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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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第十四話 精霊の王

 





 ボロボロのデロデロになった五郎と衣服に汚れどころか髪すら乱れてない二郎という対照的な二人を見た私は朝から頭痛を覚えた。


 聞くところによると、二郎が五郎の鍛錬に付き合うことになったらしい。



 私たち三人の中では一番戦闘能力が高く、また桐生との小競り合いから手加減というものを学んでいる二郎は、もっとも鍛錬の相手として向いているだろう。



 二郎への負担だけが心配だが、それを察した彼は「ご心配なく、ストレス解消もかねているので」と言っていたので、私は二人に無理だけはしないようにとお願いしてこの話を終わらせた。






 そんなささいな一幕があったりはしたが、朝ご飯を食べて一息つけば落ち着く。


 お腹が一杯になったところで、とある検証をするために昨日通って来た森に行くことになった。



 その検証とはズバリ五郎の召喚魔法で何かいいものが召喚できないだろうかというアバウトなものだ。


 そうなった経緯は朝ご飯の時まで遡る。






 朝ご飯を食べていた私たちはある問題に頭を悩ませていた。


 その問題とは移動手段をどうするかということだ。



 昨日の話し合いでフェアティー・フング王国に行くことは決定しているが、そこまでどうやって行くかを考えてなかった。


 歩いて国境越えするには日数が掛かりすぎて現実的ではないし、だからといって安易に馬などを買うわけにはいかなかった。



 別に金がないわけではない。


 二郎が昨日私たちに小遣いと称して最初に渡した程度の金があれば一番いい馬を馬車ごと買ってもお釣りが出る。



 問題はそこではないのだ。もっと根本的なところにある。


 その問題とは、二郎が動物に避けられているというものだ。



 ・・・・・・こういう言い方をあまりしたくないが、二郎は人ではない。


 その正体は昔の私が作り出した人造神話生物だ。


 人間だった私が作り出したとしても、二郎はれっきとした神話生物としての能力を有している。



 それがどういうことかというと、生存本能を優先して生きている動物にとってみれば関わりたくない恐怖の権化ということだ。


 動物は二郎が神話生物だと潜在的に把握した途端、生きるために回避・逃避行動に出る。


 つまり、二郎の近くに動物が近寄ることは不可能で、無理やり近寄ったりしたらショック死してしまう可能性もある。



 というわけで、徒歩も馬も移動手段として使えないので他の移動手段を模索していた時に私が何気なく五郎を見ていて閃いたのだ。


 異世界に来た最初の日に彼に見せてもらったステータスプレートには召喚魔法という項目があった。



 召喚魔法とは一般的に術者のレベルと願いに応じて魔物や精霊が召喚される。


 そいつらと契約を結べばいつでもどこでも魔力がある限りは召喚できるという代物だ。



 魔物なら魔石の影響で生存本能が薄いので二郎にそこまでビビらないだろうし、精霊にはそういう感性が元々ないので問題はない。


 かかるコストは魔力だけ。



 我ながら中々いい案だと思った。



 他に誰も代案を思いつかなかったため、私の案が採用されて、実際にどんなものが召喚されるか見るために森までやって来たのだった。






「で、やるのは俺でいいんだな」



 桐生が召喚魔法のために必要な魔法陣を地面にガリガリとその辺で拾った棒で描いている前で、五郎はそんなことを聞いてきた。


 彼女が今描いているのは魔法書に載っている汎用性に富むものではなく、魔眼を用いて五郎に合ったもので、私が本で見た魔法陣なんかよりも更に複雑な構造をしていた。



「召喚魔法を使えるのは五郎しかいないからな」



 これは嘘だ。


 召喚魔法は私も二郎も使える。


 私は魔法の練習をしていたら能力一覧のところにいつの間にか表示されていたし、二郎は五郎の血を吸っているだろうから使えるはずだ。



 なのに、五郎にさせるのは私たちが召喚魔法を使った場合、何が出てくるか予測不能だからだ。


 下手にそんな魔法を使ってニャルラトテップが這いよって来たり、死神召喚の能力内とみなされて死神がやってきたりしたら大惨事になる。



 他にも沢山の不定要素が絡んでくるため、使わないと私たちは決めたのだった。



「俺のレベルは低いから、使えない奴が出てくるかもしれないぞ?それでもいいのか?」


「それならそれで仕方ない。そうなったら他の方法を考えるさ」


「準備できたわよ」



 一仕事を終えた桐生が額に浮かんでいた汗を袖で拭う。



 桐生が五郎にバトンタッチして魔法陣から出てきた。代わりに五郎は魔法陣の前まで足を進めるとすぐに詠唱に入った。



「我、汝に願う。

 我の求めに呼応するものよ、我が前にその姿を現せ」



 やる気なさそうに召喚に必要な文言を唱えると、ぱあっと魔法陣が赤黒く輝く。


 そこから現れたものは厳かに口を開いた。



「主か?この余を呼びしものは」


「おい、やっぱり失敗じゃねぇか」



 それに目をくれることもなく、失敗だったから帰ろうと五郎はさっさと帰る準備を始める。



 尊大な態度だったそれは、そんな彼の態度に慌てたように呼び止めた。



「ちょ、ちょっと待つのじゃ!!余が出てきたのに何じゃその態度は!!」


「俺が求めていたのは馬に代わる移動手段として使えるものだ。

 お前みたいな人型のちんちくりんじゃない」



 そう、五郎の求めに応じてやってきたのは私とそう変わらない背丈と体形をした小さな少女だった。



 服装は姫ロリと言われるジャンルの服で、ピンク色を基調としてリボンやらフリルやらがふんだんに盛り込まれている。


 手入れの行き届いている金髪頭には、大きなダイヤモンドがいくつもついたティアラが鎮座していた。


 どこからどう見ても移動手段として使えるような見た目じゃない。



 ちんちくりんと言われた彼女はわなわなと震え、五郎に食って掛かる。



「ち、ちんちくりんじゃと!?この余に向かって!!

 主は余が誰か知らんからそのような口がきけるのじゃ!!」


「お前がどこの誰でもいいから帰れ」


「よくないわ!!いいか、主。よく聞くのじゃ!!

 余はかの有名な精霊の王、ニュンフェじゃ!!」



 ない胸を張る彼女に、私は本当なのかと二郎に目線で問いかけた。


 彼ならば鑑定の能力で彼女が何者なのか分かるだろうと思ったからだ。



 二郎はこくりと頷く。



「本物の精霊王ですよ、あれ。

 見た目こそあれですが、それなりの力は持ってます」


「具体的にどれぐらい強いんだ?」


「あの男が本気を出しても勝てるかどうか程度ですかね。

 華雪さんにも桐生さんにも遠く及びませんね」



 二郎の頭の中では、二郎>>>越えられない壁>>>>>>>>>>桐生>>>越えられない壁>>>私>精霊王≧五郎らしい。



 基本スペック的には私が最下位だが、この世界の魔法をほぼ無制限に使えるため、このような順序になったのだろう。



「へぇー。でも、今回の目的にはそぐわないな」


「いえ、そうでもないですよ。

 彼女は精霊王なので、全ての精霊を従えることができます。


 なので、風の精霊にお願いして飛行魔法をかけてもらえばいいんですよ」


「あれ?その案って却下されなかったか?」



 最初の方にそんな案があったような気がしたが、全員が反対して終わった記憶がある。



「ええ、あの男が飛行魔法を使えませんでしたからね。


 誰かにしがみ付くにしても、私も桐生さんも嫌ですし。

 だからといって、華雪さんにしがみ付かせるのはもっと嫌でしたから。


 でも、風の精霊の力を借りて飛行魔法が使えるようになれば彼も一人で飛べますから、問題ないと思いますよ」


「なるほど。じゃあ、これで移動手段の問題は解決したわけだな。

 あー。なんとかなって良かった」



 そこまで心配はしてなかったが、やはり問題が解決すると爽快な気分になる。


 二郎はこれから国を出る準備をしないとですねと、既にこれからのことに目を向けていた。



 その隣に立っていたはずの桐生は、目を離した隙に精霊王に抱き着いて、彼女に嫌がられていた。



「あぁ!!可愛い!!姫ロリに余という一人称なんてもう最高!!

 もうぐりぐり撫でまわしたい!!」


「今もう既に撫でまわしているじゃろうが!!

 ほら、主!余を助けんか!!」


「めんどい。仮にも精霊の王を名乗るなら自分でどうにかしろ」


「どうにかできるなら言わないわ!!

 この女、力が強いうえに精霊の攻撃を完全に無力化しておるんじゃ!!」



 桐生は精霊王を愛でるために無駄に魔眼やら魔法やらを使っているらしい。



 ぐりぐりと精霊王の頭を撫でまわす桐生は至極幸せそうだ。



「ええい!!そこの!!余を助けよ!!」


「おい、二郎。精霊王に呼ばれているぞ」


「いえ、呼ばれているのは華雪さんでしょう。

 ああなった桐生さんを止められるのは貴女しかいませんし」



 五郎に見捨てられた精霊王はこちらに助けを求めてきた。


 が、私としては桐生の幸せを邪魔したくない。



 それ以上にこういう時の彼女に関わりたくないのが本音だ。


 うかつに近づいたら私まであのぐりぐりの餌食になる。



「私だって止められないぞ。

 部下だった二郎がどうにかするべきじゃないか?」


「命令なら従いますが、そうでないのなら嫌です」



 二郎もああなった桐生の相手はしたくないらしい。



 そうしているうちに桐生は満足したのか、ぐったりとした精霊王から離れてこっちに戻って来た。


 その顔はつやつやテカテカしていて、いつも以上に彼女を綺麗に見せている。



「久しぶりに可愛いものと戯れられて大満足だわ!!」


「だろうな」


「気が済んだならこの国から出て行く支度手伝ってくださいね。

 食料の買い込みとかもしないといけないので」


「分かってるわよ。

 けど、その前に五郎とニュンフェの本契約をしなきゃでしょ」



 召喚魔法で召喚されただけではまだ契約は結ばれていない。


 そこから召喚されたものと話し合ったり実力を見せたりして、本契約をしてもいいとあちら側が言ったらできるのだ。



「できるのか?

 さっきの桐生から助けてくれなかった件で怒っているようだが」



 本契約なんて絶対にしないと小さな子供のように駄々をこねる精霊王に、五郎は怠そうにしている。



 あれは完全に説得する気がない。



「まぁ、自分で何とかするでしょう。


 山口五郎、私が支度をしている間に精霊王さんと本契約できなければ置いて行きますからね」


「何だと!?」



 突然の置いて行く発言に五郎はぐりんと振り向いた。


 いつもの三割り増しぐらい険悪な顔をしているが、二郎はそんなものに怯むことなく、



「当たり前じゃないですか。貴方飛べないんですし。

 私たちは町に戻って支度するので、貴方はここで頑張っていて下さいね。


 華雪さんはここに残って周りの索敵をして、彼の本契約が邪魔されないように手伝ってあげてください」


「分かった」



 わざわざ私を五郎の所に残すという二郎の優しさを受け入れて、私は残ることにした。






 二郎達は支度しに町に戻り、五郎は本契約のために精霊王と模擬戦を始めてしまったので、私にできることは模擬戦を見守るだけ。


 本契約の際には他人は介入してはいけない決まりになっているからだ。



 そうじゃなかったら殲滅級の魔法でも使ったのに。



 二人は見た感じは互角に戦っているが、五郎の方が劣勢だ。


 そのまま数分もすれば五郎が負けてしまうかもしれない。



 だが、彼の眼には負けるという意思が宿ってない。


 力の差は分かっているだろうに、どことなく余裕を感じさせる。



 それは精霊王も分かっているらしく、奥の手があるかと警戒してイマイチ攻め切れていない。



「奥の手があるなら早く出した方がよいぞ!!でなければ負けるじゃろう!!」


「言われなくてももう出す!

 今朝、二郎に教えてもらったばかりの新技だがな!!」



 二郎に教えてもらった新技という言葉に私は期待する。


 あの二郎が教えた技なら今の状況をひっくり返す可能性が高いからだ。



 距離を取るために大きく後ろに後退した五郎は正眼の構えをし、ひたりと精霊王を見つめる。


 その身から放たれるプレッシャーはさっきよりも強いものだ。



「ほう。構えは中々堂に入っておるが、構えだけでは意味は無いんじゃぞ?」


「分かってるさ。この一撃に全てをかける」


「受けてたとう。どこからでも来るがよい」



 五郎は一回深く呼吸をした。



不香之花(ふきょう)式《一の型》!灰雪!!」



 目にもとまらぬ速さで精霊王に突っ込んでいく。


 だが、その行動は読まれていたのだろう。



 精霊王は慌てずに目の前に剣を構える。


 見た目とは裏腹に力はあるから、五郎の刀を受け止めるつもりなのだろう。



 ただ単に突っ込んでくるだけかと精霊王が口の端に笑みを受けベた瞬間、五郎は彼女の背後に回り込んでいた。



「なっ―――――!?!?」



 反応が遅れた精霊王はそのまま彼に切り飛ばされて、地面を二・三転して木に激突した。


 ズドゴッと痛そうな音がしたが、ふらふらしながらも立ち上がる所を見ると、頑丈にできているのだろう。



 まだやる気かと五郎は再び刀を構えるが、彼女は降参じゃと武器を手放して宣言した。



「余の負けじゃ。主と本契約を結ぼう」


「やっとか・・・・・・手間をかけさせやがって」


「お疲れさま、五郎」



 大きな傷はないが細かい傷があるので白属性中級魔法・回復の光(ホーリーヒーラー)で傷を癒し、飲み物とタオルを渡す。


 飲み物は水などではなく、スポーツドリンクのように効率よく塩分などを摂取できるものだ。



 彼はそれをごくごく飲み、タオルで額や顔を拭いた。



「飲み物とタオルありがとうな、華雪。


 さて、精霊王。本契約の儀式を今すぐにするぞ」


「そう急かさなくてもちゃんとするのじゃ。

 だが、その前にどうやって余の後ろに回り込んだのか教えてほしい」



 それは私も気になっていたので、それとなく耳を傾けた。



「なに、ネタを明かせば簡単なことだ。


 身体強化の魔法を八割方の力でまずお前の前まで行って、接触する直前に全力を出してお前の背後に回り込んだ。


 それだけのことだ」



 事もなげに言っているが、そう簡単に実行できることではない。


 通常は発動している魔法の威力を途中で変えることはできないし、どんな魔法であれ一小節は詠唱しなければ魔法は発動しないのだから。



 しかも、魔法は同時展開はできないというのが常識なため、もし普通の人間が今の技をやるとしたら一回身体強化を切ってからまた掛けなおすという、随分と隙だらけな行動となってしまう。


 一瞬で強化率を変えるなんて真似はそれこそ詠唱破棄を持っている五郎にしかできない反則技だろう。



 言われた精霊王は理解の範疇を超えているせいか、ぽかんと口を開けたまま固まっている。



「よく数時間で習得できたな、あの技」


「これぐらい朝のうちに覚えてもらわないと困るって言われてスパルタで叩きこまれたからな。ちゃんと成功して良かった。


 実はまだ調節が下手で、ちゃんと成功するのは十回に一回だけなんだ」


「それはまた随分博打を打ったもんだな」



 あまりの成功率の低さに苦笑する私。


 だが、あの技がなければそのままジリ貧で負けていたのも事実だ。



 呆然としていた精霊王は気が付いたようで、いかんいかんと言いながら頭を振ると何もない手のひらから綺麗な色をした石が出現した。


 つるりとした傷一つない飴玉のようなそれは、色は透明だが周りの光を受け入れて様々な色に光っている。



「それを持っていればいつでも余を呼べるのじゃ。

 失くさないように気を付けるんじゃぞ!」


「これで呼べばいいんだな。ちゃんと来いよ」



 精霊王から渡されたのが本契約の証となる、契りの結晶なのだろう。


 その契りの結晶に魔力を注ぐと次からは魔法陣なしでいつでもどこでも基本的に召喚が自由となる。



 これを受け取ることが本契約を交わすことになるので、五郎は精霊王と無事に契約できたというわけだ。



「勿論じゃ。では、また余の力が必要となったら呼ぶがよい」



 彼女はそう言うと、体を光の粒子にしてその場から去ってしまった。



 五郎は最後まであまり精霊王には興味はなかったようだが、これで置いて行かれることはなくなったと安心したようで、その石をアイテムボックスにしまう。



 五郎がしまい終わるタイミングを見計らったように二郎達が帰って来た。



「その様子だと無事に契約できたようですね」


「まぁな。これで一緒に行けるんだろ」


「ええ。では、行きましょうか。フェアティー・フング王国へ」



 私達は飛行魔法で、五郎だけは精霊王経由で風の精霊から力を借りて、その体を浮かせる。



 空を飛べる魔法使いはいないことはないが数は少ないので、下から見られて騒ぎにならないように私の幻惑の能力で四人の姿を隠す。


 そのまま二郎の案内に従って、天気がいい空を飛び続ける。



 かくして、私たちはユーバー・ヘ・ブリヒ王国を出て、フェアティー・フング王国へ向かうのであった。






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