第十七話 ザンクトゥ・アーリウム・ビブリオ
第二章です。
今回からクトゥルフ要素を多めに取り入れていけたらなぁと思ってます。
また、登場人物が増えたことにより、物語が面白くなっていく部分だと思いますので、よろしければお付き合いください。
「うわぁ、凄いなぁ」
屍鏡が各ギルドの地下に設置している転移陣を使い、一瞬にして屍鏡が治めている国、自由帝国都市リベルデ・ハイトに着いた。
そこはまさに最先端と言っていい町並みだった。
今までの町とは違い、足元がきちんとコンクリートのようなもので舗装されているし、家も薄汚れていて所々隙間があったものが、それなりの品質の家が立ち並んでいた。
しかも、排泄物の処理が完璧なのか、全く異臭が漂ってこない。初日にそういう臭いに慣れたとはいえ、臭いものは臭いし、空気清浄の結界を張るのも地味に面倒だった。
五郎はその魔法を使えなかったので、代わりに私がかけてあげていたという裏話もあったりする。
道行く人たちは笑顔にあふれていて、ここがどこの町よりもいい暮らしをしているのが一目瞭然だ。
「この国が多分、世界で一番現代的な暮らしをしているよ。
中世ヨーロッパ暮らしはごめんだからね」
「あの時代は衛生面でも最悪だ。
全体的にファンタジー要素が絡んでいるからかあそこまで酷くなかったけど、現代に比べれば五十歩百歩だろうな」
ファンタジーマジックで衛生的に食糧を保存できるハーブがあったり、食中毒の元となる細菌を殺せるマジックアイテム的な棚があったおかげで、前回は食糧を買うことができた。
しかし、中世のヨーロッパだったらその辺の露店で買ったものを口にした時点で食中毒でほぼ全員が苦しんでいる未来しか見えない。
全てが完璧に管理されているような現代から来た連中には、この不衛生的な環境で体調を崩す奴も少なくないだろう。
実際に大昔の勇者などは魔王に挑む前に伝染病などで死んだという話が後を絶たない。
そう考えると二郎は毎回のようにどこからあんなふうに食材を調達しているかが謎だが、そこは二郎だからと納得しておく。
「ここなら飲料水もただ同然で手に入れられるようにしているよ」
「本当に現代に近いな。
テンプレ小説じゃあるまいし、そんな異世界ファンタジーなんてリアルであるなんて思わなかった」
そのまま飲めるほど綺麗な水なんかがただ同然なのは現代でも十五の国ぐらいしかなかったと記憶している。
日本はその数少ない国だが、そこから来た奴らにはそれが当然だった訳で、きっと今頃その辺の差異で苦労していることだろう。
水と安全がただなのは日本だけなのだ。
「裏通りはともかく、表通りは治安がいいし、裏だって普通の国よりは悪くないよ。
定期的に冒険者に依頼を出して見回らせているからね」
「完璧じゃないか。国王として立派に仕事し過ぎだろ」
やればできる奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。
立派な国王ぶりにまたしても涙が出そうになった。
「全部華雪ちゃんにまた会うためだったから。
これからは適当に統治していくよ」
「お前の国ならお前の好きにすればいいさ」
「華雪ちゃんならそう言うと思ってたよ。
じゃあ、白は桐生を僕の仕事場に案内しておいて。悪いけど頼んだよ」
「かしこまりました」
白は優雅に一礼をすると、桐生を連れて違う方向に歩いていく。
桐生にまたあとでねと言われたので手を振り返しておいた。
「僕は山口達を訓練場に案内してくるから、朱音ちゃんは華雪ちゃんをお願いね」
「えっ?」
「うん、分かった!何かあったら連絡してね」
口を挟む暇もなく、朱音と二人きりにされた。
さっき彼女とは何とか打ち解けることができたが、それでも私が勝手にわだかまりを抱いている。
「ほら華雪ちゃん、行こう」
手を差し出されても素直に握ることはできない。
でも、朱音が困ったような悲しい顔をするから、そろそろとその手をとった。
私よりも大きく柔らかく温かい手だ。
「・・・・・・いや、じゃないか?」
「ううん。とっても嬉しい。
こうやって先生の手を握るの、嬉しいよ」
「そうか・・・。じゃあ、図書館に行くまではこうしてような」
嬉しそうな朱音につられて私も口の端が上がる。
今はまだぎこちない関係しか築けないが、いつかまた昔のようになりたいと一瞬思ってしまった。
この国の真ん中には大きな水路が通っていて、そこから蜘蛛の巣のように細い水路が町中に張り巡らされている。
水路には数多くのカラフルな船たちが浮かんでいた。
そのうちの一つである小ぶりな船に朱音は近づくと、図書館までと船頭に言う。
彼はあいよと返事を返すと船に乗せてくれた。
五人ぐらい乗ればぎゅうぎゅうになりそうな船に乗り込むとすぅーと発進する。
船頭の技量がいいのか、水の流れが緩やかなのか、はたまた両方の要因かほぼ揺れなくて船の上は快適だ。
「この船はねフェアリー・シップって言って、観光の目玉の一つなんだよ。
小さくて可愛いからこの名前がつけられてるんだ」
「へぇ、確かに可愛らしいな」
すれ違う大きな船も小さな船もアラベスク風の柄で装飾されていて、通る人たちの目を楽しませている。
小さなものは私達のように何人かの人を乗せていて、大きなものは荷物を運ぶように運行されているようだった。
「本当は図書館まで歩いて行けたんだけど、先生に乗って欲しくて」
「とても楽しいぞ、朱音。
小型の船に乗ったのは初めてだし、何よりお前と一緒に居られるからな」
現金な私は朱音と一緒に居られるというだけで夢かと思うほど幸せだ。
むしろ、幸せ過ぎて怖いほどだ。
この幸せな夢から目が覚めたら、また一人でどこかの時空を彷徨っているかもしれないと考えてしまうほどに。
「また、変なこと考えてるでしょ。先生」
「いや、考えてないが。
あっ、あの建物は何だ?ずいぶん大きいが」
今の内容は私の中では変なことに入らないが、朱音から見れば十分範囲内らしく、むぅと膨れられる。
強引に話を切り替えるために、他のことに目を逸らさせようとして、ふと目線を彼女からずらすと大きな建物が見えた。
その事に会話を切り替える。
朱音はまだ膨れていたが、私の手をにぎにぎと握って気が済んだのか、ため息を一つつくと教えてくれた。
「あれが目的地の図書館―――――ザンクトゥ・アーリウム・ビブリオ。
本の聖域と呼ばれている世界最大級の蔵書を誇る国立図書館だよ」
「あのでかい建物が図書館か・・・・・・」
この世界の本の価値を知っているために、この図書館の大きさだけでどれほどお金がかかっているか大体想像できてしまった。
中の本が庶民が手に入れられる程度の最低値の本の群であっても、それだけで小国を買えてしまう金額になる。
「中には娯楽小説から魔法書まで、ここにない本はどこにもないってレベルで豊富に取り揃えているよ」
「調べ物をするのにはうってつけってことか」
図書館前の大きな船乗り場で私たちは降りる。
見上げても天辺が見えるかどうかぐらいの建物を前に流石に圧倒された。
「私と一緒なら禁書庫にも入れるけど、華雪ちゃんが何を見たいか聞いてなかったね。
知識が欲しいってことはジャンルとしては雑学系の本かな?」
「いや、魔法書で禁書指定になるぐらい強力な魔法が乗っている本が読みたいな。
どう考えても今の私じゃ弱い。
欲を言えば終焉級の魔法を使えるようにしておきたい」
終焉級の魔法なんて存在すら確認されてないという、半ばおとぎ話のようなものだが、それでも階級に組み込まれているからにはあるのだろう。
多分、魔力か精神力の問題で人間には発動できないとか制約がかかっているのかもしれない。
「うーん。屍鏡君でも滅帝級までしか使えないからねぇ。
その領域にいけるか分からないよ?」
「構わない。そうなったら他の方法を考えるだけさ」
図書館の中に入ると、受付の奴が出てきて朱音に頭を下げる。
彼女は普通の人間とは違う感じがしたから、おそらく魔人族なのだろう。ただ、そんなに人間との違いを感じない。
しいて言うなら、人間よりも魔法を使うための魔力が高いぐらいか。
それ以外は美人な上に見事なプロポーションの金髪の女性で、魔人族というのは外見が良くないといけないのかと思ってしまうほどだ。
ちなみに、朱音は綺麗というより可愛い感じで、屍鏡は仮面を外せば十人居れば十人とも振り返ってしまうほどイケメンだ。
白は触れることを戸惑うほどの美人さんだし、三人とも誰もが納得する美形達だったりする。
というか、私の友人たちは好みがあるがみんなイケてる見た目をしているのだ。
「これは朱音様。今回はどのような御用でしょうか?」
「禁書庫に入りたいの。先生と一緒にね」
「そちらの方が朱音様や屍鏡様がおっしゃっていた〝先生”ですか?」
ジロジロと不躾に見られる。
どういう風に話していたが知らないが、かなり話を盛っているいるんだろうなとは予想できた。
と同時にそんなに良く思われてないことも予測できてしまった。
いかにも気に食わないと私を見る顔にデカデカと書かれていたからだ。
嫌うのは勝手だが、朱音がいないところでほしい。
「うん。という訳で、禁書庫に入るね。
できればあまり人を近づけさせないで」
「かしこまりました・・・・・・。
お気をつけて行ってきてくださいませ」
再び頭を下げた彼女に朱音は軽い調子で行ってくるねと言って、私の手を引いて歩く。
頭を上げた彼女はそれとなくバレないように私を睨み付けていたが、それに気づかないふりをしてその場を離れた。
司書室にある地下への階段をずっと降りると最下層と思われる所に頑丈そうな金属製の扉があった。
それは何でできているのか、蝋燭に照らされて鈍く青白い光を発している。
「ここに入れるのは私と屍鏡君と白さん、そして図書館の司書長だけなんだ」
「それほどまでに制限しなきゃいけないほどヤバい本があるってことだな」
「ものによっては手に取っただけで死んじゃったり、そこにあるだけで死霊を発生させちゃうものもあるからね。
勝手に触らないでよ、先生」
「私だって好き好んでそんな本に触れたりしないさ」
朱音が手を翳すとゴゴゴッと重い音を立てて扉が開かれる。
それと同時に中が明るくなり、全体を見渡せた。
大きさは上の図書館程大きくないが、それでも私が通っていた学校の敷地並みには広かった。
約三メートルはある本棚には革表紙やなにかの皮膚で作られた分厚い本が詰め込まれている。
地下ということを差し引いても、理由がなければ誰も立ち入りたくない程にはどことなく不気味な雰囲気が漂っている。
何を置いてあるか知らないが、よっぽど曰くつきの本がいくつも置いてあるのだろう。
「魔法関係の本はこっちだよ」
朱音に案内されて奥に進む。
何回も来ているのかその足取りに迷いはない。
「よくこんな量の本を集めたな」
「半分は趣味みたいなものだよ。
あっ、ここだ。
この本棚から魔法に関する本だよ。
一応持ち出し禁止だけど、言ってくれればこそっと持って行っていいから」
「いや、朱音が怒られそうなことはしたくないな。
悪いが、ちょっと時間がかかるかもしれない」
本棚に整頓されている背表紙を見て、自分に必要そうな本を探す。
一つ一つの本が大判サイズよりも大きかったりするので、探すのは骨が折れそうだ。
「手に取る前に私に言ってね。本当に危ないから」
「全力で防御をすればなんとかなりそうだし、そんな危ないものを朱音に取らせるのも気が引けるんだが」
「駄目。私が取るの!」
「分かった。
でも、これは自分じゃ駄目だなって思ったら、素直に言うんだぞ?無理なことはするなよ?」
本から目を離さずにそう言う。
蔵書が半端ないせいで、まだ目的のものが見つかってない。
「分かってるよ。
そういえば、具体的にどの属性の終焉級魔法が使いたいの?」
「相性的に黒魔法か闇魔法だな。
他のは使っていてもあまりしっくりこなくて」
どの魔法も使えるようになっているが、使っていて違和感がないのがその二つだ。
私の戦い方的にも黒魔法か闇魔法の終焉級が使えると便利だと思っている。
まぁ、まだどういう魔法か分かってないのだが。
そんな雑談をしつつ、指先で本の題名を辿っていると、背表紙に題名のない本があった。
それは何の変哲もない赤茶色の革表紙の本で、そこまで厚くもなければ存在感があるわけでもない。
だが、目を離せない。
「これは・・・・・・?」
「あれ?背表紙に題名が書かれてない本なんてないはずなんだけどなぁ。
題名がない本は探しづらいから司書さん達がわざわざ書いてるんだけど・・・・・・。
どこかでチェックが漏れたかな?」
まいったなーと朱音は言いながら、その本を抜き出そうと指先をそれに触れさせる。
その瞬間、世界が暗転した。




