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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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閑話1 そして動き出す

 





 華雪と五郎の学生コンビが森で魔物を狩ったり、二郎と桐生による仁義なき第数千回目の喧嘩の余波が自然破壊を加速させている頃、ユーバー・ヘ・ブリヒ城は大混乱に陥っていた。



 何故なら、一夜にして様々なことが起こったからだ。






 報告書その一。グラハム・エーディルンの狂気の行動。



 早朝に騎士団が寝泊まりしている建物にふらりと訪れた彼は、持っていた剣で五十七人の隊員を殺害。


 更に三十二人に重軽傷を負わし、最終的に勇者達の手によって地下牢に投獄されたものの、その後舌を噛んで自殺した。


 生き残った隊員によると、「きょうきが、しんえんが・・・・・・おってくる・・・ずっとおれをみて、ころしにきているっ」などと意味不明な言葉の羅列を口にしていたとの情報があるが定かではない。


 聖女の活躍により三十二人中十九人は生還した。


 しかし、合計で四十五人もの死者を出し、これにより王国の戦力は激減した。






 報告書その二。災厄の魔女の死亡とそれによる被害。



 昨日、グリー・モンテスキューを倒した謎の執事に面会を取り付けるため魔女の部屋に使者が訪れた所、災厄の魔女及び異界から召喚されし男女一組、そして件の執事が何者かに殺されているのが発見された。


 下手人が誰なのか未だに不明だが、よほど強い殺意があったのか死体はどれもかろうじで元が人間であったと判断ができる程度しか原型を留めていなかった。


 また、森に繋がる窓が外側から割られていたので、そこから下手人は侵入したものと思われる。



 災厄の魔女が明らかに人為的に殺されたことにより、既に王国内では原因不明の病が流行り始めている。


 症状は発熱・起き上がれないほどの倦怠感・頭痛・嘔吐などで、治癒の魔法や薬草によるポーションの治療を一切受け付けない。



 今はまだ少数しか罹ってないが、これが伝染病ならば早急に対処をしなければ徐々に国が衰退するものと思われる。






 報告書その三。 お金にまつわる問題。



 騎士達の残された遺族に対し弔慰金を払うために宝物庫から文官がお金を出そうとしたところ、宝物庫に入れないことが発覚した。


 理由は不明だが、開かないものは開かない。


 あそこの扉は耐衝撃・耐魔法に優れているので、少なくとも今すぐ開ける手立てはない。


 勇者たちのもう少しレベルがもう少し上がれば力技で壊させることも可能。



 しかし、それまでは全く城からお金が出せない。


 勇者たちの武器・防具や維持費にもそれなりにかかるため、レベルを上げることを急務とする。






 報告書その四。 勇者たちのモチベーションの低下。



 間近で指導員の一人であったグリー・モンテスキューが自殺したことにより、勇者たちの中でそれなりに動揺が広がっている。



 彼らの住んでいたところでは人の生き死になどはまず見ないというなんとも平和な所だったらしい。


 だから、目の前で人が死んだという事実にショックを受けたとのこと。


 それにより今まで程訓練に積極性を見せなくなった者もいて、酷い者になると部屋から出てこない。



 メンタルケアなどの手段を用いてもどこまで回復するか分からないため、奴隷化させて強制的に働かせることも視野に入れる。


 操り人形にすると意志がなくなるため、能力によってはただの人間に成り下がる者も出てくるが、あくまでも最終手段ということをここに記す。






 ぱさりとそれらの書類を机の上に投げ捨てた。



「こんなものを僕に見せて、どうしろって言うの?

 お金の援助でもしてくれって?」



 それはまだ若そうな男の声だった。


 年齢を判別するために必要な人相は不気味に笑う白い仮面に覆われていて、表情の判別すらつかない。


 しかし、口調からどうでもよさそうな感情はありありと伝わっていて、話している国王はだらだらと冷や汗を流す。



 彼が言ったとおりにお金の援助をしてもらおうと国王は思っていた。が、このままだと援助してもらえなさそうだと急いで言葉を紡ぐ。



「も、もちろん、援助していただいた暁には勇者たちの中から気に入ったものを連れて行ってもらってかまいません!」


「ふぅん。名簿一覧見せてよ。面白い子がいたら考えてあげる。

 (はく)、代わりに見といて」


「はい、分かりました」



 白と呼ばれた女性は文官から震える手で渡された書類をパラパラとめくる。


 これまた興味なさそうな雰囲気を出していたが、とある一枚の紙に目を通した途端手が止まった。



「・・・・・・ギルド長、これ」


「どうかしたの白?」


「華雪さんの名前があります!」


「見せて!!」



 ひったくるようにその書類を取り、目を通す。そこには東雲華雪のやる気のなさそうな顔写真が張られていた。


 男は握っている紙がしわくちゃになるほどプルプル震える。



「華雪、ちゃんだ・・・・・・これ。

 苗字は違うけど、確かに華雪ちゃんだ・・・・・・っ。


 今、どこに彼女はいるの!?」


「か、彼女は・・・・・・報告書に記載されている殺された女です・・・・・・」



 ぶわっと室内に濃密な殺気が広がる。


 その殺気に当てられた国王は情けない悲鳴を上げると失禁してしまう。


 それほどまでに仮面の男の殺気は研ぎ澄まされていたのだ。



 アンモニア臭を気にすることなく、男は国王の胸倉を掴みあげる。



「殺人現場に案内して、今すぐに!」



 殺気だけでなく仮面の奥から覗く鋭い眼光も相まって、所詮は一般人である国王が逆らえるはずもなく、震えながらただちに執事長に殺人現場に案内させた。






 部屋の前に着くと、執事長はそそくさといなくなった。



 まだ部屋の片づけが済んでなくて血の臭いがする上に、魔女が長年暮らしていた部屋なのだ。


 長居すれば呪われてしまうかもしれないという、ある種の強迫観念みたいなものに憑りつかれているのだ。



 いないほうがありがたいので二人は何も言わなかったが、仮にも国賓を置いて行くなんて躾がなってないとは思った。


 もっとも、それは今更な話だが。



 中は報告書に記載されている通りに酷い有様だった。


 原型がかろうじで留められているとしか表現できない人型が四人分。


 床や壁には血液や体の一部がこびりついていた。



 どこからどうみても凄惨な殺人現場に二人は顔色を変えることなく、一番小さな死体から流れる血の色を見る。



 それは特に変哲もない赤だ。


 詳しく言うのなら、時間が経ったことにより少し黒ずんでしまった赤だ。



「・・・・・・赤だね、白」


「そうですね、ギルド長。赤い血ですね」


「おかしいね、白。

 だって、華雪ちゃんの血は黒いんだから(・・・・・・)



 人間の血は通常赤だというのに、それが不思議だと男はつま先で血痕をつつく。


 まだ完全に乾いてなかったのか、かさぶたが剥がれたかのようにその下からどろりとした赤い血が彼の高級革靴を汚した。



 だが、そんなことを気にした様子もなく、同意を求めるように白に視線を向ける。


 彼女は首を縦に振り、



「ええ。華雪さんの血は黒でした。


 魔術によって呪われてしまった彼女の血はどのような手段を用いても赤にはなるとは思えません。


 しかも、周りで死んでいるのは桐生さん、五郎さん、そして報告にあった執事・・・華雪さんに二郎と呼ばれていた方ですね。

 多分、変装かなんかしていた本物の二郎さんなのでしょう。


 あの人達をまとめて殺せるとするのならばそれは絶対に神話生物です。

 しかし、それにしては無抵抗すぎますし、部屋の中が綺麗すぎます。


 ちなみにこの部屋に満ちている香りは間違いなくあの人達のものですよ」



 血の香りが充満している室内で、的確に昔嗅いだことのある香りだけを嗅ぎ分ける。


 これは中々できることではないが、彼女のスペックならばそれなりに簡単にできてしまうことだ。



「寝ている所を襲うにしても、二郎に睡眠なんて概念があるわけないし、殺気で確実にみんな起きる。


 なら、決まりだね。白」


『ここにある死体は偽物。本物はどこかにいる』



 二人はそう結論付けた。



 そこからの行動は早かった。






 援助は一切しないと国王に宣言し、城を出る。


 その際、足元に縋った国王には顔面が崩壊する程度の蹴りを入れてきたが、そんなことは彼らの中では次の瞬間には記憶に残らないぐらい些細なことだった。



 自分の仕事場にすぐに転移魔法で戻ったと思ったら、捜索に必要な資料を作成し始める。



「すぐにクエストを発行して、近隣の村や町を探させよう。

 本当なら捜索届も出したいところだけど、わざわざ死体を偽装するぐらいには訳ありみたいだ」


「どうせ、あの豚達のせいだとは思いますけどね。


 冒険者の間には噂として流しておきましょう。貴方が探していると」


「傷つけた奴は殺すって噂も流しといて。

 そうじゃないと勘違いした馬鹿が傷つけてでも連れてこようとするから」


「勿論です。

 もっとも、あの方たちが傍に居て華雪さんに怪我をさせられるとは思えませんが」


「それは僕も思うけど、万が一って言うのがあるからねぇ。

 一応、保険だよ」



 さらさらとクエスト発行に必要な書類に署名して、最後に印鑑を押す。



 インクで色づいた文字には”冒険者ギルド ギルドマスター 雲英きら 屍鏡しきょう”とあり、ギルドの全ての実権を握っている者からのクエストであることを証明している。



「白、これすべての国のギルド板に張っておいて」


「かしこまりました。各ギルドの職員に通達しておきます」


「よろしくね。後、それが終わったら出かける支度をして。

 僕たちも探しに行くよ、華雪ちゃんを」


「ええ。やっとですね、医院長・・・



 昔の呼び方で屍鏡を呼ぶ白。


 ずっと傍に居た彼女にはどれだけ彼が華雪を探し求めていたのかが痛いほど良く分かっていた。


 だから、止めることなど考えずに仕事が停滞しないように部下たちへの振り分けをどうするのかだけを考える。



「・・・・・・そうだね。

 僕は朱音あかねちゃんにこのことを伝えてくるよ。その間に全て終わらせておいてね」



 そう言って、屍鏡は部屋から出て行った。






 廊下を歩き、秘書補佐と書かれたプレートがぶら下がっている扉をノックする。


 中から若い女性の声がはーいと返事を返すと、屍鏡はドアノブをひねって中に入った。



 中に居たのは二十代ぐらいの若い女性だ。


 肩甲骨辺りまで無造作に伸ばした黒髪を後ろで一つに緩く結び、このギルドの制服を着ている。


 彼女は中に入って来たのが屍鏡だと気が付くと、ぱあっと顔を輝かせて手に持っていた書類を机の上に置いた。



 そして、立ち上がると助走なしで机を飛び越えて彼に抱き着く。屍鏡も慣れたものでよろめくことなく衝撃を完全に地面に逃がして彼女を抱きとめた。



「ただいま、朱音ちゃん。ちゃんとお留守番できた?」


「うんっ。ちゃんと私一人でお留守番できたよ!

 屍鏡君は心配し過ぎなんだよ。私だってもう子供じゃないんだから!」


「子供扱いはしてないけど、心配はしてたよ。

 今回はいい知らせを持って来たんだ」


「えー。何かな?

 屍鏡君がそんなに嬉しそうな顔しているの久しぶりに見たけど」



 付き合いの長い朱音には、仮面越しでも正確に屍鏡が嬉しそうに笑っていることを察した。



「華雪ちゃんのてかがりが見つかったんだ。

 それもかなり有力なものをね」


「う、そ・・・・・・ほんと、それ?」



 まるで信じられないものを見るかのように、朱音は屍鏡の白い仮面から覗いている僅かな瞳を凝視した。


 ここ数百年探しても手に入らなかったものをいきなり見つけたといわれても、すぐには信じられなかったからだ。



「ユーバー・ヘ・ブリヒ王国の勇者召喚の儀式に巻き込まれたらしい。


 ついでに言うなら、山口も桐生も二郎も確認できたよ。

 かなり信憑性が高いと思う。


 国王達が余計なことをしてくれたおかげで、今は行方不明だけど、絶対この世界のどこかにいる」


「探すっ!!今すぐ探す!!

 私、華雪先生に謝りたいことが沢山あるから!!」



 興奮のせいか朱音のまなじりから涙が零れる。



 そんな彼女を落ち着かせるように屍鏡は自分よりも低い位置にある頭をポンポン撫でた。



「じゃあ、決まりだね。探しに行くよ。

 長旅になるから、支度をしておいで。三時間後には出るから」


「うんっ。絶対に置いて行かないでよ!」











 ギルドでそんな会話が行われている頃、ドリームランドのとある場所ではぴりぴりとした雰囲気で酒を酌み交わしている神達がいた。


 片方は華雪が最近会った藤堂と呼ばれた神で、もう片方は紫と金のオッドアイが特徴的な、これまた美しい男の姿をしている神だった。



「で、お前も本当に行くのか?」


「当たり前だろ。

 そこに華雪がいるなら、たとえクトゥルフの腹の中でもニャルラトテップの盤上でも関係ない。どこへでも行くさ」



 人間がおよそ飲み物と認識できないようなギラギラと輝く水銀のような酒を飲み、藤堂はため息をつく。



「全く、華雪は昔から変な奴にばっかり目をつけられるな」


「それはボクが変な奴ってことかな?喧嘩売っているなら買うけど?」



 ギロリと片眼鏡越しでも分かるほど睨み付けてくるオッドアイに、藤堂は降参とばかりに片手を上げる。



「冗談だ、冗談。

 いくら戦うのが好きな俺だって、お前みたいな面倒な相手を敵に回したくないぜ」


「そういうならやめておくよ。

 一応、君のおかげで華雪を見つけられたんだから。


 それに、つまらないことで怪我をしたら彼女が悲しむからね」


「相変わらずだな、その華雪至上主義は」



 うっとりとする相手に対して、藤堂はうんざりした顔を向ける。



「そりゃそうだろ。ボクは華雪のことが大好きだからね。

 間違っても彼女を悲しませるような行動はしたくないんだ」


「はいはい。お前の華雪への愛は聞き飽きるほど聞いた。

 せいぜい華雪に嫌われないようにしろよ。


 後、ニャルラトテップに気をつけとけよ。何するか分からないからな」



 ほぼ投げやりに死神はそう言う。


 ここまでの会話をするまでに散々華雪への惚れ気を聞かされたのだから、こんな態度なのも頷ける。



 苦くて辛いはずの酒が砂糖でじゃりじゃりの物質になったような気分なのだ。



 それでも忠告してやるのはニャルラトテップが嫌いな上に、目の前の神が暴れたら収拾がつかないことを知っているからだ。



「分かってるさ。お酒もなくなったし、そろそろ行こうかな」



 空になった杯をテーブルに置き、その神は前触れもなく姿を消した。後に残った死神はため息をついた。






 様々な思惑が一つの所に集まっていく様を見て密かに笑みを深くするものがいたが、それは誰にも認知されなかったし、当事者である彼女は欠片も気づくことはなかった。






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