第二話 お約束の展開
白い光に再び体に飲み込まれたと思ったら、見覚えのない部屋の中に立っていた。
その部屋は石造りでできており、広さは教室二個分ぐらいだ。
あの空間にいた時と同じく私の右手は学生鞄を握っているし、ネックレスもある。
そこまで確認して、さっき藤堂に言われたことを思い出した。
一緒に異世界に連れてこられた彼のことを。
急いで周りを探すと、壁の近くに横たわっていた。
他の倒れているクラスメイトのことなんか目にもくれず、真っ直ぐ彼に駆け寄る。
途中でぶぎゃっと何かが潰れたような音がしたような気がしたが、気にせずに彼のとこまで最短ルートを通った。
彼の元につくとすぐに脈を測って正常なことを確かめるとほっと一息つく。
あの時廊下まで突き飛ばして魔法陣の外に出せたと思ったが、少し遅かったらしい。
・・・・・・いや、私の傍にいたからまた巻き込まれたのかもしれない。
なら、やっぱり私は彼の傍にいるわけには・・・・・・・・・・・・。
そんなことをぐるぐる考えていると彼が目を覚ました。
彼は何を考えているか分からない目で私の顔を数秒見つめると、がばっと抱きついてくる。
いきなりのことで回避行動が遅れ、彼の腕の中に納まる。
そこは前と寸分も変わらず居心地がいい。
本来ならいきなり抱きついてきたことに抗議をしなければいけないのだが、あまりの心地よさに言葉を失っていた。
「無事で、良かった」
ぽつりと今にも消え入りそうな声で彼に囁かれる。
その声音には安堵と不安が入り交じっていて、本当に心配してたんだなと思った。
相変わらず優しい男だ。
こんな女いくらでも替えはいるだろうにと自嘲ぎみに笑って、彼の腕から名残惜しくも離れる。
「無事は無事ですが、いきなり女の子に抱きつくのはマナー違反ですよ」
いつものポーカーフェイスを彼に向けて、2・3歩離れる。
名残惜しいが、私なんかが居心地のいいそこにいつまでもいるわけにはいかないのだ。
彼は決まり悪そうな顔をして頭をがりがり掻いた。
「いや、ついな。
体がいきなり動いて、意思と関係なく抱きしめてしまったんだ。悪かった」
「いえ。人間の理解範囲の超えることが起こって混乱していたのでしょう。
誰にでもそういうのはあると思いますよ」
人は自分の理解を超えた現象が起きた場合、意図せず普段からは考えられないような不思議な行動を起こしてしまうものだ。
いきなり人に抱き着くぐらいなら軽いほうで、その現象を受け入れられず体に変調をきたしたり、発狂して精神病院送りになったりする奴結構いる。
もっとも、今回ぐらいの超常現象なら軽く混乱するぐらいですぐに収まるだろうが。
「そういうお前は混乱しているように見えないな」
「目が覚めた時は一応混乱してましたよ」
しれっと嘘をつく。
私はもうこのぐらいじゃ混乱もしなければ動じたりもしない。
いきなり見ず知らずの所に飛ばされるなんてざらにあったからだ。
最初の内はそれこそ彼のように驚いていたが、何回も繰り返されている内に、またかよという気持ちのほうが大きくなってそんなに気にしなくなった。
しかも、いつもみたいに何が起こるか分からない状態ではなく、死神のおかげである程度はこの後起こる出来事に予測がつくのだ。
イージーモードとは言わないが、これからのことにも落ち着いて対処できる余裕はある。
だから、ふわっふわなドレスを着たいかにもお姫様みたいな美少女が、魔法使いぽいローブ姿の男たちや騎士ぽい鎧姿に腰に剣を差した男たちを連れて部屋の中に入ってきた時にも特に動じなかった。
金髪青目という典型的な外人お姫様を見ても、ドレスが動きづらそうだなとか、あのロール髪はメイドの人が一生懸命毎朝頑張っているのかなとか、そういう感想しか湧き上がってこない。
彼女は縦ロールをゆっさゆっさ揺らしながら部屋の中央まで歩いてきて、生徒たちの視線を集めると、ゆっくりと話し始めた。
「皆さん、この度は勇者召喚の儀式によってお越し頂きありがとうございます。
つきましては我が父である国王から大切なお話がありますので、申し訳ありませんが広間までご足労を願います」
言葉や物腰などは柔らかく感じるが、有無を言わせないような迫力があった。
まさか断るわけないわよね?という副音声まで聞こえてきそうな感じだ。
その迫力が怖かったのか、はたまた逆らってはいけない状況だと本能的に感じ取ったのか、誰も反論せず、担任を先頭に静かに大人しくお姫様の後をついていく。
ぞろぞろとついていく最後尾を私は歩く。
隣には彼も一緒だ。
その後ろには騎士ぽい人たちがいて、うかつな行動はできないようになっていた。
私も彼も一言も喋らないまま広い空間についた。
中央には立派で高そうなイスが二つ鎮座しており、私から向かって右側にはでっぷりと肥えてイスの横から肉がはみ出している頭頂部の薄い男が座っている。
左側にはこれまた負けず劣らず立派な体格をして頭をモリモリに盛っている女もいた。
それぞれ一目見ただけでわかるほどいい布をふんだんにつかった衣服に身を包み、ゴテゴテとした貴金属類も身に着けている。
私の隣に立っている男はその二人を一目見て、ハゲ豚とハデ豚がなんで人間の服を着て座っているんだと真顔で言った。
小声なので隣にいる私ぐらいしかまともに聞こえなかっただろうが、運悪く聞こえてしまった私は鞄を持ってないほうの手で口を押えて、笑いを堪えるのに必死だ。
その様子を後ろにいる騎士ぽい奴らは訝しげに見てくるが、そんなこと私の知ったことではない。
今は笑いを堪えるので必死だ。
ようやく笑いの衝動が収まった頃にはハゲ豚こと国王の話は終わっていた。
右から左へと聞き流していたが、大事なことだけはちゃんと耳に残っている。
要約すると、最近魔王を名乗るものが現れて、それに伴い魔物達が活性化している。魔王はそう遠くないうちにこの国にも攻め込んでくるだろう。
そうなってはこの国は終わってしまう。
事が起こる前に魔王に対抗できる勇者達を召喚したとのこと。
それが私たちのクラスメイトプラス隣に立っている彼、それとあの昼休みの時に運悪く教室に残っていた担任教師らしい。
おおむねテンプレ通りの流れで、そこまでおかしな点は出てきてない。
その後もテンプレの展開が続く。
担任教師や一部の生徒がいきなりそんなこと言われても困るだとか、そもそも異世界というのは本当なのかとか、元の世界に返してほしいだとか、ぐだぐだと国王達と話している。
その間、私はというと、隣に立っている彼を見つめていた。
彼は国王達の表情をつぶさに観察し、何かを考えているようだ。
その何かが考え終わると、私にこっそりと話しかけてきた。
「あのハゲ豚とハデ豚からあの娘ができるってありえるのか?」
真剣に考え込んでいるかと思ったら、どうでもいいことを考えていたらしい。
一気に力が抜けた。
脱力しながらも律儀に彼の疑問に答える。
「世の中というのは不思議に溢れてますし、あの二人も昔は綺麗だったりしたんじゃないですか?」
「生命の神秘というやつだな」
納得したように頷く。
「そんなことより、ステータスプレートとかいうやつが配られるらしいですよ。
ほら、ゲームとかでよくあるあのカードが」
彼が国王達に興味を失った絶妙なタイミングで話題を変える。
すぐに彼の興味はステータスプレートにいった。
この世界にはかの有名なステータスプレートというものがあって、その板に両目の虹彩と血を一滴垂らして登録すれば、その人のレベルや体力、使える能力などを手軽に表示してくれるらしい。
そこいらへんの説明は騎士団長とかいう一際立派な鎧を身につけた男がしていた。
無駄にハイテクで近代的な板だなと感心しながら、彼の部下らしい騎士から一枚のステータスプレートと血を垂らすための針を受け取って、早速指に傷をつけてステータスプレートに血を垂らしてみる。
すうっとプレートに液体が吸い込まれていくと、次は両目を開けたまま目の位置にプレートを当てる。
これだけで登録が完了するらしい。
プレートを目から離して確認すれば、一瞬光輝いて文字がずらずらと羅列されていく。
全てが羅列されるまで一秒もかからなかった。
そのステータスを見た私は顔をひきつらせた。
山口 華雪 age ■■■ 性別 ♀ レベル ■■■ 種族 ■■■
職業 ■■■ 加護・祝福 死神の加護・死神の祝福
体力 ■■■/■■■
魔力 ■■■/■■■
筋力 ■■■■■■
精神 ■■■■■■
敏捷 ■■■■■■
耐性 ■■■■■■
魔防 ■■■■■■
魔攻 ■■■■■■
特殊技能一覧
死神召喚・幻惑
※時間の関係でこれしかつけられなかった。by藤堂
・・・・・・これはわざわざ表示する必要があるのか?
ほぼすべてを通して黒く塗り潰されているステータスプレートを見てこっそりとため息をつく。
ここまで分かりやすく異常扱いをされれば、仕方ないこととはいえ気分は良くない。
気を取り直して、わずかに得られそうな情報について整理してみた。
苗字にツッコミを入れたいが、特に今のところ不便はなさそうなので見なかったことにして、加護・祝福、そして特殊技能一覧に注目する。
まずは死神の加護&祝福だが、これは藤堂が授けてくれたものだろう。
他に死神と呼ばれるような人外の知り合いなんかいないし、こんな物騒なあだ名で呼ばれる知り合いは一人で十分だ。
どういう効果があるものか知らないが、ただちに不利益をもたらすようなものではなさそうなので安心できる。
で、次に特殊技能の死神召喚と幻惑だが、字面的に死神召喚は使用すると藤堂が来そうなので絶対に使わないと決めた。
うっかり彼を呼び出したりしたら、そのまま世界が滅亡してもおかしくないからだ。
幻惑はどのぐらい使えるか分からないが、あるだけましだろう。
少なくともこの異常なステータスを隠せそうだという点で死神召喚なんかよりもよっぽど使える。
まぁ、本音を言えばもっと使いやすそうなスキルが良かったが。
「随分と難しい顔をしているが、ステータスに何か不備でもあったのか?」
知らず知らずのうちに顔が歪んでしまっていたのだろう。
彼が心配そうに話しかけてきた。
「・・・いえ。特には。
先輩のステータスはどのような感じですか?」
表情を元に戻し、彼の目に入らないようにさりげなくステータスプレートを隠して、彼のステータスプレートを見せてもらう。
そこにはこう表示されていた。
山口 五郎 age18 男性 レベル 1 種族 人間
職業 一人のためのヒーロー 加護・祝福 海神の加護・海神の祝福
体力 5000/5000
魔力 10000/10000
筋力 6000
精神 2000
敏捷 4000
耐性 5000
魔防 5000
魔攻 3000
特殊技能一覧
限界解除・刀術・剣術・銃術・魔力付加・魔力操作・火魔法・水魔法・雷魔法・土魔法・風魔法・白魔法・黒魔法・召喚魔法・精霊魔法・補助魔法・光魔法・闇魔法・空間魔法・詠唱破棄・鑑定・気配察知・威圧
チートだ。
私なんかよりもよっぽどチートだ。
職業のところが少々謎だが、そんなものが気にならないぐらいのチートだ。
特殊技能も私よりもある。
というか、これは後半の主人公のステータスであって、間違っても召喚されたての奴が表示される数値じゃない。
海神の加護&祝福が少々気になるが、呪いの類ではなさそうなので、この時点ではスルーする。
大体、どういう理由でついているのか、私には心当たりがるので問題もない。
「素晴らしいステータスじゃないですか」
「そうなのか?他の奴のステータスが分からないからなんとも言えないんだが」
「私のなんてもっと能力値が低いですよ」
ほらと彼にステータスプレートを見せる。
東雲 華雪 age17 女性 レベル 1 種族 人間
職業 不良 加護・祝福 なし
体力 50/50
魔力 100/100
筋力 70
精神 100
敏捷 130
耐性 180
魔防 100
魔攻 50
特殊技能一覧
なし
見せたステータスは彼を参考にして幻惑で適当に作った偽のステータスだ。
ちゃんと能力が発動しているかドキドキものだったが、確かに何かの力を使っているという感覚はあるので、無事に発動できているのであろう。
彼の能力値と比べるとかなり低い数値にしたが、私と彼の実力さを考えればこんなものだ。
私のステータスプレートをしげしげと見ると、しばらくして返してきた。
「その、気にすることはないと思うぞ・・・・・・」
彼は彼なりに私のステータスの低さを励ましてくれたようだ。
そんな不器用な優しさに思わず笑ってしまう。
「ありがとうございます、山口先輩。
私は私の身の丈にあったステータスだと思って納得していますから、そんなに気を使っていただなくても大丈夫ですよ」
私がそう言うと、彼はほっとしたようだ。
私たちがステータスカードを見せ合っていると、騎士たちがステータスの記録をしに来た。
その手には羊皮紙と羽ペンが握られており、つらつらとクラスメイトの名前とステータス・特殊技能が書かれていた。
盗み見た感じでは、みんな彼には及ばないものの、そこそこ高いステータスを持っていた。
やっぱり私のステータス低すぎたか?と思ったが、騎士たちには偽装したステータスをそのまま教えた。
すると、明らかに馬鹿にしたような態度を取られる。
「体力がたったの50?おいおい、いったい何の冗談だ?10歳児の平均体力と一緒だぞ?
特殊技能も持ってねぇし。本当に勇者召喚で来た人間かよ」
広間にいる奴らに聞こえるように大声で言う。
それを聞いたクラスメイト達がひそひそと内緒話をし始める。
その態度に隣に立っている彼からブチッと何かが切れるような音が聞こえた。
彼が何か行動する前に服の裾を掴んで、下手な行動をさせないように牽制する。
私なんかを庇って騎士達にケンカを売ったりしたら、印象が悪くなる。
変なところで正義感の強い男を押しとどめると、彼の前にすっと出てきて、騎士達の目の前に立つ。
「体力が50でも、特殊技能を持ってなくても、鍛えれば肉壁ぐらいにはなると思いますよ。
今表示されているステータスはあくまでも初期の能力値なんですから」
にっこりと自分でも似合わないなと思うような笑みを顔に張り付けて、今すぐ出て行けと言われない様に騎士達及び国王達を説得する。
少なくともこの世界での一般常識が身に着くまではここにいなければならない。
この世界では前の世界までの常識が通用しないかもしれないのだ。
無知というのはこの上なく恐ろしいことだと、これまでの経験が物語っている。
騎士達は私の言葉に鼻を鳴らすと、もう私に用はないとでも言うように、今度は隣の彼にステータスを聞いた。
傍から見れば冷静に見えそうだが、私から見るとかなり怒っているようにも見えた。
彼が気にすることはないのにと思いながら周りをチラ見する。
私のステータスを馬鹿にしているのがほぼ全員、それ以外は何かに利用できないかと考えているような表情をしている者達が2・3人と、怒ってくれている隣の男が一人だ。
私にとってステータスなどどうでもいい。
強ければ強いほうが便利かもしれないが、私には狂気の中で培ってきたものがある。
それを使えばある程度無理はできるだろう。
なるべくその手は最終手段として置いておきたいが。
全ての呼び出された者達からステータスを聞き終わった騎士連中は満足そうな笑顔で笑う。
きっといいステータスを持っている人間が多かったのだろう。
お姫様はステータスが上の人から順に住むための部屋に連れていくと言った。
一番最初に呼ばれたのは隣にいた彼だ。
私を最後まで心配そうに見ていたが、さっさと行けとばかりに私が手を振ると、一つ頷いてお姫様と共に広間から出ていった。
お姫様は彼のことを気に入ったのか、べったりと彼の右腕に絡み付いて歩く。
ものすごく歩きにくそうだし、彼が嫌がっている顔をしているのに全く気づかない彼女は素直にすごいと思った。
その後も次々と人が呼ばれては騎士に連れられていく。
最後に残ったのは当たり前のように私だった。
「おら、さっさと来い!」
だいぶ雑な扱いを受けながら案内されたのは地下牢だ。
そのうちの一つに投げつけられるように入れられる。
冷たい床の上にコロコロと軽い私の体が転がった。
「飯は一日一食。訓練の時以外は出歩くな!」
騎士はそれだけ言うと、私が口を挟む暇もなく牢に鍵をかけて出ていってしまった。
完全に足音と気配が消えてから、床から起き上がる。
地下牢には私以外に人はいなくて、快適に過ごせそうだった。
床は石でできているためひんやりとしているが、それぐらいどうってことない。
昔に居た所に比べれば全然ましだ。
とりあえず、今日のテンプレ展開は終わった。
未来のことは分からないが、きっとなんやかんやでどうにかなるだろう。
ここで私があっさりリタイアしたらニャルラトテップも面白くないだろうし。
これからのことを考えてついたため息が冷たい地下牢にやけに響いた。