第十話 結局こうなる
直接的な陽の光に私は目を覚ます。
「ぅん・・・・・・。朝、か・・・・・・」
瞼を開けると、そこは見慣れてきた桐生の部屋ではなく、木々が生い茂る森の中だった。
まだ寝ぼけているのかと再び瞼を閉じたが、風で木の葉同士が擦れる音や、独特の草の香り、そして獣の唸り声みたいなのが遠くから聞こえてきて、私が寝ぼけてないことを教えてくれる。
再び目を開けると、二郎の顔がドアップで映りこんできた。
「おはようございます、華雪さん」
「・・・ああ。おはよう。どういう状況か説明してくれ」
私は今、二郎に抱きかかえられているらしい。
そして、二郎はどこに向かっているかは知らないが歩いている。
それでも歩いている振動が伝わってこないのは、寝ていた私に対する配慮なのだろう。
そんな配慮よりも今の状況について詳しく説明してほしい。
寝ぼけている頭でそう思った。
「あの城から出てきました。
もうこの世界のことについても一通りの知識を手に入れ、華雪さんも自衛の手段を手に入れてますから。
それに、私が少々あの決闘で目立ってしまい、ブタたちに呼び出されても面倒なので、夜のうちに出発しました」
「はぁ、なるほど」
ブタたちというのは国王たちのことだろう。
寝惚けている頭では理解するまでに時間がかかってしまったので、生返事を返す。
「華雪さんは珍しくぐっすり眠っておられましたので、下僕であるこの私が運ばせてもらった次第です」
「二郎を下僕と思ったことはないが・・・・・・。
というか、ぐっすり眠ったのはお前のせいだっただろ」
私が好きで寝ていたみたいに言う二郎をじとっと見ながら、眠る前のことを回想した。
昨夜、風呂から私が上がってくると、そこには二郎しかいなかった。
桐生たちはどうしたんだと聞くと、彼が部屋に戻ると言ったので送りに行きましたよと返された。
そうなのかと不審な点がなかったから納得すると、いつものように魔法で髪を乾かされ、櫛で丁寧に梳かされた。
髪を乾かすなんてピンポインな魔法は勿論、二郎のオリジナルの魔法だ。
火属性と風属性の複合魔法で高度な魔法式が必要な魔法だが、二郎にかかれば櫛片手に無詠唱で発動できる。
ランク付けをあえてするならば、上級魔法になるが、効果は髪を乾かすことしかできないという、究極に無駄な魔法と言えるだろう。
その魔法のおかげで乾いた頭を枕に置くと、二郎が上に覆いかぶさって来た。
見る人が見ればいかがわしいことをしようと見えるかもしれないが、二郎がそんなことをするはずがない。
そもそも、私には女としての性的魅力はゼロに等しい。
となれば、二郎がしたいことはただ一つ。
「血が欲しいのか?」
彼の瞳を見ながら聞く。
正解とばかりに普段は閉じられている瞳が露わとなり、興奮からか開いた瞳孔が私を映していた。
今日の決闘を見ていた時から強請られるだろうなとは予想していたので、いきなりのしかかれられても、特に動揺することはなかった。
「飲んでもいいですか?」
「今日は、な」
あえて言わないが、私のために怒ってくれたことが本当に嬉しかったのだ。
彼らと離れてからは私のために何か行動してくれる人間というのがいなかったため、殊更今日の優しさが身に染みた。
お礼代わりということではないが、今の彼が欲している私の血ぐらいは好きなだけ飲んでほしいという心境だ。
隠しておきたい記憶もあるが、今回死なない程度に飲まれるだけならそこの記憶までにはたどり着かないと予想しているからこそ言えるセリフだが。
「では、お言葉に甘えて少しもらいますよ」
「ああ」
ずぷりっと耳の近くで二郎の牙が自分の首筋に突き立てられる音を聞きながら、昔からの癖で彼の頭を撫でる。
子ども扱いをしているつもりはないが、こうやって撫でると嬉しそうにするので、飲んでいる時は撫でるのが基本となっている。
そのまま頭を撫で続けて、気がつけば今だ。
どう考えても二郎の薬のせいで途中で意識を飛ばしたとしか考えられない。
これが彼のせいではなくて、誰のせいだと言うのだろう?
「華雪さんが悪いんですよ。久しぶりにあんなに優しく撫でられたら、手加減なんてできるわけないじゃないですか」
「はいはい。喜んで頂けたようで何よりだ。
で、薬と貧血のせいで今の今まで気を失っていたってところだな。記憶がようやくつながった」
良かった良かったと納得していると、二郎によく似た声が私にかけられた。
「薬と貧血とか言っていたが、体は大丈夫なのか?」
「ああ。平気だ。これぐらいならすぐに治る」
とここで、私は誰に対して返事しているのかと疑問に思った。
二郎は口を動かしてないし、そもそもこんな口調じゃない。
桐生もこんな二郎そっくりの声じゃなかった。
すると考えられるのは・・・・・・。
「山口先輩!?!?」
声のした方に勢いよく顔を向ける。
ちょっと首がぐきっとか鳴ったが、そんなの気にしていられる状況じゃない。
そこには確かに彼がいた。
城にいるはずのあの彼が。
「え、えっと・・・・・・じ、二郎、やだなぁ。
彼の姿を幻惑で作るなんて悪趣味じゃないか」
「受け入れられない気持ちは分かりますが、あれは正真正銘本物の山口五郎ですよ。
彼も一緒に行くって言っていたので連れて来ました」
一番可能性が高いのが二郎の悪戯だと思って彼を窘めるが、違うと首を振られたばかりか本物だと言われてしまった。
私は二郎の胸元を押して無理やり彼の腕から飛び降りる。
「華雪さん!?」
貧血のせいでふらりと地面に倒れ込んでしまったが、すぐに起き上がって彼の近くまで行く。
二郎が心配と驚きで声を上げたが、生憎構っている余裕はない。
彼はどこからどうみても本物で、二郎は嘘を言ってないんだと今更ながらに気づいた。
「どうして・・・・・・」
言いたいことは色々あるはずなのに、口から出た言葉はそれだけだ。
彼は私と視線を合わせるために膝を地面につけると、抱きしめてきた。
「お前の傍に自分の意思で居たいと思ったからだ」
「苦労、しますよ?死ぬよりも辛い事だって、きっと、たくさん経験しますよ?
優しい貴方じゃ傷ついて、心が壊れてしまいますよ?」
違う、私が言っていいのはこんなセリフじゃない。
今言うべきなのは城に帰れだ。
しかし、私の意思とは反して出てきた言葉は、彼が私の傍に居ても後悔しないのかという確認だった。
「そんなことよりも、お前の傍に居ない方が辛い。
そう思っているからこそ、そいつらもそこに居るんだろ」
彼が顔を向けた先には、歩みを止めた二郎と桐生が立っていた。
二人とも大きく頷く。
「華雪ちゃんをこれ以上一人で泣かせたくないし、私が私である限り華雪ちゃんの傍に居たいわ」
「私も桐生さんと同意見です。
と言いますか、みんな華雪さんを説得する言葉は一緒なんですね。
そろそろこのやりとりにも飽きたでしょう?三回目ぐらいは素直にはいって言ったら如何でしょうか?」
確かに、このやりとりにも飽きた。
二郎でやって、桐生でもやって、そして、今彼にもやっている。
共通しているのは誰もが私が何か言っても梃子でも動かないで、最終的にはこうやって傍に居る点だ。
なんだって、私の周りの奴らはこうなのだろうか?
理解には苦しむが、私が嬉しいのも事実で、そろそろと彼の背中に腕を回す。
体格の差から当たり前のように肩甲骨に届かないぐらいまでしか手が伸びないが、それでも抱きしめているつもりだ。
そのままぎゅっと力を込めて、久しぶりの彼を堪能する。
煙草の香りはしないものの、それ以外はほぼ全て一緒で、懐かしさにまた涙が溢れた。
二郎と再会してから私の涙腺は緩みっぱなしだ。
一人になってからは泣いたことなんてなかったのに。
「俺はお前の傍に居ていいか?」
「っ、う、うん。私の、傍に、居て・・・・・・。
お前が嫌になるその時まで」
「嫌になる時なんてくるわけがない。
この世の終わりだろうが、地獄の果てだろうが、ずっと一緒だ。華雪」
反則だ。こんな時に私の名前をそんな風に呼ぶのは。
それでもずるいとは言えずに、ただ涙を流した。
彼は・・・・・・五郎は何も言わずに頭を撫で続けてくれた。
泣いてばかりいるせいか、泣き止むのも早くなった私は、すぐに涙を拭っていつも通りに戻った。
五郎から離れて桐生達に向き直る。
「で、これからの予定は?」
「このままこの森を抜けますと、少し大きめの町に出ます。
そこで馬車でも調達して隣国に行きましょう」
この辺の地図も頭に入っているらしい二郎は淀みなくそう答えた。
「金はどうするんだ?無一文のはずだろ」
私はスクールバッグぐらいしか持ってないし、二郎も五郎もこの世界には何も持ってきてないことを確認している。
残るは桐生だが、彼女は監禁に近い生活をしていたのだ、当然金など必要なかっただろう。
だが、二郎は心配ないとばかりに笑って、
「お金ならありますよ。華雪さんが魔法の練習をしている間に稼いできました」
「えっ!?そうなのか?たくましいな、二郎は」
二郎の行動力に私は驚かされっぱなしだ。
家事全般を完ぺきにこなし、私の魔法の練習に付き合って、その上金まで稼いでくるとは・・・・・・。
シングルマザーも脱帽するほど優秀な奴だ。
いや、そもそも比べるのもおかしな話だが・・・・・・。
「はい。なので、お金の心配はしなくてよろしいかと。
ただ、旅の装備とかはそろえた方がいいですね。
この辺りはまだ魔物が弱いですが、隣国に行くにはそれなりに危険なルートを通るので」
「私と桐生には魔法があるとして、山口先輩は武器もない状態だしな」
二郎は能力で防具も武器もどうにかなるとして、五郎はせめて武器がないと厳しい。
彼のステータスプレートを見た時に魔法を使えるのは知っているが、どこまで使えるかは不明だし、何より魔法なんてちまちましているのが性に合う男でもない。
武器がなかったら、そのまま拳で魔物に襲い掛かるだろう。
「武器ならあるぜ」
「えっ?城から持ってきちゃったんですか?」
「それがね、華雪ちゃん。
昨日、部屋に山口を送り届けたらベッドの上に刀が置いてあって、怪しいから彼に鑑定してもらったら、藤堂が作った刀だったのよ。
それも、所有者が山口なの」
「はぁっ!?藤堂が作った刀!?
なんか呪われてそうだから、それ使わない方がいいですよ」
藤堂、一発殴るというスローガンを掲げている私としては、そんな怪しさ満点のものを彼に使って欲しくない。
というか、藤堂が作ったものとか絶対にろくでもないに違いないから、さっさと破棄したほうがいい。
「でも、この刀魔力が籠められているので、私みたいなのにも攻撃できるんですよね。
はっきり言って、この世界のどんな武器よりも上等だと思いますよ」
「呪いがかかってないことも二郎が確認済みだし、このまま使うのが一番なんだけど」
二人にそう諭された。
神話生物に攻撃をできて、呪いもかかってないのなら止める理由はないが、五郎にそんな刀を渡した理由が今度は気になってくる。
現状、連絡手段はないが、きっとまた会うだろうからその時に聞くこととしよう。
「じゃあ、山口先輩の防具だけ買えばいいのか?」
「華雪さんも何か武器を持っていたほうがいいですよ」
「私はナイフとスタンガンがあるからいらないだろ。魔法も使えるし。
桐生も・・・・・・いらないよな」
能力で銃を召喚できるような彼女だ。
今更そこらに転がっている武器に用があるとは思えない。
「えー。私も何か欲しいわ。
折角のファンタジーだもの。杖とか剣とか買いたいわ」
「華雪さんももう少しちゃんとした武器を買った方がいいと思いますよ。
人間相手ならともかく、魔物相手にナイフとスタンガンじゃ心もとないですし」
「んー。とはいっても、魔物がどれぐらい強いか知らないんだよな」
城で過ごしている間に魔物に会った回数はゼロだ。
ファンタジー系はゲームと小説で知識はそれなりにあると思いたいが、ここはニャルラトテップが送った世界だ。
ひょっとしたら、ゴブリンレベルでも一匹いれば国を壊滅させられるような力があるかもしれない。
テンプレ通りにゴブリン=弱いみたいな方程式が成り立たないと考えておいた方がいい。
魔法も実は特定の魔物には効かないということもあったりするらしいし、逆に武器による物理攻撃が効かないこともあるらしい。
考えれば考えるほどきりがない。
一番手っ取り早いのは、一度適当な魔物と戦ってみることだが、そうそう都合よく魔物とエンカウントするわけでもないし・・・・・・。
うーんと腕組みしながら考えていると、
「魔物ならいますよ、そこに」
「え?どこだ?」
「ほら、そこですよ。あの緑色のゼリーのような物体が魔物です」
私にも分かりやすいように二郎は指さしてくれた。
そこには大人の手のひらサイズのプルプルした物体が地面を這いずっていた。
~血を飲んだ場合の記憶を読むことについての補足~
飲んだ量により、読める記憶の年数も変わる。
100ml 一年分の記憶
200ml 五年分の記憶
400ml 十年分の記憶
全ての血 一生分の記憶
その時の体調などにより左右されるが、平均でこれぐらいは読むことができる。
また、魔力を消費することにより、読みたい年代の記憶を読むこともできる。
消費魔力と犠牲者の精神力で対抗ロールし、勝てば好きな時の記憶が読める。
失敗すれば、ランダムな年代の記憶を読むことができる。
記憶を読むのは任意なので、読まないという選択もまたできる。