えるほど私は馬鹿じゃないんだが」
二郎は黙っている。
姿は見てないが、いることは感じているので話を続けた。
「そのことを踏まえた上で、昼間のことを少し思い出してみた。
朱音と図書館に行った時のことだ。
あそこの司書は屍鏡と朱音の〝先生”に対して敵意を抱いているようだった。正確に言えば、尊敬する人の大切な人がこんなちんちくりんなのは認めないみたいな感じだな。
殺意は抱いてなかったようだが、下らない悪戯ぐらいはする程度には嫌われてそうだ」
長い人生経験の賜物の一つで、私は自分に向けられた敵意の種類の判別が得意になっている。
昼間のあれは昔嫌というほど向けられた嫉妬と僻みの念だ。
現代日本では悪戯の範囲で済んだが、ここはファンタジー世界。
しかも、あの様子ではいつ殺意にすり替わってもおかしくなかった。
魔法のおかげで人を殺すのが容易くなっているここでは、油断していれば殺されてしまうだろう。
「やっぱり、華雪さんにその手の隠し事はできませんね」
その言葉が私の推理を肯定していた。
ベッドがぎしっと鳴って、二郎の体重も支える。
私はむくりと起きて、ベッドの上に胡坐をかいた。
二郎は私に背を向ける姿で座っていた。
「正解ですよ、華雪さん。屍鏡さんの部下に貴女のことを快く思わない方がいらっしゃるようで。
困ったものです」
「まぁ、どうにも相いれない奴っていうのはいるからな」
「という訳で、基本私か白さん、もしくは屍鏡さんか桐生と行動を共にするようにしてください。
他の二人だと実力的に少し不安なので」
「私は一人でも平気だが?お前と白にはルーク捜索を頼んでるし、屍鏡と桐生は仕事が忙しいだろ。
こういうものは部外者が入るよりも、本人が決着をつけた方が早いし」
これぐらいの雑事にわざわざ忙しい奴らに迷惑をかけたくないというのが本音だが、今言ったことも間違ってはない。
こういうのは本人が解決するのが一番いい。
「・・・・・・ならば、せめて、私の一部と行動していただけませんか?それらしい姿は取り繕うので」
出してきた手の上にすっと黒いふわふわの毛皮を持った小さな子犬が出現した。
閉じられている瞳の奥の色は二郎と同じ藍色だ。
たれ耳できゅうとなくその子犬はこの上なく可愛らしい。
私はその子犬に目を奪われる。
「かっ、かわいいっ!ちょっと触っていいか!?ちょっとでいいから!」
「どうぞ、お好きなように」
私の両手にぽてっと落ちてきた二郎の一部をもふもふと可愛がる。
毛並みがよく、手の中に収まるサイズが丁度いい。
「ふぉぉおぉぉぉおお!!やばい、ふわふわしてる!!」
「お気に召していただけてようでなによりです。
これならポケットにでも入れておけば異変を察知してすぐに駆けつけることができますから」
「ポケットなんて可哀想だろ。肩の上でいいかな?」
肩に乗せるときゅっと鳴いて、嬉しそうに頬擦りしてくる。
やばい、可愛すぎる。
毛皮が頬をくすぐり、少しばかりくすぐったいが、それもまた可愛さを増大させていた。
「絶対にそれと一緒に行動してくださいよ」
「分かった。これからよろしくな、ツヴァイ」
この子犬まで二郎と呼ぶとややこしいので、便宜上の名前をつける。
すると、ツヴァイは喜んでしっぽをふりふり振った。
どうやら気に入ってくれたようだ。
その可愛さに部屋に朱音と桐生が来るまで、毛皮もふもふを堪能したのは言うまでもない。
ツヴァイ:二郎の一部
最低限の能力しか有さないが、華雪に身の危険が迫れば、瞬時に二郎に連絡がいき、その場所に実体化することができる。
まさに、動くセコム。
二郎の一部なので、当然華雪を大切に思っているので、隙あらば可愛らしい見た目を使い、華雪に甘える。




