第十三話 この世界の水準
彼にそのつもりは全くないだろうが、私にとってはデートみたいで緊張していた。
恋人繋ぎをして仲良さそうに歩く私達だが、きっと周りには兄弟ぐらいにしか見られてないだろう。
前は親子扱いだったから、それよりはましだといったところか。
「あー、まずはお茶でも飲まないか?
あの様子じゃまだまだ終わらなそうだし」
「そうだな。桐生の買い物は長いらしいからな。
まだ二時間はかかるだろ」
彼の提案に頷き、適当にテラス席がある喫茶店に入る。
まだ朝早いからか人はそんなにいない。
私はメニューの説明を読んでオレンジジュースもどきを、五郎はコーヒーもどきを頼み、代金を払ってテラス席ではなく店の隅の二人掛けのテーブルに座る。
「これからどっか行きたい場所とかあるか?」
「いや、特に。生活用品も二郎が持ち運んでいてくれるし、武器も今さっき見てきた。
他にどこを見たいのかと言われても、思いつかないな」
「服とかはどうだ?女はそういうのが好きだろ」
「うーん。そういうのに生憎興味がなくてな。
服は着れればいいし、装飾品とかも欲しいと思ったことはあまりない。
そういう五郎はどこか見たいところはないのか?」
「服は欲しいな。今着ている服と制服しか手持ちの衣服がないのはキツイ」
五郎が今着ている服は前の世界でいう所のチョハと呼ばれていた服によく似ている。
あの服は胸のところに弾帯を模した飾りついていた記憶があるが、それを省いたらこういう服装になるだろう。
色は黒でどちらかというと細身の彼にはよく似合っていた。
「じゃあ、男物の服を扱っている店に行くってことでいいな」
「その後のことは時間のかかり具合によって決めよう」
「賛成。先にご飯を買っても冷めたら美味しくないだろうし」
喉が渇いていたからか、美味しいとはお世辞でも言えない味だったが、飲み物はすぐになくなった。
席を立ってコップを返却し、服屋を探すために人ごみに紛れて歩く。
「にしても、本当に人が多いな。はぐれるなよ、華雪」
「はぐれたら、さっきの喫茶店に集合ってことで」
これだけ人が歩いている中で、はぐれないとは言い切れないため、あらかじめ集合場所を決めておく。
この世界には便利な携帯という機器が普及してないため、原始的な方法に頼った。
はぐれないのが一番なんだが、と呟く彼に努力すると返しておいた。
・・・・・・迷子になった。
さっきの五郎の台詞から五分も経たないうちに私は一人になっていた。
これがフラグというやつかと密かに感心していると、何かにぶつかって反動で尻もちをつく。
「おいおいおい。俺サマの一張羅がてめぇのせいで汚れちまったじゃねぇかよぉ!!こりゃあ、弁償もんだなぁ!!」
目の前に立ちふさがっているのは、どこからどう見ても三流の当たり屋ですと力説している男だった。
金髪グラサンのガラTシャツを着ている奴なんて、元の世界ではもう絶滅していただろうに。
ある意味貴重な人材と接触してしまった。
私は立ち上がって、服に着いた汚れを手で払うと呆れた顔を男に向ける。
「買いなおさなくても洗えばその程度の汚れは落ちるだろ。
というか、どこが汚れているんだ」
尻もちついた私は少々砂埃で服が汚れてしまったが、ぶつかっただけの男が汚れた個所があるように思えない。
「ああん?チビガキが俺サマに口答えしてんじゃねぇよ。
さっさと金を払える親を連れてこい。
そんな綺麗な身なりをしているんだから、金持ちの家のガキなんだろ」
なるほど。どこぞの金持ちの家の子供と間違えて当たり屋をしてきたというわけか。
言われてみれば、その辺を歩いている奴らよりも私の服は綺麗で整っている。
二郎が用意してくれた洋服一式はここの水準で言うと平均を大きく上回り、金持ちに分類されるらしい。
「残念だが、私はお金持ちの家の子供じゃない。
金を巻き上げたいなら他を当たるんだな」
「はぁ!?んなわけあるか!!さっさと金を出さねぇと痛い目を見るぜ!!」
「とは言われてもな。
私自身は無一文だし、仮に金があってもお前にはびた一文渡さないけどな」
二郎から貰った金は五郎が持っているし、その五郎とは絶賛はぐれ中だ。
周りにはいつの間にか人垣ができていた。
これで男が手を出して来れば正当防衛だと証明できる人間がいることになる。
こういう頭の悪い輩は手っ取り早く肉体言語で話し合うのがベストだ。
だから、わざと挑発まがいなことをしていた。
何も考えなしに喧嘩を売っているわけではないと言っておく。
「一発殴られねぇと分からないらしいな!!」
男は拳を握り、大きく振りかぶる。
私は避けた後に重い一撃を入れられるように構えつつ、回避の体勢を取る。
「華雪!!」
拳を避けて相手を殴ろうとした時に五郎の声がして、同時に黒いものが男の上に落ちてくる。
それは男の上に着地した。
「五郎!?」
黒いものの正体は五郎だった。
迷子になってまだ数分も経ってないのに、再会できたことに驚く。
五郎は男の頭をグリグリと踏みつぶしてから、私を抱きしめる。
「俺は間に合ったか?怪我をさせてないか?」
「まるでヒーローみたいにタイミングが良かった。
五郎のおかげで怪我一つない」
冗談ではなく、本当にヒーローみたいだった。
悪人に襲われそうになっている女を助けるべく颯爽と現れるという、よくありがちなヒーローにそっくりだ。
ただ、今回は私一人でどうにかなった上に、悪人を積極的に煽っていく悪女(私)が助けられてしまったが。
そうでなかったら、そのままドラマにでも使えそうなほどできのいいワンシーンだっただろうに。
「声がな、聞こえたんだ。
お前が襲われているって声が。場所も何となく分かって急いで来た」
「声?私はテレパシーなんて使えないが?
でも、確かに襲われているのも間違いではなかったし、場所まで特定されてるしな」
五郎の不思議体験に私も一緒になって首を傾げる。
「まぁ、そんなことは後で考えればいいか。
ひとまず、この場をどうする?」
野次馬たちから注目され、遠くの方では「衛兵さん、こっちです」という声まで聞こえる。
このままここにいると事情聴取とかで時間をとられる上に、下手したら城の方まで情報がいって桐生と五郎が連れ戻されてしまうかもしれない。
となれば、取る手は一つ。
「逃げる。五郎、そのまま動かないでくれ」
詠唱破棄で発動した風属性上級魔法・飛行が私と五郎を持ち上げて上空へと運ぶ。
彼はうわっとは言っていたが、私の言いつけ通りにあまり動かなかったので助かった。
同時に発動していた能力の幻惑で私たちがまだそこにいると周囲に錯覚させる。
この時、私たちの顔や体格を弄っておくことも忘れない。
勿論、いきなり顔や体格が変わったら怪しいことこの上ないので、時間経過と共に少しずつ変化するように細工をした。
人の記憶なんていい加減なものだから、こうしておけばそれぞれ記憶に残っている顔が違くなり、まず私達に辿りつくことはないだろう。
最後に自分たちの姿が人の目に映らないように更に幻惑を使う。
それなりに高度なことをしているが、二郎と桐生に鍛えられているのでミスはしない。
そのまま上空を飛び、上から見て周りに人のいなさそうな空き地に着陸する。
「もう動いてもいいぞ」
「空を飛んだのは生まれて初めてだ」
「あー、まぁ、普通はそうだよな。
どうだった?初めての空中散歩は」
常識的に考えれば、身一つで空を飛ぶなんて経験は普通はしない。
私は二郎が空を飛べるのでたまに一緒に夜空を散歩していたりしたが、それはあくまでも特殊例だ。
「悪くなかった。
今度は俺が飛行の魔法を覚えるから、そうしたら一緒に空を飛んでくれ」
「楽しみに待ってる。
五郎ならきっとすぐに覚えられるだろうし」
まるで遠足前の子供のように柄にもなくワクワクしている自分がいる。
こうやって些細な約束事を取り付けるのがとてつもなく嬉しい。
これからも時間が世界がその他諸々が許す限り、こうやって小さな約束を作っていきたい。
ほんわかと温かくなった胸の辺りを右手できゅっと握りしめて、その幸せに浸った。
「さて、と。当初の目的である服屋に行きたいんだがいいか?」
「ああ。さっき飛んでいる時に良さそうな店を見つけた。
ここの路地を抜けたところのすぐそこだ」
私のせいで中断していた服屋に行くというミッションを再開する。
今言ったとおりにすぐそこにある服屋に入った。
店は結構広く、品物も多く置いてあり、人もそれなりにいて繁盛していた。
店主は恰幅のいい女性で、客たちに合ったコーディネートをしている。
客の着ている服から推測するに標準より少し上に位置する人たちが利用しているようだ。
あまり安い服を着せる訳にもいかないし、高すぎてもさっきみたいに浮いてしまうから丁度いい。
「良さそうな服はあるか?五郎」
「これなんかどうだ?」
白のポロシャツに黒のテーラードジャケットを合わせ、これまた黒いチノパンをプラスするという、無難だが五郎のイケメン度が際立つようなコーディネートだ。
異世界だから服の素材や細部が少違うが、おおむね元の世界で言うとそんな感じだ。
「五郎は足が長いし体も引き締まっているから、そういう恰好がとても似合うな。
その服を着ているのを見たら女が放っておかないぜ。
もっとも、今の服もカッコいいけどな」
「・・・・・・お前は誰でもそういうことを言っているのか?」
服を抱えた五郎が微妙な顔をしてくる。
何か不味いことでも言ったのだろうか?
「いや、お前はそういう奴だよな。
分かってる、いや、分かってはいるが・・・はぁ・・・・・・・こいつ鈍すぎるだろ」
「ん?何か言ったか?」
店の騒音のせいでほぼ何も聞き取れなかった。
五郎は何でもないと首を振ると、服を買いにカウンターに向かう。
私もすることがないのでひょこひょこと後ろからついていく。
普通にお金を払い終え、無事に品物を手に入れて外に出た。
「時間経過は一時間ぐらいか?」
「大体それぐらいだな。そろそろご飯を探した方がよさそうだ。
屋台を巡って二郎や桐生が食べれそうなものを探さないといけないからな」
武器屋から出てくるときに美味しそうなご飯を買ってくると豪語したので、せめてそれなりのものを買って行ってあげたい。
食べながら歩くだろうから、片手で食べれてそれなりに腹に溜まりそうなものがベストだ。
「屋台を回るのが一番手っ取り早い方法だろう。
安価で持ち運びやすい食い物が売ってる」
「屋台か。ホットドックみたいなものがあればいいな」
「あまり期待しない方がいいと思うけどな」
五郎がぽつりとそう呟いた。
そう言った理由はすぐに分かった。
何故なら、屋台にはなんか良く分からないものしか並んでなかったからだ。
かろうじで黒パンとかスープとかは判別できたが、それ以外はあまり見たこともない色や匂いを主張していて、こう言ってはなんだが人間が食うものではなさそうな感じがした。
「・・・・・・ひょっとして、ここのご飯て不味かったか?五郎」
「ああ。他の奴らも顔を顰めてパンぐらいしか口に入れない程度には不味かったな。
だから、あいつの軽食を食った時は感動したぐらいだ」
ああああと頭を抱えたくなった。
二郎が何食わぬ顔でいつものように美味しいご飯を提供してくれていたので、てっきり周りも現代日本と同じぐらい美味しいものが溢れていると勘違いしていた。
だが、ここは異世界だ。
食文化の違いぐらい最初から考えておくべきだった。
「・・・・・・予定変更だな。材料を買って私が調理する。
こんな不味そうでよく分からないものをあいつらの口に入れる気もなければ私もあまり食べたくないからな」
選べる状況でなければ何でも食べるが、今は少なくとも選択できる立場に居る。
ならば、わざわざ不味そうなものを食べなくていい。
「料理、できたのか?」
「一応女だからな。
二郎ほど上手くはないが、それなりに作れるつもりだ」
自分で作らないと何も出てこない時代が長かったため、その辺の技能は一通り修めている。
すぐに材料を買い込み、さっきの空き地に戻った。
まずは魔法で材料を切って、ちょいと洗って一口口に入れる。
食べたのは店の人に聞いてサラダなどに使われる、見た目はレタスで色は鮮やかな黄色の野菜だ。
食感はレタスよりもキャベツに近く、しっかりした歯ごたえをしていた。
味はカボチャのように甘く、そのまま付け合わせにするには向かなそうだ。
もう一つ買った玉ねぎっぽい緑色の玉の方は辛すぎる。生食は厳しそうだ。
とりあえず、玉ねぎモドキは薄切りにして水にさらし、キャベツモドキは千切りにした。
刃物はないのでやはり魔法で代用する。
その間に豚の腸詰を焼いてそれも味見する。
油っこいし、腐敗を遅らせるためかハーブでも混ぜられているのか後味が苦い。
腐っているような味ではないが、苦みが強すぎて折角の豚の旨味がぶっ飛んでいる。
「うわぁ、厳しいなぁ」
「ここの飯は本当に洒落にならないぐらい不味かったからな」
はぁ、とため息をつきつつ、魔法で水を沸騰させてその中に薄く切った腸詰を入れる。
これで油を抜きつつ、一緒にハーブの苦みも抜けてくれるといいなと期待して、次の工程に進む。
水にさらしていた玉ねぎモドキを口に入れて、辛みがどうにか口に運べる範囲になったことを確認すると、黒パンを一センチほどの薄さにスライスして、その上にチーズと玉ねぎモドキを乗せて焼く。
ついでに腸詰をお湯から出し、更に油を落とすために火魔法で一緒に焼いた。
最後に腸詰をパンの上に散らせば、即席ピザトーストの完成だ。
トマトソースがないのが残念だが、その分チーズや野菜類の味が濃いので、味がしないということはない。
「できた」
「あの材料から随分と美味そうにできたな。味見させてくれ」
「私がしてからな」
彼に変なもんを食わせる訳にはいかないので、作成者である私が責任を持って、最初の一口目を口に入れた。
・・・・・・・・・・・・うん、まぁ、頑張った。
そんな感想が浮かぶような味だったが、不味くはない。
むしろこの材料から作ったにしては美味いとは思う。
しかし、二郎の料理を最近は食べていたためか、舌が肥えてしまっているようで、何とも微妙な味に戸惑った。
「華雪、俺にも」
そう言う五郎に新しいピザトーストを渡す。
彼は躊躇することなく口に運ぶと、もぐもぐと味わうように食べた。
「そんな顔をしていたからちょっと不安だったが、ちゃんと美味いじゃないか」
「本当か?五郎がそう言ってくれるなら、大丈夫だな」
美味いと言われて、ほっと安心した。
五郎が美味いというなら問題ない。
出来上がったピザトーストをアイテムボックスに入れた。
「今度はこれ以外の料理も食べてみたいな」
「リクエストしてくれれば、私の腕でできる範囲で作る。
だが、二郎の方が絶対に美味いから、美味しいの食べたいときは彼に言った方がいいぞ」
「俺はあいつの料理より華雪の料理の方が好きだ。
あと、次があるならハンバーグがいい。
華雪の手は小さくて大きく作れなさそうだから、沢山個数を作ってくれ」
味見と称した、一枚のピザトーストを腹に収めた五郎はそんなことを言ってくる。
どんなことであれ、好きだと面と向かって言われれば照れる。
それを言った相手が彼であればなおさらだ。
「手が小さいは余計だ。
沢山個数を作るのは面倒だから、お前が手伝ってくれ。その大きい手なら、私の二倍の大きさは作れるだろ」
照れていることを誤魔化すために、真正面ではなく右斜め下を見ながら、そう言った。
「そうだな。ハンバーグ作るときは呼んでくれ。
華雪の隣で成形ぐらいは手伝えるだろう。
俺の手は大きいから、そう個数を作らなくてもいいだろうしな」
「桐生と二郎の分も作ってもらうから、それなりに形成してもらうからな」
「それぐらい面倒くさがらないさ。
華雪の美味しいハンバーグが食えるならな」
「私のハンバーグが美味いとは限らないぞ」
「お前が作ったなら間違いないだろう。
っと、そろそろいい時間だな。戻ったほうが良さそうだ」
五郎は腕時計で時間の把握をしていたようで、そろそろ戻るかと言い出した。
色々している間に二時間は軽く過ぎてしまっていたようだ。
流石の桐生もそれなりに買い物が終わっているだろう。あまり遅いと心配するだろうし、用事は済んだのだから帰るべきだ。
異論はないと頷いて今度こそはぐれないようにぎゅっと彼の手を握った。