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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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第十五.五話 ついていけない

 





 ありのままに今起こったことを話そう。



 にっこりと笑ったままあの男が華雪だけを部屋の中に入れたと思ったら、目にもとまらぬ速さで何かが彼女にへばりついていた。


 それは傍目にも分かるぐらい力いっぱい華雪を抱きしめて、何故か謝りながら泣いていた。



 奥に居た仮面の男と全身真っ白な女に、桐生が驚きながらも久しぶりと言いながら笑いかけて、彼らに寄って行く。



 原因ともいえる二郎は表情を崩さずに、いや目元をいつもよりもやわらげて微笑ましいと言わんばかりにこの光景を見守っている。



 誰でもいいから、この状況がどうなっているのか俺に説明してほしい。



「先生、先生っ!私、ずっと会いたかったの!!

 ずっとずっと呼びかけても先生には聞こえなかったから、ちゃんと会って謝りたくって!!


 先生、ごめんね!!わたし、わたしのせいで、せんせいがっ!!」



 華雪に抱き着いていたのはどうやら若い女のようだ。



 涙声で聞き取りづらかったが、先生というのは華雪を表しているらしい。


 文脈から察するに華雪とは知り合いで何かしてしまったであろうことは察せた。



 しかし、異世界に知り合いがいるわけがない。


 少し前に連れてこられ、それからあの城にほぼ軟禁状態だったのだ。


 会う機会などないに等しい上に、この女はそんな短時間で知り合ったほど仲が浅く見えなかった。



 ありえない話だが、もっと何年も前からの知り合いのように感じられる。


 ここが元の世界ならともかく、異世界にそんなものが存在していることがおかしい。



 これもまた、俺に話せない関係のことのうちの一つだろうなと当たりをつけると、手出しするのは無粋だと、何かアクションがあるまでは壁に凭れかかって待機することにした。



「あかね・・・・・・朱音、か。生きて、いるのか?」


「生きてる!!だから、もう先生が自分を責めなくてもいいんだよ!!」



 生きてる?どういうことだ?



 華雪から少し視線を離して女を見るが、体が透けているわけでもゾンビのように腐っている感じでもない。


 ごく普通にそこらを歩いている人間の女と変わりない。


 どこからどう見ても死体に間違えることは難しい。



「でも、私は・・・・・・お前をころした」


「っ!?!?」



 どういうことだ?華雪が目の前の女を殺しただと?


 だが、きちんと女は生きている。



 全ての事情を知っていそうな横の男に目向けると首を振られる。


 これは自分は言わないという合図なのだろう。



「違うっ!!!!私を殺したのはあいつらで悪いのもあいつら!!


 先生は何も悪くない!!

 あんなぐちゃぐちゃになった私を抱きしめて泣いてくれた先生が悪いはず、ないっ!!!!


 お願い、先生・・・・・・もう自分を責めるのはやめて・・・・・・・・・・・・。

 私のせいでずっと苦しんでる先生なんか見たくないよ・・・・・・」



 ボロボロと泣く女に、それでも華雪は嫌だとゆるく首を振り続ける。


 このままでは埒が明かなくないかと二郎に視線を送るが、こちらも首を振られて否定された。



 と、ここで新たに割って入る人物がいた。


 奥の方で桐生と話していた仮面の男だ。



 そいつは女の傍らに同じように膝をつくと、優しい声で話しかける。



「華雪ちゃん、朱音ちゃんが言っていることは全部本当なんだ。それは傍にずっと居た僕が証明してあげる。


 あの時とは違ってちゃんと彼女の言葉は届いているでしょ?

 もういい加減、自分を許してあげて。


 朱音ちゃんはね、華雪ちゃんと会ったらまた昔みたいに笑いあいたいって言ってたんだ。

 それなのに、華雪ちゃんがそんな顔をしていたらいつまでも朱音ちゃんが笑えないよ」



 こいつもまた華雪の知り合いその二らしい。


 自己紹介すらしてないのに親し気に彼女の名前を呼ぶ。



 その言葉が華雪の心の琴線に触れたのか、俯いていた顔を華雪が上げる。


 その表情は暗く、その瞳はどこか虚ろだった。



「朱音、今、屍鏡が言っていたことは、本当なのか・・・・・・?」


「本当だよ、先生。前みたいに下らない話をして笑いたい。そうずっと思ってたの・・・・・・。


 屍鏡君と私と先生と、その大切な人達で笑いたいって・・・。


 駄目、かな、先生」


「・・・・・・・・・・・・いいのか?


 もう私はお前が知っている〝先生”じゃないんだぞ?口が裂けても言えないことを沢山している。


 そして、私はそのことを後悔できない・・・・・・そんな私でもいいのか?」



 華雪が何をしてきたか俺は何も知らない。


 しかし、とてつもないことをしてしまったであろうことは察してしまった。



 それはきっと俺が想像すらできないことなのだろうということも理解してしまう。



「先生は今も私が憧れて好きになって尊敬したままの先生だよ」



 女はきっぱりとそう断言する。


 見た目の気弱そうな外見とは裏腹に芯は強そうで好感が持てた。



「・・・・・・そうか。私は自分を許せない。

 でも、朱音の願いは叶えたい。


 こんな狡くて最低で情けない私だが、またお前の友人と名乗っていいだろうか?」


「うんっ!もちろんだよっ、せんせぇ・・・・・・!!


 先生は狡くて最低で情けなくなんてないっ。ずっと、私の中じゃヒーローだもんっ!」



 再び女は力いっぱい華雪を抱きしめる。



 傍から見れば苦しそうだが、やられている本人が嬉しそうだから口出しはしない。



「これで華雪さんの心も少しは軽くなったでしょうか・・・・・・?」



 ぽつりと隣の男がそう言う。


 いつもの人を不快にさせる笑みは消え失せ、純粋に華雪を心配しているという顔を見せる。



「俺には事情がさっぱりだが、悪くない顔をしてるから大丈夫だろ」


「貴方がそう言うのならそうなのでしょう。本当に、良かったです」


「いつかでいいが、その内ちゃんと俺にも全部の事情を説明しろよ」


「華雪さんが貴方に話す決心がつけばいつでも。

 結局はあの方が隠したがっているだけですから。


 今までの私たちの会話や態度を見ればそれなりに真相には近づくことができると思いますがね。


 一回自分中で培ってきた常識を消して筋道を立てて考えれば分かるかもしれませんよ」



 常識を消して考えるか・・・・・・。


 頭を使うのは好きじゃないが、これからはもう少しこいつらを見て華雪が隠していることの一端を知ることができるように努力するべきか。



 やるべきことが増えたが、優先順位はあまり高くないから暇なときにしようと決めた。






 全員が落ち着いてソファーに座れたのがそれから三十分後のことだ。


 それでもまだずびずびと女は鼻を啜りながら、膝の上に乗せた華雪を離そうとしない。



「さて、まずは自己紹介かな。

 本当ならしなくてもいいはずなんだけど、しなきゃいけないみたいだからね。


 僕の名前は雲英屍鏡。

 一応、冒険者ギルドのグランドマスターを務めているよ。


 ちなみに魔王なんだ」


「いや、ちょっと待て!!

 今、サラリと聞こえちゃいけない単語が混じっていたが!?」



 屍鏡という仮面の男の自己紹介に聞き逃せない単語が入っていた。


 それはグランドマスターなんてちゃちなものではなく、ついでみたいな感じで付け足された魔王という肩書だ。


 あまりに唐突過ぎて、反射的にツッコミを入れてしまった。



 魔王。


 それは魔人族という数は少ないが巨大な力を持っている種族の王で、勇者が倒すべき最終目標だ。



 この男が本当にそんな大層な奴なのだろうか?



 決して弱くはない。


 俺が真っ向から向かって行っても百パーセント勝てる未来が見えない。


 が、二郎やその隣の白い女よりは弱いと断言できる。


 そして、桐生とは互角ぐらいの強さしか感じることができない。



 実力を隠している可能性も否定はできないが、二郎や白い女みたいに底知れない恐怖を感じる訳でも、華雪のように全く実態が掴めない訳でもなく、本当に魔王なのかという疑問が頭を占める。



 しかし、そんな意味もなく下手したら本物の魔王の怒りを買うかもしれない嘘をこんな場所で言うのだろうか?



「あれ?驚いてくれてるのってひょっとして山口だけ?

 二郎はともかく桐生には驚いて欲しかったなぁ」


「魔王になったことぐらいじゃ今更驚かないわよ。

 それともわざとらしく、なっ、なんだってー!?とでも言えば良かったかしら?」



 楽しそうにそう話す桐生に、屍鏡はそういうところは変わってないと笑った。



「あはは。やっぱりこれぐらいじゃ驚いてくれないよね。


 あっ、言っておくけど、魔王なのは本当だよ山口。

 知っているのは白と朱音ちゃんとその他の限られた人たちだけだけど」



 名前を言ってないのに勝手に呼ばれることはどうでもいいが、妙に距離が近いのはどうにかならないだろうか?



 桐生と二郎に会った時も思ったが、こいつらは何故か馴れ馴れしい。


 気にしなければすぐに馴染めるが、会って数時間でそこまで馴染んでしまっている自分が少し不気味だ。



 まるで、古い知り合いに会ったような感覚を初対面という人物に抱くことが気持ち悪い。



 その慣れない感覚に内心顔を顰める。



「お前が魔王なのは多分本当なんだろうな。

 そこを踏まえた上で、どうしてグランドマスターなんてやっている?


 俺が聞いた話だと人間を滅ぼすために軍勢を用意しているって話だったが」



 半分以上聞き流していたが、あの豚王達からの話では、よくあるおとぎ話のように魔王が人間を滅ぼすために頑張っている最中だと言っていた。



 隣の華雪を見るので忙しかったから、あまり聞いてなかったが、大体そんな感じの話をされた記憶が朧げにある。



「うーん。簡単に言うと、魔王の名を騙ったかつての僕の部下が人類を滅ぼそうとしているらしいんだよね。


 ぶっちゃけ、どうでもいいから放って置いてるけど。


 未だに魔王の称号は僕が持ったままだから、そいつが魔王になることは絶対にないんだけどね。

 騙される馬鹿ってどこにでもいるからさ。


 しかも、次に魔王になる奴が現れるとしても、絶対にそいつじゃないし。


 というわけで、僕とその件は無関係だって胸を張って言えるよ。

 大体、世界を滅ぼしたくなったら軍勢なんか用意しなくて僕一人で滅ぼすし」



 物騒なセリフが予告なしに出てきたが、逆に信用できた。


 屍鏡という人物はやると言ったらやる人種だと判断したからだ。



 人間が今までのうのうと生きてこられたのも、彼が人間という種に対してとことん無関心だからだろう。



 となると、あの国で聞かされた話とは少し違ってくる。


 魔王を倒せば元の世界に戻れると言われていたが、それは魔王の称号を持ってない偽物を倒した場合でも戻れるのだろうか?



「ちなみに言っておきますけど、仮に魔王を倒したとしても元の世界に戻れませんからね。

 あの儀式は連れてくることしかできないので」


「その可能性は考えてないわけじゃなかったから、今更驚いたりはしない。

 そもそも元の世界に未練がないからな」



 両親・友人・その他関わっている奴らに愛着も興味も湧かない。


 誰が喜ぼうが悲しもうが一切自分に関係があることだと処理できないのだ。まるでテレビを通して安い演劇を見せられているように、心が動くことがない。


 異常だというのは分かっているが、こればっかりは仕方ない。



 そんな俺が唯一愛して大切にしている存在が華雪で、彼女が居ればどこだろうが関係ない。


 そこが俺の世界なのだ。



 彼女だけが俺の心を動かし、知識でしか知り得なかった様々な感情を教えてくれた。


 だからこそ、俺は華雪だけを今でも愛してるし、それはどんなことがあってもこれから先も変わらないと確信を持って言える。



 二郎が何で元の世界に戻れないことを知っているかはスルーした。


 この男なら知っていてもおかしくない。



「それは何よりだね。

 試しに殺されるのはちょっと嫌だったから。


 自己紹介の続きをしようか。僕の左隣に座っているのが砂野(さの)朱音ちゃん。


 今は華雪ちゃんを構うので忙しそうだから、代わりに僕が簡単に紹介させてもらうよ。


 ギルド内だと秘書補佐って肩書で僕のお手伝いをしてくれてるいい子で、察している通りに魔人族だよ。

 戦うのは苦手だけど、今の山口となら中々いい勝負するんじゃないかな?潜在能力は高いからね。


 で、僕の右隣に座っているのが白。自己紹介してあげて」


「初めまして、ですね。山口さん。私は白と言います。

 ギルドでは秘書として仕事をやらせていただいています。


 魔人族ではないですが、この場では二郎さんの次ぐらいには強いと思いますよ。

 どうぞよろしくお願いしますね」



 白と呼ばれた女は上から下まで更には服まで真っ白で、緋のように紅い瞳だけが色として存在している女は頭を下げてくる。



 二郎と同種のような雰囲気はあるが、あいつほど性格が悪い感じはしないので何とかやっていけそうだ。



「自己紹介も終わったことだし、これからのことについて具体的に話し合おうか。


 とは言っても、華雪ちゃんと一緒にいるのは僕たちの中じゃ確定事項なんだけどね。

 了承を得たい本人が未だにショートしているから他のことをして時間を潰したいわけだけど」



 朱音に抱きかかえられたままの華雪はぶつぶつと何かを呟いていて、俺たちのことは完全に意識してない。



 あの状態から正気に戻るまでまだまだかかるなと予測を立てて、屍鏡の言葉に頷いた。






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