第十一話 魔物と初遭遇
「・・・・・・これが、魔物か」
近くに寄って、じっくりとその姿を観察する。
色は透明な緑で中心部分が少し曇っているように見えた。
それが多分、魔物の心臓とも言える魔石に該当する部分だろう。
魔物というのは動物の心臓が魔石に置き換わっている生物で、それにより独特の姿かたちを持つ。
魔石に宿る力が強いほど魔物は強く、また高く売れる。
このスライムモドキの魔石では一山いくらがせいぜいだろうが。
スライムモドキはプルプル震えながら私の方に這いずって来て、つるんとした表面がぐにゃりと歪み、触手っぽいのを生成すると私に伸ばしてきた。
その動きは遅く、触手が当たりそうな部分にだけ無詠唱で結界を張った。
ぺちんっと結界に弾かれるが、痛みなどは感じてないようで性懲りもなくまた触手を伸ばしてくる。
どうやら知性が低く、学習能力もないようだ。
私はしゃがんでポケットから取り出した折り畳み式ナイフでさっくりとスライムモドキを割ってみた。
すると、割れたまま動かなくなり、地面に溶けるようにしてゼリーが消えていく。
後には爪の先ほどの大きさの黒っぽい石と溶けかけたゼリーのような粘液が僅かに残っているだけだ。
石だけを拾って立ち上がる。
「やっぱり、武器いらなくないか?」
「今のは魔物では最低レベルで弱いグリーンスライムですから。
それに、魔法が使えることを忘れて突っ込んで行きそうですから、華雪さんは」
それはありえる話だ。
まだこの世界の魔法に馴染んでないから、反射的に接近戦に持ち込むようにどうしても動いてしまう。
長い間そうやって生きてきたのだから、すぐには変えられないだろうし。
「でも、二郎のお金だろ。
そう無駄使いするわけには・・・・・・」
「身の安全をお金で買えたら安いものです。
お金はまた稼げばいいですが、華雪さんの体は一つしかないことをお忘れなく」
「うー。分かった」
一旦、お金は借りておいて後で返そう。
そうじゃないと納得しなさそうだし。
「スライムなんて初めて見たけど、可愛いかったわね。一匹飼いたいぐらいだわ」
「ただゼリーが動いているだけだろ。どこが可愛いんだ?」
「もう、これだから山口は駄目ね。女心っていうのを分かってないわ。ねぇ、華雪ちゃん」
何やら会話を始めた桐生と五郎は私の方を見てくる。
頼むから私に振らないでくれ、桐生。
彼女の言う通りにプルプルとまったり動く生物は世間一般では可愛らしいだろう。
だが、私には昔、これに似た奴に服ごと肌を溶かされた記憶があるのだ。
トラウマにこそなってないものの、可愛いとは思えない。
「まぁ、可愛いんじゃないのか?少なくとも気持ち悪くはないし」
当たり障りのない答えを返して、ナイフをポケットにしまう。
変な粘液がついているわけでもなく、いつものようにピカピカなので拭いたりする手間を省いた。
「ほら、華雪ちゃんも可愛いって」
胸を張る桐生にはいはいと聞き流す五郎。
自分で聞いておきながら面倒くさくなったな。
「そろそろ歩くのを再開しましょうか。こんなところで野宿はしたくはないですから」
「ああ。私事で足を止めて悪かったな。
取り戻すためにも早く歩くか」
二郎の予定ではもっと町の近くにいるはずだ。
もしくは、もう町に着いてないとおかしい時間なのかもしれない。
完璧な計画を立てていたであろう彼の邪魔をしてしまって、申し訳なさしかない。
「いえ、私はもっと山口五郎が一緒に来ることに反対すると予想していたので、今から普通に歩いてもらえれば私の計画よりも早く着きますよ」
「反対ばかりするのも疲れたからな。
それに、たまには素直になれって言ったのはお前だ」
「ええ。素直なのが一番ですよ。
昨夜も素直で大変可愛らしかったですけどね」
ニコッと笑う彼の頭のすぐ横を何かが凄い速さで飛んでいった。
飛んできた方を見ると、桐生がまた銃を構えていた。
「やっぱり、このド変態野郎と華雪ちゃんを二人っきりにするんじゃなかったわっ!
今日こそ一回ぐらいは殺すっ!!」
「やれるものならやってみてください」
ドンッ!!、ガンッ!!、バキッ!!、ドゴォォォォ!!!!、など多彩な破壊音を響かせながら、二人は追いかけっこを始めてしまった。
「あー。あれはしばらく帰ってこないな・・・」
「いいのか?止めなくって」
「いいんです。あれが二人の会話方法なんですから」
「そういうものか。
ああ。言い忘れていたが、これから俺に対して敬語じゃなくっていいからな。あと、名前で呼んでくれ。
俺一人だけ苗字だと疎外感を感じるだろ」
「いいんですか?後輩に馴れ馴れしく名前呼びなんかさせて。
ましてやため口なんて」
「俺がいいって言ってんだからいいに決まってるだろ。
それとも、あの桐生とかいう魔女と二郎とかいういけ好かない男にはため口・呼び捨てができて、俺にはできないとか言うのか?」
あっ、やっぱり二郎のことはあんまり好きじゃないのか。
これは同族嫌悪とでも言えばいいのだろうか?
前からあんまり積極的に会ったりしないなとは思っていたが、やはり互いに気に食わないらしい。
まぁ、なにかと複雑な事情があるので、仲よくしろとは強制しない。
複雑な事情を作った張本人の私が言っても腹が立つだけだろうし。
と、そんなことは今はいいとして、彼を名前呼びをしなければならない。
私は深呼吸を一回して、自然とでてきた笑顔を彼に向けた。
「五郎、これからもよろしくな」
「・・・・・・っ、ああ。こちらこそよろしくな、華雪」
差し出された手を握り、私たちは笑いあった。
しばらく笑いあってふと我に返ると、まだ桐生と二郎が帰って来てないことに気づいた。
森の破壊活動が未だに捗っているらしく、かなり離れた場所に火煙が立ち上り、木々がなぎ倒される音もよく聞こえる。
その人(?)災から逃げるように、こちらに様々な魔物が走って向かって来ていた。
「五郎、どうやら呑気に笑っている場合じゃなさそうだ」
「そのようだな。華雪は俺の後ろに居ろ。
俺が全部斬ってやるから」
五郎はすらりと刀を抜き、構える。
剣道をしているせいか、日本刀を持ったのなんか初めてだろうに構えが様になっていた。
だからといって、ちゃんと刀を振れるかは別問題だ。
「私も魔法ぐらいは使えるようになったし、そもそもお前に守られてばっかの女じゃないんでな」
魔物を攻撃を受け流す用にナイフを取り出すと、私も構える。
こうやって誰かの隣で戦うのも久しぶりだが、体はちゃんと覚えていて、問題なく動けそうだ。
「戦ってもいいが、怪我するなよ」
「五郎もな」
先頭の魔物がはっきりとどういう姿をしているのか細部まで見える位置に近づいていた。
先に動いたのは五郎だ。
刀を上段に構え、そのまま狼ぽい魔物の首を撥ねる。
首はポーンと空高く舞い、どこかに落ちた。
私も負けていられないと魔法式を瞬時に構築し、発動する。
「五郎、右に避けろ!凍結の氷雨!!」
私の魔法により生成された縫い針ほどの大きさの無数の氷の礫が、避けた五郎の脇を通って魔物たちに向かって解き放たれる。
その礫は魔物たちの表皮に触れると、たちまち全身を凍り付かせた。
それだけでなく、地面に着弾した礫はそのまま生えている草ごと地面を凍らし、後続の魔物の足を止める。
だが、五郎は足を止めることなく、最短距離を突っ走って、目の前で自分の仲間を凍らされて動揺している魔物の首を片っ端から斬りおとした。
初めての戦闘なのに容赦ない。
殺さなければ殺されるというのが本能的に分かって行動できる男なのだろう。
それはこの世界において、与えられた能力なんかよりも大切な才能だ。
彼が魔物を斬り殺している後方で、私は彼に当たらないように小技を連発して、順調に魔物の数を減らしていく。
やがて、こっちに来るのは自殺行為だと気がついたらしく、魔物はこちらには走ってこなくなった。
五郎は少し呼吸を乱しただけで、他にはどこも変化のない姿で私の所に戻って来た。
「怪我はなさそうだな」
「おかげさまで。五郎もかすり傷一つないようで何よりだ」
「お前が怪我してないのに、俺だけ怪我するわけにもいかないだろ。
にしても、あの魔法は凄いな。
水と風の複合魔法で威力も凄まじい。殲滅級の魔法か?」
「さあ?私が適当に作った魔法の一つだからな。
実戦で試したのも初めてだし」
数日前、二郎と桐生の前で試しに使ったところ、視界一面が凍り付いて大変だったことは心の奥にしまっておく。
今は力加減が調整できたおかげで、所々緑は残っているし少し離れた場所は全く凍ってない。
「オリジナル魔法が使えるのかよ。
随分お前と差をつけられた気分だ」
「五郎も練習すればすぐ使えるようになるさ。
私で良ければ教えるし」
「本当だな。その言葉忘れるなよ」
念押しをしてくる彼にはいはいと頷く私。
私に教わるよりも魔法式が視える二人の方が適役だろうが、基礎的なことは私でもなんとかなるだろう。
その後の発展的な内容になったら手を借りようと思う。
「さてと。魔物から素材を剥ぎ取ろうと思うんだが、五郎は解体作業とかやったことはあるか?」
「ないな。この歳でそんなことやったことがあるのは地方に暮らしている奴だけだろ」
私達が通っていた学校は都会にあり、地方から来る人もいるにはいるが、ほとんどは都内に暮らしている奴らだ。
五郎もそのうちの一人なのだろう。
「うーん。この世界の魔物の構造も良く分からないからなぁ。明らかに見たことのない生物もいるし。
下手に傷つけるよりはアイテムボックスに放り込んでおいた方がいいか」
解体自体はできるが、下手に触って価値を落とすよりは専門の人に任せた方がいいだろうと判断した。
何も入ってないに等しいアイテムボックスに死体となった魔物を入れていく。
五郎も刀を鞘にしまうと自分のアイテムボックスに魔物を突っ込む。
彼が殺した魔物は綺麗に首が飛ばされてそれ以外に外傷もないし、私が殺したものも凍らされているだけで綺麗な形を保っている。
何かに使うとしたら、これ以上なく良い状態だと言えるだろう。
全てを余すことなくアイテムボックスに入れて、そろそろ桐生達を探しに行こうかと歩き出そうとすると五郎が手を伸ばしてきた。
「何だ?その手は。
五郎が欲しがるようなものなんて持ってないぞ」
「違う。氷で滑って転んで怪我されても困るから、手を繋げ」
確かに、地面は所々私の魔法によって凍っている場所がある。
その上にうかつに足を乗せてしまえば滑って転ぶこともあるだろう。
私の中では氷を回避するように歩けばいいとか、いざとなったら火系統の魔法で溶かせばいいとか、色々と正論みたいなものが頭に浮かんだが、どれも選択しないで彼の手を取った。
人の平均体温より低いが私の手よりは温かい大きな手が私の小さい手を包んだ。
「手、冷たいな」
「そりゃあ、私の心は氷なんかよりも冷たいからな。
手の一つや二つ冷たくても驚きはしないさ。嫌なら離すが?」
「このままでいいに決まってるだろ。
俺もあまり体温は高くないが、お前よりはマシだ。
温かくなるまでこのまま歩くぞ」
私の手が人間の体温よりもかなり低いのは今に始まったことじゃないし、こんな氷塗れの所にいたせいで更に冷たくなっている。
それでも、彼の気遣いが嬉しくて、何も言わなかった。
身長の低い私の歩幅に合わせて五郎はゆっくり歩いてくれる。
氷の上は滑らないように細心の注意を払って、私が足を滑らせるとすぐに支えてくれた。
そうやって二郎と桐生の激しい戦闘の痕跡を辿りながら歩いていくと、急に森が終わった。
道がそれなりに均されている草原に出たのだ。
そこには肩で息をしている桐生と、いつもと変わりなく涼しい顔をしている二郎が立っていた。
「喧嘩は終わったみたいだな」
「ええ。もう町も近いですから。今日はここまでにしました」
二郎の言う通り、彼らが立っている後ろには町を囲っている塀と思わしき壁が見える。
ここからなら五分程度で着きそうだ。
「あれが二郎の言っていた町だな」
「はい。この辺りで城下町を抜いて一番栄えている町、ザウアー・シュ・トッフと呼ばれる町です」
町一つに随分仰々しくて長い名前を付けてるな。
長いからザウアーの町と呼ぼう。
栄えているというだけあって、塀の大きさも中々だ。
これなら必要なものはそろえられるだろう。
「じゃあ、町に入るか」
私たちは身分証明書としてステータスプレート(私の能力で偽装済み)を門番に見せて、保証金として一人銀貨一枚を支払って町の中に入った。